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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」
7章
しおりを挟むキラキラと夏の陽光を照り返す波間が、光の絨毯となって広大な海いっぱいに敷き詰められ
ている。
太平洋の穏やかな波に揺られて、刻々と変化する光の万華鏡・・・開放感たっぷりの南国の
太陽を浴びながら、桜宮桃子は飽きることない大海の美しさに心奪われていた。
ずっと視界の先に、空の水色と海の群青とを隔てる水平線が、一直線に右から左へと神の
手によって描かれている。ごくわずかにしなった曲線が、この星が球体であることを小さな少女
に教えてくれる。自分が今立っているのは、地球という乗り物なのだ―――改めて知らされる
事実は、アイドル顔負けの美少女にその星を守らねばならない使命をも自覚させる。
底が見えるような透き通った海と、染み入る青さの大空、輝く太陽と、シルクのような肌触り
の白い砂―――貸切り状態となった南の島の海岸で、桃子の心は無邪気に弾け飛んでいた。
最近起こった嫌な事件の数々・・・生涯忘れられないであろう、試練の記憶も、爽やかな太陽と
風とが洗い流していく。
「ん―――・・・きっもちいいッッ――ッッ・・・」
伸びをしながらひとり呟いた美少女には、女子高生らしい天真爛漫な笑顔が満開に咲き誇っ
ていた。
南海に浮かぶリゾートアイランド「天海島」。山を隔てた表側には、ダイバーや観光客が押し
寄せているのだろうが、島の裏側には白い砂浜が一面広がるのみで、人の影はまるで見えな
い。美しい海岸を独占するなど、何人の人間が生涯に体験することができるだろうか。このま
まずっとここに住めたらな・・・贅沢な時間に身を任せながら、アイドル少女はそんな夢をふと見
る。
空も海もすっごくキレイ・・・こんな美しい自然のなかで暮らせたら幸せだろうな・・・朝は小鳥
のさえずりで起きて、夜は星空を見ながら寝て・・・隣には素敵なダンナさまがいて・・・ううん、
別に顔とかはどうでもいいんだ・・・優しくて、一生懸命で、夢を追いかけてるような・・・それであ
たしのことをきちんと理解してくれてるひと・・・あ、そうだ、『たけのこ園』のみんなもここに連れ
てきてあげよ・・・みんなで楽しく笑顔で暮らすの・・・でも、あんまり海ではしゃいだりしてたら注
意しよっと・・・こら、そんなに水飛沫をあげたら、せっかくの景色が台無しでしょ、なーんて
ね・・・
ザッバアアアアッッッ―――ッッッ・・・・・・
高々と飛沫を撒き散らし、海中からロケットのごとく荒々しく飛び出した物体が、夢見る乙女を
現実に引き戻す。
潜水から一気に浮上し、白波から1mは飛び上がった"それ"は、浜辺で呆気に取られる桃
子に気付いて大きく手を振った。
「やっほ――ッ、モモッ! 一緒に泳がないッ――ッ?!」
「んもうッ! なんて登場するのよッ、ナナはッ!」
上空で照りつける太陽に、負けず劣らぬ輝きを放つ元気少女の笑顔が、波の狭間に漂って
いる。
情景の美しさに囚われたエスパー少女を残し、藤木七菜江はこの一時間ほどをずっと泳ぎ
続けていたようだ。はしゃぎすぎ、というには凄すぎる体力は、とても先日の闘いで瀕死に追い
込まれた少女のものとは思えない。同じ「エデン」の戦士として、桃子は時に七菜江の超人ぶり
に愕然とせざるを得なかった。
潮水で濡れそぼったショートカットを掻き揚げながら、白のビキニ姿の少女は海からあがって
くる。真ん中付近からセパレートになった黒髪は、ギラつく陽光を反射して瑞々しく輝いた。
南国のバカンス、2日目の昼下がり。
3人の少女と1人の男は、「天海島」の裏側、他に人がいなくなった海岸を独占して、紺碧の
海と薫る潮風とを満喫していた。
伝説の『ウミヌシ』さまの来襲に備え、避難していった島の人々・・・宿の女将も里美の説得に
応じて今朝がた島の表へと脱出した今、この土地にいるのは正真正銘観光に来た4人の高校
生だけになっていた。
普通に考えれば明らかに異常事態であるはずなのに、事情を知らない工藤吼介が平然とし
ているのはともかく、いずれ可憐な外見をした女子高生たちも、伝説の怪物など忘れて夏のバ
カンスを楽しんでいるように見える。『ウミヌシ』の出現が真夜中らしい、ということを差し引いて
も、見た目に合わぬ少女たちの肝の据わり具合は大したものであった。
ポトポトと水滴を垂らしながら、藤木七菜江は砂浜に突っ立った親友の側にまで歩いていく。
見事なプロポーションであった。
白いビキニに包まれた胸のふたつの果肉は、メロンと呼ぶに相応しい大きさと曲線を誇り、
はちきれん若さを発散して甘い芳香を醸し出している。キュッと締まった腰のくびれ。そこから
また急カーブを描いたヒップラインが、弾ける皮膚の艶と相まって、健康的なエロスを爆発させ
ている。お尻に食い込んだ白い布がやけに眩しい。ピチピチと割れそうな小麦色の肌は、引き
締まっていながら柔らかい、絶妙な質感を視覚を通じて教えてくれる。正面から見ても、真横か
ら見ても、Sの字が浮かんでくる究極のボディライン。17歳の若さと色香がブレンドされた奇跡
の肉体は、同姓の桃子が見ても陶然としてしまう。
どうしたら、こんなカラダになれるんだろ?
憧れと軽い嫉妬が混ざった感情は、バストの大きさにちょっとコンプレックスを持っている桃
子に小さなショックを与える。黒と茶のワンピース水着のうえに、白のTシャツをエスパー少女
が着ているのは単なる偶然でもないかもしれない。
「ふーッ、疲れた! もう肌がふやけそうだよ」
「てか、泳ぎすぎだよ・・・」
「エヘヘ・・・熱帯魚と追いかけっこしてたら、つい夢中になっちゃった」
キレイに並んだ白い歯の間から、赤い舌をペロリと出すアスリート少女を、イマドキの美少女
は呆れた瞳で眺める。
「あれ? 先輩と里美さんは?」
キョロキョロと周囲を見回す七菜江に、タレントとして食っていけそうな美少女は、30mほど
後方にポツンと立っているパラソルを指差して言った。
「ふたりともずっとあそこにいるよ。子供みたいに泳ぎまくってるのは、ナナくらいなもんだよ」
「・・・ふーん・・・・・・」
奥二重の下にある吊り気味の瞳が、パラソルの下で座りこんだ細身の美少女と、その横で
寝転んだ筋肉の鎧とを映し出す。ふたりが特になにかをしているようには見えなかった。その
まましばらくの間、元気少女はじっとその方向を見詰め続ける。
「・・・どうしたの?」
「え? べ、べつに、なんでもないよ。 あ、そうだ! ねえ、モモも一緒に泳ごうよ! せっかく
海に来たんだからさ」
「あ、あたしはいいよォ・・・」
「いいから、いいから! さ、いこッ!」
「ちょッ・・・ちょっとォ、ナナ・・・あたし、25mしか泳げないんだけど・・・とてもナナと一緒になんてムリだってばァ・・・」
「大丈夫だよ、ちょっと待ってて」
半ば強引に誘った猫顔系統の美少女は、スタスタとパラソルの元へと歩いていく。その下に
は彼女たち4人の荷物がまとめて置いてあるはずだった。
下を向きながら、奇跡的なダイナマイトボディの持ち主は、一直線に足を進めていく。直接見
なくても、五十嵐里美がこちらを見詰めていることは、感覚的にわかった。それがわかるからこ
そ、七菜江は下を向き続けていた。
白い砂浜を見続けていたアスリート少女の視界に、パラソルの下に敷かれたビニールシート
が映りこむ。いつの間にか七菜江の足は、目的地へと着いていた。ふと視線をあげる。
それまで七菜江を見続けていた切れ長の瞳が、入れ替わるようにすっと地面に向けられた。
「・・・失礼します」
青色とピンクの浮き輪をそれぞれ拾うや、肉感的なボディはくるりときびすを返していた。そ
のまま去ろうとする背中に、慌てたように美しき令嬢が声を掛ける。
「ナナちゃん、まだ泳ぐの?」
染みとおるような優しい声に、七菜江の細い首だけが振り返る。
活発そうなショートカットが良く似合うひまわりの少女は、爽やかな夏の光のなかでニコリと微
笑んでみせる。
「もうちょっと、プカプカしてきますね。モモと一緒にあの島くらいまでいってきます」
スポーツ少女が指差した先には、小さな黒い岩が海の真ん中に浮かんでいた。
「気をつけていってこいよ、七菜江」
寝転んだまま声だけ放った肉厚の身体に、無言でVサインを見せつけ、ショートカットの少女
は素早い足取りで海に向かって歩いていった。
「よかったの?」
傍らで己の腕を枕にして横になっている筋肉獣に、五十嵐里美は言葉を投げ下ろす。
「なにがだ?」
眼をつむったまま、南国の直射を全身で浴びる工藤吼介の返答は、予想以上に落ち着いた
ものだった。
アロハ模様の海パン一丁で曝け出した肉体は、人間のものとしては考えにくいほどの豊富な
筋量で埋め尽くされている。仰向けになってもくっきりと浮かび上がった大胸筋と8つに割れた
腹筋。里美の胴くらいあるのではないかという腕に、その倍の太さはあろう太腿。リラックスして
いるはずなのに、全力で踏ん張っているように浮かんだ筋が、解剖図で見たような筋肉の影を
形作っている。この身体でダッシュをしたら、音速を超えるのではないか? 休息してても伝わ
る野性の瞬発力が、くノ一少女に有り得ない幻想を抱かせる。
「私とあなたが一緒にいると、あのコは心配するわ」
聞くだけで安らぐような里美の声は、いつもよりやや沈んで響く。
淑やかな少女には珍しい、Tシャツにホットパンツという出で立ち。だがそれは彼女が海には
入らないことをも意味していた。水泳部より速いと噂される里美が泳ぐのが嫌いなわけはなか
ったが、心地よい環境のなかで、少しでも休養を望んでいるようだった。
パラソルの作る日陰のなかで休む里美と、日光浴を楽しむ吼介が隣にいたのは、当たり前と
いえば当たり前。だがそこに互いの意志を探るのもまた、不自然な行為ではない。
「あいつはオレとお前との関係を知ってるんだろ? だったら心配なんかしないさ」
「ホントにそう思ってる?」
間髪入れぬ令嬢の問いに、最強の冠を持つ男は沈黙した。
里美の脳裏にはいつぞやの七菜江との会話が蘇っていた。里美と吼介が父を同じに持つ姉
弟であることを告白したとき、純粋な少女は正面から闘いましょうと"宣戦"したのだ。少なくとも
藤木七菜江のなかでは、里美が恋のライバルとして認識されているのは間違いないことだった。
「あいつがどう思おうと、オレの父親が"あのひと"だってことは変わらない。母親が違っても、
オレと里美の血が繋がっているのは確かなんだ」
重いトーンが他に人影のない白浜に流れていく。
「いくら心配したって、それが誰にも、どうしようもない現実だ。誰にも、な」
夏の爽快な陽射しに似合わない、暗い沈黙が再びふたりの間に訪れる。
止まったような時のなかで、定期的に寄せる波音だけがいつまでも飽きることなく繰り返され
る。
澄み切った青空にモクモクと湧いた白い雲が、ふたりには不必要なまでに美しく見えた。
「おばさんは、元気?」
話題を変えた里美の一言が、ふたりの間に横たわっていた沈黙を打ち破る。
「ああ、田舎で楽しくやってるよ。ひとりは自由で伸び伸びできる、ってさ」
元々は五十嵐家の近隣に住んでいた吼介とその母だが、彼の聖愛学院入学を機に、母親
の弓実子はひとり里美も知らぬどこかに引っ越していた。元の家を売り払い、吼介もアパート
で一人暮らし始めたことで、親子は月に一度、会うか会わないかの関係となったが、互いに現
状を楽しんでいる様子だった。
工藤弓実子が急に行く先も告げずに引っ越したのは、五十嵐家の誰かの思惑が関与してい
るという噂もあったが、里美自身には真実はわからない。ただ、父の蓮城にしろ、執事の安藤
にしろ、弓実子がいないことを好都合に取ることは予測ができた。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
南国の開放感が、人の気配のない安心感が、慎重なくノ一少女を大胆にさせたのか。
普段ならば聞けないような際どい質問を、玲瓏な美貌の持ち主は鋼の格闘獣に投げかけ
る。
「父のこと・・・恨んでる?」
「まさか。あのひとには感謝の気持ちしかないぜ。オレや母さんがこうして暮らしていけるの
は、あのひとのおかげなんだ。恨んだことなんて一度もないよ」
「その割には、家に来なくなったわね・・・昔はあんなに遊んだのに。意識して避けてるのは、
私の気のせいかしら?」
追憶を辿る美麗な令嬢の瞳は、心なしか曇ってみえた。
「そりゃそうだ。こっちがよくても、行きにくいだろ。お前ん家にとっちゃ、オレはいない方がい
い存在なんだから」
「そういう言い方はやめて」
ピシャリと言う里美の言葉は、怒りより哀しみに彩られて吼介には届く。
「悪りい」
短い謝罪。押し黙る、美神と野獣。口を開いた筋肉の塊が、ボツボツと言葉を紡ぎだす。
「オレはあのひとや安藤さんには嫌われてるからな。そういうのって、言葉に出さなくてもなん
となくわかっちまうだろ? オレは今でもあのひとには感謝してるし、安藤さんのことも好きだけ
ど、互いのためには距離を置いた方がいいんだろうな」
返す言葉を失い、優しき生徒会長は切れ長の瞳を落とす。
父の蓮城とは普段会わないのでその心意は測れないが、執事・安藤の振る舞いには、最強
の高校生を必要以上に警戒している節が時に見受けられた。吼介に『エデン』を授けること
に、もっとも強く反対したのは老執事であった。その警戒が菱井銀行頭取の五十嵐蓮城の名
誉を守るためか、吼介の正邪の資質に疑問を抱いているためか、真意のほどは明らかではな
いが。
「もし」
不意に浮かんだ恐ろしい疑問が、里美の潤んだ唇を思わず割ってでていた。
それは本来、あってはならない事態。してはいけない質問。
だが今後を考えたときに、どうしても一度は聞いておきたい質問―――
「もし、何らかの理由でお父様や安藤と闘わなければならなくなったら・・・吼介は闘える?」
寝転びながら、逆三角形の肉体を誇る男は、フッと鼻で笑ってみせる。
「なんだよ、それ? 質問自体矛盾してるんじゃねーか? 大体そんな、闘わなくちゃいけな
い理由なんて、ねえだろ」
「お父様や安藤があなたを殺そうとしたら・・・闘える?」
歪んでいた男の顔が、一気に引き締まった。
何時間にも感じられた数秒後、低く重いトーンで吼介は言った。
「闘うだろうな、たぶん」
「私があなたを殺そうとしても?」
波の砕ける音が、陽光に照らされた世界を包んだ。
宇宙の深遠を覗くような切れ長の瞳と、硬直したように閉じたままの野獣の眼。
笑って誤魔化しても、適当に茶化しても良かったはずの繊細な質問に、工藤吼介は現段階で
もっとも考え抜いた答えを出した。
「闘いたくはない。だが・・・闘ってしまうかもしれない」
その答えの意味を知り抜いているように、格闘の化身は言葉を続けた。
「里美に殺されるのは幸せだろうが・・・殺してしまうのは不幸だろうな」
掻き消すような波の音が、繰り返しふたりだけの浜辺にこだました。
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