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3.隣の太陽(3)
十九時四十八分。学生食堂の壁にかかっている時計を確認したのは、この二時間弱で四度目だ。
そろそろ終了してもいいころあいだと思うのだが、まだまだそんな気配はなく。立食形式の交流会は和やかに進行中だった。
隅の壁にもたれかかったまま、悠生は分厚いレンズ越しに食堂内を見渡した。
人見知りの新入生がひとりぽつねんとしている状態が許せないらしい世話役にグループに放り込まれること幾数回。ようやくひとりになることができたのだ。
半地下にある立地のせいか、純粋に人口密度が濃いせいか。話し声のうるささに、軽い頭痛がする。
響いたひときわ高い笑い声に、悠生は視線を声のほうに向けた。
――また、あいつか。
笹原は、いつも笑顔の中心にいる。それで、笹原の近くにいる女子は、かなりの確率で笹原にべたべたと絡みついているのだ。
まぁ、でも、モテそうなやつだもんな。顔が良くて、背が高くて、話しやすい。モテる男の要素のオンパレードだ。
そんなことを考えているあいだに、ひとりの女子が笑いながら笹原の腕にしなだれかかる。べたべたなシチュエーションに辟易し、悠生は視線を手元に落とした。
持ったままになっていた紙コップにはまだ半分以上、烏龍茶が残っている。水面に映る自身の顔は、隠しようもなくうんざりとしていた。
……抜けたら駄目なのかな、これ。
自分がいたところで、なんの意味もないのだから。早く、ひとりきりの空間に戻りたい。うつむいていると、ふいに影が落ちた。
「真木くん」
からかうような声に、しぶしぶと顔を上げる。目の前に立っていたのはふたりの男子学生だった。名前はわからないけれど、顔に見覚えはあったので、おそらく同期生。
「どうしたの。ひとりぼっちじゃん」
「もしかして、笹原以外とは話すこともないみたいな感じ?」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
コミュケーションが苦手なことは事実だが、悠生は決して気が弱いわけではない。むしろ、どちらかと言うと頑固だし、自分の意見をはっきりと言うほうだ。
だが、ぱっと見はそんなふうに見えないからだろう。小心者をからかうつもりだったらしいふたりは意表を突かれた顔をした。その顔に向かい、淡々と言い募る。
「それと、べつに、俺が構ってもらいたいわけじゃないから。向こうが勝手に気ぃ使ってるだけだろ」
「気ぃ使ってるだけって、そっちが気ぃ使わせる態度取ってる自覚ないの?」
「ない、ない。最初の飲み会のときも、波音がせっかく声かけたのに、あの態度だったじゃん」
「それは……」
あの女の子には、多少、悪いことをしたとは思っているけれど。口ごもった悠生に、相手が勢い込む。
「いや、でも、たしかに心配。そりゃ、笹原も隣にこんなのがいたら気ぃ使うよなぁ。あいつ、お節介だし」
「そう、そう。でも、真木くん大丈夫? うちの学科、コミュニケーション大事じゃん。教育実習もさ、生徒だけじゃなくて、先生とも仲良くやんなきゃ駄目なんだよ?」
「うわ、それ、すっげぇ心配。真木くん、ちょっと笑ってみてよ。ほら、俺ら相手に練習、練習」
おまえらこそ、絶対、小・中のころいじめっ子だっただろ。
面倒になると判断したので呑み込んだものの、悠生は内心で吐き捨てた。いじめっ子気質の人間は、なんとなくわかるのだ。よく、標的にされていたから。
それで、そういうときに、言い返せば言い返すほど、悪化すると知っている。
――喧嘩の面倒はお兄ちゃんだけで十分。あなたは真面目ないい子でしょ?
だから、おとなしくしていてくれと言わんばかりだった、母の声。やり過ごすために沈黙を選んだ悠生に、ひとりが手を伸ばした。
「っていうか、いつも思うんだけど、その前髪って、前ちゃんと見えてる?」
笑いながら、無粋な指が悠生の前髪を上げようとする。びくっと肩が揺れそうになった瞬間、「悠生」と自分を呼ぶ明るい声が響いた。
そろそろ終了してもいいころあいだと思うのだが、まだまだそんな気配はなく。立食形式の交流会は和やかに進行中だった。
隅の壁にもたれかかったまま、悠生は分厚いレンズ越しに食堂内を見渡した。
人見知りの新入生がひとりぽつねんとしている状態が許せないらしい世話役にグループに放り込まれること幾数回。ようやくひとりになることができたのだ。
半地下にある立地のせいか、純粋に人口密度が濃いせいか。話し声のうるささに、軽い頭痛がする。
響いたひときわ高い笑い声に、悠生は視線を声のほうに向けた。
――また、あいつか。
笹原は、いつも笑顔の中心にいる。それで、笹原の近くにいる女子は、かなりの確率で笹原にべたべたと絡みついているのだ。
まぁ、でも、モテそうなやつだもんな。顔が良くて、背が高くて、話しやすい。モテる男の要素のオンパレードだ。
そんなことを考えているあいだに、ひとりの女子が笑いながら笹原の腕にしなだれかかる。べたべたなシチュエーションに辟易し、悠生は視線を手元に落とした。
持ったままになっていた紙コップにはまだ半分以上、烏龍茶が残っている。水面に映る自身の顔は、隠しようもなくうんざりとしていた。
……抜けたら駄目なのかな、これ。
自分がいたところで、なんの意味もないのだから。早く、ひとりきりの空間に戻りたい。うつむいていると、ふいに影が落ちた。
「真木くん」
からかうような声に、しぶしぶと顔を上げる。目の前に立っていたのはふたりの男子学生だった。名前はわからないけれど、顔に見覚えはあったので、おそらく同期生。
「どうしたの。ひとりぼっちじゃん」
「もしかして、笹原以外とは話すこともないみたいな感じ?」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
コミュケーションが苦手なことは事実だが、悠生は決して気が弱いわけではない。むしろ、どちらかと言うと頑固だし、自分の意見をはっきりと言うほうだ。
だが、ぱっと見はそんなふうに見えないからだろう。小心者をからかうつもりだったらしいふたりは意表を突かれた顔をした。その顔に向かい、淡々と言い募る。
「それと、べつに、俺が構ってもらいたいわけじゃないから。向こうが勝手に気ぃ使ってるだけだろ」
「気ぃ使ってるだけって、そっちが気ぃ使わせる態度取ってる自覚ないの?」
「ない、ない。最初の飲み会のときも、波音がせっかく声かけたのに、あの態度だったじゃん」
「それは……」
あの女の子には、多少、悪いことをしたとは思っているけれど。口ごもった悠生に、相手が勢い込む。
「いや、でも、たしかに心配。そりゃ、笹原も隣にこんなのがいたら気ぃ使うよなぁ。あいつ、お節介だし」
「そう、そう。でも、真木くん大丈夫? うちの学科、コミュニケーション大事じゃん。教育実習もさ、生徒だけじゃなくて、先生とも仲良くやんなきゃ駄目なんだよ?」
「うわ、それ、すっげぇ心配。真木くん、ちょっと笑ってみてよ。ほら、俺ら相手に練習、練習」
おまえらこそ、絶対、小・中のころいじめっ子だっただろ。
面倒になると判断したので呑み込んだものの、悠生は内心で吐き捨てた。いじめっ子気質の人間は、なんとなくわかるのだ。よく、標的にされていたから。
それで、そういうときに、言い返せば言い返すほど、悪化すると知っている。
――喧嘩の面倒はお兄ちゃんだけで十分。あなたは真面目ないい子でしょ?
だから、おとなしくしていてくれと言わんばかりだった、母の声。やり過ごすために沈黙を選んだ悠生に、ひとりが手を伸ばした。
「っていうか、いつも思うんだけど、その前髪って、前ちゃんと見えてる?」
笑いながら、無粋な指が悠生の前髪を上げようとする。びくっと肩が揺れそうになった瞬間、「悠生」と自分を呼ぶ明るい声が響いた。
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