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お隣さんの眠れない夜②
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「どうしたの? 眠れない?」
真白に限ってないだろうとわかっていたが、ほかにいい問いかけも浮かばなかったのだ。反応はない。なにを考えているのかわからないと酷評された無表情で、ただただじっと見下ろしてくる。
――どうしたもんかな、これ。
思うところがあるらしいことは伝わってきた。けれど、その内容まではわからない。困惑を持て余していると、ぽそりと真白が呟いた。
「寒いから」
いったん外に出て俺のところに来るほうが寒かったでしょうよ、とは言わない。
今日も我慢の夜だなぁとの苦笑ひとつで、慎吾は「おいで」とスペースを広げてやった。ひやりとした空気が真白と一緒に入り込んでくる。
落ち着きどころを探して、もぞもぞと動いていた身体が、慎吾の左半身にすり寄ったところでぴたりと静かになった。
ちょっといろんな意味でやめてほしいなぁ、と思わないでもない。けれど、冷えた指先が暖を求めていることは明らかで。だったらしかたないと慎吾はあっさり諦めた。我ながら甘いなぁとも思ってしまったけれど。
なぁ、と布団の中からこもった声がした。
「なに? もしかして、うるさかった? 俺」
あのくらいの生活音で真白が起きるとか、想定外すぎるんですけど。
「それ気にするくらいなら、ヤッてるときの声、気にしろよ」
「あー、だよねぇ」
だよねぇじゃねぇよ、とぼやく声が、直接骨に響いている感じがした。
「じゃあ、どうしたの?」
再度の問いかけに返事はなかった。まさかもう寝たのだろうか、この一瞬で。いや、だが、真白ならありえるかもしれない。
そう諦めかけたところで、寝言のような頼りない声に名前を呼ばれた。
「慎吾」
「なに?」
たまに自分でもよくわからなくなる。なんでこんな甘い声を出してしまうのだろうか、と。そして、真白はどうして気がつかないのだろう、と。
「とっとと帰ってこいよ、あほ慎吾」
「俺が帰ってくるの待ってたの、もしかして」
「違うっての。でも……なんか、あれなんだよ。あほ。ムカつく」
なにがどうあれなんだよ。問い質したい気もあったのに、ゆるやかな呼吸のリズムに負けてしまった。本当に寝たのか、寝たふりを決め込んでいるのかは、定かでないけれど。
昔、真白の妹に言われたことがある。
「慎吾くんさ、お兄ちゃんにふられるって少しも思ってないでしょ」
そのとおりだった。物心がついたころからずっとそばにあるぬくもりを感じながら、慎吾はそんなことを思い返していた。
――まぁ、なんで、かなちゃんが知ってんだって話だけど。
真白本人は、なにひとつ知らないままなのに。頭の先まですっぽりと潜り込んでいるのが気になって、布団を少しだけ下げてやる。その結果として自分の肩がはみ出してしまったことは、さておいておこう。
あらわになった寝顔をぼんやりと見つめる。本当に幼いころから変わっていない気がして、それが少し不思議だった。来年には二十歳になるのに、幼いまま。変容したこちらの感情に気がつくそぶりもなく、ただただ安心した顔で眠っている。
急に外気に触れて冷えたのか、むずかるように真白が頬を寄せた。自分と同い年の男のものなのに、柔らかそうな白い頬。伸びそうになった指先を握りこんで、慎吾はそっと真白に背を向けた。
真白が自分をそれなりに好きだということを、慎吾は知っている。
たとえば、恋愛感情的な意味で好きだと告げても、嫌われない程度には。
今までみたいにはいられない。だから自分と付き合ってほしい。そう言えば、たぶん真白は受け入れる。そのことを慎吾は知っている。
同じ意味で好きでなくても、自分が隣にいない状態になるほうが嫌だから。だから、真白は受け入れる。
「……でもそれって、恋愛じゃねぇよなぁ」
少なくとも、対等なそれじゃない。
だから、言いたくなかった。知られたくないし、関係を変えたくもない。告げるとしたら、真白が少しでも似た感情を抱いたときだと、もうずっと前から決めていた。
それでも、どうしようもなく揺らぎそうにもなるときもあるけれど。
寝息を背中で感じながら、目を閉じる。訪れない睡魔を待ちわびいているあいだにも、頭にはとりとめのないことが浮かび続けていた。
そのうちのひとつが、はじめてここで同性とセックスをしたことだった。
大家に釘を刺されなくても、壁の薄さは承知していた。隣に聞こえることもわかっていた。でも、やってみたかった。
真白がどんな反応を示すのか、見てみたかったからだ。
嫌悪感をあらわにするだろうか。それとも、少しくらい関心を持ってくれるだろうか。まぁ、でも、嫉妬はしてくれないだろうな。
ヤッているあいだ、そんなことをずっと考えていた。淡い期待は、心の底からのどうでもいいという顔に打ち砕かれたわけだけれど。
それはそれでショックだったが、もっとショックな事実を知ったあとだったので、ごめんね、とへらりと笑うことができた。
真白が聞いているかもしれないと思って興じたセックスに、どうしようもなく興奮したということを微塵も匂わせない、いつもの顔で。
終わってんなぁ、と呆れた分だけ、好きなんだなぁ、と思い知ってしまった。どれだけきれいごとを並べたところで、こういうことを真白としたいと思っているんだな、とも。
あの夜も、今も、自分たちの関係はなにひとつ変わっていない。自分にも、真白にも嫌になることもある。それでも、好きでいることをやめようと思ったことは、一度もないんだよな。
眠れない暗闇の中で、慎吾は諦め半分の苦笑をこぼした。
真白に限ってないだろうとわかっていたが、ほかにいい問いかけも浮かばなかったのだ。反応はない。なにを考えているのかわからないと酷評された無表情で、ただただじっと見下ろしてくる。
――どうしたもんかな、これ。
思うところがあるらしいことは伝わってきた。けれど、その内容まではわからない。困惑を持て余していると、ぽそりと真白が呟いた。
「寒いから」
いったん外に出て俺のところに来るほうが寒かったでしょうよ、とは言わない。
今日も我慢の夜だなぁとの苦笑ひとつで、慎吾は「おいで」とスペースを広げてやった。ひやりとした空気が真白と一緒に入り込んでくる。
落ち着きどころを探して、もぞもぞと動いていた身体が、慎吾の左半身にすり寄ったところでぴたりと静かになった。
ちょっといろんな意味でやめてほしいなぁ、と思わないでもない。けれど、冷えた指先が暖を求めていることは明らかで。だったらしかたないと慎吾はあっさり諦めた。我ながら甘いなぁとも思ってしまったけれど。
なぁ、と布団の中からこもった声がした。
「なに? もしかして、うるさかった? 俺」
あのくらいの生活音で真白が起きるとか、想定外すぎるんですけど。
「それ気にするくらいなら、ヤッてるときの声、気にしろよ」
「あー、だよねぇ」
だよねぇじゃねぇよ、とぼやく声が、直接骨に響いている感じがした。
「じゃあ、どうしたの?」
再度の問いかけに返事はなかった。まさかもう寝たのだろうか、この一瞬で。いや、だが、真白ならありえるかもしれない。
そう諦めかけたところで、寝言のような頼りない声に名前を呼ばれた。
「慎吾」
「なに?」
たまに自分でもよくわからなくなる。なんでこんな甘い声を出してしまうのだろうか、と。そして、真白はどうして気がつかないのだろう、と。
「とっとと帰ってこいよ、あほ慎吾」
「俺が帰ってくるの待ってたの、もしかして」
「違うっての。でも……なんか、あれなんだよ。あほ。ムカつく」
なにがどうあれなんだよ。問い質したい気もあったのに、ゆるやかな呼吸のリズムに負けてしまった。本当に寝たのか、寝たふりを決め込んでいるのかは、定かでないけれど。
昔、真白の妹に言われたことがある。
「慎吾くんさ、お兄ちゃんにふられるって少しも思ってないでしょ」
そのとおりだった。物心がついたころからずっとそばにあるぬくもりを感じながら、慎吾はそんなことを思い返していた。
――まぁ、なんで、かなちゃんが知ってんだって話だけど。
真白本人は、なにひとつ知らないままなのに。頭の先まですっぽりと潜り込んでいるのが気になって、布団を少しだけ下げてやる。その結果として自分の肩がはみ出してしまったことは、さておいておこう。
あらわになった寝顔をぼんやりと見つめる。本当に幼いころから変わっていない気がして、それが少し不思議だった。来年には二十歳になるのに、幼いまま。変容したこちらの感情に気がつくそぶりもなく、ただただ安心した顔で眠っている。
急に外気に触れて冷えたのか、むずかるように真白が頬を寄せた。自分と同い年の男のものなのに、柔らかそうな白い頬。伸びそうになった指先を握りこんで、慎吾はそっと真白に背を向けた。
真白が自分をそれなりに好きだということを、慎吾は知っている。
たとえば、恋愛感情的な意味で好きだと告げても、嫌われない程度には。
今までみたいにはいられない。だから自分と付き合ってほしい。そう言えば、たぶん真白は受け入れる。そのことを慎吾は知っている。
同じ意味で好きでなくても、自分が隣にいない状態になるほうが嫌だから。だから、真白は受け入れる。
「……でもそれって、恋愛じゃねぇよなぁ」
少なくとも、対等なそれじゃない。
だから、言いたくなかった。知られたくないし、関係を変えたくもない。告げるとしたら、真白が少しでも似た感情を抱いたときだと、もうずっと前から決めていた。
それでも、どうしようもなく揺らぎそうにもなるときもあるけれど。
寝息を背中で感じながら、目を閉じる。訪れない睡魔を待ちわびいているあいだにも、頭にはとりとめのないことが浮かび続けていた。
そのうちのひとつが、はじめてここで同性とセックスをしたことだった。
大家に釘を刺されなくても、壁の薄さは承知していた。隣に聞こえることもわかっていた。でも、やってみたかった。
真白がどんな反応を示すのか、見てみたかったからだ。
嫌悪感をあらわにするだろうか。それとも、少しくらい関心を持ってくれるだろうか。まぁ、でも、嫉妬はしてくれないだろうな。
ヤッているあいだ、そんなことをずっと考えていた。淡い期待は、心の底からのどうでもいいという顔に打ち砕かれたわけだけれど。
それはそれでショックだったが、もっとショックな事実を知ったあとだったので、ごめんね、とへらりと笑うことができた。
真白が聞いているかもしれないと思って興じたセックスに、どうしようもなく興奮したということを微塵も匂わせない、いつもの顔で。
終わってんなぁ、と呆れた分だけ、好きなんだなぁ、と思い知ってしまった。どれだけきれいごとを並べたところで、こういうことを真白としたいと思っているんだな、とも。
あの夜も、今も、自分たちの関係はなにひとつ変わっていない。自分にも、真白にも嫌になることもある。それでも、好きでいることをやめようと思ったことは、一度もないんだよな。
眠れない暗闇の中で、慎吾は諦め半分の苦笑をこぼした。
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