54 / 72
第三章:真夏の恐怖怪談
VS税務課②
「こ、これ。これ!」
「あ? なんだ、それ。――税務の支出負担行為決議書? 未決済じゃねぇか。所属長の確認印もまだのって、おい、これ」
「そ、そ、そ、そうなんです! これの起案者、相馬さんなんですけど」
言いながらあたしは不安になって、決議書を捲る。そしてさらに青くなった。
「来月の十五日支払いの会計課の締め切りって、昨日じゃ」
なんでそんなやばい決議書があたしの机に。まったく意味がわからない。
「あの、先輩。もしかして、このあいだの相馬さんが失くされた書類ってまさかこれじゃ」
なんだか胃がキリキリと痛んできた。真っ青なあたしが不憫になったのか、先輩が「んなわけねぇだろ」と懸念を一蹴する。
「あいつが失くしたのはもっとやばいやつだ。こんなの、すぐに作り直せるだろ」
「あ、……そっか」
「庁内便で送り返しとけよ。直に返しに行ったら面倒なことになるぞ」
官庁内で書類などをやり取りするときに使う方法を、さらりと先輩が提案する。たしかに文書室で郵送をお願いすれば、税務課に直接行く必要はなくなる。けれど、その手に頼れば、この決議書が相馬さんの手に渡るのは明日の朝以降になってしまう。
正直、ものすごく先輩の案に乗りたい。なんでここにあるのかわからないものを、恐ろしそうな人に返しに行きたくもない。でも。
――これ、早く渡さないと、税務の人も会計課も困るだろうからなぁ。
悩んだ末に、あたしは決議書を持ったまま立ち上がった。
「おい、おまえ」
マジかと言わんばかりの先輩の呼びかけに、精いっぱいの笑顔を張り付ける。陰気な空気が滲んでいたかもしれないけれど。
「これがないと困るのは相馬さんだけじゃないと思うんで」
「なに言われるかわかったもんじゃねぇぞ」
「でも、やっぱり少しでも早くお手元に戻ることに越したことはないと思うので」
そりゃ、嫌だけど。嫌だし、なんであたしの机に入っていたのか本当に意味がわからないし。説明のしようもないけれど。でも、しかたがない。
「行ってきます」
へらりと笑うと、先輩の眉間に皴が寄った。完全に呆れられているが、これもしかたがない。願わくば、この決議書があたしのところにあった理由を深く突っ込まずにスルーしてもらいたいのだが。
――まぁ、無理だろうな。
逆の立場だったら、あたしだって突っ込む。庁内便のなかに紛れ込んでいたというのも無理がある。
「じゃあ、がんばってきます」
空元気で手を振ったあたしに、先輩が盛大にもじゃもじゃ頭を掻きまわしながら立ち上がった。そして、七海さんのいる方向に声をかける。
「税務課まで行ってくる。こっち誰もいないから、かかってきたら電話取れよ」
「え? え? 先輩?」
「しかたねぇからな」
きょどきょどと視線を彷徨わせていると、噛んで含めるように先輩が言った。
「しかたねぇから、付き合ってやる」
苦虫を噛んだ声だったけれど、あたしは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「あ、ありがとうございます!」
「しかたなくだからな」
しつこく繰り返す先輩に「はい!」と何度も頷いて、廊下に出る。先輩がまろやかに解決してくれるとは夢にも思っていないが、同じ責められるにしても道連れがいるかいないかでは心境が違う。
やっぱり、なんだかんだ言って先輩は優しいなぁ。
そんなことを思いながら税務課の近くまで来たものの、間近に迫ると胃がまたチクチクと痛み出した。
できることなら、税務課の知り合いに渡してとんずらしたい。
――いや、でも、そんなことしたら、たぶんその人が相馬さんにネチネチ言われるよなぁ。
あやかしよろず相談課の三倍くらい広さのある税務課をそっと見渡して、相馬さんを探す。税務課は住民税の担当や固定資産税の担当などで細かく別れているのだ。
いまさらながら、相馬さんの担当係を知らなかったことに気が付く。見渡した限りでは相馬さんは見当たらない。
「あの、先輩」
「なんだよ」
「相馬さんの担当ってご存知ですか」
「俺が知ってると思うのか?」
逆に問いかけられて、あたしは「ですね」と頷いた。先輩、興味ないことには淡泊だからなぁ。
「あ? なんだ、それ。――税務の支出負担行為決議書? 未決済じゃねぇか。所属長の確認印もまだのって、おい、これ」
「そ、そ、そ、そうなんです! これの起案者、相馬さんなんですけど」
言いながらあたしは不安になって、決議書を捲る。そしてさらに青くなった。
「来月の十五日支払いの会計課の締め切りって、昨日じゃ」
なんでそんなやばい決議書があたしの机に。まったく意味がわからない。
「あの、先輩。もしかして、このあいだの相馬さんが失くされた書類ってまさかこれじゃ」
なんだか胃がキリキリと痛んできた。真っ青なあたしが不憫になったのか、先輩が「んなわけねぇだろ」と懸念を一蹴する。
「あいつが失くしたのはもっとやばいやつだ。こんなの、すぐに作り直せるだろ」
「あ、……そっか」
「庁内便で送り返しとけよ。直に返しに行ったら面倒なことになるぞ」
官庁内で書類などをやり取りするときに使う方法を、さらりと先輩が提案する。たしかに文書室で郵送をお願いすれば、税務課に直接行く必要はなくなる。けれど、その手に頼れば、この決議書が相馬さんの手に渡るのは明日の朝以降になってしまう。
正直、ものすごく先輩の案に乗りたい。なんでここにあるのかわからないものを、恐ろしそうな人に返しに行きたくもない。でも。
――これ、早く渡さないと、税務の人も会計課も困るだろうからなぁ。
悩んだ末に、あたしは決議書を持ったまま立ち上がった。
「おい、おまえ」
マジかと言わんばかりの先輩の呼びかけに、精いっぱいの笑顔を張り付ける。陰気な空気が滲んでいたかもしれないけれど。
「これがないと困るのは相馬さんだけじゃないと思うんで」
「なに言われるかわかったもんじゃねぇぞ」
「でも、やっぱり少しでも早くお手元に戻ることに越したことはないと思うので」
そりゃ、嫌だけど。嫌だし、なんであたしの机に入っていたのか本当に意味がわからないし。説明のしようもないけれど。でも、しかたがない。
「行ってきます」
へらりと笑うと、先輩の眉間に皴が寄った。完全に呆れられているが、これもしかたがない。願わくば、この決議書があたしのところにあった理由を深く突っ込まずにスルーしてもらいたいのだが。
――まぁ、無理だろうな。
逆の立場だったら、あたしだって突っ込む。庁内便のなかに紛れ込んでいたというのも無理がある。
「じゃあ、がんばってきます」
空元気で手を振ったあたしに、先輩が盛大にもじゃもじゃ頭を掻きまわしながら立ち上がった。そして、七海さんのいる方向に声をかける。
「税務課まで行ってくる。こっち誰もいないから、かかってきたら電話取れよ」
「え? え? 先輩?」
「しかたねぇからな」
きょどきょどと視線を彷徨わせていると、噛んで含めるように先輩が言った。
「しかたねぇから、付き合ってやる」
苦虫を噛んだ声だったけれど、あたしは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「あ、ありがとうございます!」
「しかたなくだからな」
しつこく繰り返す先輩に「はい!」と何度も頷いて、廊下に出る。先輩がまろやかに解決してくれるとは夢にも思っていないが、同じ責められるにしても道連れがいるかいないかでは心境が違う。
やっぱり、なんだかんだ言って先輩は優しいなぁ。
そんなことを思いながら税務課の近くまで来たものの、間近に迫ると胃がまたチクチクと痛み出した。
できることなら、税務課の知り合いに渡してとんずらしたい。
――いや、でも、そんなことしたら、たぶんその人が相馬さんにネチネチ言われるよなぁ。
あやかしよろず相談課の三倍くらい広さのある税務課をそっと見渡して、相馬さんを探す。税務課は住民税の担当や固定資産税の担当などで細かく別れているのだ。
いまさらながら、相馬さんの担当係を知らなかったことに気が付く。見渡した限りでは相馬さんは見当たらない。
「あの、先輩」
「なんだよ」
「相馬さんの担当ってご存知ですか」
「俺が知ってると思うのか?」
逆に問いかけられて、あたしは「ですね」と頷いた。先輩、興味ないことには淡泊だからなぁ。
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない
由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。
けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。
――ただ一人を除いて。
幼なじみの侍女・翠玉。
彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。
「殿下、見られてます!」
「構わない」
後宮中が噂する。
『皇太子は侍女に溺れている』
けれど翠玉はまだ知らない。
それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています