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9、ビデオ鑑賞

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 日曜日、オレは予定通り、炎乃華の家へお邪魔していた。
「やあ、いらっしゃい黒岩くん。久しぶりだね。大したものはないが、どうぞゆっくりしていってくれたまえ」
「お、おじさん、ご無沙汰してます……あ、どうぞお構いなく……」
 炎乃華の自室に通されるなり、部屋のドアを開けて、おやじさんがひょっこり顔を出してくる。
 ロマンスグレーの髪にちょび髭……相変わらず、ダンディを絵に描いたような父親だぜ。お盆の上に、『どらや』の羊羹と日本茶を乗せている姿はしまらないけど。
 だが、オレがこの和菓子メーカーの甘味に目がないことを知っているあたり、なかなかいいセンスしてるじゃねーか。もしかしたら炎乃華に、前もってオレの好物をリサーチしていたのかもしれない。
「もう、お父さん! あとは私がやるから……来なくていいって言ったじゃない!」
「アレだぞ、炎乃華? なにかあったらすぐ大きな声を出すんだぞ? ベッドには迂闊に近づくんじゃあないよ、わかっているね? ……では黒岩くん、ごゆっくり~~」
 ……笑顔貼り付けてるけど、目は全然笑ってねえな、この地球人……。
 部屋を出ていく際には、おやじさん、ご丁寧に痴漢撃退スプレーを置いていきやがった。どんだけ信用ないんすか、オレ。
「ごめんね、亜久人くん。お父さん、いつもああだから……気にしないでね」
「う、うん、大丈夫だよ。きっと、炎乃華ちゃんのことが、すごく大切なんだろうね」
「そうなの。私のことが可愛くて仕方ないみたい。お父さんにとっては、私は守護女神というより、世界一愛くるしい天使みたいね」
 うん、まあそうなんだろうけど、自分でそういうことは言わない方がいいよ?
 久々に入る炎乃華の部屋を、オレはぐるりと見回した。そう、ここに来るのは、二回目。以前にも一度、お邪魔しているのだ。
 全体的に赤を基調とした室内は、ほのかにいい香りが漂っている。カーテンや布団のカバーにはレースが多くあしらわれ、鏡台の前にはいくつものメイク用の瓶が並んでいた。
 これで本棚に並んだ蔵書が全て特撮関係だったり、ぬいぐるみが怪獣だったり、ドールハウスに住んでいるのが戦隊ヒーローだったりしていなければ、いかにも女の子の部屋なんだが。
「ねえ、ねえ」
 キラキラと瞳を輝かせて、炎乃華は顔を近づけてくる。
 誕生日プレゼントを開けていいか、親に尋ねる小学生みたいな表情だった。ご馳走を前に『待て』させられている犬も、こんな感じだったかもしれない。
「早速それ……見ちゃっていいかな?」
 オレが持ってきたマイティ・フラッシュのお宝映像が、気になって仕方ないみたいだ。
 今時珍しいビデオテープであることは伝えておいたから、再生用の器材はすでに準備してあった。テレビとビデオデッキが、一体化しているヤツだ。
 画面の大きさがノートパソコンの液晶くらいしかないので、隣のフルハイビジョンの大画面と比べると、随分貧相に見える。
 だがこれでも、あるだけマシってもんだろうな。ホント、よくこんなのあったもんだ。
「じゃあ、早速……」
 オレの返事を待つより早く、炎乃華はカーテンを閉めて、部屋の明かりを消していた。
 ビデオテープを入れると、いきなり映像が流れる……のではなく、ザーという砂嵐のような音と白黒のノイズが映り込んだ。うわ、なんかホントにお宝映像って感じ。
 炎乃華はもう、小さなテレビの正面、ベッドに腰を下ろしている。父親にあんなこと言われたばっかりなのに、すでに忘れているみたいだ。
 薄暗い部屋のなかでも、炎乃華の整った顔が赤く染まっているのがわかった。耳たぶまで真っ赤だ。ポンポンと、自分の隣を手で叩いて、オレに『ここに座って』って視線で合図を送ってくる。
 その瞳がうっとり潤んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
 暗い部屋、ほのかに漂う甘い芳香、ベッドの上でオレを誘う美少女……聞こえてくるのは、ザーという相変わらずの砂嵐の音だけ。
 なんだか急に、オレは緊張してきた。
 いやいや、この部屋でふたり並んでテレビを視聴するには、ベッドに座るくらいしか方法がないのだ。画面が狭いから、ピッタリ寄り添わないといけないのも、そのため。
 ……ってわかってるんだけど、肌が触れ合うくらいの近さで炎乃華の左側に腰を下ろすと、心臓がバクバクと音をあげた。
 太もも同士が、密着していた。炎乃華の体温が、じっくりオレの脚に伝わってくる。近くに座りすぎてしまって、右腕の置き場に困ってしまう。
 と思っていたら、炎乃華がオレの右手に手を重ねてきた。
 ハッとして、思わず顔を向ける。炎乃華の方でも、紅潮した顔をこちらに向けていた。
 真正面から、オレたちはお互いを見つめ合った。
 ……アレ?
 これ、キスできる……ってヤツか?
 チャッ~チャラッチャ~♪
「きゃあああ! 始まったぁ―っ!」
 小さなテレビから砂嵐が消え、軽快なオープニングテーマがオレたちの間を割って入った。
 炎乃華サンの顔は一瞬で正面を向いて、前のめりになって快哉を叫んでいる。もはやオレのことなど脳裏の片隅にもないことは明白でありましょう。
 ……そりゃそうだよな。冷静に考えれば、炎乃華の顔が火照っていたのも、全てはマイティ・フラッシュの映像が見られる興奮、のせいに違いないもんな。
 アホか、オレは。なにヘンな勘違いしてるんだか。
 まあでも……手を繋いだまま、てのは悪くない、かも。
「♪ちきゅう~せいふく~、目指す悪いやぁ~つ~、宇宙怪人ギガギドン~、倒すぞぉ~、マイティ~フラぁ~~シュッ!」
 ……大声で歌い始めた炎乃華は、もう完全に画面に釘付けだ。でもって、けっこうな音痴だ。
 見た目はそんじょそこらのアイドルや女優も顔負けの美貌なのに、キラキラした瞳は2歳児と変わらない。マイティ・フレアをクール美少女扱いしている一部のファンたちには、ホントこんな姿見せられない。
 というか、実際に炎乃華の内部では、今、2歳児に戻っているんだろうな、多分。
 番組本編が始まると、一転して炎乃華は無口になった。食い入るように、内容に集中している。時々ザザっと、画面が乱れたりしても、魂がテレビの向こう側に行っちゃってるんじゃないかってくらい、マイティ・フラッシュの世界に没頭していた。
 ぶっちゃけマイティ・フラッシュは、よく出来た特撮番組、とは言い難かった。古い作品だから、ってのもあるかもしれないが、そこかしこで低予算で作られたが故の綻びが見えてしまう。
 巨大ヒロインが地球侵略に来た宇宙人と闘う、なんてベタベタすぎるストーリーだし、空を飛ぶシーンなんかでは、ソフビの人形を吊るしているピアノ線がバッチリ映っている。
 だけど主演の女優さんは、ゼルネラ星人のオレが見ても美人だった。
 お気に入りのエピソードだけを録画したようで、話数は飛び飛びになっていた。気が付けば、画面は第11話を流している。
 低視聴率による打ち切りで、急遽12話構成となったマイティ・フラッシュの物語だが、本来最終回となるはずだった12話が作られなかったために、実質的なラストとなった回だ。
 宿敵、宇宙怪人ギガギドンとの決闘に向かったマイティ・フラッシュが、罠に嵌って4体もの敵に囲まれていた。1対4の闘いを強いられ、ほぼ一方的に責められ続けている。
「がんばれ……ッ! がんばれ……マイティ・フラッシュ……ッ!」
 ギュウっと、オレの右手を強く、炎乃華が握ってきた。
 真剣な眼差しで、小さなテレビ画面を見詰めている。マイティ・フラッシュが攻撃を受けるたびに、痛々しそうに顔を歪めた。眉の間に皺が寄り、唇を強く噛み締めている。
 自分が巨大ヒロインとして実際に闘っている時と、変わらない表情だった。
 間違いなく炎乃華は、マイティ・フラッシュと一緒に闘っていた。リンチ同然にボロボロにされていく画面のなかのヒロインを見て、祈るような表情に変わっていく。オレの右手を握る力が、ますます強くなっていた。
 テレビの灯りに照らし出された炎乃華の顔を、オレは美しいと思った。
「……がんばれッ……! がんばって、お母さんッ……!」
 青白い光をキラキラと反射させて、炎乃華の頬をすぅっと一筋の雫が流れる。
 マイティ・フラッシュを演じた主演女優、津口光梨ひかりは、炎乃華の実の母親だった。
 15年前、まだ2歳だった娘を家に残して、急遽撮影されることとなった第12話の現場へ向かった炎乃華の母親は、交通事故に遭って帰らぬ人となった。
 物心つく前であった炎乃華にとって、マイティ・フラッシュの記録こそが、母親を知る全てであった――。
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