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第二章:白狐と初恋
白狐さまとあたし
「なんじゃ、おぬしら。喧嘩でもしたのか」
ぶすくれた顔のあたしを一瞥して、神様は楽しそうに喉を鳴らした。
その顔はまさしくおもしろいものを見たと言っていて、あたしは唇を尖らせる。境内では、明日の夜の祭りの準備が始まっていた。
おじいさんたちが中心になって力仕事をしているのを見かねたのか、単にあたしから距離を置きたいだけか。手伝いを申し出た先輩は、区長さんたちからいたく感謝されている。
和やかな声々にたまに不機嫌そうな先輩の声が混ざっているが、被せるような笑い声で相殺されていた。
どう控え目に見積もっても年配者の受けが良くなさそうな先輩だが、そうでないことをあたしは知っている。
基本的に親切で気が良いのだ。
だから、意地悪でああいう言い方をしたんじゃないってことも、本当はわかっている。
「べつに、そんなんじゃありません」
「親に怒られた子どものような顔と口ぶりだ」
「……そういうわけじゃ」
「原因は先日のおぬしの発言か」
沈黙を選ばざるを得なかったあたしに、神様が声を立てずに笑った。そうすると猫のようにも見える。狐だそうだけど。
「意味のない喧嘩をするでない」
「すみません、でも、意味がないわけじゃ」
「おぬしの気持ちはありがたく受け取った。だが、それ以上を求めているわけではない。それに、――おぬしもわかっておるだろうが、あれは言動が多少粗野でも、昔から頭も勘も良い子どもだ。従っておれば、まず間違いはない」
「昔からって、その、先輩のこと」
知ってるんですかと尋ねたあたしに、神様はあっさりと答えた。
「そうだな。そんなに頻繁に来ていたわけではないが、たびたび姿を見たことはあったな。あれは、おぬしよりもほんの少し我らに近い生き物だ」
「神様に近い?」
「神というよりは、おぬしの思うところの不可思議に関するもの全般に、だな。あれの一族はそういったことに精通しておった。……まぁ、今はほとんどの者がそうではないが」
ということは、七海さんもそうなのだろうか。
だから先輩たちは、あやかしよろず課に長いこと籍を置いているのだろうか。一度異動になれば退職するまで動けない夢守市役所の墓場。
……そう思うとますます謎だな、あたしの配属理由。
七海さんは公私混同甚だしくて申し訳ないなんて、嘘か本当かわからないことを言って笑っていたけれど。
「なにはともあれ、子どもの喧嘩は見ていても楽しいものではない。せっかくの祭りなんだ。悲しい顔で参ってくれるなよ」
そうあたしを諭す神様の顔は、子どもなのに老人のようだった。世の理のすべてを見てきたような――言葉は悪いけれど、亡くなる直前のおばあちゃんの顔にも少し似ているような――顔。
あんたを置いていくことだけが心残りだけど、それ以外に思い残すことはないよと優しく笑っていたおばあちゃん。
にぎやかな声がときおり風に乗って届く。いつもと違って活気のある境内。いい天気だ。
けれど、昔は、もっと子どももいたのだろう。それは昨夜読んだファイルに記されていた事実だ。上森の人口は年々減少していて、祭りの規模もどんどん縮小されている。
――静山さんも、ここでこうして遊んだり、この人と話したりしたのかな。
「はい」
それでも、あたしは、あたしなんかに気を使ってくれるこの人に申し訳がなくて、笑った。
「そうします」
仲直りをするということは、あたしが折れるということだ。そう思うと気は進まないけれど、あたしが悪いのだからしかたがない。
でも、先輩もあまりにも頑なじゃないかなとも思うのだけど。
そこまで考えて、あたしはひとつ思い切った。どちらにせよ、このままじゃどうにもならない。
もう一度、ちゃんと話をしよう。それでも先輩が駄目だというのなら、そのときは諦めないといけないのかもしれないけれど。
――あれ?
なにかが引っかかって、内心で首を傾げる。
そういえば、先輩、あたしが静山さんを誘うことについては明確に駄目だとは一度も言わなかったような。
ぶすくれた顔のあたしを一瞥して、神様は楽しそうに喉を鳴らした。
その顔はまさしくおもしろいものを見たと言っていて、あたしは唇を尖らせる。境内では、明日の夜の祭りの準備が始まっていた。
おじいさんたちが中心になって力仕事をしているのを見かねたのか、単にあたしから距離を置きたいだけか。手伝いを申し出た先輩は、区長さんたちからいたく感謝されている。
和やかな声々にたまに不機嫌そうな先輩の声が混ざっているが、被せるような笑い声で相殺されていた。
どう控え目に見積もっても年配者の受けが良くなさそうな先輩だが、そうでないことをあたしは知っている。
基本的に親切で気が良いのだ。
だから、意地悪でああいう言い方をしたんじゃないってことも、本当はわかっている。
「べつに、そんなんじゃありません」
「親に怒られた子どものような顔と口ぶりだ」
「……そういうわけじゃ」
「原因は先日のおぬしの発言か」
沈黙を選ばざるを得なかったあたしに、神様が声を立てずに笑った。そうすると猫のようにも見える。狐だそうだけど。
「意味のない喧嘩をするでない」
「すみません、でも、意味がないわけじゃ」
「おぬしの気持ちはありがたく受け取った。だが、それ以上を求めているわけではない。それに、――おぬしもわかっておるだろうが、あれは言動が多少粗野でも、昔から頭も勘も良い子どもだ。従っておれば、まず間違いはない」
「昔からって、その、先輩のこと」
知ってるんですかと尋ねたあたしに、神様はあっさりと答えた。
「そうだな。そんなに頻繁に来ていたわけではないが、たびたび姿を見たことはあったな。あれは、おぬしよりもほんの少し我らに近い生き物だ」
「神様に近い?」
「神というよりは、おぬしの思うところの不可思議に関するもの全般に、だな。あれの一族はそういったことに精通しておった。……まぁ、今はほとんどの者がそうではないが」
ということは、七海さんもそうなのだろうか。
だから先輩たちは、あやかしよろず課に長いこと籍を置いているのだろうか。一度異動になれば退職するまで動けない夢守市役所の墓場。
……そう思うとますます謎だな、あたしの配属理由。
七海さんは公私混同甚だしくて申し訳ないなんて、嘘か本当かわからないことを言って笑っていたけれど。
「なにはともあれ、子どもの喧嘩は見ていても楽しいものではない。せっかくの祭りなんだ。悲しい顔で参ってくれるなよ」
そうあたしを諭す神様の顔は、子どもなのに老人のようだった。世の理のすべてを見てきたような――言葉は悪いけれど、亡くなる直前のおばあちゃんの顔にも少し似ているような――顔。
あんたを置いていくことだけが心残りだけど、それ以外に思い残すことはないよと優しく笑っていたおばあちゃん。
にぎやかな声がときおり風に乗って届く。いつもと違って活気のある境内。いい天気だ。
けれど、昔は、もっと子どももいたのだろう。それは昨夜読んだファイルに記されていた事実だ。上森の人口は年々減少していて、祭りの規模もどんどん縮小されている。
――静山さんも、ここでこうして遊んだり、この人と話したりしたのかな。
「はい」
それでも、あたしは、あたしなんかに気を使ってくれるこの人に申し訳がなくて、笑った。
「そうします」
仲直りをするということは、あたしが折れるということだ。そう思うと気は進まないけれど、あたしが悪いのだからしかたがない。
でも、先輩もあまりにも頑なじゃないかなとも思うのだけど。
そこまで考えて、あたしはひとつ思い切った。どちらにせよ、このままじゃどうにもならない。
もう一度、ちゃんと話をしよう。それでも先輩が駄目だというのなら、そのときは諦めないといけないのかもしれないけれど。
――あれ?
なにかが引っかかって、内心で首を傾げる。
そういえば、先輩、あたしが静山さんを誘うことについては明確に駄目だとは一度も言わなかったような。
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