こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ

文字の大きさ
4 / 72
第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」

いざ「よろ相」初出勤②

「おまえ、誰だ? なんでここにいる?」

 警戒心バリバリの声に、はっとして口を開く。

「あ、あの……最上先輩」

 その呼びかけに、目の前の男の人の肩がびくりと揺れた。あれ、と内心であたしは首を捻る。

 ――最上先輩で合ってるよね? 喋り方はさておき聞き覚えのある声だし、間違いないと思ったんだけど。それに……。

 鳥の巣頭と評したくなるもじゃもじゃの黒髪に、黒縁眼鏡。そしてモスグレーのつなぎ。
 間違いない、「旧館のもじゃおさん」だ。
 そう結論付けて、あたしは精いっぱいの笑顔を張り付けた。

「あの、最上先輩ですよね? 北高の。あたしも北高で、最上先輩の二学年下だったんです。あ、すみません。えっと、今日からこちらに配属になりました三崎はなと申します」

 どうぞよろしくお願いしますと頭を下げる。一秒、二秒。何秒待っても無言のままだ。不安になって顔を上げたところで、あたしは絶句した。

「は?」

 誰もいない。目の前から人の気配は完全に消えていた。

「え? え? 最上先輩?」

 意味がわからない。え? いたよね、さっきまで。混乱しながらも課内に踏み込む。
 なに、どこに消えたの。というか、なんで消えるの。
 泣きそうになりながら、課内を見渡す。昨日まで在籍していた課に比べると半分ほどの広さだ。
 うちの課もそうだったように、壁際には背の高いキャビネットケースが並んでいて、部屋の中央には事務机が二台ずつ向き合って島をつくっていた。窓際には課長席と思しき机が一台。はじめて足を踏み入れたけれど、市役所によくある見慣れた配置。
 それなのに、誰もいない。

「な、なんで……」

 変人。脳裏をよぎった鈴木さんの声に、膝から崩れ落ちそうになる。

 先輩、あたし、なにかしましたか。むしろ、されたのはあたしじゃないかと思うんですけど。

 じんじんと痛む額をさすりながら、もう一度ゆっくりと課内に視線を這わす。そこであたしは、部屋の奥にドアがあることに気が付いた。

「あの、先輩?」

 意を決して、ドアを叩く。なんの反応もない。でも、いるとすればここしかないはずだ。

「あの、先輩! 最上先輩!」

 叫ぶと、返事の代わりにガタガタと物音が聞こえてきた。なんだ、やっぱりいるんじゃないか。
 安心しかけたところで、今度はうろたえた声と笑い声が響いてきた。ドキリと心臓が跳ねる。

「あ、あの……」

 いったい扉の向こうでなにが起こっているのだろうか。みるみる高まりはじめた不安が極限値に達しそうになったところで、開かずの扉が内側から開いた。

「どうも、こんにちは」
「こ、……こん、にち、は?」

 現れたのは、藍色の着流し姿の三十代くらいの男の人だった。
 着流しで出勤するなという規定はないかもしれないが、男性職員の九割五分がスーツを着用している。そこに混ざれば、まず目立つ。
 にもかかわらず、あたしはこの人のことを噂に聞いたこともなければ、会ったこともなかった。五百人近い職員がいるけれど、初対面だと自信をもって言い切れる。

 ――だって、一回見たら忘れられないよ。先輩とはまたべつの意味だけど。

 つまるところ、めちゃくちゃきれいな人だったのだ。男の人に「きれい」という形容詞がふさわしいのかどうかはさておいて。
 身長も高いし、女の人みたいというのとも違うのだけれど、色素の薄い雰囲気と相まって浮世離れした雰囲気がある。

 その人が、固まっているあたしに、にこりとほほえんだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない

由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。 けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。 ――ただ一人を除いて。 幼なじみの侍女・翠玉。 彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。 「殿下、見られてます!」 「構わない」 後宮中が噂する。 『皇太子は侍女に溺れている』 けれど翠玉はまだ知らない。 それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています