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第二章:白狐と初恋
夏祭りへの誘い②
「しずちゃんなら、有海さんの手伝い。会議室で準備してるけど、もう戻ってくるんじゃないかな。今日は残業もそんなにしないと思うし。一緒に帰れるんじゃない?」
「いやぁ」
否定したいが、あたしにはこれから静山さんを祭りに誘う任務があるのだ。
先輩に来てもらったほうが妙な誤解を生まずに済んだのではないかという後悔が生じたけれど、そんな迷惑はかけられない。
そういえば、どうなの。よろ相は。興味津々に尋ねられて、鈴木さんに急ぎの仕事はないらしいことを悟る。
ここまでくればヤケクソだ。その話題に便乗して、あたしは誤解を解こうと試みた。
「実は上森地区の神社のお祭りのお手伝いをしてるんですけど」
「へぇ。そんな仕事もあるんだね」
「はは、まぁ、よろず相談ですから」
もっともな疑問を笑って交わして、静山さんの名前を出す。精いっぱい自然を装ったつもりだ。
「静山さんがたしかそちらのご出身じゃなかったかなぁと思って。ちょっとお話をお伺いしたいなと」
「なるほど。それをネタに夏祭りデートか。やるねぇ、三崎ちゃん」
「いや、あの、本当に」
「いいの、いいの。隠さなくて。しずちゃん、いいやつだもんね。――あ、しずちゃん!」
嬉々とした鈴木さんの声に振り返ると、静山さんが段ボール箱を抱えて廊下を曲がってきたところだった。穏やかな顔が、あたしたちを見とめてにこりと笑う。
――なんか、最近、先輩の仏頂面ばかり見てたから癒されるなぁ。
鬼と菩薩だ。少なくとも見かけは。
「ひさしぶりだね、三崎ちゃん。鈴木さん、どうかしました?」
「ううん、どうもしないの。お疲れ様。三崎ちゃんがしずちゃんに話があるって言って待ってたの」
「三崎ちゃんが?」
不思議そうに首を傾げられて、あたしは「いや、あの」と必要以上にどもってしまった。しまった。完全に鈴木さんの誤解に拍車をかけている。
案の定、鈴木さんは妙な気を利かせて自席に戻ってしまった。とはいえ、距離は数メートルしかないので筒抜けである。
「どうしたの? 俺でわかること? もしかして、このあいだのメールの話?」
「まさにそれで。あの、上森のお祭りって今日ですよね」
「あぁ、今日だったか。ごめんね、行けたら行くって言ってたけど、やっぱりちょっと難しいかも」
「ですよね。今、忙しいですもんね」
内情を知っているだけに、その言葉がお為ごかしではなく真実なのだとわかる。そしてそれだけに、無理強いはできない。頷いたあたしに「ごめんね、調子のいいこと言っちゃって」と静山さんが申し訳なさそうに眉を下げた。
文句なしにいい人である。
「いえ。もしご一緒できたらうれしかったなぁと思っただけで」
がんばれ三崎ちゃんと言わんばかりの無言の圧を鈴木さんから覚えながら、あたしは無難な言葉選びに尽力した。
がんばりたいのは山々なのだが、鈴木さんの想像とは百八十度違うのだ。
「静山さんは、小さいころそのお祭りに行ってました?」
「ん? あぁ、行ってたよ。でも、小学生のあいだだけだったかな。そんなに屋台が多く出ているわけでもない、本当に小さな地元の祭りだからね」
「思い出とかってあります?」
しつこく問いかけているのに、静山さんは嫌な顔ひとつしなかった。「そうだなぁ」とちゃんと思い出そうとしてくれている。
「まぁ、上森ってすごく田舎なところだからね。あのあたりの子どもはみんな友達っていうか、そんな感じだったから。やっぱり小さいうちは楽しかったよ。みんなで夜に遊べるからね。準備期間も楽しかったし」
「知っている子ばっかりですか?」
「うーん、そうだな。……あぁ、そういえば」
そこでふと静山さんが言葉を切った。過去を覗くような表情に、我儘な心臓が脈打ちはじめる。勝手に期待しているのだ。
「お祭りの夜にだけ会う子もいたな。女の子だったと思うんだけど。その子とも、いつのまにか会わなくなっちゃったな」
その言葉に、心臓がふっと静かになった気がした。
やっぱり、静山さんだったんだ。ほっとしたような苦しいような。よくわからない感情でいっぱいになる。その感慨を呑み込んで、できるだけいつもの調子であたしは尋ねた。
「いやぁ」
否定したいが、あたしにはこれから静山さんを祭りに誘う任務があるのだ。
先輩に来てもらったほうが妙な誤解を生まずに済んだのではないかという後悔が生じたけれど、そんな迷惑はかけられない。
そういえば、どうなの。よろ相は。興味津々に尋ねられて、鈴木さんに急ぎの仕事はないらしいことを悟る。
ここまでくればヤケクソだ。その話題に便乗して、あたしは誤解を解こうと試みた。
「実は上森地区の神社のお祭りのお手伝いをしてるんですけど」
「へぇ。そんな仕事もあるんだね」
「はは、まぁ、よろず相談ですから」
もっともな疑問を笑って交わして、静山さんの名前を出す。精いっぱい自然を装ったつもりだ。
「静山さんがたしかそちらのご出身じゃなかったかなぁと思って。ちょっとお話をお伺いしたいなと」
「なるほど。それをネタに夏祭りデートか。やるねぇ、三崎ちゃん」
「いや、あの、本当に」
「いいの、いいの。隠さなくて。しずちゃん、いいやつだもんね。――あ、しずちゃん!」
嬉々とした鈴木さんの声に振り返ると、静山さんが段ボール箱を抱えて廊下を曲がってきたところだった。穏やかな顔が、あたしたちを見とめてにこりと笑う。
――なんか、最近、先輩の仏頂面ばかり見てたから癒されるなぁ。
鬼と菩薩だ。少なくとも見かけは。
「ひさしぶりだね、三崎ちゃん。鈴木さん、どうかしました?」
「ううん、どうもしないの。お疲れ様。三崎ちゃんがしずちゃんに話があるって言って待ってたの」
「三崎ちゃんが?」
不思議そうに首を傾げられて、あたしは「いや、あの」と必要以上にどもってしまった。しまった。完全に鈴木さんの誤解に拍車をかけている。
案の定、鈴木さんは妙な気を利かせて自席に戻ってしまった。とはいえ、距離は数メートルしかないので筒抜けである。
「どうしたの? 俺でわかること? もしかして、このあいだのメールの話?」
「まさにそれで。あの、上森のお祭りって今日ですよね」
「あぁ、今日だったか。ごめんね、行けたら行くって言ってたけど、やっぱりちょっと難しいかも」
「ですよね。今、忙しいですもんね」
内情を知っているだけに、その言葉がお為ごかしではなく真実なのだとわかる。そしてそれだけに、無理強いはできない。頷いたあたしに「ごめんね、調子のいいこと言っちゃって」と静山さんが申し訳なさそうに眉を下げた。
文句なしにいい人である。
「いえ。もしご一緒できたらうれしかったなぁと思っただけで」
がんばれ三崎ちゃんと言わんばかりの無言の圧を鈴木さんから覚えながら、あたしは無難な言葉選びに尽力した。
がんばりたいのは山々なのだが、鈴木さんの想像とは百八十度違うのだ。
「静山さんは、小さいころそのお祭りに行ってました?」
「ん? あぁ、行ってたよ。でも、小学生のあいだだけだったかな。そんなに屋台が多く出ているわけでもない、本当に小さな地元の祭りだからね」
「思い出とかってあります?」
しつこく問いかけているのに、静山さんは嫌な顔ひとつしなかった。「そうだなぁ」とちゃんと思い出そうとしてくれている。
「まぁ、上森ってすごく田舎なところだからね。あのあたりの子どもはみんな友達っていうか、そんな感じだったから。やっぱり小さいうちは楽しかったよ。みんなで夜に遊べるからね。準備期間も楽しかったし」
「知っている子ばっかりですか?」
「うーん、そうだな。……あぁ、そういえば」
そこでふと静山さんが言葉を切った。過去を覗くような表情に、我儘な心臓が脈打ちはじめる。勝手に期待しているのだ。
「お祭りの夜にだけ会う子もいたな。女の子だったと思うんだけど。その子とも、いつのまにか会わなくなっちゃったな」
その言葉に、心臓がふっと静かになった気がした。
やっぱり、静山さんだったんだ。ほっとしたような苦しいような。よくわからない感情でいっぱいになる。その感慨を呑み込んで、できるだけいつもの調子であたしは尋ねた。
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