好きになれない

木原あざみ

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好きになれない3

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 春は、出逢いの季節であり別れの季節である。それは、フリースクールであるつぼみでも同じことだった。世間よりかは緩やかかもしれないが、それでも変化は訪れる。
 三月二十日。今年度の火曜日は次週で最後だ。スタッフルームでブログを更新しながら、日和は思わずしみじみと呟いた。

「来週で、最後かぁ」
「本当だったら、おまえも最後だったはずなんだけどな」

 パソコンの画面いっぱいに広がる写真を見つめたまま言われて、日和は口を尖らせた。廊下を挟んで和室からは、子どもたちの声が響いている。

「い、いいじゃないですか。恵麻ちゃんたちも喜んでるし」
「逆に嫌がられてたら、どうするつもりだったんだ」

 沈黙。考えるのも恐ろしいが、言葉にされると途端に不安になってきた。

「実は嫌がってたりとか……、新しい人に入ってきてほしかったとか」
「ない、ない。基本的に、恵麻も雪も、――特に凛音は変化を好まないし。まぁ、だからって、それに合わせるのがいいことじゃないけど」

 暗にやっぱり来るなと言われているのではないか。戦々恐々の日和を他所に真木が続ける。

「ま、おまえは好かれてるから問題ないよ。というか、おまえは基本的に、あんまり嫌われないだろ」
「そんなことは……」
「見れば見るほどわからなくなってきた。日和。おまえ、どの写真がいいと思う?」
「あぁ。香穂子ちゃんと紺くんに渡すやつですか?」

 同じ岐路に立つ年齢でも、異なる選択肢を選ぶ生徒がいる。だから、大仰なお別れ会はつぼみではやらない。聞いたときは、なるほどなぁと思うと同時に少し寂しいなぁとも思ったのだけれど。卒業する生徒には、残る生徒が主導して色紙や写真を渡して送り出すことが常らしい。
 今年は恵麻と雪人が中心となって動いているようで。小さなアルバムをつくることに決めたから、写真を何枚か印刷して欲しいと真木に頼んでいた。

「あ、なんか、懐かしいですね。キャンプのときの写真だ」

 場所を譲られて、スクロールバーを動かしているうちに、頬が緩む。

「いっそのこと、香穂子ちゃんには、おまえが格好良く映っているのを一枚くらい混ぜ込んでやろうとも思ったんだけど」
「やめてください」
「おまえ、写真写り悪いよな」
「ちょっと。知ってますから、本当にやめてください」

 この人なら本当にやりそうで、声が尖る。

「というか、いいんですか。キャンプの前は、ちゃんと距離を取ってって、言ってたじゃないですか」

 おかげさまで、と言えばいいのはわからないが、キャンプの写真は百枚以上あるが、香穂子とはツーショットどころかスリーショットも見当たらない。

「いや、だって。どうせ、卒業だし。香穂子ちゃんのあれは、本当にただの憧れだろうなぁって思ったから」
「……はぁ」
「思い出にひとつくらいいいかなと思って。まぁ集合写真があるからそれでいいか。というか、どれもこれもみんないい顔してるから絞り難くて。だから、ちょっと何枚か選んで」

 なにとは言わないが、不満だ。

 ――そりゃ、この人が、十も下の女の子にどうのこうの思うわけがないことはわかってる。わかってるけど。

 でも、なんか、だ。むっとしたのが伝わったのか、真木が宥める調子で声をかけた。

「仕方ないだろ。おまえみたいな異性と、会ったことも喋ったこともなかっただろうから。憧れを抱いたところで無理はねぇよ」

 いや、違う。俺が気にしたのはそこではない。思ったが、さすがに言えない。そんな話を持ち出したら、絶対に怒られる。下手をしたら、呆れられて終わりだ。

「おまえ以上の男が高校レベルで見つかるとも思えないし。しばらくは淡い初恋として残るかもしれないけど、それ以上にはならないだろ」
「そう、思います?」
「俺が? だから、そう思うって言ってんだろ」

 わざわざ確認する意味がわからないという顔を真木はしていたが、単純な日和の気分は浮上した。なんとはなしに口調から、顔だけではなく性格も含めてのことを評してもらえている気がしたからだ。

 ――なんか、いいな、それ。

 そうだ。今日は駄目と言うあれも、重い話をしたあとだから、そんな気になれないという話に違いない。浮上したついでとばかりに、悶々としていた悩み事を棚上げして、目を凝らす。
 どれもみんな生き生きとした表情で写っている。カメラを向けられると構えてしまうのか、固い笑顔になっているものもあるが、それもまたかわいらしい。
 マウスを操作しているうちに、一枚の写真に眼が止まった。真木だ。写真を撮られていることに気が付いていないのか、無防備にどこかを見つめている横顔。きっと、その視線の先には生徒がいると思ったのは、最初の頃に日和が好きだと思った、優しい雰囲気が滲んでいたからだ。いいなと思ったときには声が出ていた。

「これ、ください」
「やだよ。意味がわからない」
「……欲しいからです」
「やだ。駄目」

 言うなり、真木が無造作に日和の手からマウスを奪って、ゴミ箱に放り込む。そのままゴミ箱の中からも削除。

「あ!」

 思わず日和は短く叫んだ。

「削除した、信じられない」

 ひどい。大人気ない。ずるい。との非難はさすがに喉元で止まったが、ひどい。
 抗議の一環として、少しくらい拗ねてやろうか。その心積もりは、ガチャリと開いたドアの音で霧散した。

「なにを騒いでるの、ぴよちゃん」

 凛音だ。取り繕った日和の笑顔を凝視している。

「ごめん。声、聞こえてた?」
「あ! くらいから」
「いや、その、真木さんが勝手に写真を削除するから。そうだ、凛音ちゃん。お兄ちゃんが格好良い写真、一緒に探す?」
「ううん。いい」

 おいで、と中に誘った指先が、無碍に振られて宙に浮く。そのままパタンとドアが閉まって、日和は真木を振り返った。

「寂しがってんだよ。来たときからずっと兄貴と一緒だったから」

 お兄ちゃんが同じ空間からいなくなることが。無神経だったなと内省する日和に、真木がかすかに笑って首を振った。

「まぁ、でも、これもいい機会だろ。凛音だって四月から中三なんだ」
「そっか……、中三か」
「おまえも四月から学生最後の一年だろうが。人のことばかり気にかけてないで、自分のことを考えろよ」

 さも自然とひとくくりにされて居た堪れなかったが、日和は「わかってますよ」と頷いた。
 六月には教育実習があって、そのあとは教員採用試験に、卒業論文が待っている。そして、無事にすべてが終われば、日和も社会人になる。
 そうすれば、この人も少しは同じ土俵に日和を立たせてくれるようになるのだろうか。
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