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014 現状は維持されています。
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犯人は捕まった。
それだけを聞けば、話は簡単だと思うのだろうが、実際は違う。
何がどう動いたのかは公彦自身知らないことだが、大まかの予想はつく。
おそらくは、タトゥーギャングよりも恐ろしい、『本職』の怒りを買ったのだろう。古き良き信念を持って駆逐されたか、それとも商売敵を力技で叩き伏せたのか……いずれにせよ彼らは捕まり、商売内容は全て公表された。
クロと名乗った男が調べた通り、捜査担当者も『顧客』だったらしく、麻薬取締法で書類送検されていた。詳細は不明だが、実名が公表されている以上、社会的にはほぼ死んだとみて間違いないだろう。
しかし、そのニュースが流れて数日経つにも関わらず、未晴の様子が変わることはなかった。いや、もしかしたら変わっていたかもしれないが、少なくとも数日後に会った彼女は普段通り、公彦と共に外へと繰り出していた。旦那が死んだというニュースどころか、携帯が音信不通になっていたことすら忘れて。
「しっかし旦那も何やってんだろうね~……あ、おいし」
「そうです、ね……」
今日は天気が良く、気まぐれにおしゃれなベーカリーで昼食を購入した二人は、少し遠出して大きな自然公園へと来ていた。人気のないベンチに並んで座り、コーヒーを片手にパンを頬張っている。
「どうしたの公彦君? 今日は元気ないけど」
「いえ、ちょっと悩みがありまして……」
しかし悩みの元凶たる当の本人に言うこともできず、公彦は誤魔化す様にホットドッグを頬張った。
「ふぅん……話せないなら、女の前でそんな顔しちゃ駄目だよ~」
「はは、は……気をつけます」
そしてパンを食べ終わったものの、二人はベンチから立ち上がらずに、そのまま公園の景色を眺めていた。
「というか……年上のお姉さんじゃ、相談相手には役不足?」
「そういうわけではないんですが……」
当人にするわけにもいかないのでどう話したものか分からず、公彦は話題を逸らそうと周囲を見渡す。しかし見回せども、あるのは自然ばかり。そう思っていた矢先に、あるものが目についた。
「……未晴さん、あそこ行きません?」
「え? ああ、あそこか」
特に疑問に思われることなく、立ち上がった二人は公園内にある水場へと足を運んだ。休日ということもあり、子供が数人、裸足ではしゃいでいる。端の方は水に足を浸けたまま腰掛けられる場所があるので、一先ずは靴を脱ぎ、そこに座り込んだ。
「あ~気持ちい~」
「本当、気持ちいいですね……」
子供がはしゃぐので、足を浸けている水面が揺れている、裾を捲り上げているズボンにまで届かないか心配だが、それ以上に水の心地よさに、気持ちを支配されている。
(何が正解、なんだろうな……)
公彦は頭上を見上げた。雲一つない快晴で、空の青さが際立っている。こんな日に出掛けられて気分はいいはずだが、悩みが晴れることはなかった。
「未晴さん、聞いてもいいですか?」
「何を~……?」
未晴もまた、快晴の空に手を伸ばしながら、どこでもない遠くを眺めていた。
相手が年上だということを忘れさせてしまうような仕草だが、公彦には通じなかった。せめて通じてさえいれば悩まずに済むのにと苦悩しながらも、徐に口を開く。
「なんでその旦那さんと、結婚しようと思ったんですか?」
「ん~……」
手を伸ばしながら、考え込む未晴。そして結論に至ったのか、伸ばしていた手を戻しながら、公彦の方を向いて、こう答えた。
「……それが自然だと思ったから、かな?」
「自然、ですか?」
今の公彦には、あまり馴染みのない感覚だった。しかし未晴自身も理解しているのか、考えながらも話してくれる。
「例えばスマホ。よっぽど嫌とかじゃないと、いつも持っているでしょう? でも持っているからって、それが好きとは限らない。好きだから近くにいて欲しい。離れたくないと、それが自然だと思ってしまう。それが、私が旦那と結婚した理由」
「一緒にいたいから、結婚したんですか?」
「そんなところ。まあ、一緒にいるだけなら友達でも良かったんだろうけど……」
子供達を見ているとはしゃぎたくなったのか、未晴は水面を蹴った。
「……それでも結婚した。だから好きだったんだろうね~旦那のこと」
その後のことは、公彦もうっすらとしか覚えていなかった。
その時の笑顔があまりにも綺麗で……その時の言葉があまりにも儚くて。
「『好きだった』、か……」
未晴と別れた後、公彦は家路に着く気になれず、適当な道を散歩していた。
一応遠回りに帰ろうとしているのだが、油断していると変な道に迷い込んでしまう。それだけ、公彦の意識は薄弱としていたのだ。
「心のどこかでは、気づいているよな。あれは……」
無意識に受け入れられないと、心のどこかで拒絶しているのだと、公彦は理解した。
旦那を愛しているからこそ、その事実を否定し続けている未晴のことが、頭から離れない。
そのままにしておくべきなのか、それとも事実に気づかせるべきなのか。
何が正しいのかも分からないまま歩いていると、公彦は無意識に進んでいた足の置き場に今更気づいた。
「…………あ」
一般より広々とした、少し寂れた一軒家が目の前にあった。
どうやら無意識に家ではなく、バイト先である配送拠点に来ていたらしい。何故かと自問する公彦だが、すぐに自答できた。
「どうするかな……」
バイト先の人間で、本来は仕事での付き合いしかないのだが、相談相手がゴロウしかいないというのも事実だ。萌佳では経験値が足りないし、かといって両親にばらしてしまえばどうなるか……そもそも人の相談に乗れる人間性があれば、最初から別居なんてしていないだろう。
「……いや、待てよ」
しかしふと、公彦の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
知り合ったばかりだし、どういう人間かまでは把握しているわけではないが、仕事の範囲では相談に乗ってくれていた。つまり対価さえ払えば、相談に乗ってくれるかもしれない。
公彦はまだ捨てていなかったガラケーを取り出すと、登録してある番号にそのまま掛けた。
「……あ、クロさんですか?」
『何? まだ何か』
『ねぇクロ~ご飯まだぁ?』
『ちょっと待っててご主人様……あ、うん。大丈夫。それで……要件は?』
「取り込み中にすみません……少し、相談に乗っていただけませんか? もちろん報酬はお支払いします」
『別に相談役の仕事をしているわけではないんだけど……』
それでも話を聞いてくれる気になったのか、後日改めて時間を作ってくれることになり、また電話するということで一度電話を切った。
「まあ、ゴロウさんにお金を払って聞いてもらうという手もあったんだけど……」
今の関係が壊れそうなことは避けるべきだと、公彦は本能的に悟っていた。
もしかしたら、クロと名乗った男から話が流れてしまうかもしれないが、直接頼むよりかはましだろう。
それに、変に話が拗れてしまえば……バイトそのものを止めなくてはならなくなってしまう。将来のことを考えると、それだけは避けたかった。
「とりあえず、話をまとめとくか。似たような経験はあるみたいだし、何かいい助言がもらえるとは思うけど……」
ガラケーを仕舞うと、公彦は目の前の一軒家に一度頭を下げてから、今度こそ家路に着いた。
「それにしても……ご主人様って?」
その件は突っ込んでいいのかは分からないが、積極的に聞く理由もないので、公彦は一先ず、忘れることにしたのであった。
そして少ししてから、クロと名乗った男のアップルフォンが再び鳴り始めた。
「クロっ! もう電源を切りなさいっ!」
「ええと……」
画面を見て、誰からの電話か確認したクロは、一応とばかりに声を掛ける。
「今度はあなたのお兄さんなんですけど……」
「……兄ちゃん?」
クロから『ご主人様』と呼ばれていた彼女は、アップルフォンを取り上げると、そのまま通話状態にして叫んだ。
「ご飯が先っ!」
『おい! こらリ……』
問答無用に通話を切ると、彼女はクロにアップルフォンを投げ渡してから座卓の前に腰掛けた。
「ご飯が先っ! 早くご飯っ! ご飯っ!」
「はいはい……」
食事の準備をしながら、クロは後で電話をしようと、予定を記憶の片隅に留め置いた。
それだけを聞けば、話は簡単だと思うのだろうが、実際は違う。
何がどう動いたのかは公彦自身知らないことだが、大まかの予想はつく。
おそらくは、タトゥーギャングよりも恐ろしい、『本職』の怒りを買ったのだろう。古き良き信念を持って駆逐されたか、それとも商売敵を力技で叩き伏せたのか……いずれにせよ彼らは捕まり、商売内容は全て公表された。
クロと名乗った男が調べた通り、捜査担当者も『顧客』だったらしく、麻薬取締法で書類送検されていた。詳細は不明だが、実名が公表されている以上、社会的にはほぼ死んだとみて間違いないだろう。
しかし、そのニュースが流れて数日経つにも関わらず、未晴の様子が変わることはなかった。いや、もしかしたら変わっていたかもしれないが、少なくとも数日後に会った彼女は普段通り、公彦と共に外へと繰り出していた。旦那が死んだというニュースどころか、携帯が音信不通になっていたことすら忘れて。
「しっかし旦那も何やってんだろうね~……あ、おいし」
「そうです、ね……」
今日は天気が良く、気まぐれにおしゃれなベーカリーで昼食を購入した二人は、少し遠出して大きな自然公園へと来ていた。人気のないベンチに並んで座り、コーヒーを片手にパンを頬張っている。
「どうしたの公彦君? 今日は元気ないけど」
「いえ、ちょっと悩みがありまして……」
しかし悩みの元凶たる当の本人に言うこともできず、公彦は誤魔化す様にホットドッグを頬張った。
「ふぅん……話せないなら、女の前でそんな顔しちゃ駄目だよ~」
「はは、は……気をつけます」
そしてパンを食べ終わったものの、二人はベンチから立ち上がらずに、そのまま公園の景色を眺めていた。
「というか……年上のお姉さんじゃ、相談相手には役不足?」
「そういうわけではないんですが……」
当人にするわけにもいかないのでどう話したものか分からず、公彦は話題を逸らそうと周囲を見渡す。しかし見回せども、あるのは自然ばかり。そう思っていた矢先に、あるものが目についた。
「……未晴さん、あそこ行きません?」
「え? ああ、あそこか」
特に疑問に思われることなく、立ち上がった二人は公園内にある水場へと足を運んだ。休日ということもあり、子供が数人、裸足ではしゃいでいる。端の方は水に足を浸けたまま腰掛けられる場所があるので、一先ずは靴を脱ぎ、そこに座り込んだ。
「あ~気持ちい~」
「本当、気持ちいいですね……」
子供がはしゃぐので、足を浸けている水面が揺れている、裾を捲り上げているズボンにまで届かないか心配だが、それ以上に水の心地よさに、気持ちを支配されている。
(何が正解、なんだろうな……)
公彦は頭上を見上げた。雲一つない快晴で、空の青さが際立っている。こんな日に出掛けられて気分はいいはずだが、悩みが晴れることはなかった。
「未晴さん、聞いてもいいですか?」
「何を~……?」
未晴もまた、快晴の空に手を伸ばしながら、どこでもない遠くを眺めていた。
相手が年上だということを忘れさせてしまうような仕草だが、公彦には通じなかった。せめて通じてさえいれば悩まずに済むのにと苦悩しながらも、徐に口を開く。
「なんでその旦那さんと、結婚しようと思ったんですか?」
「ん~……」
手を伸ばしながら、考え込む未晴。そして結論に至ったのか、伸ばしていた手を戻しながら、公彦の方を向いて、こう答えた。
「……それが自然だと思ったから、かな?」
「自然、ですか?」
今の公彦には、あまり馴染みのない感覚だった。しかし未晴自身も理解しているのか、考えながらも話してくれる。
「例えばスマホ。よっぽど嫌とかじゃないと、いつも持っているでしょう? でも持っているからって、それが好きとは限らない。好きだから近くにいて欲しい。離れたくないと、それが自然だと思ってしまう。それが、私が旦那と結婚した理由」
「一緒にいたいから、結婚したんですか?」
「そんなところ。まあ、一緒にいるだけなら友達でも良かったんだろうけど……」
子供達を見ているとはしゃぎたくなったのか、未晴は水面を蹴った。
「……それでも結婚した。だから好きだったんだろうね~旦那のこと」
その後のことは、公彦もうっすらとしか覚えていなかった。
その時の笑顔があまりにも綺麗で……その時の言葉があまりにも儚くて。
「『好きだった』、か……」
未晴と別れた後、公彦は家路に着く気になれず、適当な道を散歩していた。
一応遠回りに帰ろうとしているのだが、油断していると変な道に迷い込んでしまう。それだけ、公彦の意識は薄弱としていたのだ。
「心のどこかでは、気づいているよな。あれは……」
無意識に受け入れられないと、心のどこかで拒絶しているのだと、公彦は理解した。
旦那を愛しているからこそ、その事実を否定し続けている未晴のことが、頭から離れない。
そのままにしておくべきなのか、それとも事実に気づかせるべきなのか。
何が正しいのかも分からないまま歩いていると、公彦は無意識に進んでいた足の置き場に今更気づいた。
「…………あ」
一般より広々とした、少し寂れた一軒家が目の前にあった。
どうやら無意識に家ではなく、バイト先である配送拠点に来ていたらしい。何故かと自問する公彦だが、すぐに自答できた。
「どうするかな……」
バイト先の人間で、本来は仕事での付き合いしかないのだが、相談相手がゴロウしかいないというのも事実だ。萌佳では経験値が足りないし、かといって両親にばらしてしまえばどうなるか……そもそも人の相談に乗れる人間性があれば、最初から別居なんてしていないだろう。
「……いや、待てよ」
しかしふと、公彦の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
知り合ったばかりだし、どういう人間かまでは把握しているわけではないが、仕事の範囲では相談に乗ってくれていた。つまり対価さえ払えば、相談に乗ってくれるかもしれない。
公彦はまだ捨てていなかったガラケーを取り出すと、登録してある番号にそのまま掛けた。
「……あ、クロさんですか?」
『何? まだ何か』
『ねぇクロ~ご飯まだぁ?』
『ちょっと待っててご主人様……あ、うん。大丈夫。それで……要件は?』
「取り込み中にすみません……少し、相談に乗っていただけませんか? もちろん報酬はお支払いします」
『別に相談役の仕事をしているわけではないんだけど……』
それでも話を聞いてくれる気になったのか、後日改めて時間を作ってくれることになり、また電話するということで一度電話を切った。
「まあ、ゴロウさんにお金を払って聞いてもらうという手もあったんだけど……」
今の関係が壊れそうなことは避けるべきだと、公彦は本能的に悟っていた。
もしかしたら、クロと名乗った男から話が流れてしまうかもしれないが、直接頼むよりかはましだろう。
それに、変に話が拗れてしまえば……バイトそのものを止めなくてはならなくなってしまう。将来のことを考えると、それだけは避けたかった。
「とりあえず、話をまとめとくか。似たような経験はあるみたいだし、何かいい助言がもらえるとは思うけど……」
ガラケーを仕舞うと、公彦は目の前の一軒家に一度頭を下げてから、今度こそ家路に着いた。
「それにしても……ご主人様って?」
その件は突っ込んでいいのかは分からないが、積極的に聞く理由もないので、公彦は一先ず、忘れることにしたのであった。
そして少ししてから、クロと名乗った男のアップルフォンが再び鳴り始めた。
「クロっ! もう電源を切りなさいっ!」
「ええと……」
画面を見て、誰からの電話か確認したクロは、一応とばかりに声を掛ける。
「今度はあなたのお兄さんなんですけど……」
「……兄ちゃん?」
クロから『ご主人様』と呼ばれていた彼女は、アップルフォンを取り上げると、そのまま通話状態にして叫んだ。
「ご飯が先っ!」
『おい! こらリ……』
問答無用に通話を切ると、彼女はクロにアップルフォンを投げ渡してから座卓の前に腰掛けた。
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