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37.雪解ける(2)
「悠生は、俺のこと、そういう意味で好きじゃないと思ってた」
ぽつりと呟かれた言葉に、悠生は息を詰めた。これから先を聞くのは怖い。でも、逃げたくはもうなかった。
「だって、あのとき、気持ち悪かったから、……だから、怒ったんじゃないの?」
「ち、がう」
まさかそんな勘違いをさせていたとは想像もしていなくて、悠生は慌てて否定した。そんなこと、あるわけがない。
「俺」
でも、そのことを伝えるためには、自分のコンプレックスも晒さなければならない。けれど、葛藤は一瞬だった。
「俺、自分の顔が、嫌いで」
「そうなんだ」
「その、自慢じゃないけど、自分の顔が良いんだろうって言うことは知ってるし、分かってるけど、それが嫌だっていうか」
「顔だけで近寄ってこられそうな気がするから、とか、そういうこと?」
優しい問いかけに、悠生は首を振った。
「それもあるけど。大本は、一番上の兄貴に似てるから、嫌だった」
自分とは違って、器用で、頭も良くて、いろいろな才能があって、友人も多くて。その兄と同じ顔をしているのだから、おまえもそうなのだろうと期待をされて、そうではない悠生に失望されることが怖かった。
「俺に話しかけてくるやつも俺に興味を持つやつも、みんな兄貴の影を俺に見てるんだと思ってた。うちの地元は田舎で、みんな、家の事情とかを知ってたから」
「うん」
「でも、それも、地元を離れたら変わるのかな、と思っていて」
けれど、具体的に変わりたいとも思うことはできていなかった。だから、地元にいたころと変わらない格好のまま過ごして、ここでも友達はできないと努力する前から諦めて、でも。
「おまえは違うと勝手に思ってた」
けれど、それも、俺が勝手に甘えていただけだ。理解している。なにも言わずとも分かってくれると、伝わっていると、傲慢に。
「悠生」
テーブルを挟んで伸びてきた指先が頬に触れる。その手に顔を持ち上げられて、意識しないままにうつむきかけていた視線が笹原を捉える。
「本当に、俺が、悠生の見た目だけが好きだったんだって、そう思ってる?」
真摯な顔に、悠生はまた頭を横に振った。
「勝手に悠生に誰かを投影して、幻滅するんだって、そう思ってる?」
そんなやつじゃないなんて、知っている。信じられなかったのは、自分だ。
「違う。でも」
「でも?」
なんで、そんな優しい声が出せるのか、そんな優しい顔ができるのか、悠生にはずっと分からなかった。分かることが怖かった。
「俺が信じられなかった。俺みたいなやつのなにが良いのか、それが分からなくて、だから」
「悠生」
傷つけてごめんね、とまたその声が謝る。傷つけたのは、俺じゃないのか。そう思うのに、うまく声が出なかった。
「悠生の顔が好きなのは事実だよ。気になり始めた切欠なのも事実かもしれない。でも、それだけだったら、こんなに好きになんてなれない。不器用で、でも真面目で、いつも一生懸命で、傷つけられても、誰かを傷つけない」
「……え?」
「そんな悠生だから、好きになった」
信じられないようなことを、信じたくなる顔で笹原が言う。その瞳から目が離せなくなる。ドキドキするのに、不思議と落ち着く。星みたいだ、と思った。悠生のたった一つだったはずの、心の拠り所。荒れた心を凪いだ状態に落ち着かせる、唯一の方法。星を数えて、呼吸を整えて。大好きだった、もの。
――きれいな星が見えたから、悠生と一緒に見たくて。
あの言葉は、なんて美しく優しかったのだろう、と今になって気が付いた。
「嘘だ」
それでも、そんなふうに言ってしまったのは、卑怯な自分の最後の抵抗だったのかもしれない。そんなことがあっていいのか、と。あったとしてもそれは本当にこの先も続くのか、と。疑ってしまう。
「嘘じゃないよ、本当」
それなのに、笹原は変わらなかった。
「俺、そんなに良いやつじゃないもん。下心がなかったら、あんなに優しくできない」
「下心?」
「悠生が好きで、――あの、見た目だけじゃないよ? でも、そうだな。悠生のぜんぶが好きで、だから、一緒にいたくて、もっと知りたいから喋りたくて、それで、触りたいのを、ずっと我慢してた」
体現するように指の腹がそっと輪郭をなぞる。びくりと身体が揺れたのは、条件反射に近かった。
「幻滅した?」
窺う声に首を振る。そして、断言する。「そんなこと、あるわけがない」
俺だって、と思う。無条件に優しくしてくれるから、受け入れてくれるから、好きになったわけじゃない。
確かにそれも切欠の一つではあったかもしれないけれど、それだけじゃない。案外と駄目なところがあることも知っている。そういったところも、ぜんぶを含めて、いつのまにか。隣にいないことが寂しいと知ったときに、思い知った。
「だって、俺は、おまえのことが、好きだから」
そんなふうに思われていたと知って、嬉しくないはずがないんだ。信じられないと思うのは自分に自信がないからだ。けれど、笹原に対して失礼だとも分かっていた。
近づいてくる瞳を瞬きもせずに見つめているうちに唇が触れた。そしてすぐに離れていく。キスをしたのは、初めてだった。
「俺が、したいのは、こういうことだって言っても?」
触れたいと笹原が言っていた言葉が、急に熱を帯びて身体の中に落ちてくる。
「うん」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃ、ない」
どうすればいいのかも分からないけれど、嫌ではない。怖くもない。
テーブルを挟んだまま身を乗り出して、今度は自分からキスをした。嫌なわけがないんだ、ぜんぶ。
ぽつりと呟かれた言葉に、悠生は息を詰めた。これから先を聞くのは怖い。でも、逃げたくはもうなかった。
「だって、あのとき、気持ち悪かったから、……だから、怒ったんじゃないの?」
「ち、がう」
まさかそんな勘違いをさせていたとは想像もしていなくて、悠生は慌てて否定した。そんなこと、あるわけがない。
「俺」
でも、そのことを伝えるためには、自分のコンプレックスも晒さなければならない。けれど、葛藤は一瞬だった。
「俺、自分の顔が、嫌いで」
「そうなんだ」
「その、自慢じゃないけど、自分の顔が良いんだろうって言うことは知ってるし、分かってるけど、それが嫌だっていうか」
「顔だけで近寄ってこられそうな気がするから、とか、そういうこと?」
優しい問いかけに、悠生は首を振った。
「それもあるけど。大本は、一番上の兄貴に似てるから、嫌だった」
自分とは違って、器用で、頭も良くて、いろいろな才能があって、友人も多くて。その兄と同じ顔をしているのだから、おまえもそうなのだろうと期待をされて、そうではない悠生に失望されることが怖かった。
「俺に話しかけてくるやつも俺に興味を持つやつも、みんな兄貴の影を俺に見てるんだと思ってた。うちの地元は田舎で、みんな、家の事情とかを知ってたから」
「うん」
「でも、それも、地元を離れたら変わるのかな、と思っていて」
けれど、具体的に変わりたいとも思うことはできていなかった。だから、地元にいたころと変わらない格好のまま過ごして、ここでも友達はできないと努力する前から諦めて、でも。
「おまえは違うと勝手に思ってた」
けれど、それも、俺が勝手に甘えていただけだ。理解している。なにも言わずとも分かってくれると、伝わっていると、傲慢に。
「悠生」
テーブルを挟んで伸びてきた指先が頬に触れる。その手に顔を持ち上げられて、意識しないままにうつむきかけていた視線が笹原を捉える。
「本当に、俺が、悠生の見た目だけが好きだったんだって、そう思ってる?」
真摯な顔に、悠生はまた頭を横に振った。
「勝手に悠生に誰かを投影して、幻滅するんだって、そう思ってる?」
そんなやつじゃないなんて、知っている。信じられなかったのは、自分だ。
「違う。でも」
「でも?」
なんで、そんな優しい声が出せるのか、そんな優しい顔ができるのか、悠生にはずっと分からなかった。分かることが怖かった。
「俺が信じられなかった。俺みたいなやつのなにが良いのか、それが分からなくて、だから」
「悠生」
傷つけてごめんね、とまたその声が謝る。傷つけたのは、俺じゃないのか。そう思うのに、うまく声が出なかった。
「悠生の顔が好きなのは事実だよ。気になり始めた切欠なのも事実かもしれない。でも、それだけだったら、こんなに好きになんてなれない。不器用で、でも真面目で、いつも一生懸命で、傷つけられても、誰かを傷つけない」
「……え?」
「そんな悠生だから、好きになった」
信じられないようなことを、信じたくなる顔で笹原が言う。その瞳から目が離せなくなる。ドキドキするのに、不思議と落ち着く。星みたいだ、と思った。悠生のたった一つだったはずの、心の拠り所。荒れた心を凪いだ状態に落ち着かせる、唯一の方法。星を数えて、呼吸を整えて。大好きだった、もの。
――きれいな星が見えたから、悠生と一緒に見たくて。
あの言葉は、なんて美しく優しかったのだろう、と今になって気が付いた。
「嘘だ」
それでも、そんなふうに言ってしまったのは、卑怯な自分の最後の抵抗だったのかもしれない。そんなことがあっていいのか、と。あったとしてもそれは本当にこの先も続くのか、と。疑ってしまう。
「嘘じゃないよ、本当」
それなのに、笹原は変わらなかった。
「俺、そんなに良いやつじゃないもん。下心がなかったら、あんなに優しくできない」
「下心?」
「悠生が好きで、――あの、見た目だけじゃないよ? でも、そうだな。悠生のぜんぶが好きで、だから、一緒にいたくて、もっと知りたいから喋りたくて、それで、触りたいのを、ずっと我慢してた」
体現するように指の腹がそっと輪郭をなぞる。びくりと身体が揺れたのは、条件反射に近かった。
「幻滅した?」
窺う声に首を振る。そして、断言する。「そんなこと、あるわけがない」
俺だって、と思う。無条件に優しくしてくれるから、受け入れてくれるから、好きになったわけじゃない。
確かにそれも切欠の一つではあったかもしれないけれど、それだけじゃない。案外と駄目なところがあることも知っている。そういったところも、ぜんぶを含めて、いつのまにか。隣にいないことが寂しいと知ったときに、思い知った。
「だって、俺は、おまえのことが、好きだから」
そんなふうに思われていたと知って、嬉しくないはずがないんだ。信じられないと思うのは自分に自信がないからだ。けれど、笹原に対して失礼だとも分かっていた。
近づいてくる瞳を瞬きもせずに見つめているうちに唇が触れた。そしてすぐに離れていく。キスをしたのは、初めてだった。
「俺が、したいのは、こういうことだって言っても?」
触れたいと笹原が言っていた言葉が、急に熱を帯びて身体の中に落ちてくる。
「うん」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃ、ない」
どうすればいいのかも分からないけれど、嫌ではない。怖くもない。
テーブルを挟んだまま身を乗り出して、今度は自分からキスをした。嫌なわけがないんだ、ぜんぶ。
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