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隣の駄目人間②
しおりを挟む「なぁ、慎吾。さっきの電話、誰からだった?」
はふはふと鶏肉をかじりながら尋ねられて、慎吾はへらりとほほえんだ。どこがどうとは言わないが、小動物を連想させる食べ方である。
「誰か気になるの?」
「いや、べつに」
これっぽっちの興味もなさそうに切り捨てられてしまった。なら聞くなよとほんの少し不貞腐れながらも、真白の椀に白菜を放り込む。野菜も食え。
「どうせ、おまえの男だろ。やましいから俺の前で出れねぇだけで」
「いや、べつに」
そういうわけでもないのだが。そもそもとして、真白の言うところの「おまえの男」に、電話番号を教えてはいない。
嫌そうに箸で白菜を摘み上げている幼馴染みの手元に、人参を追加する。一瞬の間のあとで鍋に戻されて、慎吾はジト目になった。だから、どこの子どもだ、おまえは。
「ねぇ、しろー」
「なんだよ、人参はいらねぇ。おまえが食っていいよ」
「いや、おまえが食えよ、そこは。というか、そうじゃないから。そうじゃなくてさぁ、その言い方。嫉妬してるみたいでかわいいなって」
一抹の期待を含んだ問いかけが、「はぁ?」という本気で嫌そうな声で一蹴される。
「意味がわからない」
俺は応答にまったく愛を感じない。
「まぁ、べつにそれは、本当に心底マジでどうでもいいんだけど」
「なに、その前置き」
「おまえ、同じ大学のやつに、ほいほい手ぇ出すのやめろよな。マジ迷惑」
「へ? なんで?」
まじまじと見つめる先で、童顔がますます不機嫌そうにふくれていく。
「なんで、じゃねぇし。このあいだも、俺、ぜんぜん知らないやつに睨まれたんだけど」
「あー……」
「なんか、小柄の黒髪の。ここですれ違ったことあるやつだったし、おまえの関係だと思って」
「あー……、うん。……ごめん」
素直に慎吾は謝った。真白に申し訳ないというよりは自己嫌悪に近かったが。
遊ぶ相手を選ぶ基準のひとつに、「後腐れのない」というものがあったのだが、いつのまにか情を持たれてしまったのだろうか。
「たぶん、あれです。このあいだのAV志望です」
「なんだ、やっぱ志望してんのか」
「いや、たぶん違うんじゃない。知らないけど。というか、目指してるって言ったの、しろじゃなかったっけ」
どうでもいいことを話しながら、切り時だなぁと慎吾は内心でぼやいた。
でも、上手にやらないと、なんか面倒なことになりそうだしなぁ。面倒くさいなぁ。
……声はともかく、顔はかわいかったんだけどな。
年より幼く見える童顔と、気の強さが見え隠れする丸い瞳が、真白に似ていた。
「まぁ、ともかく。ちゃんとするから、ごめんね。しろ」
笑顔を取り繕うと、幼馴染みが呆れたように溜息を吐いた。
「だから、おまえはそうやって、……いや、もういいけど。なんとかしろよな」
「うん。する」
笑っていれば、なんとかなる。
生まれてこの方、二十年。平均より高い顔面偏差値と、人並み以上の愛想を兼ね備えたチャラ男は、基本的に人生を舐めくさっていた。
その本質を見破っている幼馴染みだけは、「へらへらしてんじゃねぇよ」と苦言を呈してくるるのだけれど。
その不機嫌も、食べ物を与えれば、柔らかく直っていくことを知っているので、慎吾はせっせと残りを真白の椀に移し替えた。
「今日のおじや、卵でとじよっか」
にこりともう一度ほほえみかけると、むっと不貞腐れていた顔が、わずかにゆるむ。
かわいい。
笑ってんじゃねぇよ、という拗ねた声に、笑ってないよ、と首を振る。笑ってはない。かわいいなぁ、とほほえましく見つめていただけである。
「あ、でも」
「なんだよ?」
「うれしいなぁとは思ってるかも。俺、好きなんだよね。しろが俺のごはんでうれしそうな顔するの見んの」
そう。好きなのだ。面倒ごとに対する憂鬱が、ちょっと薄らいでしまうくらいに。面倒ごとの原因が自分にあることは承知しているので、さておいてほしい。
「それだけ」
「……また餌付けだとでも思ってんだろ、おまえ」
怪訝な顔になった真白が、そんなことを言う。冷凍庫から取り出したごはんの塊をレンジで回答しながら、「そうかもね」と慎吾は頷いてみせた。そういや、前にも言ったんだっけ、餌付けって、と思考を馳せながら。
餌付けだと評しているのは、馬鹿にしているからではない。単純にうれしいのだ。
自分のつくったごはんを喜んで食べてくれることがうれしい。
それで幸せそうな顔をしてくれることがうれしい。
だから、つい甘やかしてしまう。
それも含めて、楽しくてうれしい。
ささやかであたたかい幸せを噛み締めているだけなのだけれど、真白に言ってもきっと通じないと思うので。そういったもろもろをすべてまとめて、慎吾は「餌付け」と呼ぶことにしているのだった。
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