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 酷い内容だった。
 視聴覚室での特別授業は、胸がムカムカしすぎて吐き気を催すレベルのものだった。何度目の前にあるモニターを破壊しようと思ったことか。
 いっそここにいる連中を、細眉やら取り巻きやらを、殺戮できたら。少しはオレの怒りも、収まったんだろうか。
 だがそのたびに思い出す。炎乃華がいることを。地球人を守るために闘っている炎乃華を思えば、そしてそんな彼女が黙っている姿を見れば、オレなんかが暴れられるわけがない。
 秀太もいる。炎乃華に同情した女子や、マイティ・フレアを純粋に応援しているクラスメイトだって他にちゃんといる。
 地球人はクズばっかりじゃない、むしろそんなしっかりとした人々の方が多いことくらい、オレだってわかっている。
 第一に。元々、こんな事態を引き起こした元凶は、オレ自身じゃねえか――。
「世間の声をね、みんなに知ってもらおうと思うの」
 マネージャー代わりとして炎乃華を守ってきたはずの女教師は、巨大ヒロインの商品価値をすでに見限ったようであった。
「ネットから拾ってきた、とある動画サイトの投稿を見てもらいましょう。タイトルはズバリ、『マイティ・フレアが粗大ゴミになった件』」
 それは、あの日テレビ中継されたマイティ・フレアとシアンの闘いを、編集して作られた動画だった。
 画質の粗い映像が、机上のモニターと教室前の巨大スクリーンに映し出される。
 いきなり現れたのは、白目を剥いて悶絶する、炎乃華の顔のドアップだった。
 可憐な美少女は、涙と鼻水と涎をダラダラと垂れ流している。正視に耐えない、姿だった。
苦しげな呻きがずっとBGMとして流れ、やがて炎乃華はブクブクと泡を吹く。惨めに失神するまでの様子が、克明に映されている。
『弱えええw』『ひでーブサイクな顔』『フレアちゃんオワタ』様々な色の文字が横にスクロールして流れ、画面を埋め尽くした。動画を見ている視聴者のコメントだ。口を開けっぱなしとなった炎乃華の顔が見えなくなるほどに、罵倒と嘲笑の洪水が満たす。
 場面は切り換わり、液体化したシアンの腕で、深紅と白銀のヒロインがムチ打たれていた。
 胸や背中、太ももや腹部など、ピチピチと張った乙女の肌にしなった腕が炸裂する。そのたびにマイティ・フレアは仰け反った。痛々しい悲鳴をあげながら、校庭の土にまみれて転がり回る。
『うほおお、エッロ!』『これ完全にSMショーでしょ』『アンアン喘いでるフレアちゃん、エロす』『イイゾ青いゼルネラ星人モトヤレ』……
 数日前まで、マイティ・フレアは守護女神で、英雄で、アイドルだったはずなのに。
 同じ地球人とは思えなかった。だがわかる。この映像が、作り物なんかじゃないことは。
 たまらずオレは、炎乃華の様子を覗き見た。
 目の前の、なんの花も飾られていない花瓶を、じっと炎乃華は見つめていた。モニターの映像が見えているのか、わからなかった。
 だが嫌でも……飛び込んでくるはずだ。聞きたくもないコメントを、己の惨めな叫び声を、ヒロインになった少女は強制的に聞かされている。
 もういい。
 頼むから、帰ってくれ。怒ってもいい。泣いてもいいんだ。
なんでもいいから、この部屋から飛び出してくれ。
 オレの心の叫びなど届くはずもなく、炎乃華はずっと、苛烈なこの環境に留まり続けている。
『本当にコイツ弱すぎるだろ。勘弁してくれ』
 動画もラスト付近になり、マイティ・フレアへの非難の言葉が目立ち始めた。
『コイツが代表なんだろ。地球どうなるんだよ』『ゼルネラ星人に支配される。地球終了のお知らせ』『フザけんな! オレたちの生活をどうしてくれる!』『マジでサイテー。握手会とかやってんな。クズ』『本当に私たちどうなるの? 不安で寝られない。コイツに慰謝料払って欲しい』『フレアちゃんには氏んで罪を償ってもらわなきゃ納得できない』
 クソが。
 クソがあああッ! てめえらが何やったって言うんだああッ! 
 炎乃華が痛い想いをしている間に、てめえらは何をやってた! 日曜日の午後、テレビ見ながらお前たちは、何をやってたと言うんだッ! 
 平和な環境でネット見ながら、オレに勝つための行動をひとつでも起こせていたのかッ!?
 ああ、もう。オレは最強だっていうのに。地球なんか、いつでも滅ぼせるっていうのに。
 炎乃華に対して、なにもしてやれない。
 ひどく傷ついているはずのひとりの少女を、守ることさえできない。それどころかオレのせいで、母親に憧れただけの少女を、見えない暴力に晒してしまうなんて。
「さて。これが偽りない、世間の声よ」
 悪夢のような時間が終わって、女教師が言った。メガネの奥の眼を歪ませ、真っ赤なルージュを吊り上がらせる。
「津口炎乃華……マイティ・フレアさん。感想を、聞かせてもらえる?」
 この女教師が愉しんでいることを、オレは確信した。
 すっと、炎乃華は立ち上がった。前の一点を真っ直ぐみつめ、そして。
 90度。深々と腰を折り曲げた。
「すみませんでした」
 頭を垂れたまま、炎乃華は謝罪の言葉を繰り返した。
「負けて、すみませんでした。私のせいでみんなを不安にさせて、本当にごめんなさい」
 秀太の顔がチラリと見えた。ナイスガイなモテ男は、泣きそうな顔をしていた。
 きっとオレも、同じように顔が歪んでいただろう。
「でも」
 顔をあげた炎乃華は、女教師に迷いのない視線を向けた。
「最後には。マイティ・フレアは、絶対に勝ちますから」
 踵を返し、ダッシュで炎乃華は視聴覚室を飛び出していく。
 主役のいない花瓶だけが、机の上には残されていた。

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