こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ

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第二章:白狐と初恋

夏祭りへの誘い①

 メールでお願いすることもできるけれど、どうせなら直に顔を見て話をしたい。そう決めたあたしは本館に足を運んだ。

 なんだかんだとあたしも忙しかったので、国民健康保険課に顔を出すのはひさしぶりだ。
 まもなく繁忙期に突入する国民健康保険課は、終業時間を過ぎた今も半分以上の席が埋まっている。空席の人も別室で作業しているはずだ。しみじみと大変そうだなぁと思う。
 去年のことを思い返せば、おおよその想像は付く。保険料の通知を発送するのは六月の半ば。あと一週間もすればここは大忙しのピークを迎えるのだ。

 少し離れたところから様子を窺っていると、懐かしい声がかかった。鈴木さんである。

「あれ、三崎ちゃん」
「おひしぶりです、鈴木さん」

 ほんの少し面倒な人に見つかってしまったと焦りながら、へらりと笑う。
 悪い人ではないのだが、鈴木さんはとっても噂好きなのだ。あたしが静山さんを祭りに誘おうとしているなんて知られたら最後、盛大に尾ひれの付いた噂が庁内を駆け巡る。
 そんな鈴木さんをやんわり窘めてくれる有海さんを目で探したが、残念ながら不在のようだった。あたしの視線に気が付いたらしい鈴木さんが「有海さんなら会議室だよ」と言う。

「やっぱりもう準備作業始まってるんですね。お疲れさまです」
「そうだよ。今年は異動が少なかったから経験者が多いだけマシだけどね。でも、三崎ちゃんの次にきた新採の子がまだ使えなくてさ」
「あはは」

 完全なる愛想笑いであたしは応じた。そりゃ、まだ使えなくて当然だろうとは思う。思うけれど、この微妙に棘のある言い方から察するに、鈴木さんとはあまり合わないタイプの子だったのだろう。気の毒に。
 四月の半ばにあった国民健康保険課の歓送迎会のときにちらりと見たけれど、大人しそうな女の子だった記憶がある。もし若手の飲み会で会うことがあれば話を振ってみようと決めて、鈴木さんを取り為しにかかる。

「終わるころには大丈夫ですよ。どうせ苦情の電話対応ばっかりになるんですから。嫌でも慣れますって」
「まぁね。ある程度ひとりで対応してもらわないと、フォローのしようもないからね」

 やれ保険料が上がっただの、なんでこうなったんだ、だの。
 朝から晩まで電話も鳴り止まなければ、窓口を訪れる人も止まない。それが年間保険料通知後の業務風景なのだ。
 誠心誠意説明すれば理解してくださる方も多いが、なにをどう説明したところで聞き入れる気のない方も一定数いらっしゃるのだ。
 そういった方に当たるかどうかは、もはやロシアンルーレット。こちらの態度いかんで変わることもあるだろうが、そんなレベルでない方もいる。……ということを、あたしは市役所に勤めてから知った。
 たとえそういったお客様に当たらなくとも、窓口は大混雑の戦争状態。新人の子のフォローにもすぐには回れない状態なのだ。ある程度はなんとかがんばってもらうしかない。
 あたしも一年目は恐ろしい目に遭ったもんだと遠い目になりかけたところで、当初の目的を思い出した。

「あの、今日はもう静山さんって帰られました?」

 できれば鈴木さんではない人に聞きたかったところである。

「え? しずちゃん?」

 予想どおり、鈴木さんの瞳がきらめいた。その勢いにたじろぎそうになりながら、なんとか言葉を継ぐ。

「いや、あの、ちょっと聞きたいことがあっただけで、そのなんというか」
「やだ、どうしたの、三崎ちゃん。そんな言い訳並べちゃって」
「あはは、いや、あの、その、本当に」

 怪しさが増していることは気付いたが、どうにもならない。必死で愛想笑いを張り付ける。
 悲しいかな、昔からうまく嘘を吐けるタイプではないのだ。

「いいから、いいから。大丈夫」

 まったくよくない誤解をしている鈴木さんが、にこにことあたしの肩を叩いた。駄目だ。完全におもしろがられている。

 ――すみません、静山さん。

 鈴木さんと明日も明後日も顔を合わせる静山さんに、あたしは心のなかで土下座した。
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