出戻り勇者の求婚

木原あざみ

文字の大きさ
24 / 28

光あるところ (1)

しおりを挟む
「あれ、絶対嫌がらせだよ、間違いない。アルドリックさんに、そんなに急いでるなら手伝って帰れって引き留められた。ぜんぜん急ぎじゃない仕事だったのに。というか、急いでるなら手伝えって意味わからないよね」

 ぶつぶつと言いながら居間に戻ったハルトに、ついエリアスは苦笑をこぼした。
 あった不在をものともせず「ただいま」と家のドアを開け、さっさと自室で着替えを済ます様子がどうにもハルトらしかったからだ。だが、それはそうとして。

「そのわりに、そこまで嫌そうな顔はしていないようだが」

 以前の帰宅時間に比べ、少し遅いと感じていたことは事実だ。引き留められたことはたしかなのだろうが、貞腐れた子どもの表情に近い。エリアスの指摘に、ハルトはさらに唇を尖らせた。

「それは、まぁ、今日は本当に早く帰りたかったんだけど。でも、勇者殿って呼ばれて、なにも雑用させてもらえないよりはうれしいよ」

 ごく自然とした動作でエリアスの正面の椅子を引き、ハルトは続けた。

「この世界とは、またちょっと違うんだけどさ。俺、元の世界に戻ってからも、しばらくずっと腫れ物だったんだよ」
「腫れ物」

 予想していなかった単語を繰り返すと、ほんの少し困ったふうに眉が下がる。だが、ハルトは取り繕うことはしなかった。

「まぁ、なんというか、急にいなくなったかわいそうな子どもだったわけだからね、俺。向こうからしたら。おまけに、俺の世界には魔法なんてないわけで、納得のしてもらえる理由を伝えようがない」

 なぜ、今まで思い当たらなかったのだろう。元の世界にさえ戻れば、問題なく幸せになることができると盲信していたのだろう。言葉にされると、すべてあたりまえのことだった。人間は異質を弾く。世界を救う勇者などという肩書がなければ、当然と。
 黙ったエリアスに、大丈夫だよ、とハルトはあっさりと笑った。

「必要以上に気を遣われるとさ、寂しいって思うこともあるけど、でも、大前提として、俺のことを気にかけてくれてるってことだし。そこまでなんとも思わなかったよ」
「だが」
「それに、俺がしたかったのは、今、『俺』として見てもらってることがうれしいっていう話だから。謝らないでくれるとうれしいな」
「……そうか」
「うん、そうだよ」

 エリアスの返事に表情をゆるめ、ハルトは話題を切り替えた。

「ちょっと話は戻るけどさ、アルドリックさんは、本当にそういうのが上手だよね。あの人のおかげで、結構、本当に助かってるんだよ」
「そうだな」

 くすぐったそうな笑顔を見つめ、エリアスは応じた。

「大事な友人だ。いいやつだろう」
「友人」
「お互い友人だという認識をつい先日共有したばかりだ」
「あ、……そうなんだ」

 その言葉で大方を察したらしい。喜んでいいのかわからないという顔で相槌を打つので、エリアスは小さく笑った。

 ――本当に、呆れるくらい、ハルトのことを見ていなかったのだろうな。

 罪悪感を押しつけるばかりで、向こうに帰ったハルトのことも、こちらに戻ってからのハルトのことも、自分は知ろうとしなかった。それでも、わかることもある。
 静かに席を立ち、鍋を火にかける。棚まれた用事が済み次第、飛んで帰ってきただろうことは想像に易かった。

「軽くでよかったら、なにか食べるか」
「師匠も王都まで行って帰ったあとだったのに、ごはん作って待っててくれたの?」
「おまえが絶対に帰ると言ったからな」

 のっぴきならない事情で違うことはあっても、ハルトが嘘を吐くことはない。わかっていたのに「ここにずっといる」という言葉を信じなかったのは、エリアスの心の弱さゆえだった。
 疲れて帰ってきたときでも、少しでも栄養が取れるように。らしくない考えで、あの当時によく作ったもの。大きめのカップに、とろりと崩れた野菜がたっぷり入ったスープを注ぐ。テーブルに置くと、ハルトは素直に「ありがとう」とほほえんだ。

「俺、これ好きだよ。昔もさ、よく、遅くなったときに作って待っててくれたよね。あのころは師匠も忙しそうだったのに」

 懐かしそうに目を細め、ハルトがスープに口をつける。
 そういえば、こちらに戻ってきたときも飲みたいと強請っていたな。そうエリアスは思い出した。ひとつ前の季節のことであるのに、随分と昔のことに思えるので不思議だった。それほどハルトが日常に馴染んでいたということなのだろうか。

「俺の帰りを待っててくれる人がいるんだって思って、うれしかったよ」
「そうか」
「あとさ」
「なんだ?」
「これは俺の勝手なんだけど、師匠がまた忙しくするっていう話を聞いて、ちょっとほっとしたんだ」
「忙しくする……。宮廷に来る回数が増えると言った話のことか」
「宮廷でまた仕事するってことでしょ? それでさ、なんていうか、師匠はべつに仕事のこと嫌いじゃなかったと俺は思ってて。だから、ほっとした」

 あいかわらずの雑な言い方で、あいかわらずの率直な言い方だった。いまさら誤魔化したいわけではないものの、どう答えたものか。とりわけ、後半は。悩んだ末、前半についてエリアスは答えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@書籍化進行中!
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。 その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー? 十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。 転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。 どんでん返しからの甘々ハピエンです。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

処理中です...