18 / 72
第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
河童の川探し⑥
先輩の手を借りて川から上がったときには、河川敷には誰もいなかった。けれど、河童がいた事実を示すように草木のある一部分だけが倒れている。
「あの……」
狐か狸に化かされた気分で、あたしは先輩を振り仰いだ。先輩の言葉と自分の目を信じるならば、化かした相手は河童なのだろうが、にわかには信じられない。
「河童って化けれるんですか」
「シダの葉で頭を撫でると人間に化けるって言うだろ」
「知らないですよ、そんな妖怪豆知識!」
知るわけがない。化けるのなんて、せいぜい狸か狐じゃないの。狸がかわいく葉っぱでどろんってするのがふつうなんじゃないの。
ふつうって、その、アニメでしか見たことはないし、この目で見ることになろうとは想像もしていなかったけれど。いや、でも。
悶々と悩んでいると、先輩がつなぎの裾を絞りながら呆れたように溜息を吐いた。
ちなみに濡れ鼠のあたしは、衣服をどうのこうのしようというのは諦めている。
「うちは、こんなのばっかりなんだよ。実際に見ないと信じねぇだろうから、説明のしようがなかっただけで」
「説明のしよう、って。つまり、その」
「詳しいことは帰ったらおっさんが説明するだろ。よろず相談っつうのは、人間からじゃなくて、こういう……、なんつうかな、妖怪からの相談がほとんどなんだよ」
「はぁ」
としか言えなかった。たしかに信じられない。けれど、目にしてしまった事実も消えない。あれは、なんというか、河童だった。でも、河童だとしても、なんで。
疑問を覚えて、ゴミ袋を縛りながら先輩に尋ねる。
「でも、じゃあ、あの河童のおばあさんは、なにを相談したかったんですか?」
失くしたものを見つけてほしいと、あのおばあさんは言った。けれど、先輩は、あのおばあさんは河童なので、仮に本当に失くしものをしたとしても、自分ですぐに見つけられるという。
溜息交じりに先輩が濡れた前髪を後ろにかきやった。水でぺしゃんこになった頭に鳥の巣頭の面影はない。
水滴が気になったのか眼鏡も外して、つなぎの胸ポケットに突っ込んでいる。露わになった横顔は、あたしにはとても懐かしいものだった。
先輩だと思った。言わなかったけれど。昔、あたしが勝手に憧れた、最上先輩。
「おまえを試して遊んでただけだ」
その答えにあたしは慌てて横顔から視線を外した。そして、繰り返す。
「試す?」
試すって、どういうことなんだろう。その答えは、また先輩から返ってきた。先輩でもなんでもないから教えないと言ったくせに。あたしからの問いかけに、先輩はちゃんと答えてくれる。
たまに無視されることもあるけれど。
「妖怪は完全な悪じゃないが善でもない。人間を騙すし、試す。取引のできる信の置ける生き物かどうかを知りたいんだ」
その言葉をあたしはゆっくりと噛み砕こうとした。そうすると、このあいだの山のおばあさんもそうだったのだろうか。
これから接していく市役所の新人が信の置ける人間かどうか、試したかったのだろうか。
そうだったとして、あたしは信頼できる相手だと思ってもらえたのだろうか。
「まぁ、一応おまえは合格ってことだったんだろ。少なくとも、今日の河童は」
よくわからないながらも、ほっとした。信用できると思ってもらえたのなら素直にうれしい。信頼は関係を築いていく第一歩だと思う。
本当に相手が「あやかし」であったとしても、同じはずだ。
「繰り返すが、あいつらは完全な悪じゃない。妖怪なんて言い方をするが、時代と地域が変われば神と称されることもある」
悪い奴じゃない。あるいは、試されたからと言って怒るな。そう言われた気がして、あたしはどう答えようか悩んでしまった。
妖怪のことはわからない。でも先輩のことは少しだけわかる。
このあいだの山のおばあさんも、今日の河童のおばあさんも、先輩はきっと嫌いではないのだろう。
「人間だって同じですよね。良い人もいれば悪い人もいる。相性がいい人もいれば、そうでない人もいる」
それには答えず、先輩は黙ったまま歩き出した。慌ててそのあとを追いかける。
水を含んだ靴が気持ち悪い。帰ったら干さないといけないと考えると億劫だし、疲れたなぁとも思う。けれど、それ以上の充足感もあった。
「あの……」
狐か狸に化かされた気分で、あたしは先輩を振り仰いだ。先輩の言葉と自分の目を信じるならば、化かした相手は河童なのだろうが、にわかには信じられない。
「河童って化けれるんですか」
「シダの葉で頭を撫でると人間に化けるって言うだろ」
「知らないですよ、そんな妖怪豆知識!」
知るわけがない。化けるのなんて、せいぜい狸か狐じゃないの。狸がかわいく葉っぱでどろんってするのがふつうなんじゃないの。
ふつうって、その、アニメでしか見たことはないし、この目で見ることになろうとは想像もしていなかったけれど。いや、でも。
悶々と悩んでいると、先輩がつなぎの裾を絞りながら呆れたように溜息を吐いた。
ちなみに濡れ鼠のあたしは、衣服をどうのこうのしようというのは諦めている。
「うちは、こんなのばっかりなんだよ。実際に見ないと信じねぇだろうから、説明のしようがなかっただけで」
「説明のしよう、って。つまり、その」
「詳しいことは帰ったらおっさんが説明するだろ。よろず相談っつうのは、人間からじゃなくて、こういう……、なんつうかな、妖怪からの相談がほとんどなんだよ」
「はぁ」
としか言えなかった。たしかに信じられない。けれど、目にしてしまった事実も消えない。あれは、なんというか、河童だった。でも、河童だとしても、なんで。
疑問を覚えて、ゴミ袋を縛りながら先輩に尋ねる。
「でも、じゃあ、あの河童のおばあさんは、なにを相談したかったんですか?」
失くしたものを見つけてほしいと、あのおばあさんは言った。けれど、先輩は、あのおばあさんは河童なので、仮に本当に失くしものをしたとしても、自分ですぐに見つけられるという。
溜息交じりに先輩が濡れた前髪を後ろにかきやった。水でぺしゃんこになった頭に鳥の巣頭の面影はない。
水滴が気になったのか眼鏡も外して、つなぎの胸ポケットに突っ込んでいる。露わになった横顔は、あたしにはとても懐かしいものだった。
先輩だと思った。言わなかったけれど。昔、あたしが勝手に憧れた、最上先輩。
「おまえを試して遊んでただけだ」
その答えにあたしは慌てて横顔から視線を外した。そして、繰り返す。
「試す?」
試すって、どういうことなんだろう。その答えは、また先輩から返ってきた。先輩でもなんでもないから教えないと言ったくせに。あたしからの問いかけに、先輩はちゃんと答えてくれる。
たまに無視されることもあるけれど。
「妖怪は完全な悪じゃないが善でもない。人間を騙すし、試す。取引のできる信の置ける生き物かどうかを知りたいんだ」
その言葉をあたしはゆっくりと噛み砕こうとした。そうすると、このあいだの山のおばあさんもそうだったのだろうか。
これから接していく市役所の新人が信の置ける人間かどうか、試したかったのだろうか。
そうだったとして、あたしは信頼できる相手だと思ってもらえたのだろうか。
「まぁ、一応おまえは合格ってことだったんだろ。少なくとも、今日の河童は」
よくわからないながらも、ほっとした。信用できると思ってもらえたのなら素直にうれしい。信頼は関係を築いていく第一歩だと思う。
本当に相手が「あやかし」であったとしても、同じはずだ。
「繰り返すが、あいつらは完全な悪じゃない。妖怪なんて言い方をするが、時代と地域が変われば神と称されることもある」
悪い奴じゃない。あるいは、試されたからと言って怒るな。そう言われた気がして、あたしはどう答えようか悩んでしまった。
妖怪のことはわからない。でも先輩のことは少しだけわかる。
このあいだの山のおばあさんも、今日の河童のおばあさんも、先輩はきっと嫌いではないのだろう。
「人間だって同じですよね。良い人もいれば悪い人もいる。相性がいい人もいれば、そうでない人もいる」
それには答えず、先輩は黙ったまま歩き出した。慌ててそのあとを追いかける。
水を含んだ靴が気持ち悪い。帰ったら干さないといけないと考えると億劫だし、疲れたなぁとも思う。けれど、それ以上の充足感もあった。
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない
由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。
けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。
――ただ一人を除いて。
幼なじみの侍女・翠玉。
彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。
「殿下、見られてます!」
「構わない」
後宮中が噂する。
『皇太子は侍女に溺れている』
けれど翠玉はまだ知らない。
それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています