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5:鬼を狩る 編
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「桐生さん!」
リュウくんたちに足を向けた桐生さんに、あたしはたまらず叫んでいた。呆れた色を隠さない顔で振り返った桐生さんは、子どもに言い聞かせるように繰り返す。
「育成学校でどう習ったかは知らんけど。親殺しを見た子どもは殺すのが原則。情けをかけて生き残らせたところで、人間を恨む可能性が高いしね」
「可能性じゃないですか」
信じたくなくて、あたしは言い募った。だって、あたしは、鬼に親を殺されたけれど。鬼のすべてを恨んでなんていない。いないはずだ。
「可能性が少しでもあるなら、消すに越したことはないって言う話を、僕はしてたつもりなんやけど」
「でも、それで殺して良いなんて……!」
自分でも分かっている。あたしの言うそれは感情論で、きれいごとで。でも、だって、と。本当に子どものように、あたしの中では同じ言葉が渦巻いていた。あたしを見下ろしたまま、桐生さんが小さく溜息を吐いたのが分かった。
「人殺しの遺伝子を受け継いだ鬼やで、その子は。危険すぎる」
「そんな…」
「そんな、なに?」
震えるあたしの声を歯牙にもかけず、桐生さんが促す。いつものように。
「理不尽ですよ、そんな」
何と言って良いか分からないまま、あたしは吐き出した。でも、だって、そうだ。理不尽が過ぎる。リュウくんは何もしていないのに。それでも彼の命を奪うのが正しいと言うのなら。あたしは、なんで――この仕事を望んだのか分からなくなってしまう。嫌なのに。そんなこと、思いたくなかったし、口にしたくもなかった。でも。
「それが鬼狩りとして正しいと言うなら、あたしはこの仕事を軽蔑します」
桐生さんの胸元の記章が視界の隅でちらつく。鬼狩りの、あたしの憧れていた仕事の最高峰の人だ。にもかかわらず、あたしに仕事を丁寧に教えてくれる優しくて頼れる先輩で、上司だ。
――でも。
失礼を承知で言い切ったあたしに、怒るでもなく桐生さんは静かに問いかける。
「ほんのついさっき、その甘さで死にかけてたのは、フジコちゃんじゃなかった?」
「あれはっ……」
「鬼狩りは、フジコちゃんの人生の指針なんやろう?」
反論を封じるようなにこやかさを湛えたまま、桐生さんが続けた。
「鬼狩りの仕事が嫌になんてなってないって。そうも言ってなかったっけ?」
「――それでも」
ぎゅっと手のひらを握りしめて、あたしは一度深く息を吸った。
「それでも、許せません。桐生さんからしたら、馬鹿みたいなことを言っているかもしれませんが、嫌です。鬼だからって、それだけの理由で死んでもいいなんて。人間殺しの遺伝子なんて、ないですよ、きっと」
桐生さんは何も言わなかった。いつも表情の柔らかい人が黙り込むと、所長のあれとはまた違う威圧感がある。
――あぁ、これ。この間の所長の時の比ではなく、首にされても文句言えないなぁ、なんて。頭の片隅で思ってしまったけれど、それでも譲ろうとは思えなかった。今のあたしにできる最後。あたしのなりたかった鬼狩りとしての最後。それは、せめてリュウくんだけでも守ることだ。それがあたしにできる精一杯だ。
負けない、と視線を上げた先で、桐生さんがふっと笑った。
「蒼くーん? 聞いたぁ?」
「へ、所長?」
インカム越しと言うよりかは、明らかに倉庫の外に向かって、桐生さんは声を上げた。思わずあたしの口から間の抜けた声が出る。そしてぎこちなく振り返った出入り口。ゆっくりとした足取りで踏み込んできたのはまさかの所長だった。
「藤子奈々」
「は、はい!」
なんでここに、とは思ったけれど、口からは反射で返事が飛び出していた。……思い切り裏返っていたとは思うけれど。所長は特に気にしもせず、淡々と告げた。
「合格だ」
「――え?」
「状況判断はどうかと思うが、この際だ。細かいところは目を瞑る。とは言え、組んでいる相手が桐生じゃなかったら、死んでいたかもしれないと言うことは頭の隅に入れておくように」
「え、えぇと、あの、はい!」
「とりわけ割り込むタイミングが最悪だったな。この馬鹿がわざと吹っ飛ばされたと言うのはさておくが」
「言うに事欠いて、馬鹿ってひどくない? 蒼くん。そもそも、B+の鬼をBって報告した本部に問題があるやろ」
「桐生じゃなかったら、本当にそうなっていたかもしれない」
「ごめん。蒼くん、僕が悪かったから、素で無視せんといてほしい」
「分かったか、藤子」
「ちょっと。ごめん。ごめんなさいって、蒼くん」
「分かったか?」
なんだか、もう、訳が分からない。本当に意味も分からなかったのだけれど、二度も確認を求められたことだけはなんとか理解できて、あたしは勢いだけで返答した。
「は、はい!」
……あれ、でも。合格って一体、何のことだろう。所長の台詞を反芻しながら悩んでいると、所長が溜息交じりに続けた。
リュウくんたちに足を向けた桐生さんに、あたしはたまらず叫んでいた。呆れた色を隠さない顔で振り返った桐生さんは、子どもに言い聞かせるように繰り返す。
「育成学校でどう習ったかは知らんけど。親殺しを見た子どもは殺すのが原則。情けをかけて生き残らせたところで、人間を恨む可能性が高いしね」
「可能性じゃないですか」
信じたくなくて、あたしは言い募った。だって、あたしは、鬼に親を殺されたけれど。鬼のすべてを恨んでなんていない。いないはずだ。
「可能性が少しでもあるなら、消すに越したことはないって言う話を、僕はしてたつもりなんやけど」
「でも、それで殺して良いなんて……!」
自分でも分かっている。あたしの言うそれは感情論で、きれいごとで。でも、だって、と。本当に子どものように、あたしの中では同じ言葉が渦巻いていた。あたしを見下ろしたまま、桐生さんが小さく溜息を吐いたのが分かった。
「人殺しの遺伝子を受け継いだ鬼やで、その子は。危険すぎる」
「そんな…」
「そんな、なに?」
震えるあたしの声を歯牙にもかけず、桐生さんが促す。いつものように。
「理不尽ですよ、そんな」
何と言って良いか分からないまま、あたしは吐き出した。でも、だって、そうだ。理不尽が過ぎる。リュウくんは何もしていないのに。それでも彼の命を奪うのが正しいと言うのなら。あたしは、なんで――この仕事を望んだのか分からなくなってしまう。嫌なのに。そんなこと、思いたくなかったし、口にしたくもなかった。でも。
「それが鬼狩りとして正しいと言うなら、あたしはこの仕事を軽蔑します」
桐生さんの胸元の記章が視界の隅でちらつく。鬼狩りの、あたしの憧れていた仕事の最高峰の人だ。にもかかわらず、あたしに仕事を丁寧に教えてくれる優しくて頼れる先輩で、上司だ。
――でも。
失礼を承知で言い切ったあたしに、怒るでもなく桐生さんは静かに問いかける。
「ほんのついさっき、その甘さで死にかけてたのは、フジコちゃんじゃなかった?」
「あれはっ……」
「鬼狩りは、フジコちゃんの人生の指針なんやろう?」
反論を封じるようなにこやかさを湛えたまま、桐生さんが続けた。
「鬼狩りの仕事が嫌になんてなってないって。そうも言ってなかったっけ?」
「――それでも」
ぎゅっと手のひらを握りしめて、あたしは一度深く息を吸った。
「それでも、許せません。桐生さんからしたら、馬鹿みたいなことを言っているかもしれませんが、嫌です。鬼だからって、それだけの理由で死んでもいいなんて。人間殺しの遺伝子なんて、ないですよ、きっと」
桐生さんは何も言わなかった。いつも表情の柔らかい人が黙り込むと、所長のあれとはまた違う威圧感がある。
――あぁ、これ。この間の所長の時の比ではなく、首にされても文句言えないなぁ、なんて。頭の片隅で思ってしまったけれど、それでも譲ろうとは思えなかった。今のあたしにできる最後。あたしのなりたかった鬼狩りとしての最後。それは、せめてリュウくんだけでも守ることだ。それがあたしにできる精一杯だ。
負けない、と視線を上げた先で、桐生さんがふっと笑った。
「蒼くーん? 聞いたぁ?」
「へ、所長?」
インカム越しと言うよりかは、明らかに倉庫の外に向かって、桐生さんは声を上げた。思わずあたしの口から間の抜けた声が出る。そしてぎこちなく振り返った出入り口。ゆっくりとした足取りで踏み込んできたのはまさかの所長だった。
「藤子奈々」
「は、はい!」
なんでここに、とは思ったけれど、口からは反射で返事が飛び出していた。……思い切り裏返っていたとは思うけれど。所長は特に気にしもせず、淡々と告げた。
「合格だ」
「――え?」
「状況判断はどうかと思うが、この際だ。細かいところは目を瞑る。とは言え、組んでいる相手が桐生じゃなかったら、死んでいたかもしれないと言うことは頭の隅に入れておくように」
「え、えぇと、あの、はい!」
「とりわけ割り込むタイミングが最悪だったな。この馬鹿がわざと吹っ飛ばされたと言うのはさておくが」
「言うに事欠いて、馬鹿ってひどくない? 蒼くん。そもそも、B+の鬼をBって報告した本部に問題があるやろ」
「桐生じゃなかったら、本当にそうなっていたかもしれない」
「ごめん。蒼くん、僕が悪かったから、素で無視せんといてほしい」
「分かったか、藤子」
「ちょっと。ごめん。ごめんなさいって、蒼くん」
「分かったか?」
なんだか、もう、訳が分からない。本当に意味も分からなかったのだけれど、二度も確認を求められたことだけはなんとか理解できて、あたしは勢いだけで返答した。
「は、はい!」
……あれ、でも。合格って一体、何のことだろう。所長の台詞を反芻しながら悩んでいると、所長が溜息交じりに続けた。
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