1 / 61
案件1.月の女王
01:ひみつのはなし
しおりを挟む
「言霊には力が宿っている」
蛍光灯の類のひとつもない、薄暗い部屋だった。光源となっているのは、頼りなく揺れる一本の蝋燭だけ。
俗世から切り離されたような空間で、和装の少女の言葉を聞く。
「きみが発する言葉も同じだ。誰かを傷つけもするし、癒しもする」
彼女をじっと見つめたまま、少年はごくりと唾を呑んだ。
彼女とこうして話をすることは、今日で二度目だった。はじめて話をしたのは数ヶ月前。祖父に伴われ、この屋敷を訪れたときのこと。広い屋敷で迷い、彼女の住む離れに足を踏み入れてしまったのだ。
敷居を跨いだ一度目は偶然だったが、二度目の今夜は少年の執念だった。日常とかけ離れた異世界のような空間と、人形のように美しい少女。だからだろう。彼女は人間でないように見えた。
いな、そうであることを望んでいたのかもしれない。
「じゃあ、じゃあ。俺がこのみは死んでないって言い続けたら、このみは死なないの? このみは帰ってくる?」
必死の問いかけに、少女はそっと瞳を伏せた。ふたりきりの部屋に、馬鹿みたいに自分の心音が響いている。
永遠のような沈黙を経て、肩先で切り揃えられた彼女の夜の底に似た髪が揺れる。顔を上げた少女は、そうだね、と柔らかに頷いた。
「きみはずっと願っていればいい。大丈夫、今は見つけられなくとも、きみが願い、言葉にし続けていれば、届くだろう。いつか、きっと、彼女のもとへ」
「このみの? このみを攫った神様のところ?」
――これじゃあ、まるで神隠しだ。
大人たちが囁き合っていたことを、少年は知っていた。
神隠し。神様に選ばれた子ども。その子どもが戻ることは二度とないのだという。
人間がどうやったとしても登れない、高い、高い岩の上。妹の小さな靴は、そこで見つかった。ヘリコプターから隊員が回収した靴を確認した両親は泣いていた。妹のお気に入りだった黒色のスニーカー。
そのスニーカーに少年が手を伸ばしたのは、「視えるかもしれない」と思ったからだった。
仕組みはわからない。けれど、少年の右手には、不思議を視る力があった。
人や物に触れると、指先から勝手に過去が流れ込むことがある。
だから、妹の靴に触れたら、「なにか」がわかるかもしれないと期待したのだ。それなのに、結局なにも視ることはできなかった。
指先から伝わったのは真っ白な閃光で、それだけだった。
――なんで。なんで、なにも見えなかったんだろう。
ままならなさに、膝の上で拳を握り込む。
いつも。いつも。知りたくもない情報を少年に押しつけていた不可思議は、知りたいと心の底から望んだ今日に限って、なにも映してはくれなかった。
――だから、ここにやってきたのに。
唇を噛み締めて、握った拳に視線を落とす。
人間でないようだった彼女であれば、妹の居場所を知っているかもしれない。自分には視えなかったけれど、彼女であれば、あるいは。
そんな夢のような可能性に縋って、家を飛び出した。夜の街を必死に走って辿り着くことはできたけれど、無意味だったのだ。
きつく握り込んだ右手の甲に、伸びてきた白い手が重なる。あぁ、また、なにも視えない。失意に苛まれながら、少年は視線を持ち上げた。
「あ……」
炎に揺られた瞳が黄金色に光っている。美しすぎる色に、少年は釘付けになった。湖面に光る、美しい月みたいだ。
少年に予言を授ける調子で、彼女は口火を切った。
「今は無理でも、きみは大きくなる。いつか、きみの力で彼女のもとに辿り着ける日が来るかもしれない。きみが諦めなければ。そして、――」
柔らかな声が不意に途切れ、そして。
その続きは、少年の記憶からなぜかすっぽりと抜け落ちてしまっている。
蛍光灯の類のひとつもない、薄暗い部屋だった。光源となっているのは、頼りなく揺れる一本の蝋燭だけ。
俗世から切り離されたような空間で、和装の少女の言葉を聞く。
「きみが発する言葉も同じだ。誰かを傷つけもするし、癒しもする」
彼女をじっと見つめたまま、少年はごくりと唾を呑んだ。
彼女とこうして話をすることは、今日で二度目だった。はじめて話をしたのは数ヶ月前。祖父に伴われ、この屋敷を訪れたときのこと。広い屋敷で迷い、彼女の住む離れに足を踏み入れてしまったのだ。
敷居を跨いだ一度目は偶然だったが、二度目の今夜は少年の執念だった。日常とかけ離れた異世界のような空間と、人形のように美しい少女。だからだろう。彼女は人間でないように見えた。
いな、そうであることを望んでいたのかもしれない。
「じゃあ、じゃあ。俺がこのみは死んでないって言い続けたら、このみは死なないの? このみは帰ってくる?」
必死の問いかけに、少女はそっと瞳を伏せた。ふたりきりの部屋に、馬鹿みたいに自分の心音が響いている。
永遠のような沈黙を経て、肩先で切り揃えられた彼女の夜の底に似た髪が揺れる。顔を上げた少女は、そうだね、と柔らかに頷いた。
「きみはずっと願っていればいい。大丈夫、今は見つけられなくとも、きみが願い、言葉にし続けていれば、届くだろう。いつか、きっと、彼女のもとへ」
「このみの? このみを攫った神様のところ?」
――これじゃあ、まるで神隠しだ。
大人たちが囁き合っていたことを、少年は知っていた。
神隠し。神様に選ばれた子ども。その子どもが戻ることは二度とないのだという。
人間がどうやったとしても登れない、高い、高い岩の上。妹の小さな靴は、そこで見つかった。ヘリコプターから隊員が回収した靴を確認した両親は泣いていた。妹のお気に入りだった黒色のスニーカー。
そのスニーカーに少年が手を伸ばしたのは、「視えるかもしれない」と思ったからだった。
仕組みはわからない。けれど、少年の右手には、不思議を視る力があった。
人や物に触れると、指先から勝手に過去が流れ込むことがある。
だから、妹の靴に触れたら、「なにか」がわかるかもしれないと期待したのだ。それなのに、結局なにも視ることはできなかった。
指先から伝わったのは真っ白な閃光で、それだけだった。
――なんで。なんで、なにも見えなかったんだろう。
ままならなさに、膝の上で拳を握り込む。
いつも。いつも。知りたくもない情報を少年に押しつけていた不可思議は、知りたいと心の底から望んだ今日に限って、なにも映してはくれなかった。
――だから、ここにやってきたのに。
唇を噛み締めて、握った拳に視線を落とす。
人間でないようだった彼女であれば、妹の居場所を知っているかもしれない。自分には視えなかったけれど、彼女であれば、あるいは。
そんな夢のような可能性に縋って、家を飛び出した。夜の街を必死に走って辿り着くことはできたけれど、無意味だったのだ。
きつく握り込んだ右手の甲に、伸びてきた白い手が重なる。あぁ、また、なにも視えない。失意に苛まれながら、少年は視線を持ち上げた。
「あ……」
炎に揺られた瞳が黄金色に光っている。美しすぎる色に、少年は釘付けになった。湖面に光る、美しい月みたいだ。
少年に予言を授ける調子で、彼女は口火を切った。
「今は無理でも、きみは大きくなる。いつか、きみの力で彼女のもとに辿り着ける日が来るかもしれない。きみが諦めなければ。そして、――」
柔らかな声が不意に途切れ、そして。
その続きは、少年の記憶からなぜかすっぽりと抜け落ちてしまっている。
31
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
2度死んだ王子は今度こそ生き残りたい
緑緑緑
ファンタジー
王太子ロイは、かつて二度の革命によって祖国を崩壊させてしまった過去を持つ。命を落とすたび、彼はある時点へと巻き戻される。そして今、三度目の人生が静かに幕を開けようとしていた。
――自分は民を理解しているつもりだった。
だが実際には、その表面しか見えていなかったのだ。
その痛烈な自覚から、物語は動き始める。
革命を回避するために必要なのは、制度でも権力でもない。「人を知る」ことこそが鍵だと、ロイは気付く。
彼はエコール学園での生活を通じ、身分も立場も異なる様々な人間と深く関わっていく。
そこで出会う一人ひとりの想いと現実が、やがて国の未来を大きく左右していくことになるとは、この時のロイはまだ知らない。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる