ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

8章

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 「一体話って、なんなんですか?」
 
 カビの臭いが仄かに漂う倉庫内に、藤木七菜江の透き通る声が響く。
 どうやらそこは、マットや跳び箱、バレー用の支柱やネット、ボールといった、体育用具を保管するための倉庫らしかった。意外と広い。20畳ほどもありそうな室内には、あらゆる競技で使用する道具が雑然と並んでいる。
 
 先輩であり、この場所に七菜江を連れて来た案内人でもある柴崎香は、部屋に入って以来、ずっとショートカットの後輩に背を向けたまま沈黙していた。暗い雰囲気が苦手な七菜江は、ついに耐えきれず、自ら言葉を発したのだ。
 それでも香は背を向けたまま、押し黙っている。
 レギュラーの座を先輩から奪ったという負い目がある少女は、ズキズキと疼く痛みを右腕以外の場所にも感じ始めていた。周囲は気にするなと言うが、頭で理解していても他人を蹴落としたという事実が、純粋な少女を気に病ませた。普段は優しいが、時折香が嫌悪感を垣間見せていただけに、七菜江の心は痛んでいた。
 
 青いセーラー服姿のふたりの美少女。
 沈黙だけが、ゆるやかに時を流れていく。
 
 「あ、あの・・・」
 
 再び口を開く小柄な少女。
 
 「ナナ・・・」
 
 今度は返事が返ってきた。振り返る、ウェーブのかかった長い髪。
 明るい少女は絶句した。
 美人という呼び名が似合う美貌は、くしゃくしゃに歪んで泣き崩れていた。
 大粒の涙をこぼす香の姿に、何が起きたかわからぬ純真な少女は戸惑う。掛けることばもわからず、動揺する七菜江の耳に飛び込んできたのは、ひとつしかない入り口の扉が開く音だった。
 
 「ッ?! カズマイヤー姉妹?!!」
 
 渡辺・カズマイヤー・沙理依と美姫依。サリーとビッキー、肉弾の巨漢姉妹がふたりの男を従えて入ってくる。うちひとりは、スキンヘッドの大男。もうひとりの金髪が握っているのは、金属のバットだ。
 双子姉妹の血走った眼。悪意に満ちた空気が、彼女らの目的を即座に七菜江に教える。動く左腕をあげ、構えるアスリート少女。試合で体力を使い果たし、右腕を破壊されたというのに、不安の破片もない強気な台詞で迎え撃つ。
 
 「なんのつもりッ?! あたしに試合で負けた腹いせをしようってんなら、逆に痛い目見せてやるんだからッ!」
 
 吊り気味の瞳に、熱い炎が燃えあがる。
 東亜大附属の連中、特にカズマイヤー姉妹が七菜江に復讐心を膨れ上がらせているのはわかっていた。だが、怒りは七菜江の方にもある。試合中は我慢していたが、リンチまがいの行為の数々は、とてもスポーツと呼べるものではなかった。愛するハンドボールを冒涜されたようで、できるならお灸を据えてやりたいと思っていたのだ。
 しかし、そんな少女の闘争心を削ぐ叫びが、背後から叩きつけられる。
 
 「やめてッナナッ!! その人たちの言う通りにしてッ!」
 
 振り返る七菜江。声の主、香は首にナイフをつきつけられ、立ちすくんでいた。跳び箱の隅にでも隠れていたのだろう、いつのまにか現れたパンチパーマの男が、香の自由を奪っている。
 
 「ごめんなさい、ナナ・・・このひとたちがあなたを連れて来いって・・・背いたら私を強姦するって・・・私怖くて・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 
 美しい顔をぐしゃぐしゃにして泣き謝る香。
 怒りに燃えていた七菜江の瞳が哀しげに曇り、細い眉が八の字に垂れる。人質を取られた無垢な戦士は、あまりに脆かった。どうしようも出来ない悔しさに、唇を噛む音だけが洩れる。
 
 スキンヘッドの巨漢が、棒立ちの少女の青いスカーフを掴む。
 次の瞬間、宙を舞っていたのは、巨漢の方だった。
 工藤吼介に教えられた柔術の技。わずかな期間の特訓で得た技術とはいえ、吼介やユリといった、とっておきの師匠を身近に持つ七菜江の上達ぶりは、驚異的といった言葉も色褪せるほどであった。
 激しく背を打った坊主頭が、「ぐええッッ!」と悲鳴をあげる。
 
 「どこまで卑怯なのよッッ!! お前たちは絶対に許さないぞォォッッ!!!」
 
 「やめてよッッ!! お願いだからやめてッナナッッ!!」
 
 思わぬ抵抗を見せた七菜江に、人質の身である香が必死で懇願する。全力を解放して、一気に香を捕らえたパンチパーマを倒すつもりだった七菜江の出足を、その香自身の言葉が止めてしまう。
 
 「今ここでこのひとたちをやっつけても、仕返しされるのは私なのよ! お願いだからこのひとたちの言う通りにして!」
 
 「か・・・香先輩・・・」
 
 白い歯が強く噛み締められる。
 悔しさと哀しさで、純粋に澄み切った瞳は細まり、今にも泣き出しそうに垂れる。ブルブルと握り締められた左拳が、ゆっくりと観念するように降ろされていく。
 美しい顔を崩して泣き叫ぶ先輩の言葉が、七菜江にはよく理解できてしまった。
 『エデン』の力を得たスーパーアスリート藤木七菜江にとって、この状況は決して打開不可能ではない。試合で体力を失い、右腕を怪我し、人質を取られ、5人の相手に囲まれていようとも、だ。約3m離れた場所に立つパンチパーマが、ナイフを香の首に突き立てるより速くKOする自信はあるし、人質さえいなければ、本気の七菜江をたった5人で抑えられるわけがない。一般人が闘うには、七菜江という存在はあまりに超越した運動神経の持ち主であった。
 
 だが、この場はそれでいいとして、今後どうなるのか。
 七菜江を狙ってくる分には構わないが、香を狙われればどうしようもない。ファントムガール・ナナとしての顔を持つ七菜江が、片時も離れず一緒についてずっと香を守れるわけがない。
 もし人質となったのが、桃子や夕子、あるいは里美、ユリだったら・・・恐らく誰ひとりとして、自分のせいで七菜江が攻撃できない状況を、呼び込みはしないだろう。己の死を省みずに、七菜江に反撃するよう言うはずだ。
 だが柴崎香は普通の女子高生なのだ。
 我が身可愛さに七菜江が服従することを望むのは、寧ろ当然のことと言えた。それどころか、七菜江のせいで巻き込まれたことに、怒りすら覚えていても不思議ではない。
 
 だらりと垂れ下がった拳が、力なく開かれていく。
 それは標的の超少女が抵抗を放棄したことを示していた。
 
 「ぶしゅしゅしゅしゅ・・・わかりゃあいいんだよ、このクソ女が」
 
 岩のような肉塊が、顔を伏せて立ちすくむ少女の前後に挟み立つ。2倍以上の質量を誇る巨大風船に囲まれ、七菜江の身体はますます小さく見えた。
 
 「てめえのせいでウチらの立場はボロボロだ・・・東亜に戻っても、ずっとカス呼ばわりの日々が続くんだ。一生ハンドができない身体にしてやるぜ」
 
 「たかが試合に負けたぐらいで・・・甘えるのもいい加減にしろォッ!」
 
 憤怒する吊りあがった瞳が、二重アゴの丸い顔を見上げる。抑えきれない衝動が、七菜江の沸点を最高潮に高めている。卑怯なやり方の数々も許せないが、その動機もひまわりのような少女には気に入らなかった。
 
 「甘える・・・だと」
 
 「そうよッ! 誰だって試合に負けたくない。でも負けたからって相手のせいになんかするもんか! 次に負けないように、歯を食いしばってガンバるんだッ! 相手のせいにして済ませようとする、そんな考えだから負けるのよッ」
 
 「・・・この・・・ぬくぬくと部活してる貴様らに、常勝を義務付けられたウチらの気持ちがわかるか!」
 
 背後に立ったビッキーが、一気に七菜江を羽交い締めにする。右腕を吊っていた三角巾が、はらはらと宙を舞い落ちる。
 10cm以上の身長差がある相手に吊り上げられ、つま先立ちになった少女の腹筋に、容赦ないブローが叩き込まれる。
 肉が肉を抉る鈍い音。
 怒りに燃える愛らしい顔が、一瞬苦痛に歪む。
 
 「おらぁッ! さっさと詫びをいれな! そして一生ウチらの奴隷となることを誓うんだ!」
 
 サリーの丸っこい拳が、次々と無抵抗の七菜江の顔面に吸い込まれていく。首が捻じ切れそうな勢いで、右に、左に、揺れ動く。頬が見る見る赤く染まり、桃色の唇の端から、鮮血が一筋流れていく。
 女のものとは思えない、激しい打撃音。だが、チャーミングという点では、現役アイドルも逃げ出しそうな少女の顔は瞬間歪むだけで、苦痛を露わにすることはない。
 
 「ホントに生意気なヤツだぜッ!」
 
 右拳を七菜江の小さめの鼻に叩き込もうとするサリー。
 殴りかからんとする巨漢に、羽交い締めの少女は口から液体を吐きかける。
 ベチャッとサリーの顔を汚したのは、ツバではなく、血であった。
 
 「きッッ・・・貴様ッッ――ッッ!!!」
 
 殴打の嵐が、小柄な少女を包み込む。
 可愛らしいマスクを、芸術的なバストを、引き締まった腹部を、狂ったように殴り続けるサリー。
 細かい血の霧と肉の打撃音が、黴臭い室内を満たしていく。
 リンチという名に相応しい暴虐。しかし、悲鳴すらあげることなく、被虐の少女は理不尽な仕打ちを黙って受け続けている。
 
 「どうだおらぁッ! なんとか言ってみろよ! 奴隷になるのか、このまま死ぬかどっちだぁッ?!」
 
 ぐったりと垂れ落ちた顔を、ショートカットを無理矢理掴んで引き起こす。やや赤く腫れた顔には、健気なまでに不屈の闘志を宿した瞳が輝いている。
 
 「こんなことで・・・負けるもんか・・・死んでもお前らになんか・・・屈するもんか・・・」
 
 「口の減らないガキめッ! 倉田、やってやりな」
 
 先程七菜江に軽く一蹴されたスキンヘッドの大男が、再び青いセーラーの胸元を掴む。
 今度は、反撃を封じられた七菜江に、惨禍を免れる手段はなかった。
 華麗なまでに宙を舞ったムチムチとした肢体が、大男の体重ごとコンクリートに叩きつけられる。
 無抵抗な少女を襲う、巨漢の一本背負い。
 
 「ふしゅしゅしゅしゅ! 倉田は元柔道のインターハイ選手さ。もっとも怪我でリタイアした今は、暴力に明け暮れる落ちこぼれだけどね。それでも一流の柔道家の投げはよく効くだろ? こんな硬い床じゃあ特にさ」
 
 強打した背中を反りあがらせ、息の詰まる痛みに苦悶する七菜江。歯を食い縛り、必死で悲鳴を堪える少女の胸倉を、またも巨大な手が掴む。
 払い腰。
 大外刈り。
 抵抗しない少女を、まさに破壊するかのように投げ続けるスキンヘッド。
 容赦なく床に叩きつけられるたびに、内臓が破裂しそうな衝撃に悶えながら、背を反りあがらせた豊満な肉体が惨めにリバウンドする。
 苦痛に顔を歪ませっぱなしとなった美少女を、トドメの内股が襲う。
 まっ逆さまに脳天から落ちていく七菜江。
 
 ゴキイイイッッ・・・
 
 なにかが潰れる音が響き、次の瞬間、青いセーラー服の少女は、全てを開けっ広げるように大の字に仰向けとなって、ビクリビクリと震えていた。
 
 「ぶしゅしゅしゅ・・・いいザマだ」
 
 横臥してなお崩れない胸の白桃を、肉弾双子がひとつづつ踏み潰す。さらに股間を坊主頭の巨漢・倉田が踏みつける。自分よりも遥かに大きな3人の虐待者に踏みつけられた超少女の姿は、敗北を象徴するには無惨すぎた。破壊するというより、弄ぶように、3人はグリグリと少女の敏感な箇所を足の裏でこね回していく。
 
 「あくぁ・・・あぐぅ・・・・・・うああぁ・・・・・・」
 
 虚ろな視線のアスリート少女から、苦痛のせいだけではない呻きが搾り出される。
 
 「いい声だよ、フジキナナエ。だが、この程度で済むと思ってないだろうね?」
 
 ビッキーの声を合図に、ひっくり返される七菜江の肢体。少女の身体は、もはやオモチャのようにいいように扱われていた。俯けになったダイナマイトボディの持ち主に、巨漢姉妹がふたり揃ってのヒップドロップを落とす。
 
 「うぐううッッ!!」
 
 引き攣ったような苦鳴が潤った唇を割って出る。思わず海老反った少女のチャーミングな顔は、圧殺された苦しみに崩れ、汗で濡れ滴っている。
 合計235kgの圧迫に、息も絶え絶えの超少女の右腕を、単純な腕力では遥かに七菜江を上回った倉田が引き伸ばす。被虐の少女戦士に抵抗する手段はなかった。痛々しく包帯が巻かれた右腕が、処刑者たちの血走った眼の前に差し出される。
 
 「ううッッ・・・くッッ・・・あああ・・・・・・」
 
 金属バットを手にした金髪が歩み寄ってきた時、七菜江は己に迫る地獄を悟った。必死で身をよじる少女に、もはや脱出の術はない。たまらず洩れる声に混じる哀願が、復讐に燃える悪魔たちの心を癒す。
 
 「ぶしゅしゅしゅしゅ! どん臭いあんたでも、ようやく何をされるか、わかったようだね!」
 
 「くッッ・・・ううう・・・や、やめろ・・・・・・」
 
 「このコージは元野球部でね。こいつもドロップアウトしたひとりさ。東亜にはこんなヤツらがうようよいるぜ。あんたみたいに幸せそうに青春してるのを、ぶっ殺したがってうずうずしてるのがね」
 
 「あ・・・あああ・・・や、やめ・・・放せぇぇ・・・」
 
 「やれ、コージ」
 
 処刑執行の合図が下され、金属バットが固定された右腕に振り下ろされる。
 形容しがたい破壊音がこだまし、ガラスも粉砕しそうな七菜江の絶叫が、悪意に満ちた残酷な体育倉庫に響き渡った。
 復讐に燃える悪魔たちを悦ばせるだけの、哀しき絶叫が。
 
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