TRANSPORTER-BETA(旧題:進学理由『地元が廃村になりました』)

桐生彩音

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200 『運び屋』へと至る道(その1)

『睦月。お前に……『運び屋』の奥の手・・・について教えておく』

 秀吉にそう言われた後、睦月は日本海の海岸沿いにある廃ビルへと連れてこられていた。
 その廃ビルは塩害にむしばまれている上に、周囲に生活圏がないので人の気配は微塵もない。ゆえに外観は誰の手も加えられずに、ひどすさんでしまっている。
 だからこそ、睦月達のような裏社会の住人犯罪者にとっては重宝する場所でもあるのだが……この廃ビルの存在については、その日初めて教えられた。
『奥の手って……そんなのがあったのか?』
『そりゃあるだろ。いざという時の命綱位……』
 睦月のぼやきに、秀吉はあきれた口調で返してくる。
 本来であれば、滞在期間があと半年を切った師と共に修行の大詰めへと入ろうとしていた睦月だったが……秀吉に言われるがまま、理由も分からずに連れてこられたので、未だ納得できずにいる。
『というかそれって、師匠との修行よりも優先しなきゃいけないことなのか?』
『…………だから・・・だよ・・
 その言葉と共に、秀吉の後を追って廃ビルの中へと入る睦月。案内されたのは上階ではなく、隠し扉の向こうにある階段の先にある地下階層だった。
『今後何かあれば、ここに・・・ある・・もの・・が役に立つ。本当なら、そんな事態におちいらないのが一番なんだが……将来のことなんて、誰にも分からないしな』
 そう話しながら、二人は外の廃ビルとは明らかに異質な雰囲気……潮風を浴びていないだけでは説明が付かない程の高強度を誇るコンクリート構造の壁に囲まれた通路を歩いていく。
『だからって、こんな廃ビルまで買ってさ……いくら何でも、金掛け過ぎじゃね?』
『買って造り変えたのは親父、お前の爺さんだけどな』
 階段を下りて数分程歩き、ようやく通路の奥にある扉の前へと辿たどり着いた。
 見かけこそ頑健かつ無骨な鉄扉だが、施錠は適当な鎖と南京錠で済まされている。扉そのものにも鍵はあるみたいだが……これまでまともに使われてなかったのか、鍵穴がほこりふさがれている。
『もうちょっと、マシな鍵使えよ……』
『別にいいだろ』
 そう言い、懐から取り出した自動拳銃オートマティックを構えた秀吉は、銃口を南京錠に向けてすぐに、引き金を引いた
 ――パンッ! カン、ガランガン……
 銃声の後、空薬莢やっきょうに遅れて砕けた南京錠が床の上へと転がっていく。通路内に響く落下音を気にすることなく、自動拳銃オートマティックを戻した秀吉は鎖に手を伸ばし、そのまま外し始めていた。
『鍵くしたから、どうせ取り替えるつもりだったし』
『だからっていちいち撃つなよ。銃弾たま代だって馬鹿にならないのに……』
『格好付けさせろって、これ位』
 外した鎖を南京錠と共に床へと落とした秀吉は、解放された取っ手を掴むと力を入れ、鉄扉を引き開けた。

『これでも一応…………『運び屋』の秘奥なんだからな』

 そして開かれた鉄扉の先を目の当たりにし、睦月は秀吉が何故、ここに連れてきたのかを一目見て理解した。だが、それ以上に新たな疑問が生まれてしまう。
『これ、って……親父、一体どういうことだ?』
『どうもこうもない』
 先に一人で鉄扉をくぐり、中にあるもの・・を物色する睦月の背に向けて、秀吉も後に続きながら話してきた。
『使い方や基礎については事前に教えられるが……肝心な時に使えなきゃ、意味がないしな』
 それを最後に、睦月は秀吉の手によって地下から追い出された。
『別に自前でも良いんだけどな。ただ……何かあった時はここを思い出せ。いいな?』
『秘奥とやらについては分かったよ……』
 無骨なコンクリートの壁に身を預けながら、秀吉が施錠し直している様子をながめる睦月。そして、新しい鎖と南京錠で封じられた鉄扉を残して、二人は廃ビルを後にした。
『とはいえ……使わないに越したことはないだろ』
 受け取った南京錠の鍵を手にした睦月がつぶやいた、何気ない一言に秀吉も同意してくる。

ああ・・…………そうだな・・・・

 しかし、後になってみるとその言葉には、どこか含みがあるように思えてならなかった。



 夢の中で秀吉との過去を思い出した睦月は目を覚ますと、ベッドから身体を起こした。
「…………」
 九州での仕事を終えた翌日。仕事明けだが、高校の方は未だ夏季休暇夏休みを明けていない。特に予定もないので、今日はスーツ類をクリーニングに出してこようかと考えていた睦月だったが、その前に夢で見た過去の出来事を振り返った。
(まさか、な……)
 裸のまま起き上がることなく、両手を持ち上げて顔の前に運んだ睦月は、指同士を重ねて思案にふけり出す。
(……状況を整理しよう)
 いつもの思考ルーティンに入った睦月は、改めて現状の把握に努め出した。
前提条件WHY――……どう考えても、今後も親父は使えそう・・・・な状況になる度に、俺を利用してくる。それ自体は『運び屋』になることを決めた以上、仕事の範疇はんちゅうなら別に良い)
 そもそも仕事とは、お互いに利用し合うことでそれぞれが利益を得る行為だ。果たすべき義務や得られる対価が異なるだけで、個々が納得できれば円滑に回る。
(ただ……)
 問題は、その状況でこうむる利害の方だ。
 九州での一件は後手に回ってしまったが、それでも睦月達で十分対処できる程度の揉め事トラブルだった。けれども、刻一刻と事態が深刻化する以上、現状のままでは応じられなくなる可能性が高まってくる。
制限時間WHEN――次にいつ、何がどう動くかが分からないとなると……可能な限り、早い方が良いな)
 状況の転機がおとずれるのは一瞬だ。ちょっとしたきっかけで大規模な戦争に発展してしまう世界だからこそ、常にそなえなければならない。
敵対勢力WHO――……そもそも、親父にとって俺の立ち位置はどうなってる?)
 秀吉からは『親子の縁を切る』とはっきり言われてはいるが、利用してきているのもその当人だ。『息子』ではなく『取引相手』として見ている分にはまだ納得できるが、もし状況が一変して『囮』や『捨て駒』としてあつかわれてしまえば、目も当てられない。
 わざわざ『絶縁』という選択をしたのも、ある意味では秀吉の親心だということ位は、いくら発達障害ASD持ちの睦月でも気付く。
 ……いざという時に、親子のじょうで判断がにぶるのを防ぐ為だと。
所持戦力WHAT――そう考えると、ここ最近の変化も上手く使えば好転できる材料になる……いや、『その材料を用意してくれた』ってところか)
 特に顕著けんちょなのが、帰国した『傭兵英治』や襲来してきた『殺し屋佳奈』だろうか。利害によって忠義も不義理もある意味自由な裏社会の住人犯罪者だが、付き合い方次第で味方に付けられるのもまた事実だった。
戦場状況WHERE――問題は……俺が親父の件に関わるのが、日本国内にとどまるかどうかだな)
 場合によっては日本の外、暁連邦共和国にまで動かなければならない。今は国外へとおもむく必要はなさそうだが、もし韓国語を含めた語学力を身に付けさせてきたことに理由があるとするならば……それは明らかに、『海外遠征の可能性がある』からだ。
戦闘手段HOW――……一度、手持ちの商売道具戦力を見直しておくか)
 商売道具である乗り物や武器類はもちろんのこと、九州で失った自動二輪バイクや破損した自動拳銃ストライカー部品パーツも新調しなければならない。それに、『銃器職人ガンスミス』の腕前次第では最高性能ハイエンドの発注も視野に入れる必要が出てきた。
 いずれにせよ、使える予算はいくらあっても、あり過ぎるなんてことはない。
(以上を踏まえて、今後生き残る為の絶対条件――今のところ、『運び屋』を辞める気はないし……普通に金策しないと駄目だな、こりゃ)
 自分を鍛える、商売道具乗り物性能スペックを上げる、さらに得物の数を揃えるとなると……その全てを解決する為に必要なただ一つの共通点、資金調達が重要となってくる。
(今のところ、大型案件大きな収入源もないし……また麻薬組織狩りマガリでもするか? それこそ本気マジで『運び屋』からかけ離れていくけど……)
 だが、背に腹は代えられないのも現実だ。それ以外での金策等、手持ちの財産を整理して売却する位だが、裏社会だろうと相場的に二束三文にしかならない。
「……ま、できるところからやっていくか」
 重ねていた手を離し、後ろに回して支えにした睦月は一度天をあおぐとその姿勢のまま、横で頬杖を突いてながめてきていた姫香の方を見返す。
「面倒臭い道を選んだよな……お互い・・・
 睦月にとって、言葉に裏の意味を持たせて相手に伝えるのは苦手な方だ。けれども、どうやら姫香には通じていたらしい。同意とばかりに肩をすくめながら、一糸まとわぬ姿を隠すことなく、ベットの上から降りていった。
「今日はスーツとかのクリーニングを片付けようかと考えてるけど、姫香はどうする?」
「…………」
 昨晩脱ぎ散らかした下着を拾い上げ、再び自らの裸体へと身に着けていく姫香。その間も今日の予定について思い悩んでいたようだが……やがて結論が出たのか、着替えを取る前に睦月の方へと振り返ってくる。
 下着姿をしげもなくさらしながら、左手で作った筒の上に右手の平をかぶせてくる。次いで右手の指二本で輪を作り、上に向けた左手の平と共に前後へと動かしてきた。
「【補充】、【購入】」
「まあ……たしかに今回、色々使ったしな」
 損失として特に大きいのが、自動二輪バイク一台と完全に銃身の曲がった自動拳銃ストライカーだ。依頼人朔夜に経費を申請しても、必要な資材を抱えてなければ今後の仕事に影響が出てくる。
 おまけに……裏社会では基本的に後払いツケが通用しない。ある漫画曰く、『死んだら誰が払うんですか?』なのが常識だからだ。
 だからこそ、ここは二手に分かれるべきだと睦月は結論付ける。
「クリーニングに寄ってから、そのまま在庫・・の確認をしてくる。最悪、いくつかの資産を整理して用立てるつもりだ。売る物は処分する前にリスト化してスマホに送るから、後で確認しといてくれ。業者を見繕みつくろう必要もあるから、処分するかの相談もその時に一緒にな」
 姫香がうなずくのを確認した睦月は、ようやくベッドから降りて服を着始めた。
「姫香は買い出しの方を頼む。今日のところは現状の相場と店側の在庫確認だけでいい。少額の範疇はんちゅうで必要だと判断したら取引してもいいが、報告だけは忘れるなよ」
 端的に今日の予定をまとめ終え、服を着た睦月達は寝室を後にする。
「朝飯食ったら、丁度良い時間だな……」
 時計を確認し、キッチンに立って朝食を作り始める姫香の横で、睦月はコーヒーを淹れる準備を始めた。



「……ところで姫香」
「?」
 朝食の途中、ふと睦月は口を開いた。
「買い出しの時に、例の『銃器職人ガンスミス』に状況を聞いて来てくれないか? 小型の回転式拳銃ポケット・リボルバーの出来が良ければ発注、自動拳銃ストライカーの方も製作依頼を出しといてくれ」
「【認める】?」
 手に持っていたパンを一度皿に戻し、二の腕を立てて握った右手を倒しながら首を横にかたむける姫香に、睦月はコーヒーカップ片手にうなずいた。
「本当はもう少し、様子を見たかったんだけどな……次にいつ、何がどうなるかが分からないから、早めに備えておきたい。それに、どっちにしても小型の回転式拳銃ポケット・リボルバーの改善は必要だしな」
 耐久性の問題から、手首の仕掛けスリーブガンとして用いていた小型の回転式拳銃ポケット・リボルバーは使い捨て前提となっていた。5.7mmの小口径高速弾を発砲できる小型の銃器というだけでも十分だが、多少は時間が掛かろうとも再装填リロードできるようになれば、それだけで戦闘の幅が広がってくる。
(そもそも……後で金が掛かるからって、使わなくなる方が生存確率下がるしな。いいかげん対処するか)
 これ以上、安物買いの銭失いを理由に小型の回転式拳銃ポケット・リボルバーの使用をけるわけにはいかない。それに今後、より過酷な状況が待ち構えていると分かっていてそなえないのは、ただの怠慢だ。
実力の方は、姫香の自動拳銃オートマ借りた時に大体把握した。出来具合を判断するのも、お前の方が確実だろう」
 車をはじめとした乗り物関係であれば睦月に一日の長があるが、銃器となると話は一転する。より確実性を求めるのであれば、実力を認めた上で仕事を割り振らなければならないのが現実だった。
「何より……長期的に見れば、『技術屋弥生』に頼むよりも安上がりだしな。だから、予算に糸目は付けない。姫香の判断で『問題ない』以上の結論が出たら、即座に依頼しろ」
 睦月の指示に、姫香は迷わずうなずいてくる。
(それでも、焼け石に水な気もするんだよな……)
 ただ漠然ばくぜんと過ごすよりはましだが、他にも打てる手があるのではないか?
 そんな不安を心の片隅にいだきながら、再びパンをかじり出した姫香に続いて、睦月も朝食を再開した。
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