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「第十二話 東京黙示録 ~疵面の凶獣~」
43章
しおりを挟む「残念だったな」
薙刀の刃が貫いたのは、凶魔の心臓ではなく、ガードした左の腕だった。
美少女の大きな瞳がさらに見開かれる。来る。一瞬にして攻防が入れ替わったことをユリアは悟っていた。いまや窮地に立たされたのは私の方。“鬼喰”の一撃を防がれた今、凶魔の反撃は確実にやってくる。
“最凶の右手”のストレートパンチ。
至近距離からロリータフェイスに放たれた爆撃。ゲドゥーの左腕に食い込んだ“鬼喰”は引き抜けない。ユリアのアイドル顔が蒼白に変わる。
バチイイイイッッッ!!
“捕った!”
ゲドゥーが渾身で放った右腕の手首を、顔面にヒットする直前、武道天使の両手は掴んでいた。
打撃のなかでも最速とされるボクシングのジャブであっても、鍛錬を重ねた西条ユリは捕らえることが可能であった。その天才少女をもってして、なお難関と思われたのがゲドゥーの右ストレート。
だが捕った。捕らえた。ユリアの両手はしっかりとゲドゥーの右手首を掴んでいた。顔面に届く寸前、柔術少女の武の技が、圧倒的暴力を未然に防いだ。
「想気流奥義ッッ、『青嵐』ッ!!」
痺れるような激痛が“最凶の右手”を駆け登る。手首から肘、肩へと。痛みによる条件反射が自ずから凶魔の黒縄の肉体を宙に舞わせる。
・・・はずであった。
ゲドゥーの身体が地から浮くより早く、その右手から闇の光線が放たれる。
目と鼻の先にある、人形のような美少女の顔面に向かって。
「きャあああアアァァああッッ!!!」
ボシュンッッ!!!
ユリアの童顔が漆黒の煙をあげる。直撃。逃げる隙などあるはずもなかった。威力は小さめとはいえ、超近距離からの破滅の光線を顔面に浴びたのだ。たまらず両手で顔を覆ったユリアが、仰け反りながら一気に後退する。しなやかな指の間から、シュウシュウと黒煙が立ち昇る。
“かッ・・・顔がァッ!! ・・・顔がァッ!! ・・・に、逃げなきゃ! ・・・今は距離を置かなきゃ!”
黒く爛れた愛くるしいマスクを両手で抑えながら、銀色の女神が必死に下がっていく。熱い。肉体のダメージ以上に、思春期の少女にとっては精神的ダメージの方が大きいかもしれぬ。だが凶魔も無傷では済ませなかった。いける。まだ、いける。態勢を立て直せば、まだまだ私は闘える。
十分な距離を取り、構えを取る。“鬼喰”はゲドゥーの左腕に刺さったままだった。両掌を開いた自然体の構え。体術の稽古に明け暮れたユリアにとって、もっとも慣れ親しんだ戦闘の姿勢。
追撃をしなかったゲドゥーは佇んだままだった。怒りを増幅させているのか。ダメージの回復を図っているのか。いずれにせよ、殺意に凝り固まったひとつ眼は真っ直ぐにユリアを見据えている。
逃げることは、できない。いや、しない。もう一度、勝負。
小さな胸の内で決意を固めた、その刹那―――
“そんなッ・・・?! まさかッッ!!”
飛燕の速度でユリアの肢体は背後を振り返っていた。
憤怒に狂う、ギャンジョー。今にも喰い付きかからんばかりに歪んだ疵面が、武道天使の暗殺を狙ってそこにはいた。
あのダメージを、もう回復したというのかッ?! ゲドゥーの暗黒光線は光に属するファントムガールと、同じ闇の眷属のギャンジョーとでは当然効果に巨大な差がでる。それにしても早い。早すぎた。
疵面獣の右腕はすでに発射された後だった。超速の刺突。常人には見ることさえできぬ速度の斬撃。気配を消しての接近とこの刺突とで、殺人鬼スカーフェイスのジョーは幾人もの命を奪ってきた。
だが。
気の流れを読むことの達人、ユリアには通用しない。すでにそれは、証明されたことだった。
グジュウウウウッッッ!! ブシュウウッッ――ッッ!!!
「・・・え・・・?!」
胸に向かって突き出されたギャンジョーの右腕を、ユリアの両手が抑えていた。
先の激突で見せたものと同じ光景・・・に見えた。違っていた。
ギャンジョーの右腕は、槍形状ではなく、鋭利な棘状突起がビッシリと埋め尽くした鉄球へと変形していた。
「あッ・・・あアァッ・・・あああアアァァッッッ~~~ッッ!!!」
黄色のグローブを嵌めた両掌が、無数の棘に貫かれている。穴だらけになった少女の手の甲から噴き出す鮮血。細かい神経が数多く通う掌を抉られた激痛と、何本かの指が千切れかかっている光景を目の当たりにしたショックとで、ユリアの口から引き攣るような悲鳴が迸る。
「ボケがあァッッ~~ッッ!!! 目には捉え切れてねえって言うんじゃ、こうなってるとはわかんなかっただろうがよォッ?!」
両手を棘に縫いつけたまま、ギャンジョーが右腕をあげる。
巨大な凶獣に吊り上げられ、叫ぶユリアの華奢な肢体が、成す術もなく勢いよく宙に浮きあがる。
「返すぞ、ユリア」
ドシュウウウウッッッ・・・!!!
灼熱が背中から腹部中央に抜けていくのを、武道天使は甘受するしかなかった。
ごぷッッ・・・唇を割って飛び出る深紅の塊。身を断つ苦痛にヒクヒクと震えるユリアが、ゆっくりと首だけを背後に向ける。
冷酷に光る濃紺のひとつ眼。
視線を己の腹部に移動したユリアは、“鬼喰”の穂先が背から突き抜け鳩尾から生えているのを見詰めた。
「死ねやッッッ!!! 小娘ッッッ!!!」
槍型のままのギャンジョーの左腕が、聖天使の右脇腹に吸い込まれていく。
アイドルのようなマスクを持つ天使が潰される音色は、グジャアアアッッ!!という凄惨なものだった。
骨ごと肉を抉られる響きに、泣き叫ぶユリアの痛哭が重なる。
ビクビクと痙攣する血塗れの少女戦士のおさげ髪が、正義の終末を象徴するように震え続けた。
「皮肉なものだな、ユリア。本物の薙刀で稽古を重ねた結果、こいつはまさしく薙刀そのものとなった。だからオレにも触れるし、光の戦士であるお前を貫くこともできる」
グググ・・・“鬼喰”を握ったゲドゥーの右手に力がこもる。
武道天使を串刺しにした光の薙刀が、ジリジリと柔らかな腹筋を裂いていく。神経を研磨するごとき鋭痛に、甲高い少女の絶叫が響き渡る。
本来ならば聖なるエナジーを具現化して創りだされた“鬼喰”は、同じ光の属性を持つユリアに深刻なダメージは与えられないはずだった。
しかし西条家に伝わる秘刀“鬼喰”で研鑽を重ねたユリアは、努力の末に本物とほぼ変わらぬ斬れ味の薙刀を生み出していた。それはもはや、光の技の範疇を逸脱した武具。ユリアの懸命な努力が、真剣な修行の成果が、よもや己の武器で身を貫かれる悪夢となって返ってくるとは。
ギャンジョーがユリアの右脇に埋まった槍腕を引き抜く。絡みついた鮮血の塊がドシャドシャと大地に振り落ちる。
同時に両掌をハリネズミにした棘付き鉄球が抜かれる。“鬼喰”を鳩尾から生やしたままの無惨な天使は、糸の切れたマリオネットのごとく崩れ落ちた。
「アアッ・・・はぁぐぅッッ・・・ぐッ・・・ゴブッ!! ごぷうぅぅッ!!・・・」
地面に尻餅をつき、脱力した清廉な美少女戦士。鮮やかなレモンイエローの模様が印象的な銀色の肌は、残酷なまでの紅に染め抜かれている。時折激しく痙攣するたび、大量の吐血が天使の小さな唇を割った。
“く、苦し・・・こ、こん・・・な・・・・・・死・・・痛、い・・・これが・・・死の痛み・・・?・・・”
俯いたユリアの瞳に映るのは、己の唇から垂れる朱色の糸と、薙刀の穂先を生やした鳩尾。そして穴だらけになったふたつの掌だけであった。
絶体絶命の状態にあった自分を、なぜギャンジョーが解放したのか? ゲドゥーが黙って見下ろすだけなのか? ユリアには真意が読めていた。
嬲り殺すつもりなのだ。二匹で。単なる惨殺では許されない処置を、凶魔と凶獣は武道天使に下そうとしている。それだけのことをユリアはやったのだ。そしてもうひとつ、守護少女にはもはや逆転の可能性が皆無であることも悪魔どもは悟っている。
「ふはッ・・・終わりかァッ?! 終わりだよなァッ、クソガキがよォッ!! もうてめえは死んでいくしかねえんだよォッ!! 息絶える前に、恥かかせてくれたお礼はたっぷりとさせてもらうぜェェッ~~ッ!!」
嗜虐に満ちたギャンジョーの哄笑が頭上から降ってくる。腹部を突き破った薙刀を握った童顔少女は、ヒクヒクと震えるだけでなにも言葉を返さない。
絶望に打ちひしがれたか。恐怖にすくんでいるのか。
これまでに手に掛けてきたターゲットが死の間際に見せた姿を思い出しながら、疵面獣はユリアの反応もまた同じ類いと受け取っていた。
だが、違う。
致命傷とも思える刺突を二箇所に受けながら、ユリアの胸の内は真っ赤な戦意でたぎっていた。
“こんな苦痛を・・・こんな、酷い苦しみを・・・アリスさんは・・・何度も、何度も受けて・・・”
倒れられない。
この程度で、死んでなどいられない。
アリスもサクラも闘った。文字通り、身を削られても闘い続けた。
武道家の娘である私が、闘いをやめるわけにはいかない。ふたりのファントムガールの、そして姉エリの仇を取るのは私がやらなきゃいけない役目だ。
「ああぅッッ・・・んはァッ・・・ああアアアッッッ―――ッッ!!!」
引き抜く。鳩尾に埋まった我が武具を。流れる鮮血も構わず、ユリアは立ち上がっていた。
反射的に襲い掛かるギャンジョーを、“鬼喰”が迎撃する。これが腹部と脇腹に穴を開けた華奢な少女の攻撃なのか。流麗な薙刀の舞は、パワーに頼る凶獣のガードをくぐって表皮を切り裂く。疵面獣の口腔から迸る、怨嗟と怒号の轟き。
ヒュンヒュンと光が唸る。メチャクチャに振っているようで、正確な太刀筋の乱舞。気圧されたように、最凶の二匹が退く。水仙のごとく華奢で内気な女子高生の化身を、兇悪な殺人鬼たちが挟撃しつつも手を出せずに距離を置く。
“もう・・・長くは・・・もたない・・・”
互角以上に渡り合っているように映るユリアの心は、悲痛とも言える覚悟を固めていた。
“手の内は・・・尽きました・・・・・・このままでは・・・ただ、死を待つのみ・・・”
得意とする柔術で本気を出せないユリアが、頼れるものは“鬼喰”のみ。
逃げたように見せかけ、凶魔たちは待っている。ユリアの体力が底を尽くのを。出血が止まらぬ黄色の天使は、いずれ動きを鈍らせる。その機が来るのを、じっと狙って待っている。
仕掛けるしかない。こちらから。全身全霊を傾けた、渾身の一撃を。
銀と黄色の女神は、閃光と化した。
現れる。風を巻いて、疵面獣の鼻先へ。
エリとアリス。血祭りにあげられた、ふたりの姿。たとえこの身が滅びようと、この殺人を快楽とする凶獣だけは、地獄の底まで連れて行く。
「やああああああアアッッ―――ッッッ!!!」
大上段からの、一閃。全力を注ぎ込んだ、刀撃。
棘付き鉄球の右腕と槍型の左腕がクロスして、頭頂に迫る光の薙刀を受け止める。衝撃と轟音が大地を揺らす。
「ギャハハハハハッッ!! バカがァッ!! パワーでこのオレ様と張り合おうなんざッ」
猛るギャンジーの言葉が途絶える。
全ての力と光のエナジーを込めた一閃を受け切ったとほくそ笑んだ瞬間、ギャンジョーの肉体は不可思議な感覚に包まれた。
力を吸い取られるような。突如、無重力の世界に投げ込まれたような。
「無撃」
気砲と並ぶ、想気流柔術二大奥義のひとつ。
力と力で正面衝突した瞬間、パワーのベクトルを混乱させる奥義は発動された。支えを突如、失うが如く。強大だが単調なギャンジョーの気の流れを掴み切ったユリアは、力の塊を抜き取るように、凶獣を強引に脱力させていた。
無音の世界のなかで、ユリアが“鬼喰”を引く。
引き攣る疵面。バランスを崩したままの凶獣。無撃に嵌った者は、立っていられないほどあらゆる力を失う。当然、強固な筋肉の壁も―――。
弛緩し切った茶褐色の肉体は、いまや巨大な的に過ぎない。
光の薙刀が吼える。旋回しながら、ギャンジョーの心臓へ。
ブッシュウウウッッ・・・!!
「・・・なっ・・・!!」
“鬼喰”が肉の壁に届く寸前、スラリと伸びたユリアの肢体は、左脚から崩れ落ちていた。
血を噴いたのは、ギャンジョーの心臓ではなく、ユリアの左のふくらはぎ。
東京湾の死闘でマヴェルに貫かれた傷が、思い出したかのように再び開いていた。
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