39 / 39
38.きっと世界は美しい
しおりを挟む*
「大丈夫?」
ごわごわとしたタオルが髪の雫を丁寧にふき取っていく。その感触が気持ち良くて、悠生はそっと目を細めた。狭い風呂場で一緒にシャワーを浴びて、上がってきたのがつい先ほどのことだ。まるで父親か母親のように、座った足の間に悠生を呼んで、後ろから髪を拭いている男は、なぜかやたらと楽しそうだった。
「うん」
するりと素直な声が喉を突く。感情に蓋をせず、まっとうなやり方でぶつけ合うことは、こんなに憑きものが落ちたようなすっきりとした心地になるものだったのか。
そういえば、はるか昔に長兄が説教顔で言っていたような気がする。おまえたちは感情を抑制しすぎているから、いつか爆発したときにろくなことにならないような気がして心配だ、と。それを打ち明けることのできる友人なり恋人なりができたらいいんだろうけどね、と。
「この色もかわいいけど、俺、前の黒髪も好きだったな」
「そうなのか?」
「そうなんです。素材は良いのにもったいない子だなぁって最初は思ってたんだけど、あのもさい姿にも愛着が沸いたというか、なんというか。悠生らしくてかわいいなって思ってたから」
その言葉に、悠生は疑問を口にした。嫌味ではない。純粋に気になったのだ。
「おまえの言う俺らしさってなに?」
「え」
「あ、いや、怒ってるんじゃなくて。どういうふうに見えてたのかなって思っただけ」
動きの止まっていた指先が、ゆっくりとまた動き出す。優しい手つきと小さな振動が気持ちいい。
「さっきも言ったかもしれないけど、そうだな。不器用で、でも、まっすぐで、優しくて、……いろんな意味で原石って感じかな」
「……ふぅん」
「じゃあ、悠生から見た俺ってなんなの?」
面白がっている声に、しばらく考えてから悠生は応えた。
「星」
手の届かないところできらきらと輝いている遠くて近い存在。それでいて、ずっと悠生の心を凪がせてくれていた、たったひとつ。
「なんか」
照れくさそうに笹原が笑ったのが空気で分かった。
「悠生に星って言われると、すごく良いものみたいに思えるな」
そのとおりなのだけど、と思いながら、悠生は笑った。
「今度、また、流星群でも見に行こうか。次はいつが近いの?」
「今月はあんまりないな」
狭間の時期と言われている九月だ。そのあとは、十月。オリオン座流星群。
「そうか、でも、いつでも隣で見れるから、それでも十分なのかもしれないね」
誰かの隣ではなく、笹原の隣で見る星空はどんなものでもきれいなのだと知ったのはいつだっただろう。
きっとそれがこの恋を自覚した瞬間だったはずだ。
曇天でも晴天でも、きっと。あのベランダで。
「そうだな」
息をするように悠生は笑った。
二人きりの世界の上でも、星が輝いている。だから、今夜も、きっと世界は美しい。
41
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
恋は、美味しい湯気の先。
林崎さこ
BL
”……不思議だな。初めて食べたはずなのに、どうしてこんなに懐かしいのだろう”
外資系ホテルチェーンの日本支社長×飲食店店主。BL。
過去の傷を心に秘め、さびれた町の片隅で小さな飲食店を切り盛りしている悠人。ある冬の夜、完璧な容姿と昏い瞳を併せ持つ男が店に現れるが……。
孤独な2人が出会い、やがて恋に落ちてゆく物語。毎日更新予定。
※視点・人称変更があります。ご注意ください。
受(一人称)、攻(三人称)と交互に進みます。
※小説投稿サイト『エブリスタ』様に投稿していたもの(現在は非公開)を一部加筆修正して再投稿しています。
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
ふた想い
悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。
だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。
叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。
誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。
*基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。
(表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
なぜかピアス男子に溺愛される話
光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった!
「夏希、俺のこと好きになってよ――」
突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。
ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!
孤毒の解毒薬
紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。
中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。
不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。
【登場人物】
西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる