69 / 72
第三章:真夏の恐怖怪談
エピローグ②
「でもね。まぁ、なんというか、僕たちは特別な力を持っているわけではないんだ。漫画に出てくる霊能者のようなことができるわけでもない。ふつうの人より少しだけ感覚が過敏で、あやかしが見える。話すこともできる。けれど、それしかできない」
「それしかできないって、十分にすごいことですよ」
「そうだね。ふつうでは括れないのかもしれない。特に真晴くんは僕たちのなかでもそれが強く出ていてね、先祖返りとでも言うべきなのかな」
「強くですか」
あたしは白狐様の言葉を思い出した。あのとき、上森の神社で白狐様はたしかこう言っていた。先輩は、あたしたちよりほんの少し自分に近い生き物だと。
半分以上聞き流して、今の今まで忘れていたけれど。
「そう、強い。まぁ諸般の事情は省くけれど、そんなわけで僕が出逢ったころにはすっかり捻くれていたというか、妙に世を達観したところのある子になっていてねぇ」
茶化すような言葉尻に、あたしはぎこちない笑みを浮かべた。
さっきからずっと、頭のなかで、この半年のあいだにあったことが再生され続けている。
口にしていないようなことまで当ててしまう先輩の察しのよさ。
相馬さんの言動を嘘か嘘でないか一瞬で見分けてしまう聡さ。
「厄介で面倒な子だよね。でもね、その彼がきみが来て本当に変わったんだ」
信じられなくて、あたしはただ七海さんを見ていた。
「嘘じゃないよ、本当に。身内びいきで申し訳ないけれど、僕はきみがここに来てくれたことに本当に感謝してるんだ」
「……そんなふうには、とても思えないですけど」
「きみはそれでいいよ。ただ僕はそう思っているし、真晴くんもきっとそう思ってる」
にこ、と笑って七海さんが続ける。
「だから、そういうことでいいんじゃないかな」
どう言えばいいのかわからないまま、あたしは頷いた。
「ありがとう、ございます」
「でもね。だからこそ、もしここが嫌になったら、そう言ってほしい。ちゃんと本館に戻してあげるから。たしかにここは閉鎖的だけどね、一度来たら戻れない墓場だっていうのは、かなり誇張が入ってる」
おどけるように七海さんが肩をすくめる。七海さんから聞いたぜんぶを噛み締めてから、あたしは口を開いた。あたしがそんな影響を与えているとは信じられないけれど、これだけははっきりと言うことができる。
「あたし、ここに来てよかったです」
「そう」
「七海さんや課長や、先輩と会えて。一緒に働けて、本当だったら知らなかったことも知ることができて」
「そうかい」
「だから、感謝しています」
それが本心だった。愛想笑いでもなんでもない笑顔で断言する。「それならいいんだ」と優しくほほえんだ七海さんが、ドアのほうに視線を向けた。
「噂をすればなんとやら。帰ってきたみたいだね、ふたりとも」
その言葉のとおり、ドアが開く。
「お帰りなさい!」
勢いがよすぎたのか、課長にまでぎょっとした顔を向けられてしまった。あやしかっただろうかと気を揉んでいるあいだに、課長は「いや、元気でいいね」と笑みを浮かべて通り過ぎていく。
七海さんの先輩に対する態度もたいがいアレだが、課長は課長でちょっと保父さん感がある。
……いや、いい職場だと思うけどね。その、アットホームな。
配属当初、ブラック企業かよと思って胸に仕舞い込んだフレーズである。胡乱な視線を感じて意識を戻す。犯人は言わずもがなだ。
「なんですか?」
不機嫌そうな顔も態度もすっかり見慣れてしまったので、いまさらビビりはしない。先輩にあたしの感情が気が付かれていようが、どうでもいいことだ。どうせ、図太いやつくらいにしか思われていないのだろうし。
「べつに」
溜息交じりに先輩が言う。
「あいかわらず幸せそうな頭してんなって思っただけ」
「だって、同じ毎日なら笑っていたほうがいいじゃないですか」
そう信じて、あたしは毎日を生きている。駄目押しでにこりとほほ笑むと、呆れた顔で、「変なやつ」とぼやく。
いつもどおりのやりとりに、なんだかほっとして、よかったとも思った。
課長がいて七海さんがいて先輩がいる。あやかしよろず相談課。あたしの職場。
「あ、電話! 取ります」
鳴り出した電話に、いの一番に手を伸ばす。無理して作らなくても、自然と口からは明るい声が飛び出していた。
「こんにちは、あやかしよろず相談課です。今日はどんなご相談ですか?」
「それしかできないって、十分にすごいことですよ」
「そうだね。ふつうでは括れないのかもしれない。特に真晴くんは僕たちのなかでもそれが強く出ていてね、先祖返りとでも言うべきなのかな」
「強くですか」
あたしは白狐様の言葉を思い出した。あのとき、上森の神社で白狐様はたしかこう言っていた。先輩は、あたしたちよりほんの少し自分に近い生き物だと。
半分以上聞き流して、今の今まで忘れていたけれど。
「そう、強い。まぁ諸般の事情は省くけれど、そんなわけで僕が出逢ったころにはすっかり捻くれていたというか、妙に世を達観したところのある子になっていてねぇ」
茶化すような言葉尻に、あたしはぎこちない笑みを浮かべた。
さっきからずっと、頭のなかで、この半年のあいだにあったことが再生され続けている。
口にしていないようなことまで当ててしまう先輩の察しのよさ。
相馬さんの言動を嘘か嘘でないか一瞬で見分けてしまう聡さ。
「厄介で面倒な子だよね。でもね、その彼がきみが来て本当に変わったんだ」
信じられなくて、あたしはただ七海さんを見ていた。
「嘘じゃないよ、本当に。身内びいきで申し訳ないけれど、僕はきみがここに来てくれたことに本当に感謝してるんだ」
「……そんなふうには、とても思えないですけど」
「きみはそれでいいよ。ただ僕はそう思っているし、真晴くんもきっとそう思ってる」
にこ、と笑って七海さんが続ける。
「だから、そういうことでいいんじゃないかな」
どう言えばいいのかわからないまま、あたしは頷いた。
「ありがとう、ございます」
「でもね。だからこそ、もしここが嫌になったら、そう言ってほしい。ちゃんと本館に戻してあげるから。たしかにここは閉鎖的だけどね、一度来たら戻れない墓場だっていうのは、かなり誇張が入ってる」
おどけるように七海さんが肩をすくめる。七海さんから聞いたぜんぶを噛み締めてから、あたしは口を開いた。あたしがそんな影響を与えているとは信じられないけれど、これだけははっきりと言うことができる。
「あたし、ここに来てよかったです」
「そう」
「七海さんや課長や、先輩と会えて。一緒に働けて、本当だったら知らなかったことも知ることができて」
「そうかい」
「だから、感謝しています」
それが本心だった。愛想笑いでもなんでもない笑顔で断言する。「それならいいんだ」と優しくほほえんだ七海さんが、ドアのほうに視線を向けた。
「噂をすればなんとやら。帰ってきたみたいだね、ふたりとも」
その言葉のとおり、ドアが開く。
「お帰りなさい!」
勢いがよすぎたのか、課長にまでぎょっとした顔を向けられてしまった。あやしかっただろうかと気を揉んでいるあいだに、課長は「いや、元気でいいね」と笑みを浮かべて通り過ぎていく。
七海さんの先輩に対する態度もたいがいアレだが、課長は課長でちょっと保父さん感がある。
……いや、いい職場だと思うけどね。その、アットホームな。
配属当初、ブラック企業かよと思って胸に仕舞い込んだフレーズである。胡乱な視線を感じて意識を戻す。犯人は言わずもがなだ。
「なんですか?」
不機嫌そうな顔も態度もすっかり見慣れてしまったので、いまさらビビりはしない。先輩にあたしの感情が気が付かれていようが、どうでもいいことだ。どうせ、図太いやつくらいにしか思われていないのだろうし。
「べつに」
溜息交じりに先輩が言う。
「あいかわらず幸せそうな頭してんなって思っただけ」
「だって、同じ毎日なら笑っていたほうがいいじゃないですか」
そう信じて、あたしは毎日を生きている。駄目押しでにこりとほほ笑むと、呆れた顔で、「変なやつ」とぼやく。
いつもどおりのやりとりに、なんだかほっとして、よかったとも思った。
課長がいて七海さんがいて先輩がいる。あやかしよろず相談課。あたしの職場。
「あ、電話! 取ります」
鳴り出した電話に、いの一番に手を伸ばす。無理して作らなくても、自然と口からは明るい声が飛び出していた。
「こんにちは、あやかしよろず相談課です。今日はどんなご相談ですか?」
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない
由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。
けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。
――ただ一人を除いて。
幼なじみの侍女・翠玉。
彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。
「殿下、見られてます!」
「構わない」
後宮中が噂する。
『皇太子は侍女に溺れている』
けれど翠玉はまだ知らない。
それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています