37 / 39
36.雪解ける(1)
「悠生の部屋に入るの、なんか久しぶり」
「……散らかってて、悪いけど」
今更かと思いながらも断りを入れる。もともと物の少ない部屋だけれど、笹原がよく顔を出していたころに比べれば、散らかっている。それはアルバイトを始めて忙しくなったからと言うよりかは、誰も来ないからきちんとしておく必要性を感じなくなっていただけだ。
「そんなことないよ」
笹原が笑って、よく座っていたところに腰を下ろす。ベッドとは反対側の、ローテーブルの前。そのしぐさのさりげなさに、緊張が少し緩んだけれど、まだなんだか落ち着かない。久しぶりにこの家に二人でいるからだろうか。それが嫌だというわけでは、もちろんないのだけれど。
「あ、……なんか、飲む?」
「いいから、いいから」
所在なく立っていた悠生を、笹原が手招く。ここ、俺の家なんだけど。言いたくなるような雰囲気ではあったけれど、どうせ悠生が緊張しているのもお見通しで解そうとしてくれているのだ。
そう思えたから、うんと頷いて、真向かいに座る。そうして何度も二人で向かい合ってきたはずだった。
「あのさ」
口火を切ったのは、やはりと言うべきか、笹原だった。
「俺から先にひとつ言ってもいい?」
「なに?」
「いろいろと謝らないといけないことはあると思うんだけど、その、さっき……喫煙所では、ごめん。言い訳にならないけど、俺、妬いてたんだと思う」
予想外の言葉に、すぐに内容を咀嚼できなかった。じっと見つめていると、笹原が苦笑気味に眉を下げた。
「ぜんぶ、俺の勝手。だから悠生は悪くないよ。ただ、その、なんて言ったらいいのかな、俺、悠生のかわいいところも、良いところも、ぜんぶ俺だけが知ってたらいいのにって、そんな勝手なこと、思ってたから」
「……え?」
「だから、もしかしたら、積極的に悠生を外に連れ出そうとしてなかったのかもしれない。ごめんね。俺がそうじゃなかったら、もっと早く、今みたいに他の子たちと仲良くできてたのかもしれない」
「そんなの」
なにをどう言えばいいのか分からなかったけれど、ひとつだけは分かった。だから、せめてそれだけでも言葉にする。伝えたかった。
「そんなの、おまえの所為じゃないだろ。誰とも仲良くしたくないって思ってたのは俺で、でも」
最初は煩わしかったけれど、笹原がめげずに喋りかけてくれたことが、嬉しくて。そして、今も、――先ほどまでの飲み会も、楽しかったかと言われるとよく分からなくて。
「おまえが、俺に話しかけてくれて、それが一番、俺は嬉しかった」
それだけは、真実だった。嬉しかった。そして、いつしか、笹原が面倒見がいいから気にかけてくれている、というだけでは飽き足らなくなって。一番になりたいと、そんな身の丈に合わない願いを抱くようになってしまって、それで。
初めて嫌われたくないと思って、そうしたら、どうしたらいいのか分からなくなった。
「でも、それも、……おまえにとったら、べつに特別じゃないってことも、ちゃんと分かってて」
分かっていた、つもりで。でも、自分にとって特別だったことも、本当で。保っていられなくなった視線は、とうとう膝の上でこぶしをつくっている手の甲にまで落ちていた。
いつもそうだ。人の眼を見て最後までしゃべれない。自分に負ける。小さく息を吐いて、顔を上げる。笹原は、まっすぐに悠生を見ていた。急かすでもなく、言葉を待って。
そして、眼の合った悠生に、小さく微笑む。安心させるように。
なんで、と思った。
「なんで、そんなに優しいの」
問いが、ぽろぽろと口を突く。なんで。八つ当たりのように疑問があふれる。
「なんで、そんなふうに、いつも。ずっと。だから、俺が」
「勘違い、したくなるって?」
苦笑気味に発せられた言葉に、かぁっと顔が熱くなる。慣れていないから。言い訳なんて、いくらでもできる。人と仲良くすることに慣れていないから。優しくされることに免疫がないから。
笹原が誰にでもするそれを、自分だけの特別だと都合の良いことを考えてしまう。そんな、馬鹿なことを。自分でもよく分からないままに首を横に振る。したかったわけじゃない。そんな惨めなことを。
「したらいいのに」
だから、その意味も、すぐには分からなかった。
「したらいいのに、勘違い。それで、俺を好きなんだって、思い込めばいいのに」
「それって」
どういうことなんだろう。はっきりと示してもらえなければ、自分に都合のいい勘違いを本当にしてしまいそうだった。
「分からない?」
窺うように笹原が息を吐く。意地を張る代わりに、乞う。
「言葉で聞きたい」
つまらない見栄もプライド、なにもいらない。ただ、目の前の男の本心が欲しかった。
「おまえの言葉で、俺は知りたい」
たとえ、それが、悠生の望んだ言葉でなかったとしても。ずっと握りしめたままの掌は汗ばんでいた。逃げを封じて、悠生は続けた。
「俺は、おまえのことが、好きだけど」
好きだと誰かに伝えたのは、生まれて初めてのことだった。声が震える。笹原の前で格好が付いたことなんて、一度もない。
「でも、……だから、おまえがそうじゃないなら、ちゃんと勘違いしないようにする、から」
好きだけれど。それを受け止めてもらえなかったとしても、迷惑をかけるようなことはしたくない。時間はかかるかもしれないけれど、また「友人」として隣に立てるようにしたい。けれど、そのためには、ちゃんと答えを知らないといけない。
「……散らかってて、悪いけど」
今更かと思いながらも断りを入れる。もともと物の少ない部屋だけれど、笹原がよく顔を出していたころに比べれば、散らかっている。それはアルバイトを始めて忙しくなったからと言うよりかは、誰も来ないからきちんとしておく必要性を感じなくなっていただけだ。
「そんなことないよ」
笹原が笑って、よく座っていたところに腰を下ろす。ベッドとは反対側の、ローテーブルの前。そのしぐさのさりげなさに、緊張が少し緩んだけれど、まだなんだか落ち着かない。久しぶりにこの家に二人でいるからだろうか。それが嫌だというわけでは、もちろんないのだけれど。
「あ、……なんか、飲む?」
「いいから、いいから」
所在なく立っていた悠生を、笹原が手招く。ここ、俺の家なんだけど。言いたくなるような雰囲気ではあったけれど、どうせ悠生が緊張しているのもお見通しで解そうとしてくれているのだ。
そう思えたから、うんと頷いて、真向かいに座る。そうして何度も二人で向かい合ってきたはずだった。
「あのさ」
口火を切ったのは、やはりと言うべきか、笹原だった。
「俺から先にひとつ言ってもいい?」
「なに?」
「いろいろと謝らないといけないことはあると思うんだけど、その、さっき……喫煙所では、ごめん。言い訳にならないけど、俺、妬いてたんだと思う」
予想外の言葉に、すぐに内容を咀嚼できなかった。じっと見つめていると、笹原が苦笑気味に眉を下げた。
「ぜんぶ、俺の勝手。だから悠生は悪くないよ。ただ、その、なんて言ったらいいのかな、俺、悠生のかわいいところも、良いところも、ぜんぶ俺だけが知ってたらいいのにって、そんな勝手なこと、思ってたから」
「……え?」
「だから、もしかしたら、積極的に悠生を外に連れ出そうとしてなかったのかもしれない。ごめんね。俺がそうじゃなかったら、もっと早く、今みたいに他の子たちと仲良くできてたのかもしれない」
「そんなの」
なにをどう言えばいいのか分からなかったけれど、ひとつだけは分かった。だから、せめてそれだけでも言葉にする。伝えたかった。
「そんなの、おまえの所為じゃないだろ。誰とも仲良くしたくないって思ってたのは俺で、でも」
最初は煩わしかったけれど、笹原がめげずに喋りかけてくれたことが、嬉しくて。そして、今も、――先ほどまでの飲み会も、楽しかったかと言われるとよく分からなくて。
「おまえが、俺に話しかけてくれて、それが一番、俺は嬉しかった」
それだけは、真実だった。嬉しかった。そして、いつしか、笹原が面倒見がいいから気にかけてくれている、というだけでは飽き足らなくなって。一番になりたいと、そんな身の丈に合わない願いを抱くようになってしまって、それで。
初めて嫌われたくないと思って、そうしたら、どうしたらいいのか分からなくなった。
「でも、それも、……おまえにとったら、べつに特別じゃないってことも、ちゃんと分かってて」
分かっていた、つもりで。でも、自分にとって特別だったことも、本当で。保っていられなくなった視線は、とうとう膝の上でこぶしをつくっている手の甲にまで落ちていた。
いつもそうだ。人の眼を見て最後までしゃべれない。自分に負ける。小さく息を吐いて、顔を上げる。笹原は、まっすぐに悠生を見ていた。急かすでもなく、言葉を待って。
そして、眼の合った悠生に、小さく微笑む。安心させるように。
なんで、と思った。
「なんで、そんなに優しいの」
問いが、ぽろぽろと口を突く。なんで。八つ当たりのように疑問があふれる。
「なんで、そんなふうに、いつも。ずっと。だから、俺が」
「勘違い、したくなるって?」
苦笑気味に発せられた言葉に、かぁっと顔が熱くなる。慣れていないから。言い訳なんて、いくらでもできる。人と仲良くすることに慣れていないから。優しくされることに免疫がないから。
笹原が誰にでもするそれを、自分だけの特別だと都合の良いことを考えてしまう。そんな、馬鹿なことを。自分でもよく分からないままに首を横に振る。したかったわけじゃない。そんな惨めなことを。
「したらいいのに」
だから、その意味も、すぐには分からなかった。
「したらいいのに、勘違い。それで、俺を好きなんだって、思い込めばいいのに」
「それって」
どういうことなんだろう。はっきりと示してもらえなければ、自分に都合のいい勘違いを本当にしてしまいそうだった。
「分からない?」
窺うように笹原が息を吐く。意地を張る代わりに、乞う。
「言葉で聞きたい」
つまらない見栄もプライド、なにもいらない。ただ、目の前の男の本心が欲しかった。
「おまえの言葉で、俺は知りたい」
たとえ、それが、悠生の望んだ言葉でなかったとしても。ずっと握りしめたままの掌は汗ばんでいた。逃げを封じて、悠生は続けた。
「俺は、おまえのことが、好きだけど」
好きだと誰かに伝えたのは、生まれて初めてのことだった。声が震える。笹原の前で格好が付いたことなんて、一度もない。
「でも、……だから、おまえがそうじゃないなら、ちゃんと勘違いしないようにする、から」
好きだけれど。それを受け止めてもらえなかったとしても、迷惑をかけるようなことはしたくない。時間はかかるかもしれないけれど、また「友人」として隣に立てるようにしたい。けれど、そのためには、ちゃんと答えを知らないといけない。
あなたにおすすめの小説
消えることのない残像
万里
BL
最愛の兄・大貴の結婚式。高校生の志貴は、兄への想いが「家族愛」ではなく「恋」であったと、失恋と同時に自覚する。血の繋がりという境界線、そして「弟」という役割に縛られ、志貴は想いを封印して祝福の仮面を被る。
しかし数年後、大貴の息子が成長し、かつての兄と瓜二つの姿となったとき、止まっていた志貴の時間は歪な形で動き出す。
志貴(しき):兄・大貴に長年片思いしているが、告げることなく距離を置いていた。
大貴(だいき):志貴の兄。10歳年上。既婚者で律樹の父。無自覚に人を惹きつける性格。志貴の想いには気づいていない。
律樹(りつき):大貴の息子。明るく素直だが、志貴に対して複雑な感情を抱く。
君の恋人
risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。
伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。
もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。
不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。
キスの仕方がわかりません
慶野るちる
BL
全寮制男子校に入学した市原はクラス委員長になったため書類を提出しに生徒会室に行くと、そこに一人いた、初対面の副会長の近藤に襲われてしまう。
混乱するも相部屋の同級生・松川に助けられて元気を取り戻したある日、生徒会長の桜野から仕事を手伝って欲しいと依頼される。
最初は近藤に無視されていたが手伝う中で近藤から告白され、近藤への印象が少しずつ変わっていく市原だが。
表紙:Photo by Markus Spiske on Unsplash / powered by かんたん表紙メーカー様
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。