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第三章:真夏の恐怖怪談
VS税務課④
「その、あの、本当にあたしにもなぜかはわからないんですが、あたしの机のなかに気が付いたら入っていて、その」
「きみはなにもしていないのに、この決議書がいきなり机のなかから現れたと?」
「ねぇ、不思議ですよねぇ」
はははと笑おうとした瞬間、相馬さんがカウンターに決議書を叩きつけた。響いた音に視線が集中する。
――少ないとは言っても、お客さんいないわけじゃないんですけど!?
さっきとは違う意味で、あたしは顔を引きつらせた。なに、この人。なんなの、本当に!
「知らないあいだに机のなかに入ってた? そんなことがあってたまるか!」
「いえ、あの、その、相馬さん。おっしゃることもわかるんですが、その」
「そうよ、相馬くん。場所を考えなさい」
小声で諫めた中井さんを振り切るように腕を大きく動かして、相馬さんはもう一度カウンターに手を打ち付ける。ひぃとあたしは内心で叫んだ。
この人が恐いというよりも、突き刺さる来庁者の視線が居た堪れない。
「あの、あの。お話は聞きますから。どうかここはひとつ穏便に」
「なにが話は聞くから、だ! どうせこのあいだの意趣返しのつもりだろう! クソ、うちの最底辺のごみ溜めのくせに。いいかげんにしろよ!」
「ご、ごみ溜めって……」
「なんの意趣返しだって?」
あんまりな言い草に突っ込みそうになった声に被せるようにして、それまで黙っていた先輩が口を開いた。
「おまえ、うちにどんな用事でやってきて七海に突っぱねられたのか、ここで説明してみろよ」
その言葉に、ぐっと相馬さんが黙り込む。
この人、やっぱりまだ言ってなかったのか。そっちの意味でもあたしは愕然としたのだが、先輩は平然と追い討ちをかけた。
「言えないなら俺から言ってやろうか? そのほうがお互いのためにいいかもな」
「……」
「で? どうすんだ」
答えを急かされた相馬さんが黙ったまま決議書を手に取った。そして、あたしをひと睨みして吐き捨てる。
「次はないからな! 気を付けろよ!」
「は、その、はい」
あたしがなにをしたわけじゃないんだけどなぁと思いながら、頭を下げる。ふんと鼻を鳴らして、相馬さんはそのまま税務課の奥へと消えていった。
嵐が、去った。
胸を撫で下ろしたあたしに、「ごめんね」と中井さんが手を合わせる。
「あ、いえ! その、こちらこそお騒がせしてすみませんでした。就業中に」
「いいのよ、いいのよ。悪いのはどう考えたって相馬なんだから」
消えていった方向をやれやれというように振り返ってから、中井さんが声を潜めて打ち明けた。
「気にしないでいいわよ。最近多いの。あの人の持ち物が変なところから出てくること」
「え? そうなんですか?」
「そうなのよ。ここだけの話だけど、あの人が構ってほしさにいろんなところに隠してるんじゃないかって噂なの」
マジかとあたしは瞳を瞬かせる。中井さんの表情はおもしろがって噂話をしているというよりは疲れ切っていて。信じがたい話に妙な真実味が付加されていく。
――まぁ、有り得なくもないかもしれないなぁ。
相馬さんの態度もあんまりと言えばあんまりだったし、相馬さんが――こんなことは思いたくないけれど――このあいだ七海さんに断られたことを逆恨みして、よろ相の机に忍ばせたと考えれば、あたしの机のなかに入っていた謎も解ける。
そうは言っても、他課の先輩にそんな疑惑を向けることもできないので、「そうなんですね」とだけ相槌を打つ。
「まぁ、本人は自分に嫉妬した誰かが自分の邪魔をしてるんだ、なんて言ってるんだけど。とてもじゃないけど、そうは思えなくてね」
困った人なのよと、うんざりと中井さんが続ける。
「三崎ちゃんにも迷惑かけちゃったね、ごめんね」
「そんな、こちらこそ本当にご迷惑おかけしてすみませんでした」
「いいの、いいの。気にしないで。また遊びに来てね」
笑顔で手を振ってくれた中井さんにもう一度頭を下げて、税務課を後にする。
来たとき以上に税務課の皆さんの視線が突き刺さっている気がするが、しかたがない。税務課の角を曲がって視線を感じなくなったところで、あたしは無言の先輩を振り仰いだ。
「あの、先輩もすみませんでした。結局、助けてもらっちゃって」
喧嘩を売っているとしか思えない言い方ではあったけれど、撃退してもらったことは事実である。
先輩はそんなあたしをちらりと一瞥して溜息を吐いた。
「あいつ、マジで嫌われてんだな」
「へ?」
「あいつが隠したわけじゃねぇんだろ?」
もしかして先輩、あの荒唐無稽な、というか被害妄想バリバリの相馬さんの話のほうを信じてるのか。中井さんの説ではなく。
「どうなんでしょうねぇ」
いや、でも、証拠もないのに、相馬さんを疑うのもおかしい話かもしれない。思い直して、あたしは曖昧に頷いた。
――でも、先輩がそんなふうに言うのは意外だな。
相馬さんとはかなり馬が合わない様子だったのに。
「面倒なことにならなきゃいいけどな」
心底うんざりしたというふうな先輩の台詞には、心の底から同意する。
紛失した書類はどうする気なんだろうなぁと思いながら。
「きみはなにもしていないのに、この決議書がいきなり机のなかから現れたと?」
「ねぇ、不思議ですよねぇ」
はははと笑おうとした瞬間、相馬さんがカウンターに決議書を叩きつけた。響いた音に視線が集中する。
――少ないとは言っても、お客さんいないわけじゃないんですけど!?
さっきとは違う意味で、あたしは顔を引きつらせた。なに、この人。なんなの、本当に!
「知らないあいだに机のなかに入ってた? そんなことがあってたまるか!」
「いえ、あの、その、相馬さん。おっしゃることもわかるんですが、その」
「そうよ、相馬くん。場所を考えなさい」
小声で諫めた中井さんを振り切るように腕を大きく動かして、相馬さんはもう一度カウンターに手を打ち付ける。ひぃとあたしは内心で叫んだ。
この人が恐いというよりも、突き刺さる来庁者の視線が居た堪れない。
「あの、あの。お話は聞きますから。どうかここはひとつ穏便に」
「なにが話は聞くから、だ! どうせこのあいだの意趣返しのつもりだろう! クソ、うちの最底辺のごみ溜めのくせに。いいかげんにしろよ!」
「ご、ごみ溜めって……」
「なんの意趣返しだって?」
あんまりな言い草に突っ込みそうになった声に被せるようにして、それまで黙っていた先輩が口を開いた。
「おまえ、うちにどんな用事でやってきて七海に突っぱねられたのか、ここで説明してみろよ」
その言葉に、ぐっと相馬さんが黙り込む。
この人、やっぱりまだ言ってなかったのか。そっちの意味でもあたしは愕然としたのだが、先輩は平然と追い討ちをかけた。
「言えないなら俺から言ってやろうか? そのほうがお互いのためにいいかもな」
「……」
「で? どうすんだ」
答えを急かされた相馬さんが黙ったまま決議書を手に取った。そして、あたしをひと睨みして吐き捨てる。
「次はないからな! 気を付けろよ!」
「は、その、はい」
あたしがなにをしたわけじゃないんだけどなぁと思いながら、頭を下げる。ふんと鼻を鳴らして、相馬さんはそのまま税務課の奥へと消えていった。
嵐が、去った。
胸を撫で下ろしたあたしに、「ごめんね」と中井さんが手を合わせる。
「あ、いえ! その、こちらこそお騒がせしてすみませんでした。就業中に」
「いいのよ、いいのよ。悪いのはどう考えたって相馬なんだから」
消えていった方向をやれやれというように振り返ってから、中井さんが声を潜めて打ち明けた。
「気にしないでいいわよ。最近多いの。あの人の持ち物が変なところから出てくること」
「え? そうなんですか?」
「そうなのよ。ここだけの話だけど、あの人が構ってほしさにいろんなところに隠してるんじゃないかって噂なの」
マジかとあたしは瞳を瞬かせる。中井さんの表情はおもしろがって噂話をしているというよりは疲れ切っていて。信じがたい話に妙な真実味が付加されていく。
――まぁ、有り得なくもないかもしれないなぁ。
相馬さんの態度もあんまりと言えばあんまりだったし、相馬さんが――こんなことは思いたくないけれど――このあいだ七海さんに断られたことを逆恨みして、よろ相の机に忍ばせたと考えれば、あたしの机のなかに入っていた謎も解ける。
そうは言っても、他課の先輩にそんな疑惑を向けることもできないので、「そうなんですね」とだけ相槌を打つ。
「まぁ、本人は自分に嫉妬した誰かが自分の邪魔をしてるんだ、なんて言ってるんだけど。とてもじゃないけど、そうは思えなくてね」
困った人なのよと、うんざりと中井さんが続ける。
「三崎ちゃんにも迷惑かけちゃったね、ごめんね」
「そんな、こちらこそ本当にご迷惑おかけしてすみませんでした」
「いいの、いいの。気にしないで。また遊びに来てね」
笑顔で手を振ってくれた中井さんにもう一度頭を下げて、税務課を後にする。
来たとき以上に税務課の皆さんの視線が突き刺さっている気がするが、しかたがない。税務課の角を曲がって視線を感じなくなったところで、あたしは無言の先輩を振り仰いだ。
「あの、先輩もすみませんでした。結局、助けてもらっちゃって」
喧嘩を売っているとしか思えない言い方ではあったけれど、撃退してもらったことは事実である。
先輩はそんなあたしをちらりと一瞥して溜息を吐いた。
「あいつ、マジで嫌われてんだな」
「へ?」
「あいつが隠したわけじゃねぇんだろ?」
もしかして先輩、あの荒唐無稽な、というか被害妄想バリバリの相馬さんの話のほうを信じてるのか。中井さんの説ではなく。
「どうなんでしょうねぇ」
いや、でも、証拠もないのに、相馬さんを疑うのもおかしい話かもしれない。思い直して、あたしは曖昧に頷いた。
――でも、先輩がそんなふうに言うのは意外だな。
相馬さんとはかなり馬が合わない様子だったのに。
「面倒なことにならなきゃいいけどな」
心底うんざりしたというふうな先輩の台詞には、心の底から同意する。
紛失した書類はどうする気なんだろうなぁと思いながら。
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