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30.衝突(1)
「大学生って、飲み会好きだよね」
宴会の端席でぽそりと呟いた悠生に、隣でのんびりとチューハイを飲んでいた玉井が笑う。
「真木くんもその大学」じゃん」
「まぁ、そうなんだけど。なんか、人種が違う感じがする」
「みんなで楽しいことをするのが好きな人と、一人でも楽しい人との違いじゃない?」
私はどっちも好きだけど、と続けた玉井が小さく肩を竦める。
「大人数の飲み会が疲れるっていうのは分からなくもないけど。煙草のにおいもちょっとしんどいときあるし、声がわんわん頭に響くから」
「分かる」
心の底から同意して、悠生は頷いた。アルバイト先が一緒だから喋ることが多い、ということを差し置いても、玉井が一番悠生は喋りやすい。
この見た目になってまとわりつくようになってきた女の子たちと違って、高校生のころからずっと付き合っている彼氏がいるという玉井は、悠生に迫ってくるようなことがないからだ。みんなで話すことも好きだけど、家で本を読むことも好き。そう衒いなく口にするあたりの感性も、悠生にとっては楽なものだったからかもしれない。
「おまけに、真木くんは女の子たちに大人気ですから」
「やっとひと段落ついたんだから、嫌なこと思い出させないでよ」
「はは、ごめん、ごめん」
あっけらかんと笑って、玉井が首を傾げる。
「でも、真木くん、彼女とか興味ないの?」
「……まぁ、あんまり」
「じゃあ、今まで付き合った人とかいるの? さっきもさ、波音ちゃん、めちゃ押してたのに、思い切り腰が引けてたし」
「というか、あの人は彼氏とかいないわけ」
「夏休みに遊んでた人はいたみたいだけど、特定の彼氏っていうのはいないみたいだよ」
それって、セフレはいたけど、という意味じゃ。玉井の口から飛び出した爆弾に、悠生はふるふると首を振った。やっぱり、怖い。
「無理。それが悪いとは言わないけど、あぁいう……その、リア充? みたいなぐいぐい来るタイプは、疲れる」
「分からなくはないけど」
皿の上に余っていたポテトをつまみながら、玉井が言う。
「でも、なんかそれも不思議だね。男と女って言う違いはあるかもしれないけど、葵くんだって、いわゆるリア充じゃん。波音ちゃんと同類だと思うけどな」
玉井の視線がおもむろに指先から離れて、盛り上がっている一角に向く。上がっていた名前の両名が、その中心で笑っている。飲み会が始まってから一度も喋っていない横顔は、楽しそうだった。その肩に細い手が回ったのを見て、悠生は不自然にならないように手元に視線を落とした。もうぬるくなったビールがグラスの底に残っている。
「……まぁ、そうかも、だけど」
「葵くんは特別?」
世間話の続きのような雰囲気だった。特別。同性の友人だから。隣に住んでいて、一緒に過ごした時間が長いから。誰からも相手にされなかったころから、自分に手を伸ばしてくれた唯一だから。
「なんて。よく分からないよね、そんなこと」
「……うん」
「私もそういうことよく分からないや。でも、傍から見て思っただけなんだけど、なんというか、葵くんも、真木くんといるときが一番……うーん、難しいな、年相応というか、子どもっぽい感じがして、リラックスしてるのかなって」
「子どもっぽい?」
「ほら、葵くん、一浪してるから年も一つ上だし。まぁ、元々の性格なんだろうけど、大人っぽくて人をまとめるのも上手だし、いつも気づかい上手だし。そういうのってすごいと思うけど、疲れないのかなぁとか私は考えちゃうときもあって」
「あぁ」
玉井の言わんとしていることを理解して悠生は短く頷いた。疲れる。いつだったかそう零していたのは笹原自身だ。
「だから、葵くんにとって、真木くんのそばは気を抜ける場所なのかなって思ってたんだ。その、気を悪くしたら申し訳ないんだけど、真木くんって周囲にどう思われようと我関せずなふうだったから。そういう自分にはできないところが、魅力だったのかなって」
魅力なんて、あるわけがない。そう思いながらも、「どうだろ」と悠生は曖昧に相槌を繰り返した。玉井が慰めようとしてくれていることも分かる。それを蔑ろに一蹴してしまうことは、自分は楽かもしれないが正しいことではない。優しいことでもない。人と人とのかかわりは、そういうものなのだとようやく考えが至るようになってきた。
ドン、と乾いた音がして、目を向ける。瞬間、「あ」と隣から小さな、けれど嫌そうな声が響いた。どうしたのだろう。ちらりと視線を戻すと、玉井が苦笑いと愛想笑いの中間のような顔で首を傾げていた。
「のんちゃん、呑んでる?」
「あー……、うん。呑んでるよ。湊くんも飲んでる……みたいだね」
のんちゃん。そういえば、玉井さん、下の名前、のどかさんだったっけ。アルバイト先でも大学でも、悠生の知る限り、みんな彼女のことを「たまちゃん」と呼んでいたから、印象に残っていなかった。
その玉井が「湊くん」と呼んだ男は、ほとんど喋ったことはないが悠生も覚えている顔だった。いかにも大学生ですといった派手な容貌も目立つけれど、それ以前に、よく笹原のそばにいたから、覚えていたのだ。
宴会の端席でぽそりと呟いた悠生に、隣でのんびりとチューハイを飲んでいた玉井が笑う。
「真木くんもその大学」じゃん」
「まぁ、そうなんだけど。なんか、人種が違う感じがする」
「みんなで楽しいことをするのが好きな人と、一人でも楽しい人との違いじゃない?」
私はどっちも好きだけど、と続けた玉井が小さく肩を竦める。
「大人数の飲み会が疲れるっていうのは分からなくもないけど。煙草のにおいもちょっとしんどいときあるし、声がわんわん頭に響くから」
「分かる」
心の底から同意して、悠生は頷いた。アルバイト先が一緒だから喋ることが多い、ということを差し置いても、玉井が一番悠生は喋りやすい。
この見た目になってまとわりつくようになってきた女の子たちと違って、高校生のころからずっと付き合っている彼氏がいるという玉井は、悠生に迫ってくるようなことがないからだ。みんなで話すことも好きだけど、家で本を読むことも好き。そう衒いなく口にするあたりの感性も、悠生にとっては楽なものだったからかもしれない。
「おまけに、真木くんは女の子たちに大人気ですから」
「やっとひと段落ついたんだから、嫌なこと思い出させないでよ」
「はは、ごめん、ごめん」
あっけらかんと笑って、玉井が首を傾げる。
「でも、真木くん、彼女とか興味ないの?」
「……まぁ、あんまり」
「じゃあ、今まで付き合った人とかいるの? さっきもさ、波音ちゃん、めちゃ押してたのに、思い切り腰が引けてたし」
「というか、あの人は彼氏とかいないわけ」
「夏休みに遊んでた人はいたみたいだけど、特定の彼氏っていうのはいないみたいだよ」
それって、セフレはいたけど、という意味じゃ。玉井の口から飛び出した爆弾に、悠生はふるふると首を振った。やっぱり、怖い。
「無理。それが悪いとは言わないけど、あぁいう……その、リア充? みたいなぐいぐい来るタイプは、疲れる」
「分からなくはないけど」
皿の上に余っていたポテトをつまみながら、玉井が言う。
「でも、なんかそれも不思議だね。男と女って言う違いはあるかもしれないけど、葵くんだって、いわゆるリア充じゃん。波音ちゃんと同類だと思うけどな」
玉井の視線がおもむろに指先から離れて、盛り上がっている一角に向く。上がっていた名前の両名が、その中心で笑っている。飲み会が始まってから一度も喋っていない横顔は、楽しそうだった。その肩に細い手が回ったのを見て、悠生は不自然にならないように手元に視線を落とした。もうぬるくなったビールがグラスの底に残っている。
「……まぁ、そうかも、だけど」
「葵くんは特別?」
世間話の続きのような雰囲気だった。特別。同性の友人だから。隣に住んでいて、一緒に過ごした時間が長いから。誰からも相手にされなかったころから、自分に手を伸ばしてくれた唯一だから。
「なんて。よく分からないよね、そんなこと」
「……うん」
「私もそういうことよく分からないや。でも、傍から見て思っただけなんだけど、なんというか、葵くんも、真木くんといるときが一番……うーん、難しいな、年相応というか、子どもっぽい感じがして、リラックスしてるのかなって」
「子どもっぽい?」
「ほら、葵くん、一浪してるから年も一つ上だし。まぁ、元々の性格なんだろうけど、大人っぽくて人をまとめるのも上手だし、いつも気づかい上手だし。そういうのってすごいと思うけど、疲れないのかなぁとか私は考えちゃうときもあって」
「あぁ」
玉井の言わんとしていることを理解して悠生は短く頷いた。疲れる。いつだったかそう零していたのは笹原自身だ。
「だから、葵くんにとって、真木くんのそばは気を抜ける場所なのかなって思ってたんだ。その、気を悪くしたら申し訳ないんだけど、真木くんって周囲にどう思われようと我関せずなふうだったから。そういう自分にはできないところが、魅力だったのかなって」
魅力なんて、あるわけがない。そう思いながらも、「どうだろ」と悠生は曖昧に相槌を繰り返した。玉井が慰めようとしてくれていることも分かる。それを蔑ろに一蹴してしまうことは、自分は楽かもしれないが正しいことではない。優しいことでもない。人と人とのかかわりは、そういうものなのだとようやく考えが至るようになってきた。
ドン、と乾いた音がして、目を向ける。瞬間、「あ」と隣から小さな、けれど嫌そうな声が響いた。どうしたのだろう。ちらりと視線を戻すと、玉井が苦笑いと愛想笑いの中間のような顔で首を傾げていた。
「のんちゃん、呑んでる?」
「あー……、うん。呑んでるよ。湊くんも飲んでる……みたいだね」
のんちゃん。そういえば、玉井さん、下の名前、のどかさんだったっけ。アルバイト先でも大学でも、悠生の知る限り、みんな彼女のことを「たまちゃん」と呼んでいたから、印象に残っていなかった。
その玉井が「湊くん」と呼んだ男は、ほとんど喋ったことはないが悠生も覚えている顔だった。いかにも大学生ですといった派手な容貌も目立つけれど、それ以前に、よく笹原のそばにいたから、覚えていたのだ。
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