こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ

文字の大きさ
53 / 72
第三章:真夏の恐怖怪談

VS税務課①

「と、いうわけなんですけど、どうでしょう」

 上森のお祭りが終わってから、早二ヶ月。通常業務の合間にちびちびと作成していた渾身のプレゼンを、この日ようやくあたしは先輩に披露することができた。
 題して、地域の方たちにこそ、あやかしとうまく付き合ってもらおう大作戦。
 鼻息荒い説明を聞き終えた先輩は、ものすごく嫌そうに「なんでだ」と呟いた。

「なんで、と言いますと」
「だから」

 きょとんと繰り返すと、先輩が苛々と書類の山を指先ではじく。あいかわらず手癖が悪い。

「そういうのは地域振興課の仕事だって言っただろ」
「そりゃ、まぁ、聞きましたけど」

 これもちょうど二ヵ月前だ。白狐さまに会いに行く車中で、思いついたまま口にした提案はぶった切られて終わった。

「だから、今度こそ先輩に一蹴されないように、ちゃんと考えたんです」
「それがこれか」

 うんざりと先輩がプレゼン資料を持ち上げる。繰り返すが、がんばって作成した渾身の一作である。

「たしかに川の清掃とかそういうことは地域振興課の仕事だと思います。でもですね、あくまでもあやかしとうまく付き合ってもらおう大作戦の目的は、忘れられているあやかしをみなさんに知ってもらうことなんです」
「……おまえ、ついこのあいだは、見えないやつは見えないし、見えなくて当たり前だっていう俺の話に納得してなかったか?」
「それは、はい。しました」
「だったら」
「でも、地域の伝承は伝えていかないと、消えてなくなっちゃうじゃないですか。あやかしを信じる信じないと伝承を知らないというのは、また別問題ですよ」

 勢い込んだあたしをよそに、先輩は無言で資料を繰っている。

「あたしだって、元々は……、その伝承は知っていました。でも、あやかしの存在は信じていませんでした。でも、それでも否定はしませんでしたし、祠には毎日参ってましたし」

 そこまで言ってから、言葉足らずに気づいて補足する。

「あ、その祠っていうのは、うちの家の裏庭にある祠なんですけど。おばあちゃんいわく、竜神様の祠だそうで。それも本当かどうかはわからないんですけど。というのも、化け狸のおばあちゃんや白狐さまみたいに姿を見たことはないので。あ、でも、もしかしたらこれから見れる可能性もあるのかな」
「いや、聞いてねぇし」

 脱線しかけていた話を遮って、先輩が溜息を吐いた。苛々しているというよりはやるせなそうである。
 その雰囲気に、もしやとんでもなくお門違いのプレゼンを披露したのかとぎくりとする。

「ちょっと冷静に考えたらわかるだろ。どうやって市役所の人間が一般市民にそんな伝承を披露すんだよ。何課だ。謎過ぎるだろ。クレームが入るのが関の山だぞ」
「で、でも、十人中ひとりくらい、そういうことに目を留めてくれるようになるかもしれないじゃないですか。変なことでも継続すればいつか妙なことだと思われなくなるかもしれないですし」
「あいかわらず性善説の塊みてぇな脳みそだな」

 ばっさりと切り捨てて、先輩が資料を机の上に置いた。

「そもそも、なにをどうしたらそんなに人間を信じられるのか、その意味がわからねぇ」
「え、……っと」
「人間なんて、大なり小なり建前だらけじゃねぇか。裏表のねぇあいつらのほうがよっぽど気楽に一緒にいれる。あいつらだって、妙な人間と関わり合いになりたくなんてねぇだろうよ」

 後半はほとんど吐き捨てるようだった。言葉にならないもやもやを抱えたまま、あたしは取り為すように言った。

「でも、先輩はあやかしじゃないんですよ」
「七海みたいなこと言うな。わかってるに決まってんだろ、ばか」

 その七海さんは、今日は朝から奥の部屋にこもったきりだ。課長は珍しく外に出ている。だからこそこの機会に先輩に前もって資料を見てもらおうと目論んでいたのだけれど。
 吐き捨てるだけならまだしも、今の言い方はなんだか拗ねた子どもみたいだ。
 仮にも先輩なので、そんなことはさすがに言えないけれど。これ以上この話をするのは今はやめておこうと決めて、机の引き出しを引く。プレゼン資料をひとまず仕舞っておくつもりだった指先が、妙なものを引き当てた。

「……ん?」

 あるはずがないものが引き出しの中に納まっていて、声に緊張が走る。

「なに、これ」

 恐る恐る取り出して、あたしは震えた。意味がわからない。

「なんだ」
「せ、せ、せ、先輩!」

 お義理のように問いかけてくれた先輩に、あたしは思い切り縋りついた。そして手に取ったばかりのものを先輩の眼前に突きつける。
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない

由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。 けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。 ――ただ一人を除いて。 幼なじみの侍女・翠玉。 彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。 「殿下、見られてます!」 「構わない」 後宮中が噂する。 『皇太子は侍女に溺れている』 けれど翠玉はまだ知らない。 それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています