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案件1.月の女王
07:喫茶弌の坊
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喫茶店「弐の坊珈琲店」は、繁華街から少し外れた路地にある、ひっそりとした佇まいが相沢気に入りの隠れ家だ。警察を辞めて以来、足を運んでいなかった行平にとっては、半年以上ぶりの訪問でもあった。
年季の入ったレトロな雰囲気はあいかわらずで、けれど、行平をよそ者と弾くことはない。客の姿がないこともいつものことだ。肌になじむ感覚にほっとしてカウンターに向かえば、物静かな若主人がうっすらと微笑んだ。
「これはおひさしぶりですね、滝川さん。お元気そうでなによりです」
「こちらこそ。待たせてもらってもいいですか、実は相沢さんと待ち合わせで。場所お借りします」
「あなたが来られるときは、いつも待ち合わせじゃないですか。今日も珈琲でよろしいですか」
「すみません」
「ミルクたっぷりでおつくりしますね」
相沢にお子ちゃま舌と揶揄される所以だが、行平はブラックの珈琲を飲むことができない。
それを知る店主は、カフェオレに近いものを「ミルクたっぷり」と評して提供してくれるのだ。この物静かな青年と、傍若無人な相沢がなぜ親しいのかは永遠の謎である。
そんなことを考えつつ、ひさしぶりの珈琲を堪能していると、店のドアが開いた。からんとベルが鳴る。
「またカフェオレか、おまえは」
行平の手元を一笑した男が、隣のスツールに腰をかけた。
「相沢さん」
「ひさしぶりだな、滝川」
刑事というよりホストと揶揄されていた端正な顔に、薄い笑みが浮かぶ。その変わらなさに、行平は苦笑で応えた。
「相沢さんも、お変わりなさそうでなによりです」
「おまえも変わってないみたいだな。折角、警察を辞めたってのに、なんだってまた、札付きの案件ばっかり引いてくるかな」
サーブされた珈琲に、「折角の焙煎したての珈琲をそのまま味合わないとは勿体ない」と相沢が目を細める。どうせ自分が邪道である。
いじけた行平をとりなすように、店主が柔らかい笑顔を見せた。
「お好きな飲み方で結構なんですよ。好みですからね」
「そう。好み。おまえはお変わりなくオカルトネタが好きらしい」
視線に気がついて右手を握り込んだ行平に、相沢が微かに笑った。
「まぁ、ビルがビルだからな。どうだ? 曲者だらけだっただろう」
「それを押しつけてくれたのは、あんたじゃないですか」
「誰がいつおまえに無理強いしたって?」
器用に口元だけ笑ませた相沢に、行平はすぐに白旗を上げた。この先輩に口で勝てたことはない。
「すみません。感謝してます。曲者だらけだってことは否定しませんが」
「どれに一番振り回されてるんだ、おまえは」
沈黙した行平に、相沢はしらっと続けた。
「呪殺屋だろう」
苦虫を噛んだ表情に満足したらしい相沢が、「せいぜい面倒見てくれよ、管理人」と駄目押しをしてカップを置いた。
次いで相沢が取り出したのは、彼愛用の黒皮の手帳だった。
「陵の連続不審死の件とは、また面白い案件を引いたみたいだな」
「不審死? 自殺扱いじゃないんですか」
「ま。名目上はそうだな。とは言え、おまえからしたら不審死で間違いないんじゃないか」
「相沢さんの見解もそうだと?」
声を潜めた行平に、相沢が薄く笑った。
おまえが週刊誌で読んだとおりだ。私立陵女学院高等部は、この四月からの三ヶ月という短期間で三名の生徒が自ら命を絶っている。
一人目の自殺者が出た時点では、数ある悲劇の一つと目され、大きな注目を集めてはいなかった。夏休みや春休みといった長期休暇が明ける時期、子どもの自殺は頻発する。珍しい事案ではなかったからだ。
二年B組、明島恭子。彼女が一人目の被害者だった。
不良というわけでもないが、そうかといって地味すぎることもない。問題のない女生徒。そう目されていたはずの少女は、二年生最初の登校日の夜、自室で首を吊った。遺書はなく、学校側は、いじめはなかったと公表したそうだ。
二件目が、二年A組、澤辺優那。
クラスの中心的存在であった彼女は、学校からの帰路、駅のホームから突然、その身を投げた。遺書はなかった。これが四月の末のことである。
そして最後がつい半月前、六月の十四日、二年B組、塩尻まなみ。
澤辺優那の親友であったとされる彼女は、後を追うように自室で首を吊った。遺書はなかったが、後追い自殺ではないかと学内では噂されているという。
「統計だけで言えば、高校生だけでも二日に一人以上が自ら命を絶っている」
だから有り得ない話ではない、と相沢は続けた。
「話に出る人物像からは想像しにくいが、死後に悪く言う人間はそういないだろう。良心があればな。この三人は同じグループでもあったらしいから、例えば」
「例えば?」
「よくあるだろう。グループ内でのいじめ。一人目を残りのグループの人間がいじめていたとする。まぁ、あるいはそこまででもない『いじり』だったのかもしれない。だが、明島恭子は命を絶った。罪悪感と良心の呵責に耐えられず、澤辺優那も自殺を選んだ。そして、親友であった塩尻まなみは後を追った」
淡々と言って相沢が肩を竦める。たしかに、有り得ない話ではない。それどころか、「呪い」の所為などと騒ぐよりもずっと現実的な推論だ。
――ただ、「呪いの人型」を持った生徒が実在していて、その生徒が「自分は殺される」と信じている。
行平は小さく首を振った。
「その推論じゃ納まりきらないネタ。持ってるんじゃないんですか」
確信を持った問いに、「まぁな」と相沢はあっさり頷いた。
「と言っても、オカルトな話だ。おまえは大好きだろうが、ご存じの通り、警察では蓋をされている分野でね」
相沢が卓上にスマートフォンを置いた。指先が選出した画面に並んだ見覚えのある人型に、行平は小さく息を呑んだ。三体。
年季の入ったレトロな雰囲気はあいかわらずで、けれど、行平をよそ者と弾くことはない。客の姿がないこともいつものことだ。肌になじむ感覚にほっとしてカウンターに向かえば、物静かな若主人がうっすらと微笑んだ。
「これはおひさしぶりですね、滝川さん。お元気そうでなによりです」
「こちらこそ。待たせてもらってもいいですか、実は相沢さんと待ち合わせで。場所お借りします」
「あなたが来られるときは、いつも待ち合わせじゃないですか。今日も珈琲でよろしいですか」
「すみません」
「ミルクたっぷりでおつくりしますね」
相沢にお子ちゃま舌と揶揄される所以だが、行平はブラックの珈琲を飲むことができない。
それを知る店主は、カフェオレに近いものを「ミルクたっぷり」と評して提供してくれるのだ。この物静かな青年と、傍若無人な相沢がなぜ親しいのかは永遠の謎である。
そんなことを考えつつ、ひさしぶりの珈琲を堪能していると、店のドアが開いた。からんとベルが鳴る。
「またカフェオレか、おまえは」
行平の手元を一笑した男が、隣のスツールに腰をかけた。
「相沢さん」
「ひさしぶりだな、滝川」
刑事というよりホストと揶揄されていた端正な顔に、薄い笑みが浮かぶ。その変わらなさに、行平は苦笑で応えた。
「相沢さんも、お変わりなさそうでなによりです」
「おまえも変わってないみたいだな。折角、警察を辞めたってのに、なんだってまた、札付きの案件ばっかり引いてくるかな」
サーブされた珈琲に、「折角の焙煎したての珈琲をそのまま味合わないとは勿体ない」と相沢が目を細める。どうせ自分が邪道である。
いじけた行平をとりなすように、店主が柔らかい笑顔を見せた。
「お好きな飲み方で結構なんですよ。好みですからね」
「そう。好み。おまえはお変わりなくオカルトネタが好きらしい」
視線に気がついて右手を握り込んだ行平に、相沢が微かに笑った。
「まぁ、ビルがビルだからな。どうだ? 曲者だらけだっただろう」
「それを押しつけてくれたのは、あんたじゃないですか」
「誰がいつおまえに無理強いしたって?」
器用に口元だけ笑ませた相沢に、行平はすぐに白旗を上げた。この先輩に口で勝てたことはない。
「すみません。感謝してます。曲者だらけだってことは否定しませんが」
「どれに一番振り回されてるんだ、おまえは」
沈黙した行平に、相沢はしらっと続けた。
「呪殺屋だろう」
苦虫を噛んだ表情に満足したらしい相沢が、「せいぜい面倒見てくれよ、管理人」と駄目押しをしてカップを置いた。
次いで相沢が取り出したのは、彼愛用の黒皮の手帳だった。
「陵の連続不審死の件とは、また面白い案件を引いたみたいだな」
「不審死? 自殺扱いじゃないんですか」
「ま。名目上はそうだな。とは言え、おまえからしたら不審死で間違いないんじゃないか」
「相沢さんの見解もそうだと?」
声を潜めた行平に、相沢が薄く笑った。
おまえが週刊誌で読んだとおりだ。私立陵女学院高等部は、この四月からの三ヶ月という短期間で三名の生徒が自ら命を絶っている。
一人目の自殺者が出た時点では、数ある悲劇の一つと目され、大きな注目を集めてはいなかった。夏休みや春休みといった長期休暇が明ける時期、子どもの自殺は頻発する。珍しい事案ではなかったからだ。
二年B組、明島恭子。彼女が一人目の被害者だった。
不良というわけでもないが、そうかといって地味すぎることもない。問題のない女生徒。そう目されていたはずの少女は、二年生最初の登校日の夜、自室で首を吊った。遺書はなく、学校側は、いじめはなかったと公表したそうだ。
二件目が、二年A組、澤辺優那。
クラスの中心的存在であった彼女は、学校からの帰路、駅のホームから突然、その身を投げた。遺書はなかった。これが四月の末のことである。
そして最後がつい半月前、六月の十四日、二年B組、塩尻まなみ。
澤辺優那の親友であったとされる彼女は、後を追うように自室で首を吊った。遺書はなかったが、後追い自殺ではないかと学内では噂されているという。
「統計だけで言えば、高校生だけでも二日に一人以上が自ら命を絶っている」
だから有り得ない話ではない、と相沢は続けた。
「話に出る人物像からは想像しにくいが、死後に悪く言う人間はそういないだろう。良心があればな。この三人は同じグループでもあったらしいから、例えば」
「例えば?」
「よくあるだろう。グループ内でのいじめ。一人目を残りのグループの人間がいじめていたとする。まぁ、あるいはそこまででもない『いじり』だったのかもしれない。だが、明島恭子は命を絶った。罪悪感と良心の呵責に耐えられず、澤辺優那も自殺を選んだ。そして、親友であった塩尻まなみは後を追った」
淡々と言って相沢が肩を竦める。たしかに、有り得ない話ではない。それどころか、「呪い」の所為などと騒ぐよりもずっと現実的な推論だ。
――ただ、「呪いの人型」を持った生徒が実在していて、その生徒が「自分は殺される」と信じている。
行平は小さく首を振った。
「その推論じゃ納まりきらないネタ。持ってるんじゃないんですか」
確信を持った問いに、「まぁな」と相沢はあっさり頷いた。
「と言っても、オカルトな話だ。おまえは大好きだろうが、ご存じの通り、警察では蓋をされている分野でね」
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