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第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
山での初仕事④
踏み出した足元も草木が生い茂っていて、スニーカーで来るべきだったと何度目になるのかわからない反省をする。転属初日くらいスーツのほうがいいかなと思ったのだ。
はじめての異動だったから、失礼にならないように最善を尽くしたつもりだったのだけれど。すべて裏目に出ている気がしてならない。
ずんずんと歩いていく先輩の背を追いかけながら、あたしは疑問を投げかける。
「こんなところに停めて大丈夫ですか?」
「どうせ、ばあさんの土地だ」
「はぁ、地主さんなんですねぇ」
そういうものかと頷く。
思えば、この山道に入ってから一度も車とすれ違わなかった。私有地なら路駐でも問題ないのかもしれない。
――公用車が公道に堂々と路駐してたら、抗議の電話がバンバン鳴りそうだからなぁ。
などと思っていると、微妙な視線を感じた。
「なんですか?」
「なんでもねぇ」
やってられないとばかりに言い捨てた先輩が、また歩き出す。その歩みには一切の迷いがない。
「先輩は、よく来られるんですか?」
「月一」
マジか。あたしは内心で驚愕した。いったいなにをしに月に一度もこの奥地に足を運んでいるのだろう。
言ってはなんだが、おばあさんの安否確認だとすれば福祉の管轄だと思う。
「だいたい、ちょうどそのくらいの周期でかかってくるからな、電話が」
「はぁ」
「どうせ今日も庭の掃除だろ。いや、違うな。なんか失くしたって、あのばばぁ大騒ぎだったからな。山狩りか」
「や、山狩り」
それはちょっと違うような。どちらかと言えば、宝探しに近いような。
乾いた笑いを浮かべながら、あたしは山中で完全に浮いている自分の格好を見下ろした。先輩のつなぎが、なんだかものすごく羨ましい。
「あの、それって、いったい、なんの仕事になるんですか?」
無意識にぽろりとこぼれた問いかけに、あたしは「あ」と口を押さえた。けれど、言葉になってしまったものは取り消せない。
後ろを振り向きもしないまま、ガリガリと先輩が鳥の巣頭を掻きまわしている。溜息まで聞こえて、あたしは失言を痛感した。
「あ、あの、すみませ……」
「――助けだとでも思っとけ、新人」
最初の部分がうまく聞き取れなかったのだけれど、きっと「人助け」だろう。ぐうの音も出ない正論に、あたしはもう一度「すみません」と謝った。
人助けだけで仕事が成り立つのであれば、文句なしに素晴らしいことだと思う。けれど、そんなわけにはいかないことも、さすがに知っている。
入庁したばかりのころの青臭い理想は、三年ですっかり現実に染まった。
――先輩は、そうじゃないのかな?
よろず相談課。夢守市役所の墓場。どの課からも取りこぼされる相談事を一身に引き受けるところ。おばあさんの電話一本で、こんなところまでやってくる。
よろず相談課って、本当にいったいどういうところなんだろう。
まっすぐに進んでいく先輩の背中を見つめながら、あたしはそんなことを考えていた。
「なんだい、遅かったじゃないか」
本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるあばら家のドアを、呼び鈴も押さずに先輩がガラリと開ける。出てきたのは、あたしの腰ほどまでしか背丈のない、小さなおばあさんだった。
仁王立ちしているおばあさんの顔には、どことなく愛嬌がある。丸い顔に垂れた瞳。
……もしかして、「狸みたいなばあさん」って、見た目のことだったのかな?
「文句の多いばあさんだな。これでも電話を受けてすぐに出てきてやったんだ。これ以上の速さは諦めろ」
機嫌の悪さなんてなんのそのの口調に、あたしは恐れおののいた。こんな対応、見たこともなければ聞いたこともない。
これ以上へそを曲げさせたらどうする気なのかと思っていたのだけれど、予想外におばあさんはあっさり主張を引っ込めた。
「まぁ、あんたがそう言うなら、本当なんだろう。しかたないね」
その視線があたしのほうに向く。
「これかい? 今日、あたしの電話に出ていた子は?」
「あ、あの」
「うちの新人だ。これからこいつが対応することもあるけど、姑みたいにいじめんなよ」
「あら、嫌だ。あたしがそんなことをするわけがないだろう」
「あるから言ってんだよ」
もじゃもじゃ頭を掻きながら言った先輩の横顔を、ぽかんと見上げる。もしかして、庇ってくれたのだろうか。
先輩とあたしを見比べていたおばあさんが、にんまりと人の悪そうな笑みを浮かべる。条件反射でひやりとしたものが背に走った。けれど、続いたのは予想外の台詞だった。
「あんたがそう言うなら、『当たり』なのかもしれないね」
当たり?
意味がわからなくて先輩を窺ってみたものの、目配せひとつくれなかった。しかたがないから、「いい子が入ってきてくれた」という意味だとポジティブに解釈することにする。
「あ、あの。よろしくお願いします! それで、今日はどうされたんですか?」
精いっぱいの愛想を張り付けてほほえむと、おばあさんもにんまりと目を細めた。
……狸というより、日本昔話に出てくる悪いおばあさんみたいだな。
絶対に口にできないことを考えていると、おばあさんが「けけけ」と笑い出した。
「あ、あの」
びくりと肩を跳ねさせたあたしを他所に、おばあさんがゆっくりと軒先に足を踏み出した。そして、どこまでが庭なのか山なのかわからない一帯を指さす。
「草刈り、よろしく頼んだよ」
はじめての異動だったから、失礼にならないように最善を尽くしたつもりだったのだけれど。すべて裏目に出ている気がしてならない。
ずんずんと歩いていく先輩の背を追いかけながら、あたしは疑問を投げかける。
「こんなところに停めて大丈夫ですか?」
「どうせ、ばあさんの土地だ」
「はぁ、地主さんなんですねぇ」
そういうものかと頷く。
思えば、この山道に入ってから一度も車とすれ違わなかった。私有地なら路駐でも問題ないのかもしれない。
――公用車が公道に堂々と路駐してたら、抗議の電話がバンバン鳴りそうだからなぁ。
などと思っていると、微妙な視線を感じた。
「なんですか?」
「なんでもねぇ」
やってられないとばかりに言い捨てた先輩が、また歩き出す。その歩みには一切の迷いがない。
「先輩は、よく来られるんですか?」
「月一」
マジか。あたしは内心で驚愕した。いったいなにをしに月に一度もこの奥地に足を運んでいるのだろう。
言ってはなんだが、おばあさんの安否確認だとすれば福祉の管轄だと思う。
「だいたい、ちょうどそのくらいの周期でかかってくるからな、電話が」
「はぁ」
「どうせ今日も庭の掃除だろ。いや、違うな。なんか失くしたって、あのばばぁ大騒ぎだったからな。山狩りか」
「や、山狩り」
それはちょっと違うような。どちらかと言えば、宝探しに近いような。
乾いた笑いを浮かべながら、あたしは山中で完全に浮いている自分の格好を見下ろした。先輩のつなぎが、なんだかものすごく羨ましい。
「あの、それって、いったい、なんの仕事になるんですか?」
無意識にぽろりとこぼれた問いかけに、あたしは「あ」と口を押さえた。けれど、言葉になってしまったものは取り消せない。
後ろを振り向きもしないまま、ガリガリと先輩が鳥の巣頭を掻きまわしている。溜息まで聞こえて、あたしは失言を痛感した。
「あ、あの、すみませ……」
「――助けだとでも思っとけ、新人」
最初の部分がうまく聞き取れなかったのだけれど、きっと「人助け」だろう。ぐうの音も出ない正論に、あたしはもう一度「すみません」と謝った。
人助けだけで仕事が成り立つのであれば、文句なしに素晴らしいことだと思う。けれど、そんなわけにはいかないことも、さすがに知っている。
入庁したばかりのころの青臭い理想は、三年ですっかり現実に染まった。
――先輩は、そうじゃないのかな?
よろず相談課。夢守市役所の墓場。どの課からも取りこぼされる相談事を一身に引き受けるところ。おばあさんの電話一本で、こんなところまでやってくる。
よろず相談課って、本当にいったいどういうところなんだろう。
まっすぐに進んでいく先輩の背中を見つめながら、あたしはそんなことを考えていた。
「なんだい、遅かったじゃないか」
本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるあばら家のドアを、呼び鈴も押さずに先輩がガラリと開ける。出てきたのは、あたしの腰ほどまでしか背丈のない、小さなおばあさんだった。
仁王立ちしているおばあさんの顔には、どことなく愛嬌がある。丸い顔に垂れた瞳。
……もしかして、「狸みたいなばあさん」って、見た目のことだったのかな?
「文句の多いばあさんだな。これでも電話を受けてすぐに出てきてやったんだ。これ以上の速さは諦めろ」
機嫌の悪さなんてなんのそのの口調に、あたしは恐れおののいた。こんな対応、見たこともなければ聞いたこともない。
これ以上へそを曲げさせたらどうする気なのかと思っていたのだけれど、予想外におばあさんはあっさり主張を引っ込めた。
「まぁ、あんたがそう言うなら、本当なんだろう。しかたないね」
その視線があたしのほうに向く。
「これかい? 今日、あたしの電話に出ていた子は?」
「あ、あの」
「うちの新人だ。これからこいつが対応することもあるけど、姑みたいにいじめんなよ」
「あら、嫌だ。あたしがそんなことをするわけがないだろう」
「あるから言ってんだよ」
もじゃもじゃ頭を掻きながら言った先輩の横顔を、ぽかんと見上げる。もしかして、庇ってくれたのだろうか。
先輩とあたしを見比べていたおばあさんが、にんまりと人の悪そうな笑みを浮かべる。条件反射でひやりとしたものが背に走った。けれど、続いたのは予想外の台詞だった。
「あんたがそう言うなら、『当たり』なのかもしれないね」
当たり?
意味がわからなくて先輩を窺ってみたものの、目配せひとつくれなかった。しかたがないから、「いい子が入ってきてくれた」という意味だとポジティブに解釈することにする。
「あ、あの。よろしくお願いします! それで、今日はどうされたんですか?」
精いっぱいの愛想を張り付けてほほえむと、おばあさんもにんまりと目を細めた。
……狸というより、日本昔話に出てくる悪いおばあさんみたいだな。
絶対に口にできないことを考えていると、おばあさんが「けけけ」と笑い出した。
「あ、あの」
びくりと肩を跳ねさせたあたしを他所に、おばあさんがゆっくりと軒先に足を踏み出した。そして、どこまでが庭なのか山なのかわからない一帯を指さす。
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