20 / 72
第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
ようこそ「あやかしよろず相談課」
「いや、お疲れ様だったね。最上くんに三崎くん」
定時をとうに過ぎた時間だったのに、課長も七海さんも残って待っていてくれた。にこにことほほえむ課長の姿に、頬がゆるむ。
「ただいま戻りました」
「おかえり、三崎くん。真晴くんも」
大変だったみたいだねと七海さんも労をねぎらってくれる。
変色した服を窺う視線に、あたしは慌てて大丈夫ですと弁明する。大丈夫もクソもないが、心は充足していた。風邪もきっと引かないと思うので、大丈夫だということにしておきたい。
「気を付けてね、風邪引かないように」
「はい、ありがとうございます」
「それで」
あたしたちを見つめたまま、にこりと七海さんが首を傾げる。
「どうだろう。うちの仕事のこと、ちょっとはわかったかな」
「あ、はい。その、ちょっとは」
あの場では、底知れぬ高揚感で先輩の言ったことに素直に納得してしまった。でも、改めて市役所という日常に戻ってくると、「あやかし」という単語にファンタジーを感じてしまう。
――でも、現実だったんだよなぁ。
やりとりを見守っていた課長が、おもむろにプレートを手に取った。
「ところで三崎くん。ここの課の名前は覚えてるかな」
「え……よろず相談課ですよね。どこの課からも外れてしまう雑務を引き受ける……」
よろず相談課と書かれたプレートを手に問いかけられて、戸惑いながらもあたしは答える。その返答の途中で課長の笑みが深くなった。
「正式名称はね、あやかしよろず相談課」
課長の指先が、よろず相談課の前の妙な空白を指す。たしかにそこには、ほとんど見えない文字で「あやかし」と記されていた。
「……はい?」
「このコンクリートジャングルの現代社会に生きるあやかしたちの雑多な悩みに対応する、この町唯一の相談機関」
いや、この町、そんなにコンクリートジャングルじゃないですよね、などと半ばどうでもいいことを考えながら、あたしはあぁそうかと得心した。
あの人、本当に河童だったんだ。
「うちに課せられた大切な役割はね、現代の人間に忘れ去られてしまったあやかしたちと接触し続けることなんだ」
そして、と課長は優しい顔で続ける。
「彼らと人間のあいだに起こる諍いを調停すること」
狸のおばあさんと河童のおばあさんがの顔がぐるぐると頭のなかで回り出す。諍いの調停。それが山をきれいにすることだったり、人間が汚した川をきれいにすることであったりしたのだろうか。
「この窓口が、彼らと僕たち人間を繋ぐ最後の砦だ」
「最後の砦……」
人間が信用に足るかどうか確かめようとしている。そう言った先輩の台詞を思い出す。
本当の意味では理解できていないかもしれない。けれど、少しはわかった。
課長から七海さんに視線を移して、そして最後に隣に向ける。その先輩には、ふいと逸らされてしまったけれど。
あやかしと人間を繋ぐために、どんな電話も断らずに繋いでいく仕事をしている人たち。
あやかしよろず相談課。
あたしは改めて課長に視線を戻した。人の好い瞳がにこりと笑む。
「改めてよろしく、三崎くん」
課長の手がプレートを置いて、あたしに向かって伸ばされる。その手をぎゅっと握って、あたしは「はい」と頷いた。
ここが、あやかしよろず相談課。
夢守市役所の墓場だと噂される謎の異動先。そして、あたしの働く場所。
「はい。よろしくお願いします!」
はじめて足を踏み入れたときとは、まったく違う心持ちで頭を下げる。課長、七海さん、先輩。そして、おばあちゃん。
あたし、あやかしよろず相談課で、一生懸命がんばっていきます!
定時をとうに過ぎた時間だったのに、課長も七海さんも残って待っていてくれた。にこにことほほえむ課長の姿に、頬がゆるむ。
「ただいま戻りました」
「おかえり、三崎くん。真晴くんも」
大変だったみたいだねと七海さんも労をねぎらってくれる。
変色した服を窺う視線に、あたしは慌てて大丈夫ですと弁明する。大丈夫もクソもないが、心は充足していた。風邪もきっと引かないと思うので、大丈夫だということにしておきたい。
「気を付けてね、風邪引かないように」
「はい、ありがとうございます」
「それで」
あたしたちを見つめたまま、にこりと七海さんが首を傾げる。
「どうだろう。うちの仕事のこと、ちょっとはわかったかな」
「あ、はい。その、ちょっとは」
あの場では、底知れぬ高揚感で先輩の言ったことに素直に納得してしまった。でも、改めて市役所という日常に戻ってくると、「あやかし」という単語にファンタジーを感じてしまう。
――でも、現実だったんだよなぁ。
やりとりを見守っていた課長が、おもむろにプレートを手に取った。
「ところで三崎くん。ここの課の名前は覚えてるかな」
「え……よろず相談課ですよね。どこの課からも外れてしまう雑務を引き受ける……」
よろず相談課と書かれたプレートを手に問いかけられて、戸惑いながらもあたしは答える。その返答の途中で課長の笑みが深くなった。
「正式名称はね、あやかしよろず相談課」
課長の指先が、よろず相談課の前の妙な空白を指す。たしかにそこには、ほとんど見えない文字で「あやかし」と記されていた。
「……はい?」
「このコンクリートジャングルの現代社会に生きるあやかしたちの雑多な悩みに対応する、この町唯一の相談機関」
いや、この町、そんなにコンクリートジャングルじゃないですよね、などと半ばどうでもいいことを考えながら、あたしはあぁそうかと得心した。
あの人、本当に河童だったんだ。
「うちに課せられた大切な役割はね、現代の人間に忘れ去られてしまったあやかしたちと接触し続けることなんだ」
そして、と課長は優しい顔で続ける。
「彼らと人間のあいだに起こる諍いを調停すること」
狸のおばあさんと河童のおばあさんがの顔がぐるぐると頭のなかで回り出す。諍いの調停。それが山をきれいにすることだったり、人間が汚した川をきれいにすることであったりしたのだろうか。
「この窓口が、彼らと僕たち人間を繋ぐ最後の砦だ」
「最後の砦……」
人間が信用に足るかどうか確かめようとしている。そう言った先輩の台詞を思い出す。
本当の意味では理解できていないかもしれない。けれど、少しはわかった。
課長から七海さんに視線を移して、そして最後に隣に向ける。その先輩には、ふいと逸らされてしまったけれど。
あやかしと人間を繋ぐために、どんな電話も断らずに繋いでいく仕事をしている人たち。
あやかしよろず相談課。
あたしは改めて課長に視線を戻した。人の好い瞳がにこりと笑む。
「改めてよろしく、三崎くん」
課長の手がプレートを置いて、あたしに向かって伸ばされる。その手をぎゅっと握って、あたしは「はい」と頷いた。
ここが、あやかしよろず相談課。
夢守市役所の墓場だと噂される謎の異動先。そして、あたしの働く場所。
「はい。よろしくお願いします!」
はじめて足を踏み入れたときとは、まったく違う心持ちで頭を下げる。課長、七海さん、先輩。そして、おばあちゃん。
あたし、あやかしよろず相談課で、一生懸命がんばっていきます!
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない
由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。
けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。
――ただ一人を除いて。
幼なじみの侍女・翠玉。
彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。
「殿下、見られてます!」
「構わない」
後宮中が噂する。
『皇太子は侍女に溺れている』
けれど翠玉はまだ知らない。
それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています