隣のチャラ男くん

木原あざみ

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隣のチャラ男くん②

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「いつまで拗ねた顔してんの、しろは。ほら、ごはん食べるんでしょ? 食べないの?」

 なにを考えているのかわからないと評される無表情も、慎吾にかかれば「わかりやすい顔」になるらしい。
 指摘されて、真白はむっと唇を尖らせた。

「今日はジャガイモのお味噌汁とだし巻き卵。それと一昨日の残りのぶり大根」
「……」
「食べないの? そっかぁ、佳代子さんしょんぼりするだろうなぁ。うちの子はこうやって選り好みばっかりするから、慎吾くんと違って大きくなれなかったんだって」

 早生まれ遅生まれの宿命か、持って生まれたなんとやらか。
 同学年であるはずなのに、物心ついたころから、慎吾のほうが背が高かった。いつかは縮むと期待していた身長差は、望みむなしく十センチの差がついたまま。
 寝る子は育つという格言が本当であれば、自分のほうが長身でしかるべきでなかろうか。
 無言のまま炊飯器から白米をよそっていると、追撃が飛んできた。

「まぁ、二十歳すぎても、伸びる子は伸びるらしいから。ファイト、しろ。目指せ、百七十センチ」
「うざい上にチャラい上にうざい」
「なに、そのループ」 

 お茶碗を二膳テーブルに置けば、真白の任務は完了だ。あとは座って待っているだけで、いつもの朝の食卓が整えられていく。ひとり暮らしの学生には、豪華すぎるくらいの朝食である。
 実家にいたころは、めったに朝食なんて食べなかったのになぁ、と思うにつれ、この生活での自分の変化を、真白はしみじみと実感していた。
 食生活って大事だし、間違いなく健康にいい。十代の学生らしくないことを考えながら、慎吾の声かけで手を合わせる。

「はい、それじゃ、いただきます」
「……いただきます」

 まず、味噌汁を一口。今日もおいしいと口元をほころばせたところで、「あ」と我に返る。また流されるところだった。

「しろ、おいしい?」

 にこにこと尋ねられて、少しだけ悩んでから頷く。うまい。遺憾ではあるが。腹が立つほどに自分好みの味付けである。

「というか、おまえな」
「ん、なに? なんかリクエストあったら聞くけど」
「いや、違う、そうじゃねぇよ。そうじゃなくて、何度も言ってると思うんだけど、うるさい」
「なにが?」
「なにがってわかってんだろ、夜だよ、夜! なんでおまえのせいで俺が睡眠不足なんだ」

 白々しくすっとぼけられて、真白はひとまず箸を置いた。食べていると誤魔化されかねない。
 臨戦態勢の真白を前に、慎吾はへらりとした笑みを浮かべ続けている。この男の常套手段だと知っているので、真白はじろりとねめつけた。

「そうやって適当に笑ってたら済むと思ってるんだろ、おまえ」
「えー。だって、実際にそうなんだもん」

 ふざけんなと言いたい衝動を呑み込んで、深々と溜息を吐く。
 悲しいことに、そうなのだ。この幼馴染みは、昔から、外面の良さを思う存分に利用して生きている。そうして、たいていの人間がものの見事に騙されるのだった。

「死ぬ死ぬイクイクうるせぇんだよ、なんなんだ、あいつは。AVデビューでも狙ってんのか」
「さすがに、それはないと思うけど。そういう声出したほうが盛り上がると思ってんのかな。そう考えるとかわいくない?」
「どこが」
「まぁ、俺も笑いそうになるときがないとは言わないけど」
「なかなか最低だな、おまえ」

 男遊びの激しさを知っている身としては、そうとしか言いようがない。
 地元にいたころは、ふつうに女の子と付き合っていた記憶があるのに。なんでこうなったんだろうなぁと幼馴染みの顔を見つめる。
 これもある種の大学デビューというやつなのだろうか。
 とは言え、だ。幼馴染みが男を好きだろうと、女を好きだろうと、そのこと自体はどうでもいいのである。問題はただひとつ。頻度だ。
 苦々しい視線もなんのその。どこ吹く風で慎吾がにこりとほほえむ。

 ……それが俺に通用すると思うなよ、おまえ。

 死ねばいいのに。ほんのちょっとだけ思ってしまってから、真白は撤回した。死因が腹上死なんてものになった日には、おばさんに合わせる顔がない。

「眠そうだね、しろ」
「人の名前を犬猫みたいな略し方すんな」
「えー、そう? 犬みたいでかわいいのに」
「それが嫌だって言ってんだろ。日本語通じねぇのか、おまえは!」

 自分の声の大きさが頭に響いて、思わず眉根を寄せる。

「苛々してるねぇ。寝不足なんじゃないの、しろのくせに」

 ……だから誰のせいだ。

 というか。ふと思い立って、真白は顔を上げた。そもそもではあるが、あんな時間帯まであんあんセックスしておいて、朝には相手を帰らせているとか。優しげな顔をして、この男の脳内はどうなっているのだ。

「なぁに、しろ」

 食事の手を止めて、慎吾が首を傾げた。その拍子に、ピンクがかった茶髪がふわりと揺れる。黒髪のほうがよかったのにとぼんやりと真白は思った。なんというか、輪をかけてチャラい。
 上京するやいなやカットモデルなるものを始めた幼馴染みは、二ヶ月に一度のペースで髪型が変わっている。
 わかってないよなと思う。もとはいいのだから、変に派手な髪型にする必要はないのに。そんなことを考えていたら、無意識に手が伸びていた。

「なに? どうしたの?」

 珍しく本気で驚いたらしく、慎吾がぎょっと真顔になる。けれどそれも一瞬だった。あっというまに、いつもの笑顔に覆われていく。その変化を見つめながら、べつに、と真白は言った。

「チャラい髪って思っただけ」
「あー、すぐにそうやってしろは俺のことチャラいチャラいって言うけどね。俺、健気で一途って評判なんだよ、一部から!」
「どこの節穴だ、それを言ったのは」

 ありえない。こいつの行動のどこをどう見ればそうなるんだ。
 長ったらしい前髪を指先で梳きながら、そんなことを考える。目にかかって鬱陶しくないのだろうか。というか、なにもする前のほうが絶対に手触りもよかったのに。

「あの、しろさん?」
「んー? なんだよ、おまえの髪、傷んでんな」
「……傷んでねぇし」

 げんなりと呟いて、慎吾が力を抜いた。真白の好きにさせることにしたらしい。なんだか大型犬みたいだ。わしゃわしゃと犬にするように撫でてやりながら、そういえばと真白は思った。こんな状態でもなければ、つむじを見下ろすこともないんだよなぁ。
 ずっと昔から、慎吾ばかり背が高い。

「なんかムカつく」
「はぁ? 好き放題に人の頭撫で繰り回しておいて、なに言ってんの」
「だから、俺の毛布出すの手伝って。ついでに干すの」
「ちなみに、なんで?」

 訝しげに問われて、真白は一拍置いて答えた。

「でかいから」

 間近で合った瞳が、ぱしりと瞬いた。そうしてから、合点のいった顔でくすくすと笑う。

「そうだねぇ、しろは小さいからね」
「うるさい」
「しかたない。食べ終わったら一緒にやろっか」

 文句を一蹴して慎吾が提案する。だし巻き卵の残りを口に入れて、真白も頷いた。ちょっと冷めてしまったが、それでもやっぱりおいしかった。
 慎吾のつくるごはんは、おいしくてほっとする。
 あいかわらずおいしそうに食べるね、と甘い顔でほほえまれて、うん、と真白は頷いた。
 おまえら、いくら幼馴染みだからって、距離感おかしくね、と苦笑されたことは一度や二度ではない。改めるつもりはなかったけれど。だって、物心ついたころから、こうなのだ。
 慎吾の声が優しいのも、甘いのも。ずっと一緒にいることも。真白にとっては、あたりまえのことのことだった。
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