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第二章:白狐と初恋
VS先輩Ⅱ
「前に、先輩は、あたしはここに向いてるって仰ってくださったことがありましたよね」
帰り道。車中の無言の空気に耐えられなくなったわけではないが、あたしはそう切り出した。
無視されたらどうしようかと思ったが、そこまで大人気なかったわけではないらしい先輩が、「まぁ、言ったな」とおざなりながら頷く。
ちらりとすらあたしを見てくれなかったけれど、それはまぁいい。いつものことだ。
「あたしはあやかしにも人間にも無害だから、ちょうどいいって」
それは、この数日。あたしが考えていたことのもうひとつだった。
「だから、どっちにも寄り添えるから、向いてるって」
たぶんだけど、先輩は、あたしたち人間のことだけでなく、あやかしたちのことを考えているのだと思う。たった二ヶ月だけれど、行動を共にしているうちにわかるようになった。河童さんや狸のおばあちゃん、それに、白狐の神様。
先輩は、その誰に対しても、あたしに対するのと同じように自分の目線で接し続けている。どうしたら、そういうふうになれるのだろう。二ヵ月前のあたしはたしかにそう思ったのだ。
「でも、だから、先輩も、神様の願いを叶えてあげたいと思ってるんじゃないですか」
「あのな、三崎」
「叶わなかったときの神様の気持ちを心配しているだけで」
あたしたちと神様ではすべてが違う。それも事実だろう。違う時の流れのなかで生きているということも事実だと思う。
けれど、まったく交わらないわけではない。たった一瞬でも交わることがあるのなら、その時間を大切にしたい。そう思いたかった。
そうして、その一本の細い糸のようなつながりが後世に引き継がれていくのだと。
「静山さんには神様のことは話しません。でも、なんとかして、お祭りには連れて行こうと思います」
「……それがいったいなにになるって?」
呆れた声に、あたしは言い切った。
「あたしのためです」
「おまえな、俺がこのあいだ言ったこと、ちょっとくらい考えたのか?」
「考えました」
それはもう、頭の回線がショートしそうになるほど考えた。七海さんにも相談に乗ってもらって、でも明確な答えは見えなくて、悩んで。悩んで。そうして、あたしが出した結論がこれなのだ。
「区切りのない別れほどつらいものはないとあたしは思うんです」
「区切り」
「はい、区切りです。神様はその『ゆうたくん』と次のお祭りでも会うつもりだったのに、その子は来なかった。想像したところでどんな理由があるかもわからない。ただわかるのは、彼が約束を破ったということだけ」
「……」
「それって、なんだかすごく悲しいじゃないですか。わかっていても悲しいですよ。いつか大人になる。いつか自分が見えなくなる。そうわかっていても、最後にちゃんと挨拶もできないのって、寂しいじゃないですか。それに、最後の挨拶ができなかったからこそ、今年はまた来るかもしれない、今年は来なくても来年は来るかもしれない。そんなもしもに頭が占有されて、それで」
待ち人の来ない祭りほどむなしいものはないと、ぽろりと言ってしまったのではないか。そう、あたしは考えた。
いくら頭で理解しても理屈を並べても「でも」と思ってしまう、割り切れない感情。それに悩まされるのは人間だけではないのだとも思う。
「それで?」
静かな声がしかたないと言わんばかりに先を促す。自分の考えが絶対的に正しいとは思っていない。けれど、今のあたしが考えた精いっぱいを先輩にわかってもらいたくて、続けた。
「だから、遠目からでも、大人になったその子の姿を見ることができたら、神様のなかの『ゆうたくん』とお別れができるかもしれないって思いました」
ちゃんとした「さようなら」を告げることができれば、それが一番なのかもしれない。けれど、あの神様の姿は誰にでも見えるものではない。
「それで、……神様がほっとしても悲しんでも、怒っても、あたしたちは神様のそばにいましょうよ。だって」
あたしはそこで一度区切って、ことさら明るい声を出してみせた。
「だって、あたしたちは見えるし、喋れるんですもん」
あたしたちがいるのは「あやかしよろず相談課」だ。配属されてすぐのころ、課長が言っていた言葉をあたしははっきりと覚えている。
彼らと僕たち人間を繋ぎ合わせる最後の砦。
だから、これは、きっとその仕事の一環なのだとあたしは思う。ちらりと運転席を窺う。先輩の表情はほとんど見えなかったけれど、険しい顔をしている気がした。
そもそも、先輩が笑ったところなんて、あたしは見たことがない気もするけれど。
「物好き」
かなりの沈黙のあと、溜息とともに吐き出されたそれに、あたしは「知ってます」と頷いた。そして心のなかだけで付け足す。
でも、きっとそれは先輩もですよね、と。
帰り道。車中の無言の空気に耐えられなくなったわけではないが、あたしはそう切り出した。
無視されたらどうしようかと思ったが、そこまで大人気なかったわけではないらしい先輩が、「まぁ、言ったな」とおざなりながら頷く。
ちらりとすらあたしを見てくれなかったけれど、それはまぁいい。いつものことだ。
「あたしはあやかしにも人間にも無害だから、ちょうどいいって」
それは、この数日。あたしが考えていたことのもうひとつだった。
「だから、どっちにも寄り添えるから、向いてるって」
たぶんだけど、先輩は、あたしたち人間のことだけでなく、あやかしたちのことを考えているのだと思う。たった二ヶ月だけれど、行動を共にしているうちにわかるようになった。河童さんや狸のおばあちゃん、それに、白狐の神様。
先輩は、その誰に対しても、あたしに対するのと同じように自分の目線で接し続けている。どうしたら、そういうふうになれるのだろう。二ヵ月前のあたしはたしかにそう思ったのだ。
「でも、だから、先輩も、神様の願いを叶えてあげたいと思ってるんじゃないですか」
「あのな、三崎」
「叶わなかったときの神様の気持ちを心配しているだけで」
あたしたちと神様ではすべてが違う。それも事実だろう。違う時の流れのなかで生きているということも事実だと思う。
けれど、まったく交わらないわけではない。たった一瞬でも交わることがあるのなら、その時間を大切にしたい。そう思いたかった。
そうして、その一本の細い糸のようなつながりが後世に引き継がれていくのだと。
「静山さんには神様のことは話しません。でも、なんとかして、お祭りには連れて行こうと思います」
「……それがいったいなにになるって?」
呆れた声に、あたしは言い切った。
「あたしのためです」
「おまえな、俺がこのあいだ言ったこと、ちょっとくらい考えたのか?」
「考えました」
それはもう、頭の回線がショートしそうになるほど考えた。七海さんにも相談に乗ってもらって、でも明確な答えは見えなくて、悩んで。悩んで。そうして、あたしが出した結論がこれなのだ。
「区切りのない別れほどつらいものはないとあたしは思うんです」
「区切り」
「はい、区切りです。神様はその『ゆうたくん』と次のお祭りでも会うつもりだったのに、その子は来なかった。想像したところでどんな理由があるかもわからない。ただわかるのは、彼が約束を破ったということだけ」
「……」
「それって、なんだかすごく悲しいじゃないですか。わかっていても悲しいですよ。いつか大人になる。いつか自分が見えなくなる。そうわかっていても、最後にちゃんと挨拶もできないのって、寂しいじゃないですか。それに、最後の挨拶ができなかったからこそ、今年はまた来るかもしれない、今年は来なくても来年は来るかもしれない。そんなもしもに頭が占有されて、それで」
待ち人の来ない祭りほどむなしいものはないと、ぽろりと言ってしまったのではないか。そう、あたしは考えた。
いくら頭で理解しても理屈を並べても「でも」と思ってしまう、割り切れない感情。それに悩まされるのは人間だけではないのだとも思う。
「それで?」
静かな声がしかたないと言わんばかりに先を促す。自分の考えが絶対的に正しいとは思っていない。けれど、今のあたしが考えた精いっぱいを先輩にわかってもらいたくて、続けた。
「だから、遠目からでも、大人になったその子の姿を見ることができたら、神様のなかの『ゆうたくん』とお別れができるかもしれないって思いました」
ちゃんとした「さようなら」を告げることができれば、それが一番なのかもしれない。けれど、あの神様の姿は誰にでも見えるものではない。
「それで、……神様がほっとしても悲しんでも、怒っても、あたしたちは神様のそばにいましょうよ。だって」
あたしはそこで一度区切って、ことさら明るい声を出してみせた。
「だって、あたしたちは見えるし、喋れるんですもん」
あたしたちがいるのは「あやかしよろず相談課」だ。配属されてすぐのころ、課長が言っていた言葉をあたしははっきりと覚えている。
彼らと僕たち人間を繋ぎ合わせる最後の砦。
だから、これは、きっとその仕事の一環なのだとあたしは思う。ちらりと運転席を窺う。先輩の表情はほとんど見えなかったけれど、険しい顔をしている気がした。
そもそも、先輩が笑ったところなんて、あたしは見たことがない気もするけれど。
「物好き」
かなりの沈黙のあと、溜息とともに吐き出されたそれに、あたしは「知ってます」と頷いた。そして心のなかだけで付け足す。
でも、きっとそれは先輩もですよね、と。
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