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第二章:白狐と初恋
稲荷神社の夏祭り③
「あぁ、そうだね」
あたしの家庭環境について知っているからか、静山さんは簡単な相槌ひとつで、「最上はどこに消えたんだろうねぇ」と話を変えた。
そこにはなんの不自然さもなくて、優しいなぁと改めて思った。神様がかわいがっていた、優しい子どもがそのまま大きくなったような人。
「どこでしょうね。でも、すぐに戻ってくるんじゃないですか」
少し前までおじいさんたちと話していたはずなのに、いつのまにか姿が消え失せている。
だがしかし、先輩だ。あたしが心配するようなことじゃない。
あっさり笑い飛ばすと、静山さんは小さく笑った。
「三崎ちゃんさ、よろ相、楽しそうだね」
「え?」
「なんか、うちにいたときも楽しそうだったけど、今のほうが、なんていうかな。自然に生き生きしてる感じだ」
仕事の内容がぜんぜん違うっていうこともあるんだろうけど。フォローするように静山さんがそう付け足す。
考えてみたけれど、はっきりとした答えは出なかった。そんなふうだっただろうかと悩み始めたあたしに、静山さんは苦笑いで首を振った。
「わからないならわからないでいいよ。ちょっとだけいい子すぎてかわいそうだなって思っちゃってたところがあって――あぁ、その、悪口じゃないよ。それに今は、あの最上にも気に入られてるみたいだし」
「え?」
意味がわからなさすぎて声音が下がる。絶対にそれはない。というか、もし仮に本心でそう見えているのだとしたら、静山さんがいい人すぎる。そのあたしの反応に、静山さんが肩を揺らした。
「静山さん?」
「ごめん、ごめん。からかったわけじゃないんだけど。あんまりにも三崎ちゃんがいい反応するから、つい」
「それはいいですけど。でも、あたし、まかり間違っても好かれちゃいないと思いますよ。何回も呆れられてますし」
「そもそもで言えば、あいつとそういうコミュニケーションが取れてる時点ですごいと思うよ。とっつきにくいでしょ、あいつ」
「否定はしません」
ついでに擁護もできません。言い切ると、静山さんは珍しく声に出して笑った。そんなに笑われるようなことを言ったつもりはなかったのだけれど。
「あいつ、同期の女の子ともあんまり話さないからね。あの子たち、もったいないことに最上の顔面に気づいてないんだよなぁ」
「あれ? 静山さん、知って?」
「三崎ちゃんこそ知ってたんでしょ? でも特に言わなかった。俺もそれと同じ。あいつのあの性格を鑑みると、なにが嫌で隠してるのかも、なんとなくわかるからねぇ」
もうちょっと利用して生きたら楽だろうにとは思うけどねと笑って、あたしを見る。
「でも、それができないから、あいつなんだろうね」
「……はい」
「お、噂をすれば。帰って来たみたいだね」
静山さんの視線を追って、小さく息を呑む。こちらに向かって歩いてくる先輩の肩には女の子が乗っていた。
拗ねたような顔でしがみついているのは、まちがいなく神様だった。
――連れてきて、くれたんだ。
中途半端にこれ以上はしないと諦めていたあたしの代わりを、なんでもないようなそぶりで、ひとりで。
静山さんの横顔をそっと窺う。「最上」と先輩を呼び寄せる声はいつもどおりで、その瞳には神様は映っていないのだと悟る。
もし映っていたら、静山さんは肩に乗っている女の子のことを尋ねたはずだ。だから、それが答えなのだ。
もう、静山さんに神様は見えない。半ば以上わかっていたことだ。それでも、あたしは期待してしまっていたらしい。言葉にならない喪失感がある。
先輩はきっと期待していなかった。
神様は、どうだったのだろう。
「おー」
「どこ行ってたんだ? おもしろそうなものでもあったのか?」
「その言い方だと、俺が屋台につられて迷子になったみたいじゃねぇか」
「ははは、悪い」
まったく悪いと思っていない調子で静山さんが謝る。先輩の顔のすぐちかくに神様はいるのに、視線は交わらない。
――ゆうた、ひさしぶりだな。
神様の声が、直に頭に響く。けれど、それはあたしと先輩だけなのだ。
――大きくなったな、元気そうだ。
「静山はこのあたりの中学だったんだろ? 部活とかしてたのか?」
「どうした、急に」
「べつに。なんでもいいから。答えろよ」
唐突な上に強引な先輩に、静山さんが小さく肩をすくめた。でも、嫌そうな顔もせずに「野球部」と答えてくれる。本当にいい人だ。そして、先輩も。
先輩がなんでそんなことを聞いたかなんて、聞くまでもない。
あたしの家庭環境について知っているからか、静山さんは簡単な相槌ひとつで、「最上はどこに消えたんだろうねぇ」と話を変えた。
そこにはなんの不自然さもなくて、優しいなぁと改めて思った。神様がかわいがっていた、優しい子どもがそのまま大きくなったような人。
「どこでしょうね。でも、すぐに戻ってくるんじゃないですか」
少し前までおじいさんたちと話していたはずなのに、いつのまにか姿が消え失せている。
だがしかし、先輩だ。あたしが心配するようなことじゃない。
あっさり笑い飛ばすと、静山さんは小さく笑った。
「三崎ちゃんさ、よろ相、楽しそうだね」
「え?」
「なんか、うちにいたときも楽しそうだったけど、今のほうが、なんていうかな。自然に生き生きしてる感じだ」
仕事の内容がぜんぜん違うっていうこともあるんだろうけど。フォローするように静山さんがそう付け足す。
考えてみたけれど、はっきりとした答えは出なかった。そんなふうだっただろうかと悩み始めたあたしに、静山さんは苦笑いで首を振った。
「わからないならわからないでいいよ。ちょっとだけいい子すぎてかわいそうだなって思っちゃってたところがあって――あぁ、その、悪口じゃないよ。それに今は、あの最上にも気に入られてるみたいだし」
「え?」
意味がわからなさすぎて声音が下がる。絶対にそれはない。というか、もし仮に本心でそう見えているのだとしたら、静山さんがいい人すぎる。そのあたしの反応に、静山さんが肩を揺らした。
「静山さん?」
「ごめん、ごめん。からかったわけじゃないんだけど。あんまりにも三崎ちゃんがいい反応するから、つい」
「それはいいですけど。でも、あたし、まかり間違っても好かれちゃいないと思いますよ。何回も呆れられてますし」
「そもそもで言えば、あいつとそういうコミュニケーションが取れてる時点ですごいと思うよ。とっつきにくいでしょ、あいつ」
「否定はしません」
ついでに擁護もできません。言い切ると、静山さんは珍しく声に出して笑った。そんなに笑われるようなことを言ったつもりはなかったのだけれど。
「あいつ、同期の女の子ともあんまり話さないからね。あの子たち、もったいないことに最上の顔面に気づいてないんだよなぁ」
「あれ? 静山さん、知って?」
「三崎ちゃんこそ知ってたんでしょ? でも特に言わなかった。俺もそれと同じ。あいつのあの性格を鑑みると、なにが嫌で隠してるのかも、なんとなくわかるからねぇ」
もうちょっと利用して生きたら楽だろうにとは思うけどねと笑って、あたしを見る。
「でも、それができないから、あいつなんだろうね」
「……はい」
「お、噂をすれば。帰って来たみたいだね」
静山さんの視線を追って、小さく息を呑む。こちらに向かって歩いてくる先輩の肩には女の子が乗っていた。
拗ねたような顔でしがみついているのは、まちがいなく神様だった。
――連れてきて、くれたんだ。
中途半端にこれ以上はしないと諦めていたあたしの代わりを、なんでもないようなそぶりで、ひとりで。
静山さんの横顔をそっと窺う。「最上」と先輩を呼び寄せる声はいつもどおりで、その瞳には神様は映っていないのだと悟る。
もし映っていたら、静山さんは肩に乗っている女の子のことを尋ねたはずだ。だから、それが答えなのだ。
もう、静山さんに神様は見えない。半ば以上わかっていたことだ。それでも、あたしは期待してしまっていたらしい。言葉にならない喪失感がある。
先輩はきっと期待していなかった。
神様は、どうだったのだろう。
「おー」
「どこ行ってたんだ? おもしろそうなものでもあったのか?」
「その言い方だと、俺が屋台につられて迷子になったみたいじゃねぇか」
「ははは、悪い」
まったく悪いと思っていない調子で静山さんが謝る。先輩の顔のすぐちかくに神様はいるのに、視線は交わらない。
――ゆうた、ひさしぶりだな。
神様の声が、直に頭に響く。けれど、それはあたしと先輩だけなのだ。
――大きくなったな、元気そうだ。
「静山はこのあたりの中学だったんだろ? 部活とかしてたのか?」
「どうした、急に」
「べつに。なんでもいいから。答えろよ」
唐突な上に強引な先輩に、静山さんが小さく肩をすくめた。でも、嫌そうな顔もせずに「野球部」と答えてくれる。本当にいい人だ。そして、先輩も。
先輩がなんでそんなことを聞いたかなんて、聞くまでもない。
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