雪白花嫁 ―王子様のキス―

千日紅

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番外編

聖夜

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 聖夜にふさわしく美しい夜だった。
 空気はきんと澄み渡り、静寂に鐘の音が鳴り響く。雪はしんしんと音もなく降り積もり、ルルの足下を白く埋め尽くす。
 空になったカゴを手にして、ルルは迎えの馬車を陰鬱な表情で見上げた。
 フードについた毛皮の縁取りに雪が凍り付く。その小さな小さな氷粒は、彼女の頬で涙のように溶けた。
 クリスマスの夜だというのに、ヨナスはミサに来なかった。
 ルルはミサに参列したのみならず、やってきた貧しい人たちへ小さなクリスマスプレゼントを配って回った。
 王宮で火急の用があり――それはきっとヨナスの下手な言い訳だ。
 ヨナスはルルが市井の人々と関わることを望んでいない。 説得を撥ね付けたルルにヨナスは自制心を発揮した。

 きっと、ルルが邸に帰る頃には、ヨナスが待ち構えていて、ルルに向かって言うのだ。
『ルル、俺はお前のことが心配なのだ』と。

 ヨナスは帰ってきたルルを玄関で出迎えた。
 彼の黄色い髪をした妻は、ひどく凍えていた。黄色い髪は雪で濡れ、赤い唇は紫がかっている。透き通る白い肌は、もはやルル自体が氷の彫刻が命を持ったのではないかとすら思わせる。
「……こんなに冷え切って」
「ヨナス」
 この時もルルは、いつものようにヨナスを呼んだ。しかし、これがヨナスには特別な響きを持って届いた。
 ルルの心が、ヨナスを置いてどこかへ飛んでいってしまいそうな、それくらいの儚さが彼女の声に宿っていた。
 ヨナスは居ても立ってもいられなくなって、外套も脱がせぬままルルを抱き上げた。
「……いやっ……」
 ヨナスには、自分の何が彼女を怯えさせたのかすぐにわかった。
 けれど、彼女がおそらく酷く傷つけられたことを労るよりも、その相手を殺しに行くよりも、今すぐ彼女を繋ぎ止めなければならないと本能が叫んでいる。

 寝室のドアを開けるなり、むしるようにルルの外套をはぎ取った。
「いや、ヨナス、いや……」
「ルル」
 ルルの華奢な身体をベッドに放るようにして横たえ、ヨナスは彼女にのし掛かった。
「お願い、わたし、一人に……」
「だめだ」
 一人にする、ルルを手放す、ルルがどこかに行ってしまう。首の後ろの毛が逆立つような気がした。
 黒い瞳に涙を浮かべたルルのスカートの下に手を入れ、柔らかな太ももを撫でさする。
「……ひっ……くっ……ひっ……いや、……ヨナス……」
 もうこうなると、ルルが拒絶する度に、ヨナスの興奮はいや増しに増して、残酷さすら帯びてくる。
 ずるりと下着を剥いて、ヨナスの手にすっぽりとおさまりそうな尻を握る。
「痛いっ……いたいわ……ヨナス……」
 しゃくり上げながらルルがヨナスを呼ぶと、少しだけヨナスの心が弱くなる。弱くなった心の裂け目から、ルルを可愛がりたい、それから思う存分汚して堕落させたいという欲望が湧いてきて、結局、ヨナスはルルの膝を掴んで大きく開かせると、自分の服を寛げた。
「ひっ……ん……」
 ろくに慣らしもしない場所は、あらん限りの力で必死に閉じて侵入者を拒もうとする。
 けれど、ルルの心も体もすでにヨナスのものであると彼は確信しているので、遠慮も何もなかった。
「やっ、あっ、あっ、あっ!」
 断続的な――これは悲鳴だ――ルルの声が、カナリアの歌のごとくヨナスの鼓膜を震わせる。
 みっしりと異物を食まされて、ルルの腰が震える。ヨナスはべろりと舌なめずりをして、ルルのドレスの胸元に手を差し入れた。
 身体の割に豊かな膨らみ、そしてその感じやすい先端。
 いささか乱暴なくらいに胸を愛撫する。まだ冷えた肌に焼き付くがいい。ルルはまだ理解しない。ルルのように汚れない人間は一生理解できないのかも知れない。
 ヨナスのように汚れた人間は、すぐに暗い情念に支配されてしまうのに。
 容赦なく腰を突き上げる。じゅじゅっ、じゅちゅっと速いテンポで結合部から水音が立つ。 すぐに濡れて溢れてくる。淫らに堕ちた彼の乙女。
「ぅっ……ふっ……んっ……んっ……」
 ルルの貝殻のような耳が赤く染まっている。ドレスをぼろきれのように纏わり付かせたヨナスの聖母救い主は、たおやかな腕をヨナスの首に絡ませた。
 唇を噛んで喘ぎを堪え、顔を背けて涙を隠し、欲望を千切ろうとでもするように強く締め付け、そしてルルの心は。
「っ、くっ……」
 ヨナスは奥歯を噛みしめた。その瞬間、ヨナスはこれでルルはどこにも行かないという信念と、ルルを深く傷つけたという確信を同時に強くした。
 彼が萎えていくのに従って、追いすがるようにうねりながら締め付けは強くなる。
「……ルル、そんなに締め付けたら、抜けやしない」
「んふっ……んっ……ふっ……ふぅっ……」
 ああ、もうルルの身体は、ヨナスにこんなに乱暴に抱かれても、絶頂を迎えるようになっている。そのことがヨナスの残酷を慰撫し、ルルの挺身を神の恵みとでも思わせるのだ。
 肉欲、情欲、例えば憎悪も――殺意であっても、この清純なルルに不似合いなものは、全てヨナスが与えると、とうの昔に決めている。
「……ぅっ……ひっ……ひぃっ……くっ……」
 ルルはとうとう本格的に泣き出した。父親役なら優しく宥めてやるところが、夫役となると難しい。
「ルル、俺の愛しいルル……それ以上泣くな。俺ではないもののために悲しむな」

 ヨナスに愛されている。愛されているから、ルルはヨナスに貪られても受け入れる。けれど、いくら愛し合っても二人は別々の人間なのだ。
「ヨナス……わたし……わたし、でも……」
 ヨナスの額に乱れ落ちた金色の髪を、ルルは細い指先で梳いた。
「……悲しくてもいい、傷ついてもいいから……強さが欲しいわ」
「お前を、俺の腕に囲い込んで、外など見えなくさせてやればいいだろうか」
「それはとても幸せね。でも、ヨナスが見るものを私も見たいの。ヨナスを愛する誇りが欲しいの」
 ルルはヨナスに身体をすり寄せた。ヨナスの鼓動はどくどくと力強い。
 力強い命に守られているルル。ルルは力を持たず、弱い。そのことがこの聖夜に雪のように静かにルルの心を塞いでいった。
「ミサの前に、神父様が仰ったわ。私の焼いたお菓子をおいしいと言って食べてくれた子供のうち、一人は親に殴られて死に、一人は病気で死に、一人は馬車にひかれて死んだって」
「ルル」
「……わたし、あなたを愛しているの、ヨナス」
「ああ」
「本当に、本当に、あなたを何より愛しているの」
「ああ、わかっているよ、ヨナス」
「愛しているのよ……」
 子供のように繰り返すルルの身体を、ヨナスは強く抱き寄せる。ルルの黒い瞳が濡れて輝き、夜は深く深く更けていった。
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みんなの感想(4件)

杉山かふん
2017.02.13 杉山かふん
ネタバレ含む
解除
クレイン
2017.02.11 クレイン

驚きの更新速度&完結お疲れ様でした!そして素敵なお話をありがとうございます・
日々の癒しとして、本当に毎日めっさ連載を追いかけさせていただいておりました…!
そして感想が書きたくてとうとう超重の腰を上げアルファ様にユーザー登録をしちゃいましたよ…!愛が重くてすみません。

誰一人として、明確な悪者がいないところがとても好みです。
キャラたちのその心の変遷もまた素晴らしい。
ルルのお母様の心に泣きました。めっさ泣きました。今更母親面はできないという、その気概に打たれました。鏡に話しかけるシーンは何度読んでも美しく秀逸で、うっとりします。
当初格好良いだけだったヨナスがどんどんヘタれるのも良かったです…!ヒーローは不憫であるほど輝きを増しますね!無自覚無知なルルがヨナスを翻弄するのも本当に可愛くて…!
久しぶりに胸キュンしながら読ませていただきました!
女性ホルモンが出て美容にも良いです。ありがとうございます・

番外編、楽しみにしております!平和でイチャコラな日常を是非…!

解除
花盛ジイサン

早く続きが読みたい・
はぁ~早く!

解除

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