愚者の園

木原あざみ

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案件1.月の女王

09:呪殺屋と詐欺師

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 自室兼事務所のある二階を素通りし、最上階の五階に向かう。目的は三室ある内の真ん中の一室だ。
 準備中の札がドアにかかっていることを確認して、行平は一息にノブを回した。ビル内で一番儲かっているだろう場所――みんちゃんの占い屋である。
 行平からすれば怪しいことこの上ない名称と店内であるのだが、一部女子高生のあいだで、「当たる」、「みんちゃんがかっこいい」と大人気御礼、拍手喝采だというのだから、商売も流行もわからないものだ。

「呪殺屋、来てるか?」

 占いは雰囲気が大事、を地で行く詐欺師が吊るした遮光性の高い黒カーテンを捲って声をかける。占いブースのようになっている室内は、いつ来てもどこか薄暗い。
 占い師よろしく机の前に座っていた見沢が、にこりとほほえんだ。女子高生いわくの「みんちゃん」である。

「あら、ご挨拶ねぇ」

 よほどクーラーを利かせているのか、中はひんやりと冷たく、背を伝っていた汗が一気に引いていく感じがあった。

「珍しくゆきちゃんが顔を出してくれたと思ったら、あたしじゃなくて神ちゃんに用事なの?」
「その口調をやめろ、その呼び方をやめろ。いいか、詐欺師。わかったな」
「その台詞、今日だけで二度目じゃない。ゆきちゃんは本当に律儀ねぇ。真面目というか、融通が利かないというか」

 猫のように喉を鳴らす姿は、呪殺屋に通じるものがある。変人同士、相容るものがあるのかもしれない。

「ところで、吉兆は見つけられたかしら」
「見つけたところで、この人の目は見ない選択をするかもしれないよ」

 続いた揶揄に、行平は無言で眉を上げた。予想通り、ここにいたらしい。

「おかえり、滝川さん」

 客用の椅子に腰かけていた呪殺屋がしたり顔で振り向いた。

「その顔から察するに、呪いを否定するものを見つけることはできなかったのかな」
「あらあら。ある意味では吉兆じゃないの」

 パチパチと詐欺師が手を叩く。苦々しく一瞥し、行平は部屋の片隅からパイプ椅子を持ち出した。腰かけて、単刀直入に要件を告げる。くだらないやりとりに費やす時間はないのだ。

「昨日の人型のことを教えてほしい」

 呪殺屋の瞳に、うっすらとした笑みが浮かぶ。嫌な予感に、ぞわりと二の腕が粟立つ。その行平の眼前に、白い指が一本掲げられた。

「貸し一だ、滝川さん」
「はぁ? 貸し一?」
「俺とあんたのルールの管轄外にしてあげるって言ってるの。勝負で俺に勝てなくても教えてあげる。今朝がたの約束通り、出血大サービスだ」

 チェシャ猫のごとき笑みに、背筋が薄ら寒くなる。

「あら嫌だ。本当に大サービスねぇ」
「そうだろう? 見沢の言うとおりだ。だから、いい加減、覚悟を決めな」

 笑みを深くする呪殺屋の向かいで、詐欺師もにんまりと笑っている。魔物。相沢の台詞を行平は思わず舌先で転した。
 人の目に見えないものを、人知を超えた行いを。魔と一言で称してしまえるのなら、きっともっと楽だった。話し始める前に、行平は一度大きく息を吸った。

「妙な噂を聞いた」
「妙な噂? 陵で? それは、それは。ちゃんと巡り会えたみたいで安心したよ」

 吉兆、と。揶揄うように呪殺屋の唇が、詐欺師が提示したタロットカードの意味を繰り返す。

 ――吉兆、なぁ。

 果たして、本当にそうだったのだろうか。内心で疑いつつも、説明を進めていく。
 陵女学院で起こっている連続自殺のことだ。
 事務所を訪れた鳴沢英佳を始め、彼女たちは全員同じグループに所属していたこと。最初に自殺した少女は、もしかするとグループ内でいじめにあっていたかもしれないこと。その彼女たち全員が、人型を所持していたこと。

「陵の生徒たちの噂によると、一人目の――明島恭子さんの呪いだということになっているらしい。彼女が自らの死を持ってかけた呪いを、彼女と親しかった誰かが復讐として振り撒いた、と」
「振り撒いた、ねぇ」
「そういうことは可能なのか?」
「可能か可能でないかと聞かれたら、可能だと答えるけど。それをただの子どもができるかと言われると、俺にはなんとも言えないなぁ。その子を直接見たわけでもなんでもないからね。ただ」

 そこで言葉を区切った呪殺屋は、魔法のような手並みで件の人型を手の内に出現させた。

「これからは、死者の匂いはあまり感じられないけどな」
「死者の匂い?」
「これを創り上げたのは、生きた人間だと思うよ。この人型は、目を背けたくなる強い恨みの籠った代物だ。それなり以上の知識を持った人間が加担していることも間違いない。そして、その恨みつらみは、あの少女にまっすぐ向かっている」

 鳴沢、英佳。明島恭子をいじめていた少女たちの最後の一人。無意識に眉間に力を込めた行平を、呪殺屋が小さく笑った。
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