200 / 206
200 『運び屋』へと至る道(その1)
『睦月。お前に……『運び屋』の奥の手について教えておく』
秀吉にそう言われた後、睦月は日本海の海岸沿いにある廃ビルへと連れてこられていた。
その廃ビルは塩害に蝕まれている上に、周囲に生活圏がないので人の気配は微塵もない。ゆえに外観は誰の手も加えられずに、酷く荒んでしまっている。
だからこそ、睦月達のような裏社会の住人にとっては重宝する場所でもあるのだが……この廃ビルの存在については、その日初めて教えられた。
『奥の手って……そんなのがあったのか?』
『そりゃあるだろ。いざという時の命綱位……』
睦月のぼやきに、秀吉は呆れた口調で返してくる。
本来であれば、滞在期間があと半年を切った師と共に修行の大詰めへと入ろうとしていた睦月だったが……秀吉に言われるがまま、理由も分からずに連れてこられたので、未だ納得できずにいる。
『というかそれって、師匠との修行よりも優先しなきゃいけないことなのか?』
『…………だから、だよ』
その言葉と共に、秀吉の後を追って廃ビルの中へと入る睦月。案内されたのは上階ではなく、隠し扉の向こうにある階段の先にある地下階層だった。
『今後何かあれば、ここにあるものが役に立つ。本当なら、そんな事態に陥らないのが一番なんだが……将来のことなんて、誰にも分からないしな』
そう話しながら、二人は外の廃ビルとは明らかに異質な雰囲気……潮風を浴びていないだけでは説明が付かない程の高強度を誇るコンクリート構造の壁に囲まれた通路を歩いていく。
『だからって、こんな廃ビルまで買ってさ……いくら何でも、金掛け過ぎじゃね?』
『買って造り変えたのは親父、お前の爺さんだけどな』
階段を下りて数分程歩き、ようやく通路の奥にある扉の前へと辿り着いた。
見かけこそ頑健かつ無骨な鉄扉だが、施錠は適当な鎖と南京錠で済まされている。扉そのものにも鍵はあるみたいだが……これまでまともに使われてなかったのか、鍵穴が埃で塞がれている。
『もうちょっと、マシな鍵使えよ……』
『別にいいだろ』
そう言い、懐から取り出した自動拳銃を構えた秀吉は、銃口を南京錠に向けてすぐに、引き金を引いた
――パンッ! カン、ガランガン……
銃声の後、空薬莢に遅れて砕けた南京錠が床の上へと転がっていく。通路内に響く落下音を気にすることなく、自動拳銃を戻した秀吉は鎖に手を伸ばし、そのまま外し始めていた。
『鍵失くしたから、どうせ取り替えるつもりだったし』
『だからっていちいち撃つなよ。銃弾代だって馬鹿にならないのに……』
『格好付けさせろって、これ位』
外した鎖を南京錠と共に床へと落とした秀吉は、解放された取っ手を掴むと力を入れ、鉄扉を引き開けた。
『これでも一応…………『運び屋』の秘奥なんだからな』
そして開かれた鉄扉の先を目の当たりにし、睦月は秀吉が何故、ここに連れてきたのかを一目見て理解した。だが、それ以上に新たな疑問が生まれてしまう。
『これ、って……親父、一体どういうことだ?』
『どうもこうもない』
先に一人で鉄扉を潜り、中にあるものを物色する睦月の背に向けて、秀吉も後に続きながら話してきた。
『使い方や基礎については事前に教えられるが……肝心な時に使えなきゃ、意味がないしな』
それを最後に、睦月は秀吉の手によって地下から追い出された。
『別に自前でも良いんだけどな。ただ……何かあった時はここを思い出せ。いいな?』
『秘奥とやらについては分かったよ……』
無骨なコンクリートの壁に身を預けながら、秀吉が施錠し直している様子を眺める睦月。そして、新しい鎖と南京錠で封じられた鉄扉を残して、二人は廃ビルを後にした。
『とはいえ……使わないに越したことはないだろ』
受け取った南京錠の鍵を手にした睦月が呟いた、何気ない一言に秀吉も同意してくる。
『ああ…………そうだな』
しかし、後になってみるとその言葉には、どこか含みがあるように思えてならなかった。
夢の中で秀吉との過去を思い出した睦月は目を覚ますと、ベッドから身体を起こした。
「…………」
九州での仕事を終えた翌日。仕事明けだが、高校の方は未だ夏季休暇を明けていない。特に予定もないので、今日はスーツ類をクリーニングに出してこようかと考えていた睦月だったが、その前に夢で見た過去の出来事を振り返った。
(まさか、な……)
裸のまま起き上がることなく、両手を持ち上げて顔の前に運んだ睦月は、指同士を重ねて思案に耽り出す。
(……状況を整理しよう)
いつもの思考に入った睦月は、改めて現状の把握に努め出した。
(前提条件――……どう考えても、今後も親父は使えそうな状況になる度に、俺を利用してくる。それ自体は『運び屋』になることを決めた以上、仕事の範疇なら別に良い)
そもそも仕事とは、お互いに利用し合うことでそれぞれが利益を得る行為だ。果たすべき義務や得られる対価が異なるだけで、個々が納得できれば円滑に回る。
(ただ……)
問題は、その状況で被る利害の方だ。
九州での一件は後手に回ってしまったが、それでも睦月達で十分対処できる程度の揉め事だった。けれども、刻一刻と事態が深刻化する以上、現状のままでは応じられなくなる可能性が高まってくる。
(制限時間――次にいつ、何がどう動くかが分からないとなると……可能な限り、早い方が良いな)
状況の転機が訪れるのは一瞬だ。ちょっとしたきっかけで大規模な戦争に発展してしまう世界だからこそ、常に備えなければならない。
(敵対勢力――……そもそも、親父にとって俺の立ち位置はどうなってる?)
秀吉からは『親子の縁を切る』とはっきり言われてはいるが、利用してきているのもその当人だ。『息子』ではなく『取引相手』として見ている分にはまだ納得できるが、もし状況が一変して『囮』や『捨て駒』として扱われてしまえば、目も当てられない。
わざわざ『絶縁』という選択をしたのも、ある意味では秀吉の親心だということ位は、いくら発達障害持ちの睦月でも気付く。
……いざという時に、親子の情で判断が鈍るのを防ぐ為だと。
(所持戦力――そう考えると、ここ最近の変化も上手く使えば好転できる材料になる……いや、『その材料を用意してくれた』ってところか)
特に顕著なのが、帰国した『傭兵』や襲来してきた『殺し屋』だろうか。利害によって忠義も不義理もある意味自由な裏社会の住人だが、付き合い方次第で味方に付けられるのもまた事実だった。
(戦場状況――問題は……俺が親父の件に関わるのが、日本国内に留まるかどうかだな)
場合によっては日本の外、暁連邦共和国にまで動かなければならない。今は国外へと赴く必要はなさそうだが、もし韓国語を含めた語学力を身に付けさせてきたことに理由があるとするならば……それは明らかに、『海外遠征の可能性がある』からだ。
(戦闘手段――……一度、手持ちの商売道具を見直しておくか)
商売道具である乗り物や武器類はもちろんのこと、九州で失った自動二輪や破損した自動拳銃の部品も新調しなければならない。それに、『銃器職人』の腕前次第では最高性能の発注も視野に入れる必要が出てきた。
いずれにせよ、使える予算はいくらあっても、あり過ぎるなんてことはない。
(以上を踏まえて、今後生き残る為の絶対条件――今のところ、『運び屋』を辞める気はないし……普通に金策しないと駄目だな、こりゃ)
自分を鍛える、商売道具の性能を上げる、さらに得物の数を揃えるとなると……その全てを解決する為に必要なただ一つの共通点、資金調達が重要となってくる。
(今のところ、大型案件もないし……また麻薬組織狩りでもするか? それこそ本気で『運び屋』からかけ離れていくけど……)
だが、背に腹は代えられないのも現実だ。それ以外での金策等、手持ちの財産を整理して売却する位だが、裏社会だろうと相場的に二束三文にしかならない。
「……ま、できるところからやっていくか」
重ねていた手を離し、後ろに回して支えにした睦月は一度天を仰ぐとその姿勢のまま、横で頬杖を突いて眺めてきていた姫香の方を見返す。
「面倒臭い道を選んだよな……お互い」
睦月にとって、言葉に裏の意味を持たせて相手に伝えるのは苦手な方だ。けれども、どうやら姫香には通じていたらしい。同意とばかりに肩を竦めながら、一糸纏わぬ姿を隠すことなく、ベットの上から降りていった。
「今日はスーツとかのクリーニングを片付けようかと考えてるけど、姫香はどうする?」
「…………」
昨晩脱ぎ散らかした下着を拾い上げ、再び自らの裸体へと身に着けていく姫香。その間も今日の予定について思い悩んでいたようだが……やがて結論が出たのか、着替えを取る前に睦月の方へと振り返ってくる。
下着姿を惜しげもなく晒しながら、左手で作った筒の上に右手の平を被せてくる。次いで右手の指二本で輪を作り、上に向けた左手の平と共に前後へと動かしてきた。
「【補充】、【購入】」
「まあ……たしかに今回、色々使ったしな」
損失として特に大きいのが、自動二輪一台と完全に銃身の曲がった自動拳銃だ。依頼人に経費を申請しても、必要な資材を抱えてなければ今後の仕事に影響が出てくる。
おまけに……裏社会では基本的に後払いが通用しない。ある漫画曰く、『死んだら誰が払うんですか?』なのが常識だからだ。
だからこそ、ここは二手に分かれるべきだと睦月は結論付ける。
「クリーニングに寄ってから、そのまま在庫の確認をしてくる。最悪、いくつかの資産を整理して用立てるつもりだ。売る物は処分する前にリスト化してスマホに送るから、後で確認しといてくれ。業者を見繕う必要もあるから、処分するかの相談もその時に一緒にな」
姫香が頷くのを確認した睦月は、ようやくベッドから降りて服を着始めた。
「姫香は買い出しの方を頼む。今日のところは現状の相場と店側の在庫確認だけでいい。少額の範疇で必要だと判断したら取引してもいいが、報告だけは忘れるなよ」
端的に今日の予定を纏め終え、服を着た睦月達は寝室を後にする。
「朝飯食ったら、丁度良い時間だな……」
時計を確認し、キッチンに立って朝食を作り始める姫香の横で、睦月はコーヒーを淹れる準備を始めた。
「……ところで姫香」
「?」
朝食の途中、ふと睦月は口を開いた。
「買い出しの時に、例の『銃器職人』に状況を聞いて来てくれないか? 小型の回転式拳銃の出来が良ければ発注、自動拳銃の方も製作依頼を出しといてくれ」
「【認める】?」
手に持っていたパンを一度皿に戻し、二の腕を立てて握った右手を倒しながら首を横に傾ける姫香に、睦月はコーヒーカップ片手に頷いた。
「本当はもう少し、様子を見たかったんだけどな……次にいつ、何がどうなるかが分からないから、早めに備えておきたい。それに、どっちにしても小型の回転式拳銃の改善は必要だしな」
耐久性の問題から、手首の仕掛けとして用いていた小型の回転式拳銃は使い捨て前提となっていた。5.7mmの小口径高速弾を発砲できる小型の銃器というだけでも十分だが、多少は時間が掛かろうとも再装填できるようになれば、それだけで戦闘の幅が広がってくる。
(そもそも……後で金が掛かるからって、使わなくなる方が生存確率下がるしな。いいかげん対処するか)
これ以上、安物買いの銭失いを理由に小型の回転式拳銃の使用を避けるわけにはいかない。それに今後、より過酷な状況が待ち構えていると分かっていて備えないのは、ただの怠慢だ。
「実力の方は、姫香の自動拳銃借りた時に大体把握した。出来具合を判断するのも、お前の方が確実だろう」
車をはじめとした乗り物関係であれば睦月に一日の長があるが、銃器となると話は一転する。より確実性を求めるのであれば、実力を認めた上で仕事を割り振らなければならないのが現実だった。
「何より……長期的に見れば、『技術屋』に頼むよりも安上がりだしな。だから、予算に糸目は付けない。姫香の判断で『問題ない』以上の結論が出たら、即座に依頼しろ」
睦月の指示に、姫香は迷わず頷いてくる。
(それでも、焼け石に水な気もするんだよな……)
ただ漠然と過ごすよりはましだが、他にも打てる手があるのではないか?
そんな不安を心の片隅に抱きながら、再びパンを齧り出した姫香に続いて、睦月も朝食を再開した。
秀吉にそう言われた後、睦月は日本海の海岸沿いにある廃ビルへと連れてこられていた。
その廃ビルは塩害に蝕まれている上に、周囲に生活圏がないので人の気配は微塵もない。ゆえに外観は誰の手も加えられずに、酷く荒んでしまっている。
だからこそ、睦月達のような裏社会の住人にとっては重宝する場所でもあるのだが……この廃ビルの存在については、その日初めて教えられた。
『奥の手って……そんなのがあったのか?』
『そりゃあるだろ。いざという時の命綱位……』
睦月のぼやきに、秀吉は呆れた口調で返してくる。
本来であれば、滞在期間があと半年を切った師と共に修行の大詰めへと入ろうとしていた睦月だったが……秀吉に言われるがまま、理由も分からずに連れてこられたので、未だ納得できずにいる。
『というかそれって、師匠との修行よりも優先しなきゃいけないことなのか?』
『…………だから、だよ』
その言葉と共に、秀吉の後を追って廃ビルの中へと入る睦月。案内されたのは上階ではなく、隠し扉の向こうにある階段の先にある地下階層だった。
『今後何かあれば、ここにあるものが役に立つ。本当なら、そんな事態に陥らないのが一番なんだが……将来のことなんて、誰にも分からないしな』
そう話しながら、二人は外の廃ビルとは明らかに異質な雰囲気……潮風を浴びていないだけでは説明が付かない程の高強度を誇るコンクリート構造の壁に囲まれた通路を歩いていく。
『だからって、こんな廃ビルまで買ってさ……いくら何でも、金掛け過ぎじゃね?』
『買って造り変えたのは親父、お前の爺さんだけどな』
階段を下りて数分程歩き、ようやく通路の奥にある扉の前へと辿り着いた。
見かけこそ頑健かつ無骨な鉄扉だが、施錠は適当な鎖と南京錠で済まされている。扉そのものにも鍵はあるみたいだが……これまでまともに使われてなかったのか、鍵穴が埃で塞がれている。
『もうちょっと、マシな鍵使えよ……』
『別にいいだろ』
そう言い、懐から取り出した自動拳銃を構えた秀吉は、銃口を南京錠に向けてすぐに、引き金を引いた
――パンッ! カン、ガランガン……
銃声の後、空薬莢に遅れて砕けた南京錠が床の上へと転がっていく。通路内に響く落下音を気にすることなく、自動拳銃を戻した秀吉は鎖に手を伸ばし、そのまま外し始めていた。
『鍵失くしたから、どうせ取り替えるつもりだったし』
『だからっていちいち撃つなよ。銃弾代だって馬鹿にならないのに……』
『格好付けさせろって、これ位』
外した鎖を南京錠と共に床へと落とした秀吉は、解放された取っ手を掴むと力を入れ、鉄扉を引き開けた。
『これでも一応…………『運び屋』の秘奥なんだからな』
そして開かれた鉄扉の先を目の当たりにし、睦月は秀吉が何故、ここに連れてきたのかを一目見て理解した。だが、それ以上に新たな疑問が生まれてしまう。
『これ、って……親父、一体どういうことだ?』
『どうもこうもない』
先に一人で鉄扉を潜り、中にあるものを物色する睦月の背に向けて、秀吉も後に続きながら話してきた。
『使い方や基礎については事前に教えられるが……肝心な時に使えなきゃ、意味がないしな』
それを最後に、睦月は秀吉の手によって地下から追い出された。
『別に自前でも良いんだけどな。ただ……何かあった時はここを思い出せ。いいな?』
『秘奥とやらについては分かったよ……』
無骨なコンクリートの壁に身を預けながら、秀吉が施錠し直している様子を眺める睦月。そして、新しい鎖と南京錠で封じられた鉄扉を残して、二人は廃ビルを後にした。
『とはいえ……使わないに越したことはないだろ』
受け取った南京錠の鍵を手にした睦月が呟いた、何気ない一言に秀吉も同意してくる。
『ああ…………そうだな』
しかし、後になってみるとその言葉には、どこか含みがあるように思えてならなかった。
夢の中で秀吉との過去を思い出した睦月は目を覚ますと、ベッドから身体を起こした。
「…………」
九州での仕事を終えた翌日。仕事明けだが、高校の方は未だ夏季休暇を明けていない。特に予定もないので、今日はスーツ類をクリーニングに出してこようかと考えていた睦月だったが、その前に夢で見た過去の出来事を振り返った。
(まさか、な……)
裸のまま起き上がることなく、両手を持ち上げて顔の前に運んだ睦月は、指同士を重ねて思案に耽り出す。
(……状況を整理しよう)
いつもの思考に入った睦月は、改めて現状の把握に努め出した。
(前提条件――……どう考えても、今後も親父は使えそうな状況になる度に、俺を利用してくる。それ自体は『運び屋』になることを決めた以上、仕事の範疇なら別に良い)
そもそも仕事とは、お互いに利用し合うことでそれぞれが利益を得る行為だ。果たすべき義務や得られる対価が異なるだけで、個々が納得できれば円滑に回る。
(ただ……)
問題は、その状況で被る利害の方だ。
九州での一件は後手に回ってしまったが、それでも睦月達で十分対処できる程度の揉め事だった。けれども、刻一刻と事態が深刻化する以上、現状のままでは応じられなくなる可能性が高まってくる。
(制限時間――次にいつ、何がどう動くかが分からないとなると……可能な限り、早い方が良いな)
状況の転機が訪れるのは一瞬だ。ちょっとしたきっかけで大規模な戦争に発展してしまう世界だからこそ、常に備えなければならない。
(敵対勢力――……そもそも、親父にとって俺の立ち位置はどうなってる?)
秀吉からは『親子の縁を切る』とはっきり言われてはいるが、利用してきているのもその当人だ。『息子』ではなく『取引相手』として見ている分にはまだ納得できるが、もし状況が一変して『囮』や『捨て駒』として扱われてしまえば、目も当てられない。
わざわざ『絶縁』という選択をしたのも、ある意味では秀吉の親心だということ位は、いくら発達障害持ちの睦月でも気付く。
……いざという時に、親子の情で判断が鈍るのを防ぐ為だと。
(所持戦力――そう考えると、ここ最近の変化も上手く使えば好転できる材料になる……いや、『その材料を用意してくれた』ってところか)
特に顕著なのが、帰国した『傭兵』や襲来してきた『殺し屋』だろうか。利害によって忠義も不義理もある意味自由な裏社会の住人だが、付き合い方次第で味方に付けられるのもまた事実だった。
(戦場状況――問題は……俺が親父の件に関わるのが、日本国内に留まるかどうかだな)
場合によっては日本の外、暁連邦共和国にまで動かなければならない。今は国外へと赴く必要はなさそうだが、もし韓国語を含めた語学力を身に付けさせてきたことに理由があるとするならば……それは明らかに、『海外遠征の可能性がある』からだ。
(戦闘手段――……一度、手持ちの商売道具を見直しておくか)
商売道具である乗り物や武器類はもちろんのこと、九州で失った自動二輪や破損した自動拳銃の部品も新調しなければならない。それに、『銃器職人』の腕前次第では最高性能の発注も視野に入れる必要が出てきた。
いずれにせよ、使える予算はいくらあっても、あり過ぎるなんてことはない。
(以上を踏まえて、今後生き残る為の絶対条件――今のところ、『運び屋』を辞める気はないし……普通に金策しないと駄目だな、こりゃ)
自分を鍛える、商売道具の性能を上げる、さらに得物の数を揃えるとなると……その全てを解決する為に必要なただ一つの共通点、資金調達が重要となってくる。
(今のところ、大型案件もないし……また麻薬組織狩りでもするか? それこそ本気で『運び屋』からかけ離れていくけど……)
だが、背に腹は代えられないのも現実だ。それ以外での金策等、手持ちの財産を整理して売却する位だが、裏社会だろうと相場的に二束三文にしかならない。
「……ま、できるところからやっていくか」
重ねていた手を離し、後ろに回して支えにした睦月は一度天を仰ぐとその姿勢のまま、横で頬杖を突いて眺めてきていた姫香の方を見返す。
「面倒臭い道を選んだよな……お互い」
睦月にとって、言葉に裏の意味を持たせて相手に伝えるのは苦手な方だ。けれども、どうやら姫香には通じていたらしい。同意とばかりに肩を竦めながら、一糸纏わぬ姿を隠すことなく、ベットの上から降りていった。
「今日はスーツとかのクリーニングを片付けようかと考えてるけど、姫香はどうする?」
「…………」
昨晩脱ぎ散らかした下着を拾い上げ、再び自らの裸体へと身に着けていく姫香。その間も今日の予定について思い悩んでいたようだが……やがて結論が出たのか、着替えを取る前に睦月の方へと振り返ってくる。
下着姿を惜しげもなく晒しながら、左手で作った筒の上に右手の平を被せてくる。次いで右手の指二本で輪を作り、上に向けた左手の平と共に前後へと動かしてきた。
「【補充】、【購入】」
「まあ……たしかに今回、色々使ったしな」
損失として特に大きいのが、自動二輪一台と完全に銃身の曲がった自動拳銃だ。依頼人に経費を申請しても、必要な資材を抱えてなければ今後の仕事に影響が出てくる。
おまけに……裏社会では基本的に後払いが通用しない。ある漫画曰く、『死んだら誰が払うんですか?』なのが常識だからだ。
だからこそ、ここは二手に分かれるべきだと睦月は結論付ける。
「クリーニングに寄ってから、そのまま在庫の確認をしてくる。最悪、いくつかの資産を整理して用立てるつもりだ。売る物は処分する前にリスト化してスマホに送るから、後で確認しといてくれ。業者を見繕う必要もあるから、処分するかの相談もその時に一緒にな」
姫香が頷くのを確認した睦月は、ようやくベッドから降りて服を着始めた。
「姫香は買い出しの方を頼む。今日のところは現状の相場と店側の在庫確認だけでいい。少額の範疇で必要だと判断したら取引してもいいが、報告だけは忘れるなよ」
端的に今日の予定を纏め終え、服を着た睦月達は寝室を後にする。
「朝飯食ったら、丁度良い時間だな……」
時計を確認し、キッチンに立って朝食を作り始める姫香の横で、睦月はコーヒーを淹れる準備を始めた。
「……ところで姫香」
「?」
朝食の途中、ふと睦月は口を開いた。
「買い出しの時に、例の『銃器職人』に状況を聞いて来てくれないか? 小型の回転式拳銃の出来が良ければ発注、自動拳銃の方も製作依頼を出しといてくれ」
「【認める】?」
手に持っていたパンを一度皿に戻し、二の腕を立てて握った右手を倒しながら首を横に傾ける姫香に、睦月はコーヒーカップ片手に頷いた。
「本当はもう少し、様子を見たかったんだけどな……次にいつ、何がどうなるかが分からないから、早めに備えておきたい。それに、どっちにしても小型の回転式拳銃の改善は必要だしな」
耐久性の問題から、手首の仕掛けとして用いていた小型の回転式拳銃は使い捨て前提となっていた。5.7mmの小口径高速弾を発砲できる小型の銃器というだけでも十分だが、多少は時間が掛かろうとも再装填できるようになれば、それだけで戦闘の幅が広がってくる。
(そもそも……後で金が掛かるからって、使わなくなる方が生存確率下がるしな。いいかげん対処するか)
これ以上、安物買いの銭失いを理由に小型の回転式拳銃の使用を避けるわけにはいかない。それに今後、より過酷な状況が待ち構えていると分かっていて備えないのは、ただの怠慢だ。
「実力の方は、姫香の自動拳銃借りた時に大体把握した。出来具合を判断するのも、お前の方が確実だろう」
車をはじめとした乗り物関係であれば睦月に一日の長があるが、銃器となると話は一転する。より確実性を求めるのであれば、実力を認めた上で仕事を割り振らなければならないのが現実だった。
「何より……長期的に見れば、『技術屋』に頼むよりも安上がりだしな。だから、予算に糸目は付けない。姫香の判断で『問題ない』以上の結論が出たら、即座に依頼しろ」
睦月の指示に、姫香は迷わず頷いてくる。
(それでも、焼け石に水な気もするんだよな……)
ただ漠然と過ごすよりはましだが、他にも打てる手があるのではないか?
そんな不安を心の片隅に抱きながら、再びパンを齧り出した姫香に続いて、睦月も朝食を再開した。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
一人暮らしのはずだった俺の部屋に中二病の従妹が転がり込み、隣にはヤンデレ同級生が住んでいる地獄な件
常陸之介寛浩 @書籍販売中
キャラ文芸
隣は静かに重く、家の中は今日もうるさい。
あらすじ
ごくごく普通の高校二年生・桐谷恒一は、田舎すぎる実家から高校へ通うため、水戸市の古びた学生アパート「ハイツ水戸黄門」で一人暮らしをしている。
外見はボロいのに、中は意外と住みやすい2DK。平穏な高校生活を送るには十分――のはずだった。
だがある日、同じく秘境すぎて実家から通えない一歳下の従妹・朱音が、高校進学を機に恒一の部屋へ転がり込んでくる。
幼なじみでもある彼女は、重度の中二病をこじらせたツンデレ少女。
「この部屋には結界が必要」「我は仮住まいとしてここを使うだけだ」などと騒がしいくせに、家事も生活力も妙に高く、恒一の日常をぐいぐい侵食していく。
さらに隣の部屋には、学校では物静かで清楚な同級生・白沢依子が住んでいた。
誰より気が利いて優しい彼女は、なぜか恒一の生活リズムや体調の変化にやたら詳しい。
ただ、その好意は少しだけ重くて、少しだけ近すぎる。
同じアパートには、騒動を面白がるオタクの同級生や、美少女にしか見えない男の娘の後輩まで住んでいて、静かな一人暮らしはあっという間に崩壊。
隣が近すぎるボロアパートで始まるのは、面倒で、甘くて、ちょっと危ない青春ラブコメ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。