ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十三話 東京鎮魂歌 ~赤銅の闘鬼~」

28章

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 苦悶し、鮮血を吐く聖天使が、ギン!と顔を振り上げる。
 強く輝く、瞳の青色。
 脳の片隅で固まっていた疑問が、一気に氷解する。ある種の違和感。刺突は決まった。小娘は予想通りに苦しんでいる。だが、なにかが違う。なにかがおかしいのだ。本来展開されるべき光景が、今は見えていない・・・
 
 なぜ、鋭利な槍型の腕が、ナナの肢体を貫いていないのだ?
 
「ソリッド・ヴェール・・・あたしの光の防御膜はッ・・・あんたの兇器に耐えられたみたいッ・・・」

 先程全身が発光したのは、この技が発動された合図だったか。
 
 槍腕の兇撃は確かにナナの腹部に埋まっていた。
 だが、その表皮を破ってはいなかった。光のヴェールで耐久力をあげたナナのボディに、進撃を食い止められていたのだ。
 真剣であったはずのギャンジョーの武器は、木刀にまで威力を下げられた。
 ナナにダメージはある。内臓を潰される苦痛に腹腔は焼け、衝撃で脳天まで痺れている。
 だが、反撃不能に陥るほどの致命傷を、超速の刺突は与えられてはいなかった。
 
 ギュルリッッ・・・!!
 
 青い天使が捻れた、と見えた瞬間、鳩尾から槍の切っ先を引き抜く。ギュルギュルと旋回するナナの背中が、凶獣の視界に飛び込んでくる。
 回転後ろ蹴り。
 気付いた時には、ナナの足刀はギャンジョーのどてっ腹に深々と突き刺さっていた。
 
 ドボオオオオッッッ!!!
 
「おぐうウゥッッ!!?」
 
「龍尾ッッ!!」

 腹部に埋まった足を踏み台にして、ナナの肢体が浮き上がる。
 一気の攻勢だった。パンパンに張った太腿から、放たれる膝蹴り。
 
 ぐしゃりッッ!!

 乙女の膝は、疵面獣の顎を打ち砕いていた。
 肉の潰れる打撃音。ギャンジョーの膝が、ガクリと折れかかる。
 
「裏龍尾ッッ!!」

 休ませなかった。
 回転する守護天使の追撃。後ろ蹴りが、再び巨獣の鳩尾を抉る。今度はギャンジョーの方が、くの字に折れ曲がる番だった。
 独楽のごとく旋回するナナは、足を腹部に埋めたまま、再び跳び上がる。もう一方の脚が鞭のようにしなり、虚空に鮮やかな円を描く。
 
 甲高い音を響かせて、ハイキックが凶獣の側頭部を蹴り抜いた。
 かつて工藤吼介に習った、格闘奥義の二連発。
 
「ッッカフッッ・・・!!」

「ギャンジョーッッ!!! あたしはお前をッ・・・殴り倒すッッッ!!!」
 
 崩れ掛かる疵面獣の懐に、銀と青のハリケーンが一気に襲い掛かる。
 
「ウオオオッッ!!・・・オオオオオオオッッ―――ッッッ!!!!」

 ドドドドドドドドドドンンンッッッ!!!!
 
 回転するナナの怒涛の連撃が、ギャンジョーの巨体に炸裂した。
 
「・・・ッッギィッ・・・ブッ!!」

 茶褐色の分厚い肉に、青い天使の拳が、脚が、次々と叩き込まれる。疵面獣の口から涎の塊が噴き出す。
 ファントムガール・ナナがもっとも得意とするハリケーン連撃。
 もろに喰らったギャンジョーの肉体は、あちこちで陥没して仄かな煙をあげた。
 
「これッ・・・でッ!!」

 回転の加速と遠心力。身体ごと叩きつけるように、左の裏拳を放っていく。
 ナナのフィニッシュブローは、動きの止まった凶獣の顔面に吸い込まれた。
 
 パキャアッッ!!!
 
 疵面が、グニャリと歪む。
 一旦グラリと揺れたギャンジョーの巨躯が、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
 半円状の『とみん広場』を、ダウンする巨体の地響きが包み込んだ。
 
 立っている、ファントムガール・ナナ。沈む、ギャンジョー。
 夢ではなかった。紛れもない、現実があった。
 小柄な銀と青色の守護天使が、巨大な凶獣を倒す。純粋な格闘技術で凌駕する。
 驚愕の瞬間が、今まさに新宿東京都庁の真ん前で起きている。
 
「ッ・・・勝ッ・・・!?」

 叫びかける守護天使の口。しかし、それは瞬時に閉じられた。
 
 倒れたギャンジョーの両脚が、勢いよく跳ね上がる。
 下半身の勢いと首の力とを使って、褐色の巨体は間髪入れずに立ち上がった。
 まるで何もなかったかのように。濁った眼で、硬直した少女戦士を見下ろす。
 
「なッ・・・!?」
 
「・・・驚いた・・・ぜェッ・・・小娘の分際でまさか、このオレをダウンさせるとはなァ・・・」

「う、ウソよ・・・あたしの全力が・・・効いてないなんてッ・・・!!」

「いや、効いたぜェ~~ッ・・・だが、あれじゃあオレは殺せねェ」

 ナナの格闘能力の高さは、ギャンジョーの想像を遥かに上回っていた。心底からの驚嘆が、通常なら逆上するはずの暗殺鬼に冷静な対応を取らせる。
 
「殺意ゼロの攻撃がオレ様に通用すると思ったか・・・? 所詮シロップみてえな女子高生だな」

 『エデン』を宿した戦士は、その精神性が強く戦闘能力に影響する以上、殺人に躊躇する・しないの差は攻撃力に顕著に現れる。殺人鬼ギャンジョーや闘争の塊であるガオウが絶大な攻撃力を保持するのは、『エデン』の性質からすれば当然の理であった。
 スポーツ少女そのもののナナにとっては、殺意という感情は近いようで、遠い。
 恐らく、5人のファントムガールのなかでも、“甘さ”という点においてはナナとサクラが双璧だろう。もっとも非情になりきれるサトミですら、ギャンジョーにその攻撃は通じなかったのだ。
 
「その程度で仲間の仇討ちとは笑わせやがるッ・・・“殺す”度胸もねェガキが・・・」

「・・・くッ・・・!!」

「・・・だが・・・てめえ、タダの女子高生じゃねえな・・・他のファントムガールとも違う・・・どうなってやがる?」

 青い守護天使を見下ろす生臭い眼に、鋭さが増していく。
 心臓の弱い者ならショック死しそうな威圧に、ナナは耐えた。狭い闘技場。一歩踏み出せば、手の届く距離。言葉を交わしつつ、両者は互いの隙を見計らう。
 
「異常に生命力のあるヤツだとは思っていたが、刃は通さねえ・・・素手でこのオレを倒す・・・バケモノか、てめえは?」

「・・・お前に、バケモノ呼ばわりされたくないよ」

「てめェのその強さ・・・やけに虫唾が走るぜェッ・・・」

「そうね。あたしは、みんなとは・・・普通のファントムガールとは違うかもしんない」

「あァ?」

「あたしも・・・本当は“シュラ”なのかもしれない」

「“シュラ”ァ?」

 空気の、爆ぜる音がした。
 
 聞き慣れぬ言葉に疵面が歪んだ瞬間、青いグローブを嵌めた拳が飛んでいた。
 真っ直ぐな突き。顔面中央を狙った、ナナのストレートパンチ。
 渾身のパワーとスピードを込めた一撃。しかし、巨体に見合わぬ敏捷性を誇るギャンジョーには、その軌道はあまりに単純すぎた。
 
「うッ!?」

 青い拳が疵面をかする。頭を振った、ギャンジョーの頬を。
 
 マズイ。
 
 思ったときにはすでに遅い。凶獣の反撃は、とっくに発動されていた。
 カウンターはボディにきた。尖った杭のごとき槍腕が、ナナの鳩尾に突き刺さる。
 
「ぐぶうううゥゥッッ~~~ッッ!!! ゴボオッッ・・・ゴブッッ・・・」

「あまり・・・ナメんなやッ、小娘ェェ・・・」

 くの字に折れ曲がった少女戦士、その口から黄色の粘液が吐き出される。光のヴェールで食い止めて尚、刺突の衝撃はナナの腹部を突き抜けていた。
 内臓の軋む痛みに、脚が引き攣る。ショートカットの天使が動きを止める。
 苦悶を浮かべた可憐なマスクに、ギャンジョーのもう一方の槍腕は唸り飛んだ。
 ナナの顔面を串刺しにせんと。
 
 ザシュウウウゥゥゥッッ!!!
 
 鮮血が飛んだ。
 半円の広場に、真紅の点描が降り注ぐ。
 
 今度はナナが、首を捻って攻撃を避ける番だった。ザクリと裂けた頬に、朱色の線が走っている。
 
 パシィッ! と乾いた音色。
 
 青い聖天使の掌が、象牙のごとき腕を掴んでいた。ふわりと浮く銀色の肢体。伸びた凶獣の豪腕に、ムチムチと張った乙女が絡みついていく。
 
 跳び付きの腕ひしぎ十字固め。
 
 槍の付け根、手首にあたる箇所を両手で握ったナナが、ギャンジョーの左腕にぶらさがる。両脚と背筋に力を込めて、全身を一気に反り上がらせる。
 
“なッ・・・なんてパワー・・・”

 通常、肘の角度が90度を越えると腕というものは伸びやすくなる。力が入りにくくなるのだ。まして、伸ばそうとするナナが全身の筋力を駆動させるのに対し、ギャンジョーは上腕の力にしか頼れない。両者の体勢からすれば、この関節技の攻防は圧倒的に守護天使に利があった。
 それでいて、ナナの全体重を持ち上げたままの左腕は、伸びきらなかった。
 関節技には力は要らない、とはよく耳にする言葉ではあるが、正確には『極まった関節技には』と注釈をつけるべきであろう。実際には、関節を極める過程で力は必要になる。
 
 女子高生アスリートと、日本最強最凶と謳われるはぐれ外道。
 ふたりの腕力差は、今更考えるまでもなかった。
 ニヤリと疵面が笑う。
 
「器用なこと、できんじゃねェか? あァ?」

「ぐううぅッ・・・うううッ~~ッ!!」

「ギャハハッ!! 無駄だ、無駄だァッ!! 関節技なんざ、圧倒的力の前には通用するわけがッ・・・」

「ううゥゥッ・・・うおおッ、おおおおッッ―――ッ!!」

 吊り上がっていたスカーフェイスが、わずかな瞬間歪んだ。
 左腕にかかる負荷が、増す。
 気合いを込める聖天使の姿が、凶獣には銀と青色のバネに見えた。この体格の小娘に、なぜこれほどのパワーが? 想定を遥かに越える筋力の前に、左腕がビキビキと奇妙に鳴き始める。
 
「ッッ―――ッ!!」

 極まった。
 真っ直ぐに伸びきった凶獣の左腕。その瞬間、ファントムガール・ナナの腕十字は完璧な形でギャンジョーを捉えた。
 
「・・・てめェ・・・」

 ブチッ・・・ビチビチッ・・・
 
 筋繊維のあげる悲鳴が、密着した素肌を通してナナにも聞こえた。
 激痛が走っているにも関わらず、平静を装うギャンジョーの耐久力は確かに脅威だった。それでも、敢えて挑んだ接近戦、狭い半円のリングで五分以上に渡り合っているといえるのは、最後の少女戦士に大きな自信を与えていく。
 
 ギャンジョーは強い。桁外れに。パワーもスピードもタフネスも、全てにおいて恐ろしい。
 けど。そんな怪物相手に、あたしは十分闘えている――。
 
“BD7やソニック・シェイキングは一回のみ・・・命を賭けても、せいぜい2発があたしの身体の限界・・・それまでに、こいつの体力をある程度削ぎ落とすことができればッ・・・”

「・・・恐れ入ったぜェ・・・正直、女の力とは思えねェなァッ・・・」

「みんながッ・・・あたしに力を貸してくれてるのよッ!」

「ケッ、くっだらねェッ・・・だがよ、こうしてちんたら遊んでるところが・・・あめェってんだァッ!!」

 叫ぶなり、牙の生え揃った疵面獣の口が、大きく開かれた。
 腕十字に捉えられたギャンジョーの肉体は、ナナによって上半身をコントロールされている。反対の腕では効果的な攻撃は出せない。だが、首から上に関してはむろん自由だ。
 顔が意志どおりに動くならば・・・ギャンジョーには反撃に留まらぬ一撃があった。
 
 ギロリと疵面が向く。ナナの視線と正面から交錯する。
 真っ赤な口腔の内部に集束する闇エネルギーを見たとき、優勢にある聖少女の背中に戦慄が走った。
 
「ッッ・・・!? う、ウソッ・・・まさかッ!?」
 
「“弩轟”オオォォォッッ―――ッッ!!!」

 渦巻く漆黒の砲弾が、躊躇なく至近距離からナナの顔面に発射された。
 夕陽の世界に黒の余韻が飛び散る。ギャンジョー必殺の一撃に、新宿全体が揺れた。
 鳴動する大地。震撼する空気。
 暗黒砲が直撃する寸前、咄嗟に手足を離したナナが弾けるように飛び逃げる。
 
「うわあああああッ~~~ッ!!?」

 銀色のアイドルフェイスがあった場所をすり抜け、ギャンジョー最大の闇砲は闘技場の大地に着弾した。

 黒色が、爆発する。
 
 轟音が都庁の壁を叩き、一斉に窓ガラスが砕けた。
 間一髪で被弾を避けたナナの肢体が、天高く舞い上がる。闇エネルギーの余波を受けた銀の皮膚が、焦熱で焼かれたように煙をあげている。
 
 数瞬の間、守護天使の意識は飛んでいた。“弩轟”の衝撃で脳が揺れている。
 夕焼けの空に浮いたナナの肢体は、格好の的となったはずだった。
 
「ッッぬおおッ!?」

 ファントムガールを絶滅させる好機に、ギャンジョーは追撃を放つことはできなかった。
 ナナに避けられた暗黒弩流が『とみん広場』の床を穿った瞬間、コンクリの大地はその衝撃に耐え切れず崩壊したのだ。
 半円の地面全体がガラガラと崩れ落ちる。広場の下に広がる空洞、地下へと巨獣が雪崩れ落ちていく。
 
 それは、ナナが東京に来てから初めて、闘いの女神がファントムガールに微笑んだ瞬間だったかもしれない。
 
「はッ!?」

 意識が戻ったと同時に、ナナの脳裏を思考が巡る。勝利に向けての、道を探して。
 ソニック・シェイキングは・・・ここでは撃てない。
 “BD7”は・・・まだ早い。
 ならば、放つべき技はただひとつ。
 
「スラム・・・ショットッ!!」

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