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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

16章

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 谷宿からやや離れた、栄が丘の駅前広場。
 運良く巨獣の被害を免れたここでは、雑多な人種がせわしなく行き交っていた。家族連れ、カップル、中高生のグループ、日曜出勤のサラリーマン・・・休日独特の朗らかな雰囲気の中、緩やかに時間が過ぎていく。
 
 木陰の下に立った少女の姿は、多くの人波に溶けこみ、居座っている時間の長さから考えると、意外なまでに目立っていないことがわかる。
 ジージャン・ジーパンといったラフな格好の下は、黒のティーシャツを着ている。スニーカーに野球帽という、男の子っぽいファッションだが、庇の下に覗く顔は、目鼻立ちが完璧なバランスで整った、ゾクリとする程の美少女のそれだった。
 長い茶の入った髪を、纏めて帽子に収納した五十嵐里美は、普段の彼女らしからぬ格好で、ずっとある人物を見張っていた。
 
 里美の視線の先にいる人物は、20分程前から、壁にもたれかかって誰かを待っている様子だった。
 鮮やかな青と白のセーラーは、紛れもなく、聖愛学院の制服だった。カラーに入ったラインが、赤色であることから、理数科の生徒であることが知れる。左側だけ前髪を垂らし、右半分は上げている。後髪はツインテールという、独特の髪型がとてもよく似合っている。落ち着いた感じの顔は、キレイとも可愛いとも言える端正な造り。白磁の顔に茶色の髪、それに銀色の首飾りが、絶妙なアクセントをつけている。
 聖愛学院の理数科と言えば、エリートというのが一般的な印象だが、この少女の立ち居振舞いは、既成概念を崩すのに、十分なものだった。ガムを噛み、手も足も組んで、街行く人々を睨むように見据える姿は、まるで不良少女の素行だった。
 
 “一体、こんなところで何をしているのかしら? 休日なのに、制服を着てるし・・・”
 
 ファントムガールとしての素養を感じた里美は、この少女・霧澤夕子の尾行を二日前から始めていた。もちろん、望んでしているわけではないが、大義のためには多少のことはする覚悟が、里美にはある。
 
 夕子の噂は、ほとほといいものがなかった。冷淡、孤独、不良、尊大、気難し屋・・・・・・だが、そのほとんどが、彼女が他人と接しないことによる、必要以上の悪意に満ちた風評であることを、里美は見抜いていた。
 一方で、風当たりの強い中、夕子への称賛を惜しまない者もいる。将来、女性では珍しい工学博士を目指しているという夕子は、抜群の成績を修めているだけでなく、機械工学の知識も、相当に深いということだった。また、不良に絡まれているところを彼女に助けられたり、倒れたおばあさんを、背負って病院まで連れていくのを見たり、迷子と一緒になって母親を探すのを目撃したり、少なからぬ者が夕子の“意外な”一面を知っていた。周りの雰囲気に憚られ、表立って口にこそしなかったが。
 
 里美が夕子に興味を持ったのは、不良グループとの立ち回りを演じたと聞いたからだ。しかも、その理由は、小学生と軽い接触を起こしたバイカーが、怒鳴り散らした挙句、立ち去ろうとしたためだった。偶然その場にいた夕子は、3人のバイカーをアッという間に叩きのめしたという。その話が本当ならば、夕子の力と正義感は、七菜江に似たものを感じさせるのに、十分だった。
 しかし、尾行を始めて二日、里美はいまだに夕子の真実を、見切れないでいた。噂通りの不良なのか? それとも仮面の下には優しい素顔があるのか?
 
 自分がよく目立ってしまうタイプであることを知る里美は、50mは離れた場所から、夕子への監視を続ける。
 駅前の壁に現れてから30分近く経って、ようやく夕子の周囲に変化があった。
 
 “あれが、待ち合わせの相手?”
 
 茶髪の少女と話しているのは、頭の禿げ上がった、50代と思しき小太りの中年男。夕子を凝視する好色な笑いが、里美の嫌悪感を刺激する。
 何事か、会話を交わす夕子の瞳には、里美の十倍以上の嫌悪が浮かんでいる。すでにそれは憎しみに近いかもしれない。
 待ち合わせ場所、やってきた相手、わざわざセーラー服を着ていること・・・それらの事実が、里美にある嫌な想像を喚起させる。忍びとして鍛えた聴覚を、最大限に開放して、睨みつける美少女と、下心を露にした中年との会話を聞き取る。
 
 “やっぱりこれは・・・援助交際!”
 
 津波のごときショックが、里美を飲みこむ。
 話には聞いていたが、聖愛学院の生徒が、それもファントムガールの候補者である生徒が、援助交際をしていたという事実は、名家に生まれ、清廉な世界に生きてきた里美にとっては少なからぬ衝撃だった。
 立ちすくむ里美とは対照的に、誰がどう見ても不釣合いなふたりは、そそくさと雑踏を掻き分けて歩いていく。
 
 “ど、どうしよう・・・とりあえず追わなきゃ”
 
 単なる勘違いである可能性を期待して、里美は追跡を始める。
 
 “・・・・・・・ホテルに・・・入っちゃった・・・・・・”
 
 里美の期待、というか願望は、木っ端微塵に粉砕された。
 白昼からネオン鮮やかなラブホテル街のひとつに、迷うことなく青いセーラー服と、ハゲ中年のカップルは吸いこまれていった。セーラー服の女子高生を入れてしまうホテルのモラル欠如を怒ることも忘れ、夕子が援助交際をしていたという事自体が、里美の脳裏を占め尽くす。
 
 “べ、別に、貞操観念が薄いからって、悪というわけじゃないわ。彼女にファントムガールになる資質は・・・ない、とは言え・・・ない・・・よね? で、でも、ナナちゃんは嫌がる・・・・・そ、そんなこと、気にしちゃダメよ、うん・・・・・でもでも・・・”
 
 冷静が売りの里美が、七菜江のように慌てふためく。知らないうちに、頬は真っ赤に染まっていた。動揺しきった里美は、願望からとんでもない結論を導き出した。
 
 “そうよ、ホテルに入ったからって、援助交際とは限らないじゃないの。ちゃんと確かめてみなきゃ”
 
 ホテルの裏口に回った里美は、上空を見上げる。雑然とした裏通りは、隣接する建物同士の間隔が狭い。隙間から覗く青空はわずかだ。
 少し腹に空気を溜めると、灰色の壁に向かって跳ぶ里美。壁を蹴って反対の壁へ。そのまま、アクションスターよろしくジグザグに壁の隙間を蹴上がっていく。
 四階に開いている窓を見つけていた里美は、桟に手を掛けるや、無重力を舞うように、スレンダーな肢体をホテル内部に滑りこませる。
 
 「!!」
 
 窓はシャワールームのものだった。
 これから励もうとする若い男の裸身が、里美を出迎える。
 
 「きゃあッ?!」
 
 唖然とする男の鳩尾に、容赦ない一撃が叩きこまれる。
 反射的にノバしてしまった男を横たわせ、真っ赤な顔を両手で隠す里美。胸の内で、「ごめんね」と謝る。
 
 ベッドに寝ていた女に気付かれぬよう、部屋を抜け出た里美は、夕子たちのいる部屋へと向かった。くノ一の聴覚は、女子高生とハゲ中年がフロントで確認した、ルームナンバーをしっかりと聞き逃さなかった。
 
 施設に忍び込んでの、移動や侵入は、忍者の最も得意とするところだ。里美の前には、ビデオカメラも扉の鍵も、なんの意味も持たない。
散歩するような軽い足取りで、里美は目的の部屋への侵入に成功していた。
 物音ひとつたてずに、ベッドルームに足を運ぶくノ一。彼女の鋭敏な五感は、部屋の異様な空気に気付いていた。
 
 “おかしいわ・・・気配が薄い・・・”
 
 部屋には確かにふたりがいるはずだが、強い反応を感知できない。
 耳をそばだてる。時計の針が進む音。
 そっと、部屋の内部を覗き込む。
 
 全裸の中年男が、うつ伏せにベッドに倒れこんでいる。
 夕子の姿はない。
 
 素早く周囲を窺い、里美はぜい肉まみれの中年に近寄る。
 生きている。
 だが、激しい麻痺が全身を襲っていた。強いショックが与えられたのだろう。白い泡がたらこ唇からこぼれ、男は白目を剥いて失神していた。
 床には男の衣類が散乱し、札束がなくなった財布が、用無しとばかりに捨てられている。これが意味することは、ただひとつ・・・
 
 ベッドを飛び越え、前転する里美。
 野球帽が吹っ飛び、纏めた髪が瀑布となって垂れ流れる。
 身を潜めていた夕子の、背後からのハイキックを間一髪でよけた里美は、ベッドを間にして、怒りに燃える瞳の少女と対峙する。
 
 「なんで、私をこそこそとつけ回すのよ?! 五十嵐里美ッ!」
 
 シルクの髪が、はらはらとベッドに落ちる。物凄い、ハイキック。風を切る轟音が、戦慄とともに耳から離れない。まともに食えば、失神ぐらいではすまないはずだ。
 里美が知る女のコで、最も凄い蹴りができるのは七菜江だが、夕子の蹴りは、スピードこそ敵わぬものの、威力では、七菜江と比べても勝るとも劣らない。
 
 “やっぱりこのコ、ただものじゃない。この戦闘能力には、何か秘密があるはずだわ”
 
 「前から私のことを探ってるのは知ってるのよ! 一体どういうつもり?!」
 
 夕子の質問には、当然答えることの出来ない里美は、質問を返すことで誤魔化しにかかる。
 
 「あなたこそ、どういうつもりなの? この人のお金を盗んだでしょう? そうやって援助交際に見せかけて、お金を騙し取っているのね。これは立派な犯罪よ?!」
 
 「金を出せば女のコを好きにできると思ってる奴らに、天罰を下してるのよ! こいつらの快楽のために使われるより、もっと有意義なことに使った方が、お金も喜ぶってもんだわ!」
 
 「そんな勝手な理屈、通るわけないでしょ?」
 
 「うるさいッ! あんたのようなお嬢様には、私の苦しみなんて、わかりっこないわ!」
 
 ベッドを飛び越え、躍りかかる夕子。その動きは、『エデン』の保有者と、なんらひけを取らぬ素早さだ。
 両手で殴りかかる夕子。その弾丸のような拳を、的確にかわす里美。無軌道なパンチの打ち方が、夕子が格闘技の素人であることを教える。
 
 “メチャクチャな打ち方だけど、スピードとパワーが並じゃない! まるでナナちゃんみたいな闘い方ね”
 
 不良3人を倒したという伝説は本当であることを、里美は確信する。普通の人間では、夕子に勝つことはできない。『エデン』の寄生者や、吼介や西条姉妹のような鍛えられた人物でなければ。
 パンチに加え、蹴りまで織り交ぜてきた夕子の攻撃を、美しい少女は最小限の動きでかわしていく。狭い室内でも、ダイナミックに打撃を繰り広げるため、部屋中の壁に拳やつま先が当たる。ボコッという音がするや、隕石の跡のような穴が爆発してできる。恐るべき、破壊力。その辺の男より、遥かに凌駕した力が、小さな身体に秘められていることを、覚悟せずにはいられない。
 
 「くッ・・・ちょこまかと!」
 
 攻め続けている夕子の額に、汗の結晶が飛び散る。恐らく、彼女の生涯でここまでの苦戦は初めてなのだろう、焦りが眉の間の濃い皺となって現れる。
 対して里美には、圧倒的なパワーに驚愕しつつも、余裕がある。夕子の攻めがいくら厳しくても、それ以上の強敵と闘ってきた経験が、美しきくノ一を支えていた。隙を見て、どうこの場を逃亡しようか、考えを巡らせようとした、その時――
 
 眩い光が、里美の漆黒の瞳を刺す。
 不意を突いた白光の爆発に、視界を奪われた里美がもんどりうってよろめく。
 
 “め、眼が光った?!!”
 
 大量の光を放ったのは、夕子の瞳??
 そんな非現実的な光景が、確かに起きたように思われて、里美の精神は、肉体同様激しく混乱する。
 打撃を避けられて、カッとした夕子の容赦ない追撃がふらつく里美を襲う。
 左のフック気味のパンチ。
 見えてないはずの里美が、気配のみを頼りに右腕でガードする。
 ガスウウッッ!!
 重く鈍い打撃音。
 パンチを受けた右腕の骨が軋む悲鳴に、美貌を歪ませる里美。
 動きの止まった生徒会長の右腕を、夕子の左手が握る。
 そのまま一気に背中に廻し、腕を捻り上げていく。
 
 「うああッッ!!」
 
 知らず、叫びが洩れる。右肩を襲う痛みに、つんのめるようにしてベッドに長い髪の少女が抑えつけられる。その背に跨り、ツインテールがお仕置きをするかのように、腕をギリギリとひねり上げる。
 
 「ああッッ?! あああッッ!!」
 
 たまらず里美の濡れ光る唇から、悲鳴が零れ落ちる。組み伏せられた屈辱が、御庭番総帥の血統者を苛むが、この態勢からの脱出は容易ではない。不可能ではないが、そのためには、夕子を激しく傷付ける必要がある。里美は素直に屈することにした。
 
 「はぁ・・・はぁ・・・あんた、ホントに何者なの・・・? この動き、普通のお嬢様じゃない」
 
 「・・・・・・・・・・」
 
 「じゃあ、質問を変えるわ。私を調べてるのは何故? 答えて」
 
 「・・・・・・・・・・」
 
 ミシミシと、音をたてて里美の右肩が破壊されていく。腕をもぎ取られそうな、痛烈な痛み。だが、脂汗を浮かべ、美貌を歪ませるだけで、里美はもはや、悲鳴すらあげようとしない。
 鈴の音のような可愛らしい声の持ち主である夕子だが、凄みを利かせて言い放つ。
 
 「言ってよ! このままだと、あんたの肩が壊れるよ!」
 
 「・・・・・・・・・・・」
 
 「言っててば! 知らないよ、ホントにどうなってもいいのッ?!」
 
 「・・・・・・・・・・・」
 
 「この、強情ものッッ!!」
 
 凄まじい電撃が里美のスレンダーな肢体を灼く。虚をついて襲った、高圧電流の翻弄にあい、ジーンズに身を包んだ、芸術的な肉体が仰け反りあがる。
 
 「うわあああああッッッ―――ッッッ!!!」
 
 “なんで・・・こんなところで電流・・・がッ・・・??”
 
 グルリと、切れ長の瞳が白目を剥く。
 ハゲ中年がなぜ失神していたか、理由を知るとともに、女神も羨むプロポーションは、中年と同じ末路を辿ってベッドに沈んでいった。
 
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