16 / 72
第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
河童の川探し④
「河童だ」
意味のわからない単語に、無言で先輩を凝視する。
「だから、河童」
不愛想に繰り返されて、あたしは頭をフル回転させた。まさか苗字なのだろうか。呼び捨ての理由はさっぱりわからないが、先輩が付けたあだ名だとは思いたくない。
「よろしくお願いします、河童さん」
疑問を捨てて、あたしは笑顔で挨拶をした。
先輩の知り合いなんだろう、たぶん、きっと。優しそうなおばあさんだし、孫みたいな感じでかわいがっていらっしゃるのかもしれない。口が悪いのもご愛敬みたいな、そんな感じで。
思い込みって、重要だ。とりわけこの課で平穏無事に生き抜いていくためには。
「あなたが新しくいらっしゃったというお嬢さんね」
「三崎と申します。まだまだ勉強中の身ですが、よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ。今後もお呼び立てすることがあると思いますから」
うふふと上品にほほえんだおばあさんが、実はねと声を潜めた。
「今日は探し物を頼まれてほしいの」
「探し物?」
「そう。つい先日、この川に大切なものを落としてしまって」
悲しそうに川を見つめながら、おばあさんは言う。
なるほど、だからここに呼び出されたのか。その点については納得はしたけれど、大丈夫かなという不安も募る。川の流れが速いところではないから中には入れるけれど、下流まで流されてしまっているかもしれない。
「それって、どんなものなんですか?」
「そうね。言葉では説明しにくいのだけど、とにかく、とても大事なものだったのよ」
「大切なものだったんですね。えぇと、それで、それはどんな形状の」
「見たらきっとすぐにわかるわ。とてもきれいなものだから」
「え、えぇ……と」
まるで謎かけだ。戸惑っていると、先輩がこれ見よがしに溜息を吐く。
「あのな、ばあさん。そんな不確かな情報だけで、俺にあの川に入れってか?」
「あら、無理強いするつもりはないのだけど。でも、ねぇ」
物憂げに川に注がれる視線に、「あ」と気がついた。
あたしや先輩だったら、「ちょっと面倒だな」だとか「ちょっと濡れちゃうかな」くらいの労力で川に入ることができる。探すことができるけれど。
――おばあさんには無理だよね。
自分で探したくても無理が効かないだろう。安全のためにも無理をしてほしくはないし、あたしたちを頼ってくれた気持ちを慮ることもできる。
そんな頼み事をできるのが、よろず相談課しかなかったのかもしれない、ということも。
あたしは無意識にお守り袋を握り締めた。もしこれを失くしてしまったら、あたしは死に物狂いで探すと思う。それこそ、なにをしてでも。
川を一瞥した先輩が口を開こうとしたのを、あたしは慌てて遮った。
「あたしが探します! 大事なものなんですよね」
おばあさんに目線を合わせて、小さな手をぎゅっと握る。
「ご自分じゃどうしようもなくて、うちを頼ってくださったんですよね」
よろず相談課があってよかった。はじめて素直にそう思うことができた。
前の課だったら、こんな電話を受けても「それは困りましたねぇ」と言うことしかできなかっただろう。
けれど、ここならできるのだ。かかってきた電話を絶対にたらいまわしにはしない。あたしたちで絶対に解決する。だから、よろずに相談が集まってくる。
ごみ掃除しかすることのない窓際部署だなんて思ってしまっていた自分が恥ずかしい。
「おい、三崎」
咎める声を無視して、勢いのまま言い切る。
「任せてください!」
だって、あたしは、あたしが生まれ育ったこの町が好きで。この町の役に立ちたくて市役所に入ったのだ。
そんなきれいごとばかりの世界ではないことは知っている。けれど、真摯に応じればありがとうという言葉をもらえることがある。あなたがいてよかったと言ってくれる人がいる。
それが十人のうちのたったひとりであっても、そう言ってくれる人がいる。
それだけで、あたしは頑張っていける。そう思っていたはずだ。仕事に忙殺されるうちに忘れていた熱源が、ゆっくりと蘇っていく。
意味のわからない単語に、無言で先輩を凝視する。
「だから、河童」
不愛想に繰り返されて、あたしは頭をフル回転させた。まさか苗字なのだろうか。呼び捨ての理由はさっぱりわからないが、先輩が付けたあだ名だとは思いたくない。
「よろしくお願いします、河童さん」
疑問を捨てて、あたしは笑顔で挨拶をした。
先輩の知り合いなんだろう、たぶん、きっと。優しそうなおばあさんだし、孫みたいな感じでかわいがっていらっしゃるのかもしれない。口が悪いのもご愛敬みたいな、そんな感じで。
思い込みって、重要だ。とりわけこの課で平穏無事に生き抜いていくためには。
「あなたが新しくいらっしゃったというお嬢さんね」
「三崎と申します。まだまだ勉強中の身ですが、よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ。今後もお呼び立てすることがあると思いますから」
うふふと上品にほほえんだおばあさんが、実はねと声を潜めた。
「今日は探し物を頼まれてほしいの」
「探し物?」
「そう。つい先日、この川に大切なものを落としてしまって」
悲しそうに川を見つめながら、おばあさんは言う。
なるほど、だからここに呼び出されたのか。その点については納得はしたけれど、大丈夫かなという不安も募る。川の流れが速いところではないから中には入れるけれど、下流まで流されてしまっているかもしれない。
「それって、どんなものなんですか?」
「そうね。言葉では説明しにくいのだけど、とにかく、とても大事なものだったのよ」
「大切なものだったんですね。えぇと、それで、それはどんな形状の」
「見たらきっとすぐにわかるわ。とてもきれいなものだから」
「え、えぇ……と」
まるで謎かけだ。戸惑っていると、先輩がこれ見よがしに溜息を吐く。
「あのな、ばあさん。そんな不確かな情報だけで、俺にあの川に入れってか?」
「あら、無理強いするつもりはないのだけど。でも、ねぇ」
物憂げに川に注がれる視線に、「あ」と気がついた。
あたしや先輩だったら、「ちょっと面倒だな」だとか「ちょっと濡れちゃうかな」くらいの労力で川に入ることができる。探すことができるけれど。
――おばあさんには無理だよね。
自分で探したくても無理が効かないだろう。安全のためにも無理をしてほしくはないし、あたしたちを頼ってくれた気持ちを慮ることもできる。
そんな頼み事をできるのが、よろず相談課しかなかったのかもしれない、ということも。
あたしは無意識にお守り袋を握り締めた。もしこれを失くしてしまったら、あたしは死に物狂いで探すと思う。それこそ、なにをしてでも。
川を一瞥した先輩が口を開こうとしたのを、あたしは慌てて遮った。
「あたしが探します! 大事なものなんですよね」
おばあさんに目線を合わせて、小さな手をぎゅっと握る。
「ご自分じゃどうしようもなくて、うちを頼ってくださったんですよね」
よろず相談課があってよかった。はじめて素直にそう思うことができた。
前の課だったら、こんな電話を受けても「それは困りましたねぇ」と言うことしかできなかっただろう。
けれど、ここならできるのだ。かかってきた電話を絶対にたらいまわしにはしない。あたしたちで絶対に解決する。だから、よろずに相談が集まってくる。
ごみ掃除しかすることのない窓際部署だなんて思ってしまっていた自分が恥ずかしい。
「おい、三崎」
咎める声を無視して、勢いのまま言い切る。
「任せてください!」
だって、あたしは、あたしが生まれ育ったこの町が好きで。この町の役に立ちたくて市役所に入ったのだ。
そんなきれいごとばかりの世界ではないことは知っている。けれど、真摯に応じればありがとうという言葉をもらえることがある。あなたがいてよかったと言ってくれる人がいる。
それが十人のうちのたったひとりであっても、そう言ってくれる人がいる。
それだけで、あたしは頑張っていける。そう思っていたはずだ。仕事に忙殺されるうちに忘れていた熱源が、ゆっくりと蘇っていく。
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない
由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。
けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。
――ただ一人を除いて。
幼なじみの侍女・翠玉。
彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。
「殿下、見られてます!」
「構わない」
後宮中が噂する。
『皇太子は侍女に溺れている』
けれど翠玉はまだ知らない。
それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています