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第二章:白狐と初恋
七海さんの話②
「取り返しのつかないほどその人を傷つけたら、どうしたらいいんでしょう」
小学生のようなことを言ってしまった自覚はある。もう、いい大人なのに。気づいた瞬間に恥ずかしくなって撤回したくなったけれど、七海さんは笑わなかった。
その代わりに、「そうだね」と解を探るような静かな声で呟く。しばらくの間のあと、あたしの顔を覗き込むようにして、口を開いた。
「その場合は、誠心誠意謝ればいいんじゃないかな」
「え?」
予想外に軽かった答えに瞳を瞬かせる。七海さんはそんなあたしを見て肩をすくめた。
「だって、そうじゃないか。傷つけてしまったら謝るしかないよ。許してもらえるかはわからないけれど。選択には付き物なことだからしかたがない」
だから甘んじて受け入れるしかないのだと七海さんは笑う。
「ただ僕はね、きみと真晴くんがふたりで出した答えなら、それを全力で支持するつもりだよ。誰になんと言われようともね。アフターケアの体制は万全に整えてここで待っているから、好きに動いたらいい」
「……でも」
「僕はね、真晴くんの言うところのきみの猪突猛進で裏表のない愚鈍な真面目さが好きなんだ」
あれ、とあたしは一拍置いて首を傾げた。これ、褒められてなくない? そのあたしの顔に、七海さんが「ごめんね」と眦を下げる。
「真晴くんの言葉をそのまま引用しただけだから。僕に他意はないよ」
「はぁ」
「もちろん、僕もきみのそういった優しいところは長所だと思ってるよ」
はぁ、ともう一度あたしは頷いた。褒めてくれている、らしい。七海さんがおっしゃってくださるような優しさが自分にある自信はさっぱりなかったけれど。
納得のいっていないあたしの態度にか、七海さんが小さく笑った。
「それに、僕は個人的にはきみが提案した地域再建計画は興味深くてね」
「え? え? まさか先輩ですか?」
あんなばっさりと呆れ顔で地域振興課の仕事だって切り捨てて、それ以降いっさい話題にも出してくれなかったくせに。
七海さんにはこうして情報が伝わってるとか、なんなんだ。いったい影でどんなふうに言われていることやら。なにせ猪突猛進で愚鈍らしい。居た堪れなくなって「すみません」とあたしは謝った。
七海さんは静かに首を横に振る。「謝る必要なんてないよ」
「良くも悪くもここは閉鎖的なところだからね。その他大勢に協力を要請しようなんて誰も考えない。特に真晴くんはね」
「はぁ、でも、ここの課の特性を考えたらしかたのないことじゃ」
なんせ、対応する相手の半分があやかしなのだ。協力の要請をしようがないことも多いはずだ。けれど七海さんは笑って否定した。
「でも、やり方を考えれば関わり方はいくらでもあるだろう? 僕には想像の付かないようなものも、きっとね。きみのおかげで新しい価値観が開ける。それはすばらしいことだし、僕はそういう意味で期待しているんだ」
期待という言葉を七海さんの口から聞いたのはこれで二度目だ。短期間で繰り返されて、あたしはぎこちなく頷いた。期待というものはうれしいけれど、怖い。
「だから、きみはきみにしかできないことをしたらいいよ。ずっとこういった案件ばかりだった僕たちと違う視点がきみにはあるはずだから」
「……はい」
「もちろん、守らなければならない決まりごともあるけどね。それを逸脱しない限りは、好きにしたらいいと思う」
にこと駄目押しのようにほほえんで七海さんが席を立つ。慌てて片付けようとしたのだけれど、視線で押し止めてしまった。
「連日の残業だったら帰りなさいと上司として諭さないといけないけどね。たまの必要な残業ならがんばりなさい」
ありがとうございます、と言ってから、あたしははっとして七海さんを呼び止めた。
「あ、あの!」
「ん? どうかしたかい?」
不思議そうに首を傾げられて、勢いよく頭を下げる。
「お時間頂戴して申し訳ないんですけど、少しだけ相談に乗ってもらえませんか」
あたしにできること。未熟だからこそできるこそ。そのうちのひとつはきっと、こうしてたくさんの人から力を借りることだ。
そうして模索していくことだ。
「もちろん。いいよ」
僕でよければねと優しい笑顔で請け負って、七海さんがもう一度腰を下ろす。頭のなかをぐるぐると駆け巡っているだけで言葉になり切っていなかったものを、あたしはひとつずつ吐き出していった。
小学生のようなことを言ってしまった自覚はある。もう、いい大人なのに。気づいた瞬間に恥ずかしくなって撤回したくなったけれど、七海さんは笑わなかった。
その代わりに、「そうだね」と解を探るような静かな声で呟く。しばらくの間のあと、あたしの顔を覗き込むようにして、口を開いた。
「その場合は、誠心誠意謝ればいいんじゃないかな」
「え?」
予想外に軽かった答えに瞳を瞬かせる。七海さんはそんなあたしを見て肩をすくめた。
「だって、そうじゃないか。傷つけてしまったら謝るしかないよ。許してもらえるかはわからないけれど。選択には付き物なことだからしかたがない」
だから甘んじて受け入れるしかないのだと七海さんは笑う。
「ただ僕はね、きみと真晴くんがふたりで出した答えなら、それを全力で支持するつもりだよ。誰になんと言われようともね。アフターケアの体制は万全に整えてここで待っているから、好きに動いたらいい」
「……でも」
「僕はね、真晴くんの言うところのきみの猪突猛進で裏表のない愚鈍な真面目さが好きなんだ」
あれ、とあたしは一拍置いて首を傾げた。これ、褒められてなくない? そのあたしの顔に、七海さんが「ごめんね」と眦を下げる。
「真晴くんの言葉をそのまま引用しただけだから。僕に他意はないよ」
「はぁ」
「もちろん、僕もきみのそういった優しいところは長所だと思ってるよ」
はぁ、ともう一度あたしは頷いた。褒めてくれている、らしい。七海さんがおっしゃってくださるような優しさが自分にある自信はさっぱりなかったけれど。
納得のいっていないあたしの態度にか、七海さんが小さく笑った。
「それに、僕は個人的にはきみが提案した地域再建計画は興味深くてね」
「え? え? まさか先輩ですか?」
あんなばっさりと呆れ顔で地域振興課の仕事だって切り捨てて、それ以降いっさい話題にも出してくれなかったくせに。
七海さんにはこうして情報が伝わってるとか、なんなんだ。いったい影でどんなふうに言われていることやら。なにせ猪突猛進で愚鈍らしい。居た堪れなくなって「すみません」とあたしは謝った。
七海さんは静かに首を横に振る。「謝る必要なんてないよ」
「良くも悪くもここは閉鎖的なところだからね。その他大勢に協力を要請しようなんて誰も考えない。特に真晴くんはね」
「はぁ、でも、ここの課の特性を考えたらしかたのないことじゃ」
なんせ、対応する相手の半分があやかしなのだ。協力の要請をしようがないことも多いはずだ。けれど七海さんは笑って否定した。
「でも、やり方を考えれば関わり方はいくらでもあるだろう? 僕には想像の付かないようなものも、きっとね。きみのおかげで新しい価値観が開ける。それはすばらしいことだし、僕はそういう意味で期待しているんだ」
期待という言葉を七海さんの口から聞いたのはこれで二度目だ。短期間で繰り返されて、あたしはぎこちなく頷いた。期待というものはうれしいけれど、怖い。
「だから、きみはきみにしかできないことをしたらいいよ。ずっとこういった案件ばかりだった僕たちと違う視点がきみにはあるはずだから」
「……はい」
「もちろん、守らなければならない決まりごともあるけどね。それを逸脱しない限りは、好きにしたらいいと思う」
にこと駄目押しのようにほほえんで七海さんが席を立つ。慌てて片付けようとしたのだけれど、視線で押し止めてしまった。
「連日の残業だったら帰りなさいと上司として諭さないといけないけどね。たまの必要な残業ならがんばりなさい」
ありがとうございます、と言ってから、あたしははっとして七海さんを呼び止めた。
「あ、あの!」
「ん? どうかしたかい?」
不思議そうに首を傾げられて、勢いよく頭を下げる。
「お時間頂戴して申し訳ないんですけど、少しだけ相談に乗ってもらえませんか」
あたしにできること。未熟だからこそできるこそ。そのうちのひとつはきっと、こうしてたくさんの人から力を借りることだ。
そうして模索していくことだ。
「もちろん。いいよ」
僕でよければねと優しい笑顔で請け負って、七海さんがもう一度腰を下ろす。頭のなかをぐるぐると駆け巡っているだけで言葉になり切っていなかったものを、あたしはひとつずつ吐き出していった。
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