こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ

文字の大きさ
41 / 72
第二章:白狐と初恋

夏祭りへの誘い③

「その女の子って、どんな子だったんですか?」
「どうだったかな。そういえば、いつも淡い水色の着物を着てたような気もするよ。俺と同い年か、もう少し小さいかくらいの子だったと思うんだけど」
「その子の名前って覚えてないですか?」
「いや、名前は知らないよ。たぶん、あのあたりの家の人のお孫さんが遊びに来てるんだと思ってたんだけど、違うのかな」

 問い重ねるあたしに、静山さんが苦笑いで首を傾げる。
 その姿に、あたしは完全に言葉に詰まってしまった。
 その子とお祭りの日に会う約束をしていませんでしたか、なんて聞けない。覚えてはいても、静山さんにとっては数多ある過去の記憶のひとつでしかないのだ。
 そんな当たり前のことに、今になって気が付いた。

 時の流れが違うというのは、こういうことなのだろうか。大人になれば、子どものころの出来事は過去になる。あたしたちはなんの疑問も覚えないまま忘れていく。それが当たり前だと思っている。
 けれど、神様はそうじゃない。
 薄青色の着物の女の子は大人にならない。静山さんよりも年下なんかじゃない。長い年月を生きた神様は、今もあの姿のまま社で待っている。

「三崎ちゃん?」

 戸惑った声に、あたしは「なんでもないです」と笑った。先輩の言うとおりだった。
 あたしの自己満足だ。だからやめよう。そう決めた瞬間だった。背後から不愛想な声が響いたのは。

「静山」

 はっとして振り返ると、呆れ顔を隠そうともしない先輩が立っていた。つなぎのポケットに両手を突っ込んだ、いつもの反抗期真っ盛りの学生のような態度。
 そのまま近づいてくる先輩に、鈴木さんがすわ修羅場かとそわそわ窺っている。それに気が付いて、あたしは泣きそうになって、笑った。
 本当に、先輩はお人よしだ。

「最上」

 驚いた顔だった静山さんが、あたしを一瞥して頷いた。「そういや、同じ課なんだっけ」

「はい、お世話になってます」
「へぇ、お世話してるんだ」

 からかうようなそれを無視して、先輩がぶすりと口を開く。

「いいからちょっと、黙って付き合え」

 いつものこととはいえ、会話になっていない上に傍若無人すぎる。けれど静山さんは慣れているのか笑っただけだった。

「こう見えても忙しいんだけどなぁ、俺も」
「うるせぇ、知るか。こっちも仕事なんだよ」
「仕事ねぇ。またよくわからないお節介なんだろ」

 軽妙なやりとりに、なんだと少しだけ拍子抜けする。
 なんだ、このふたり同期ということを差し置いても、仲が良かったんじゃないか。

 ――だったら、先輩も教えてくれたらよかったのに。

「ほら、行くぞ」

 勝手に拗ねた気分に陥っていたあたしは、「え?」と目を瞬かせてしまった。

「でも、あの。お忙しい……です、よね?」

 静山さんを見上げると、「特別だよ」と肩をすくめられてしまった。

「仕事なんだよね。まぁ、俺のほうは明日に回してもなんとかならないこともないから。付き合うよ」
「だったら最初からそう言えよ」
「たまにはおまえに恩を売ってもいいかと思って。苑実がおまえはいつも飲み会に顔出さないって心配してたから」
「……」
「納涼会は来いよ」

 つまり、それでチャラだと言ってくれているらしい。
 たしかにあたしは先輩が若手飲み会に参加しているところを見たことはない。静山さんの口ぶりから察するに、同期の飲み会にもまったく参加していないようだ。

 ――すればいいのに。

 女性受けがするかどうかは知らないけど、同性受けはいいみたいなのに。
 それもまた、昔を知るあたしからすると、少し不思議ではあったのだけれど。

「……行けたらな」
「よし、わかった。苑実に言っとく」
「言わなくていいっつの。行けたらって言ってるだろ」
「おまえはこのくらい強引に誘わないと来ないからなぁ。――知ってる? 三崎ちゃん。こいつこう見えて押しに弱いから、ぐいぐい行けば案外誘いに乗ってくれるよ」

 はははと乾いた笑みを浮かべて答えると、げんなりした顔の先輩が、「そいつほどぐいぐい来る人間はいねぇよ」とぼやく。
 どういう意味だ。……って、まぁ、そのままの意味なんだろうけど。
 展開に着いて行けず頭を悩ませている鈴木さんにぺこりと頭を下げてから、あたしはさっさと歩きだしている先輩たちの後を追った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない

由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。 けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。 ――ただ一人を除いて。 幼なじみの侍女・翠玉。 彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。 「殿下、見られてます!」 「構わない」 後宮中が噂する。 『皇太子は侍女に溺れている』 けれど翠玉はまだ知らない。 それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています