愚者の園

木原あざみ

文字の大きさ
5 / 61
案件1.月の女王

05:探偵と詐欺師

しおりを挟む
 行平が探偵事務所で雑務に当たることができたのは、残念なことに午後二時が限度だった。
 そこに至るまで事務所の壁掛け時計を確認すること、約十回。業務用パソコンでタロットカード占いにおける「月」の意味を検索しようとしたところで、行平はひとつ諦めた。
 辺鄙な事務所に、呪殺屋を探してほしいと縋る形相で訪ねてきた高校生の少女。管轄外だと言うことは簡単で、呪いなどという不可思議が嫌いだと言うことも簡単だ。
 けれど、それを理由に放置することを簡単と言い切ることは、さすがにできなかった。


「あらぁ、ゆきちゃんじゃない」
「その呼び方、やめろっつったろ。この詐欺師」

 事務所のドアを閉めたタイミングでかかった軽薄な声に、憮然として振り返る。百八十センチ近い長身の二十六歳の男に「ゆきちゃん」はない。まったくもって不本意な呼び名である。
 女言葉を気ままに操る詐欺師は、非難をものともせずにこりとした笑みを見せた。

「ゆきちゃんこそ。あたしは詐欺師じゃなくて占い師なのに。そんな呼び方されたら、あたしの乙女心が傷ついちゃうわ」
「おまえは男だろうが!」
「そんなこと言って。もしあたしが女の子の心を持っていたらどうするのよ」

 ますます傷ついちゃうわ、と。乙女よろしく詐欺師が胸元に手を当てる。
 数秒の沈黙のあと、行平は恐る恐る詐欺師の全身に視線を送った。爽やかな麻のスーツを着こなした、二十代半ばと思しき細身の男。顔つきは決して女性的ではないが、取り立てて男性的でもない。
 美形とまでは言わないにせよ、いわゆるイケメンである事実は、この男の営む占い屋に訪れる女子学生の数が物語っている。姿かたちを再確認し、行平は沈考した。

「その、……そう、なのか?」
「ゆきちゃんってば、あいかわらず真面目で可愛いわぁ」
「おい、この詐欺師野郎」

 きゃっと言わんばかりに頬に両手を当てた詐欺師に、行平の声が地を這った。気遣った自分が馬鹿だった。

「うそ、うそ。冗談よ。嫌ねぇ、ゆきちゃん。でかい図体で拗ねないでちょうだい」

 無言で階段を下ろうとした行平を、詐欺師の笑いを含んだ声が追いかけてくる。

「どこに行くの? 外はなかなかの暑さだったわよぅ。女子高に行くなら、変質者に間違われないよう気をつけなさいね。ゆきちゃん、お顔が怖いんだから」
「放っとけ」
「あら嫌だ。ご機嫌斜めなの? 仕方ないから、お出かけ前に良いことを教えてあげましょうか」
「予言は要らねぇっていつも言ってるだろ。俺は予言だとか呪いだとか、そういった不可思議は信じない」
「そうは言うけど、占いは統計学よ、一応は」
「おまえの予言は統計学じゃねぇだろうが」
「そこは否定しないけれど。当たるんだから仕方ないじゃない」

 にっこり肩をすくめた詐欺師に、行平は胡乱な視線を向ける。
 呪殺屋に通じる似非臭い笑みを浮かべた詐欺師が、タロットカードを一枚取り出した。どこから取り出したのか、いつ用意しているのか。おまえは手品師か。その類の疑念はもう捨てることにしていたので、黙殺する。
 呪殺屋しかり、この男しかり、変人に常識は通用しないのだ。それがこのビルに越してきて行平が学んだことである。

「月の逆位置はねぇ、吉兆よ。少なくとも、今のあなたにとっては」
「吉兆だ?」
「素直に喜びなさい。真実はあなたの進む道の前に現れる。もう不安を恐れることはない」

 軽薄なはずの詐欺師の声が、妙に厳かにビルに響く。反応を返さない行平に焦れるでもなく、詐欺師はにっこりとした微笑を唇に刻んだ。

「それが、あなたの『今』よ、ゆきちゃん」

 詐欺師の手元でタロットカードがくるりと一回転して、またどこかに消えた。月の逆位置。

「おまけに、もうひとつ良いことを教えてあげる。正門でなく裏門に回りなさい。そこに続く道に、探し物は落ちているわよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

2度死んだ王子は今度こそ生き残りたい

緑緑緑
ファンタジー
王太子ロイは、かつて二度の革命によって祖国を崩壊させてしまった過去を持つ。命を落とすたび、彼はある時点へと巻き戻される。そして今、三度目の人生が静かに幕を開けようとしていた。 ――自分は民を理解しているつもりだった。 だが実際には、その表面しか見えていなかったのだ。 その痛烈な自覚から、物語は動き始める。 革命を回避するために必要なのは、制度でも権力でもない。「人を知る」ことこそが鍵だと、ロイは気付く。 彼はエコール学園での生活を通じ、身分も立場も異なる様々な人間と深く関わっていく。 そこで出会う一人ひとりの想いと現実が、やがて国の未来を大きく左右していくことになるとは、この時のロイはまだ知らない。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...