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第二章 お魚マウント舞踏会
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「何か誤解があるようですね、アルト殿下」
「誤解であればいいんだがなあ――イリスの監視役を増やす体で、実の兄が暗殺者を寄越そうとしているだなんてことが、現実にあるとは思いたくもない」
冷徹に冷え切った緑の瞳に見下ろされ、ヒヤリと背筋に悪寒が走った。
もしかして、オレについて既に調べがついているのか?
いや、だがし、まだ暗殺者を雇っただけだ。具体的な命令は下していない!
きっとオレたちの会話など何も理解できていないだろうイリスに取りなしてもらえないかとそちらを見やったが、ダメだ。
イリスの耳を塞いでいるのはパウラか? チッ! エルフに命じられているのか。使えない女め!!
そしてこの異様な雰囲気すらものともせずに食べ続ける妹よ。
相変わらずだな。
「……元気そうでよかった」
「さっさと俺の疑問を解消してくれないか? ハインリヒ殿。よそ見をしている暇などないだろう」
「申し訳ございません、アルト殿下。久方ぶりにまみえた妹が相変わらず可愛らしくて思わず見とれてしまっておりました」
「それはわかる」
「殿下ッッ」
従者のエルフが苦渋の滲んだ顔で突っ込みを入れている。
なるほど、ここから突き崩せるか。
「わかっていただけますか? そうおっしゃっていただけるのは初めてかもしれません。イリスほど可愛らしく美しい娘はいないというのに、見る目のない者たちばかりで」
「まったくその通りだ」
「殿下ッ、場を誤魔化すための虚言ですよっ!」
「いや?? これは嘘偽りのないオレの本心ですが??」
「見ろアーロ。この目、スタンピードが来ても鍋の蓋を開けはしないと宣った時のイリスとうり二つだ――ウッ」
急にアルト王子が胸を押さえて苦しみだした。
アーロと呼ばれたエルフに睨まれるが、オレは何もしていないぞ!?
「どうなされましたか? アルト様?」
「ヴェリ……ううっ……よく見るとこの男、イリスにとてもよく似ている……!!」
「でしょう。イリスは絶世の美貌を持つこのオレとよく似てとても美しいのです」
「ハインリヒ様はナルシストでいらっしゃるので……」
「おいっ、聞こえているぞパウラ!!」
しかしこのアルト王子は見る目があるな。
イリスの美しさを理解している。それに、この様子だと……。
「たとえイリスによく似ていようとも、イリスに害をなす者に容赦するつもりはないッ!」
「暗殺者はイリスの護衛のために用意したのです。アルト殿下」
「その言葉を信じろというのか?」
「信じて……いただけませんか……?」
「しゅんとした顔はやめてくれッ! 俺がイリスにひどいことをしている気分になるッ!!」
イリス、お前はもしかしてすごい女だったのか?
昔、末は豚箱か傾国の美女かと思ったものだが、傾国の美女の方だったのか。
「もしや、殿下はイリスの愛らしい外見に惑わされているだけでなく、イリスの中身もご存じの上でイリスを愛してくださっているのですか?」
「あ、愛……っ、いや、まあ……その、な……!」
慌てふためくアルト王子の後ろで、未だに耳を塞がれているイリスはお腹をさすりながら満足げな顔をしている。
腹一杯、満足いくまで食べたらしい。
リーンバルト王国では、こんなにも可愛らしい姿は中々見られなかったな。
「……殿下になら、イリスをお任せできるかもしれませんね」
何か問題を起こしても、帝国の王子であるアルト王子がいれば大体解決してもらえるだろう。
ならば、オレがこれ以上気を揉む必要もないのかもしれん。
邪魔なのは勿論だったが、大罪を起こす前にイリスの兄として責任をとって始末しておかなくてはならないと思っていたが……。
この重責を、押しつけなくとも喜んで引き取ってくれる者が現れた以上は、全力で乗っかってもよいのかもしれない。
「不肖の妹ではございますが、どうか今後ともイリスをよろしくお願い致します」
「あ、ああ。……任された」
アルト王子が頷いた。
よし。なんとかうやむやにできた気がするぞ。
……そして何故だか、胸にぽっかりと穴ができたような心地になるな。何故だろうか?
まあいい。高い金を払って雇った暗殺者だが、本当にイリスの護衛をさせるしかないな。
嘘だと思われたら今度こそ殺されかねない。
アルト王子から解放されると、次はアーロというエルフとヴェリというエルフが殺到してきた。
「兄殿、本当にあなたの妹は不肖の妹ですからな……!?」
「存じております」
「食べ物に関する執着は目を瞠るものがあります」
「昔からそうでした」
驚いたことに、イリスは既に存分に迷惑をかけた後らしかった。
それでもこの状況か。兄は純粋にすごいと思うぞ。褒めて使わそう。
だからエルフの子を産んでくれ……あわよくばその子を王太子にしてくれよ……?
そうすれば、オレは帝王の外戚として、強大な権力を振るうことができるのだからなァ!!
「誤解であればいいんだがなあ――イリスの監視役を増やす体で、実の兄が暗殺者を寄越そうとしているだなんてことが、現実にあるとは思いたくもない」
冷徹に冷え切った緑の瞳に見下ろされ、ヒヤリと背筋に悪寒が走った。
もしかして、オレについて既に調べがついているのか?
いや、だがし、まだ暗殺者を雇っただけだ。具体的な命令は下していない!
きっとオレたちの会話など何も理解できていないだろうイリスに取りなしてもらえないかとそちらを見やったが、ダメだ。
イリスの耳を塞いでいるのはパウラか? チッ! エルフに命じられているのか。使えない女め!!
そしてこの異様な雰囲気すらものともせずに食べ続ける妹よ。
相変わらずだな。
「……元気そうでよかった」
「さっさと俺の疑問を解消してくれないか? ハインリヒ殿。よそ見をしている暇などないだろう」
「申し訳ございません、アルト殿下。久方ぶりにまみえた妹が相変わらず可愛らしくて思わず見とれてしまっておりました」
「それはわかる」
「殿下ッッ」
従者のエルフが苦渋の滲んだ顔で突っ込みを入れている。
なるほど、ここから突き崩せるか。
「わかっていただけますか? そうおっしゃっていただけるのは初めてかもしれません。イリスほど可愛らしく美しい娘はいないというのに、見る目のない者たちばかりで」
「まったくその通りだ」
「殿下ッ、場を誤魔化すための虚言ですよっ!」
「いや?? これは嘘偽りのないオレの本心ですが??」
「見ろアーロ。この目、スタンピードが来ても鍋の蓋を開けはしないと宣った時のイリスとうり二つだ――ウッ」
急にアルト王子が胸を押さえて苦しみだした。
アーロと呼ばれたエルフに睨まれるが、オレは何もしていないぞ!?
「どうなされましたか? アルト様?」
「ヴェリ……ううっ……よく見るとこの男、イリスにとてもよく似ている……!!」
「でしょう。イリスは絶世の美貌を持つこのオレとよく似てとても美しいのです」
「ハインリヒ様はナルシストでいらっしゃるので……」
「おいっ、聞こえているぞパウラ!!」
しかしこのアルト王子は見る目があるな。
イリスの美しさを理解している。それに、この様子だと……。
「たとえイリスによく似ていようとも、イリスに害をなす者に容赦するつもりはないッ!」
「暗殺者はイリスの護衛のために用意したのです。アルト殿下」
「その言葉を信じろというのか?」
「信じて……いただけませんか……?」
「しゅんとした顔はやめてくれッ! 俺がイリスにひどいことをしている気分になるッ!!」
イリス、お前はもしかしてすごい女だったのか?
昔、末は豚箱か傾国の美女かと思ったものだが、傾国の美女の方だったのか。
「もしや、殿下はイリスの愛らしい外見に惑わされているだけでなく、イリスの中身もご存じの上でイリスを愛してくださっているのですか?」
「あ、愛……っ、いや、まあ……その、な……!」
慌てふためくアルト王子の後ろで、未だに耳を塞がれているイリスはお腹をさすりながら満足げな顔をしている。
腹一杯、満足いくまで食べたらしい。
リーンバルト王国では、こんなにも可愛らしい姿は中々見られなかったな。
「……殿下になら、イリスをお任せできるかもしれませんね」
何か問題を起こしても、帝国の王子であるアルト王子がいれば大体解決してもらえるだろう。
ならば、オレがこれ以上気を揉む必要もないのかもしれん。
邪魔なのは勿論だったが、大罪を起こす前にイリスの兄として責任をとって始末しておかなくてはならないと思っていたが……。
この重責を、押しつけなくとも喜んで引き取ってくれる者が現れた以上は、全力で乗っかってもよいのかもしれない。
「不肖の妹ではございますが、どうか今後ともイリスをよろしくお願い致します」
「あ、ああ。……任された」
アルト王子が頷いた。
よし。なんとかうやむやにできた気がするぞ。
……そして何故だか、胸にぽっかりと穴ができたような心地になるな。何故だろうか?
まあいい。高い金を払って雇った暗殺者だが、本当にイリスの護衛をさせるしかないな。
嘘だと思われたら今度こそ殺されかねない。
アルト王子から解放されると、次はアーロというエルフとヴェリというエルフが殺到してきた。
「兄殿、本当にあなたの妹は不肖の妹ですからな……!?」
「存じております」
「食べ物に関する執着は目を瞠るものがあります」
「昔からそうでした」
驚いたことに、イリスは既に存分に迷惑をかけた後らしかった。
それでもこの状況か。兄は純粋にすごいと思うぞ。褒めて使わそう。
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