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010 入学前某日(その1)
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……その日は、穏やかな一日だった。
ベランダから差し込む穏やかな陽光を浴びながら、姫香はソファに俯せの状態で寝転がっていた。肘掛けの部分に顎を載せ、伸ばした両手でスマホを弄りながら、ふにゃりとした表情を浮かべている。
そこに睦月はいない。所用で出掛けているので、今は姫香一人で留守番しているのだ。
ここ何日かの様子を見る限り、出掛けること自体に問題はないと睦月達は判断している。けれども、用事の内容が内容だったので、今回姫香は留守番を選んでいた。
しかし、普段からのスマホ中毒を除いても、今の姫香は完全に暇を持て余していた。
家事は全て終え、高校の勉強にも支障はなく、自らの仕事に何の滞りも起きていない。先日手に入れたスッポンも、同じく暇なのか水槽の中で甲羅に閉じ籠り、寝ているように見える。
水槽に貼られた『グザイ』という名前の通り、姫香の手でスッポン鍋の具材となる末路が待っているにも関わらず、暢気な余生を送っているようであった。
「ぅ…………」
少し眠気が押し寄せてきたのか、姫香の瞼に重みが増している。
スマホを弄る気力すら削れてくる陽だまりの心地良さに、姫香は手を畳んでソファーの中に納めた。
座卓の上にスマホを置くと、姫香は俯せから仰向けに体勢を変え、このまま昼寝をしようと目を閉じた。
――ピンポ~ン……ピンポンッ! ピポ! ピポ! ピポ~ン……!
『睦月君! 姫香ちゃん! 本当は聞こえているでしょうっ!? 構ってよ相手してよ~っ!?!?』
呼び鈴乱打を続ける対人依存症が、完全に目に、いや耳に入っていないかのように……
一方その頃、睦月は弥生を彼女の寝床である工房へと車で送ってきていた。ここ数日は和音の輸入雑貨店に泊まっていたらしいのだが、実家暮らしの如く仕事もせず、ただだらけていただけだったようで、この度説教も終えたからと晴れて(?)帰宅することになったのだ。
そして送迎を頼まれたついでにと、睦月は事前に自販機で買ってきた缶コーヒーを飲みながら、弥生が銃の整備を終わらせるのを待っていた。
「と言っても、そんな細かく整備する必要はないんだけどね~」
作業台の上にて分解した回転式拳銃のフレームを触診しながら、ツナギ姿の弥生は、後方にいる睦月に視線を向けないまま声を掛けた。
「たかだがマグナム弾一発撃ったところで、そこまで影響出るとは思えないんだけどな~……」
「……その少しが、仕事中に出たら困るんだよ」
作業台の裏側に展示されているエンジン2基搭載車の模型を眺めながら、睦月はそう返す。
「ゴ○ゴだって、不発弾を無くす為に予備の銃弾全部ぶっ放して、本命にも異常がないか見ているだろう? 運頼りの要素は少ないに越したことがないんだよ」
「その為に点検する回数増やすのも、かえって負担になっていると思うけどね……ちょっと待って。ゴ○ゴって、そんなことしていたの?」
度入りの保護眼鏡(外付けルーペ装着)を作業台に置き、普段用の眼鏡を掛け直した弥生は思わず振り返ってしまう。
「ひょっとして回転式拳銃使ってるのも、ゴ○ゴの影響?」
「いや、単なる保険。相手が使う上では確実に、かつ弾数は制限しつつ再装填の手間を増やして、こっちに飛び火させない為にな」
「あ~……それもそっか」
弥生が作業の手を止めたこともあって、睦月もまた模型から目を放した。
「てっきり……ボクが改造してあげた銃、使ってないのかと思ったよ」
「まあ……使う機会がないのはたしかだな」
仕事用のスポーツカーには遮断装置や整備中の回転式拳銃以外にも、様々な仕掛けが施されていた。
4シーターにもなる格納式の後部座席に、暴徒鎮圧用の液体スタンガン放出機能。さらにはアクション映画等でお馴染みの、ニトロによるエンジン出力上昇装置(商標の普通名称化はされていますが、念の為伏せています)の他に、睦月用の武器の隠し収納が幾重にも用意されている。
しかし先程睦月が発言した通り、弥生が用意した銃を使う機会はほとんどなかった。
そもそも運び屋である睦月が戦闘も行うというのが間違っている。そうなる際は事前に護衛を雇うなりしているし、何より速やかに撤退することの方が、仕事上の判断としては正しい。前回弥生と戦う羽目になったのだって、振り切れないと結論を出したからでもある。
それに……十中八九殺しを覚悟した状況でない限り、睦月がその銃を使うことはまずなかった。
「そもそもあれ……一歩間違えたら、下手な機関銃よりたちが悪いだろうが」
「そう注文したのは睦月のくせに……」
眼鏡越しのジト目に耐え切れず、睦月は弥生の視界から消えようと、地下へと降りることにした。
「というわけで、ちょっと射撃練習してくる……地下にある銃借りるぞ」
「銃ならないよ」
しかし睦月の提案は、弥生によって拒否された。
「ない、って……前に在庫処分とかで、個人の武器商人から安く纏め買いしなかったか?」
社会の表裏問わず、資本金が尽きれば廃業する事実は変わらない。特に個人経営は自由度が高い分、利益を出せなければ破産という名の破滅が待っている。自営業に属する睦月とて、対岸の火事とは言い切れない。
だから以前、店仕舞いセールとばかりに安売りしていた銃器一纏めを弥生が買い込んで地下に仕舞うのを手伝った際、自分も他人ごとではないと考えていたのだが……そんな睦月に対して、彼女から返ってきたのは『ないよ』の一言だけだった。
「大分前に持ち合わせがなくなっちゃって……お金がないから婆ちゃん経由で全部質に入れちゃった♪」
「お前な……」
呆れてものも言えなくなってくる。どうやら和音が弥生に『一回帰ってこい』と言い出したのは、金欠という背景があったかららしい。
思わず頭を抱えてしまう睦月に、弥生は作業台の引き出しに仕舞ってあった銃を一丁取り出すと、銃把の方を向けて差し出してきた。
「練習するなら悪いけど、ボクの銃使ってくれる?」
「じゃあありがたく使わせ、て……何これ?」
見た限りでは普通の、小型の自動拳銃だった。
ただし小型とはいえ自動小銃にも用いられている口径5.7mmの高速弾で、装弾数は七発。あまり銃に詳しくない睦月でも、これが市場に出回っていない代物であること位は理解できる。
「.32(約7.8mm)口径の銃改造して作ったんだけど、結構いい出来でしょう?」
「……改造自動拳銃作る金あるなら、普通の銃残しとけよ」
ただでさえ調達しにくい拳銃の弾の、さらに出回っていない高速弾なんてどこで手に入れるつもりなのか?
同じ口径の銃を使う身としては深くツッコめないので、練習用にと弥生から渡された弾薬箱と共に、睦月は工房にある地下区域へと降りて行った。
弥生の工房の地下は拓けたスペースとなっており、大体は発明品の駆動実験や射撃練習、危険物の駆除等に用いられている。この国では射撃練習できる場所が非常に限られているので、睦月もよくお世話になっていた。
「まったくあいつは……」
慣れた調子で折り畳み式の台と練習用の的を適当に設置した睦月は、弥生から受け取った小型の自動拳銃から空の弾倉を抜き、弾薬箱から5.7mmの小口径高速弾を一つ取り出した。
自動拳銃の弾倉は内部に組み込まれた発条で押し上げるようにして銃弾を銃身に運ぶ為、弾薬を入れたまま放置すると装弾不良の原因になる。だから使わない時は銃弾を抜いておき、発条が固まって伸縮しなくなるのを防がなければならない。
の、だが……
「あいつ……銃使わないまま長いこと放置していたとかじゃ、ないよな?」
別の意味ですぐに弾倉を戻すのが怖いからと、軽く動作確認を行う睦月。
客観的に見て、睦月が点検し過ぎだとすれば、弥生の場合はしなさすぎるところがある。
このまま射撃練習をすることに睦月は内心、不安を抱えてしまった。
「一発だけ……試してみるか」
銃弾を弾倉に入れて台の上に置いた睦月は、たしか点検整備用に遠隔で引き金を引ける装置があったはずだと周囲を見渡し、的の前に引っ張り出してきた。
そして弾倉を自動拳銃に戻した睦月は、銃身を引いて薬室に銃弾を装填し、発砲できるようにしてから装置にセットした。
弾薬箱の載った台ごと装置から距離を取った睦月は、遠隔操作用のリモコン片手にセットした自動拳銃を見つめる。
「よ、よし……撃つか」
(さん…………)
若干おっかなびっくりになりつつも、睦月は思わず心の中で、カウントダウンを開始してしまう。どうしても、爆弾の解体を思い起こすような危機感を持ってしまうからだ。
(に…………)
運び屋である睦月にとっては、なまじ車内じゃない分、余計に恐怖を煽られてしまう。もし近くに防弾盾があれば、迷わず身体の前に用意していただろう。
(…………いちっ!)
そしてリモコンのスイッチに指を掛けた瞬間――
「……あ、睦月~」
「どひゃるごぶふぇっ!?」
――ダァ……ン!
いきなり地下室に降りてきた弥生に声を掛けられ、驚いた睦月は思わずリモコンを強く握り込んでしまった。
「なんかすっごい変な声出しちゃってるけど……大丈夫?」
「射撃練習しようって時に……いきなり声を掛けるからだろうがっ!」
取りあえず叫んで先程の失態を誤魔化そうとする睦月だったが、弥生は気にすることなく自らのスマホを掲げて見せてきた。
「それより、彩未ちゃんから電話だよ~」
「……電話?」
睦月のスマホは鳴っていない。ただでさえ電波が入りにくい上に電波妨害用の器具も転がっているので、工房の地下にいると繋がりにくいのだ。
だから睦月と連絡を取ろうと調べたり知り合いに片っ端から聞いて回ったりして、巡り巡って弥生に電話を掛けてきたのだろう。
睦月は一度地下から出ると、弥生からスマホを借り受けて、何事かと耳に当てた。
「もしもし……?」
『睦月くぅ~ん!』
電波越しに声を掛けると、睦月の耳に彩未の涙声が絶用の如く木霊してくる。
『睦月くんっ! 姫香ちゃんがっ! 姫香ちゃんが~っ!?』
「落ち着け一体どうしたっ!?」
弥生が落ち着いているから危険はないとは思いつつも、睦月が心配になって聞いてみると、
『姫香ちゃんが居留守使ってる~っ!』
「ええ……」
彩未から電話越しに返ってきたくだらない返答に、思わずげんなりとしてしまった。
『というか睦月君も構ってよっ! せっかく仕事が終わったから遊びに来たのにシカトするとか――』
――ブチッ!
「いいの?」
「いつものことだろうが。ほっとけ面倒臭い」
とはいえ、家に居るはずの姫香が、何の反応も示さないのはどうも気になる。弥生に返してから自分のスマホを取り出して画面を確認した睦月だが、彩未からの(軽く二桁を超えている)着信やメッセージ以外に、連絡は入っていない。
気になった睦月は画面ロックを解除し、姫香のスマホに電話を掛け始めた。
「姫香ちゃんに電話? でもしゃべれないんじゃあ……」
「いや、俺の勘が正しければ……」
電話して数秒、睦月からの着信は切られてしまう。
そして顔からスマホを放した途端、メッセージアプリに早速連絡が来た。
『せっかく人が気持ち良く寝てたのに……彩未の馬鹿がうるさい(# ゚Д゚)』
「……やっぱりか」
スマホ中毒である姫香だが、さすがに彩未が来ていれば気付いて連絡の一つでも寄越すだろう。そう考えて電話してみれば、案の定寝ていたらしい。睦月は弥生が覗き込む中、一つ溜息を吐いてからメッセージを送信していく。
『彩未の相手をする気がないなら、そのまま寝てろ』
まずは姫香、
『今日は夕方まで用事があって帰れない。姫香に相手して貰えないなら日時を改めてくれ』
次に彩未に送信してから、睦月は役目を終えたスマホを仕舞った。
「夕方って……整備はもう終わってるけど?」
おそらく仕事が一段落したこともあって、彩未からの電話に出たのだろう。普段はまともに連絡が付かないからと、対人依存症の彩未にすら用事がない限り、相手にされないというのに。
……まあ簡単に連絡が付くのであれば、和音も孫の扱いに苦労することはなかっただろう。
「この後用事があるんだよ。高校に教科書とか色々取りに行かないといけなくてな」
「高校ね~……通う意味あるの?」
そう、不思議そうに首を傾げる弥生。そんな彼女の学歴は外国の有名工科大学卒である。しかも飛び級。
まさしく、何とかと天才は紙一重を体現したような存在だった。
「俺だって家業と資産運用だけで生きていけるならそうしていたよ。それもこれも……地元が廃村になったせいだ」
「だからっていちいち高校に通う必要ある? 高卒資格なんて、高等学校卒業程度認定試験受ければ済む話じゃん」
「さすがにそこまで頭良くねえよ……」
急いで取得する必要はないが、仕事もある以上勉強に集中する時間もない。そんなことができるのは弥生レベルで頭の良い人間だけである。
「そう言えばお前……IQどれくらいあるんだっけ?」
「ん? たしか二百は越えてたかなぁ~……」
それが今では、立派な爆弾魔にして社会不適合の精神病質者である。
「才能の無駄遣い、ってあるんだな……」
もはや何も言うまい、と睦月は再び地下に戻り……
「とりあえず……時間潰しも兼ねてお前はしばく」
「…………ごめん」
……銃身が破裂して砕けている弥生の銃を見て睦月は素早く、相手の首根っこを摘まみ上げるのであった。
「でもなんで失敗したんだろう……フレームの強度かな?」
「何でもかんでも自作や改造を施す、お前の精神構造だろ」
ベランダから差し込む穏やかな陽光を浴びながら、姫香はソファに俯せの状態で寝転がっていた。肘掛けの部分に顎を載せ、伸ばした両手でスマホを弄りながら、ふにゃりとした表情を浮かべている。
そこに睦月はいない。所用で出掛けているので、今は姫香一人で留守番しているのだ。
ここ何日かの様子を見る限り、出掛けること自体に問題はないと睦月達は判断している。けれども、用事の内容が内容だったので、今回姫香は留守番を選んでいた。
しかし、普段からのスマホ中毒を除いても、今の姫香は完全に暇を持て余していた。
家事は全て終え、高校の勉強にも支障はなく、自らの仕事に何の滞りも起きていない。先日手に入れたスッポンも、同じく暇なのか水槽の中で甲羅に閉じ籠り、寝ているように見える。
水槽に貼られた『グザイ』という名前の通り、姫香の手でスッポン鍋の具材となる末路が待っているにも関わらず、暢気な余生を送っているようであった。
「ぅ…………」
少し眠気が押し寄せてきたのか、姫香の瞼に重みが増している。
スマホを弄る気力すら削れてくる陽だまりの心地良さに、姫香は手を畳んでソファーの中に納めた。
座卓の上にスマホを置くと、姫香は俯せから仰向けに体勢を変え、このまま昼寝をしようと目を閉じた。
――ピンポ~ン……ピンポンッ! ピポ! ピポ! ピポ~ン……!
『睦月君! 姫香ちゃん! 本当は聞こえているでしょうっ!? 構ってよ相手してよ~っ!?!?』
呼び鈴乱打を続ける対人依存症が、完全に目に、いや耳に入っていないかのように……
一方その頃、睦月は弥生を彼女の寝床である工房へと車で送ってきていた。ここ数日は和音の輸入雑貨店に泊まっていたらしいのだが、実家暮らしの如く仕事もせず、ただだらけていただけだったようで、この度説教も終えたからと晴れて(?)帰宅することになったのだ。
そして送迎を頼まれたついでにと、睦月は事前に自販機で買ってきた缶コーヒーを飲みながら、弥生が銃の整備を終わらせるのを待っていた。
「と言っても、そんな細かく整備する必要はないんだけどね~」
作業台の上にて分解した回転式拳銃のフレームを触診しながら、ツナギ姿の弥生は、後方にいる睦月に視線を向けないまま声を掛けた。
「たかだがマグナム弾一発撃ったところで、そこまで影響出るとは思えないんだけどな~……」
「……その少しが、仕事中に出たら困るんだよ」
作業台の裏側に展示されているエンジン2基搭載車の模型を眺めながら、睦月はそう返す。
「ゴ○ゴだって、不発弾を無くす為に予備の銃弾全部ぶっ放して、本命にも異常がないか見ているだろう? 運頼りの要素は少ないに越したことがないんだよ」
「その為に点検する回数増やすのも、かえって負担になっていると思うけどね……ちょっと待って。ゴ○ゴって、そんなことしていたの?」
度入りの保護眼鏡(外付けルーペ装着)を作業台に置き、普段用の眼鏡を掛け直した弥生は思わず振り返ってしまう。
「ひょっとして回転式拳銃使ってるのも、ゴ○ゴの影響?」
「いや、単なる保険。相手が使う上では確実に、かつ弾数は制限しつつ再装填の手間を増やして、こっちに飛び火させない為にな」
「あ~……それもそっか」
弥生が作業の手を止めたこともあって、睦月もまた模型から目を放した。
「てっきり……ボクが改造してあげた銃、使ってないのかと思ったよ」
「まあ……使う機会がないのはたしかだな」
仕事用のスポーツカーには遮断装置や整備中の回転式拳銃以外にも、様々な仕掛けが施されていた。
4シーターにもなる格納式の後部座席に、暴徒鎮圧用の液体スタンガン放出機能。さらにはアクション映画等でお馴染みの、ニトロによるエンジン出力上昇装置(商標の普通名称化はされていますが、念の為伏せています)の他に、睦月用の武器の隠し収納が幾重にも用意されている。
しかし先程睦月が発言した通り、弥生が用意した銃を使う機会はほとんどなかった。
そもそも運び屋である睦月が戦闘も行うというのが間違っている。そうなる際は事前に護衛を雇うなりしているし、何より速やかに撤退することの方が、仕事上の判断としては正しい。前回弥生と戦う羽目になったのだって、振り切れないと結論を出したからでもある。
それに……十中八九殺しを覚悟した状況でない限り、睦月がその銃を使うことはまずなかった。
「そもそもあれ……一歩間違えたら、下手な機関銃よりたちが悪いだろうが」
「そう注文したのは睦月のくせに……」
眼鏡越しのジト目に耐え切れず、睦月は弥生の視界から消えようと、地下へと降りることにした。
「というわけで、ちょっと射撃練習してくる……地下にある銃借りるぞ」
「銃ならないよ」
しかし睦月の提案は、弥生によって拒否された。
「ない、って……前に在庫処分とかで、個人の武器商人から安く纏め買いしなかったか?」
社会の表裏問わず、資本金が尽きれば廃業する事実は変わらない。特に個人経営は自由度が高い分、利益を出せなければ破産という名の破滅が待っている。自営業に属する睦月とて、対岸の火事とは言い切れない。
だから以前、店仕舞いセールとばかりに安売りしていた銃器一纏めを弥生が買い込んで地下に仕舞うのを手伝った際、自分も他人ごとではないと考えていたのだが……そんな睦月に対して、彼女から返ってきたのは『ないよ』の一言だけだった。
「大分前に持ち合わせがなくなっちゃって……お金がないから婆ちゃん経由で全部質に入れちゃった♪」
「お前な……」
呆れてものも言えなくなってくる。どうやら和音が弥生に『一回帰ってこい』と言い出したのは、金欠という背景があったかららしい。
思わず頭を抱えてしまう睦月に、弥生は作業台の引き出しに仕舞ってあった銃を一丁取り出すと、銃把の方を向けて差し出してきた。
「練習するなら悪いけど、ボクの銃使ってくれる?」
「じゃあありがたく使わせ、て……何これ?」
見た限りでは普通の、小型の自動拳銃だった。
ただし小型とはいえ自動小銃にも用いられている口径5.7mmの高速弾で、装弾数は七発。あまり銃に詳しくない睦月でも、これが市場に出回っていない代物であること位は理解できる。
「.32(約7.8mm)口径の銃改造して作ったんだけど、結構いい出来でしょう?」
「……改造自動拳銃作る金あるなら、普通の銃残しとけよ」
ただでさえ調達しにくい拳銃の弾の、さらに出回っていない高速弾なんてどこで手に入れるつもりなのか?
同じ口径の銃を使う身としては深くツッコめないので、練習用にと弥生から渡された弾薬箱と共に、睦月は工房にある地下区域へと降りて行った。
弥生の工房の地下は拓けたスペースとなっており、大体は発明品の駆動実験や射撃練習、危険物の駆除等に用いられている。この国では射撃練習できる場所が非常に限られているので、睦月もよくお世話になっていた。
「まったくあいつは……」
慣れた調子で折り畳み式の台と練習用の的を適当に設置した睦月は、弥生から受け取った小型の自動拳銃から空の弾倉を抜き、弾薬箱から5.7mmの小口径高速弾を一つ取り出した。
自動拳銃の弾倉は内部に組み込まれた発条で押し上げるようにして銃弾を銃身に運ぶ為、弾薬を入れたまま放置すると装弾不良の原因になる。だから使わない時は銃弾を抜いておき、発条が固まって伸縮しなくなるのを防がなければならない。
の、だが……
「あいつ……銃使わないまま長いこと放置していたとかじゃ、ないよな?」
別の意味ですぐに弾倉を戻すのが怖いからと、軽く動作確認を行う睦月。
客観的に見て、睦月が点検し過ぎだとすれば、弥生の場合はしなさすぎるところがある。
このまま射撃練習をすることに睦月は内心、不安を抱えてしまった。
「一発だけ……試してみるか」
銃弾を弾倉に入れて台の上に置いた睦月は、たしか点検整備用に遠隔で引き金を引ける装置があったはずだと周囲を見渡し、的の前に引っ張り出してきた。
そして弾倉を自動拳銃に戻した睦月は、銃身を引いて薬室に銃弾を装填し、発砲できるようにしてから装置にセットした。
弾薬箱の載った台ごと装置から距離を取った睦月は、遠隔操作用のリモコン片手にセットした自動拳銃を見つめる。
「よ、よし……撃つか」
(さん…………)
若干おっかなびっくりになりつつも、睦月は思わず心の中で、カウントダウンを開始してしまう。どうしても、爆弾の解体を思い起こすような危機感を持ってしまうからだ。
(に…………)
運び屋である睦月にとっては、なまじ車内じゃない分、余計に恐怖を煽られてしまう。もし近くに防弾盾があれば、迷わず身体の前に用意していただろう。
(…………いちっ!)
そしてリモコンのスイッチに指を掛けた瞬間――
「……あ、睦月~」
「どひゃるごぶふぇっ!?」
――ダァ……ン!
いきなり地下室に降りてきた弥生に声を掛けられ、驚いた睦月は思わずリモコンを強く握り込んでしまった。
「なんかすっごい変な声出しちゃってるけど……大丈夫?」
「射撃練習しようって時に……いきなり声を掛けるからだろうがっ!」
取りあえず叫んで先程の失態を誤魔化そうとする睦月だったが、弥生は気にすることなく自らのスマホを掲げて見せてきた。
「それより、彩未ちゃんから電話だよ~」
「……電話?」
睦月のスマホは鳴っていない。ただでさえ電波が入りにくい上に電波妨害用の器具も転がっているので、工房の地下にいると繋がりにくいのだ。
だから睦月と連絡を取ろうと調べたり知り合いに片っ端から聞いて回ったりして、巡り巡って弥生に電話を掛けてきたのだろう。
睦月は一度地下から出ると、弥生からスマホを借り受けて、何事かと耳に当てた。
「もしもし……?」
『睦月くぅ~ん!』
電波越しに声を掛けると、睦月の耳に彩未の涙声が絶用の如く木霊してくる。
『睦月くんっ! 姫香ちゃんがっ! 姫香ちゃんが~っ!?』
「落ち着け一体どうしたっ!?」
弥生が落ち着いているから危険はないとは思いつつも、睦月が心配になって聞いてみると、
『姫香ちゃんが居留守使ってる~っ!』
「ええ……」
彩未から電話越しに返ってきたくだらない返答に、思わずげんなりとしてしまった。
『というか睦月君も構ってよっ! せっかく仕事が終わったから遊びに来たのにシカトするとか――』
――ブチッ!
「いいの?」
「いつものことだろうが。ほっとけ面倒臭い」
とはいえ、家に居るはずの姫香が、何の反応も示さないのはどうも気になる。弥生に返してから自分のスマホを取り出して画面を確認した睦月だが、彩未からの(軽く二桁を超えている)着信やメッセージ以外に、連絡は入っていない。
気になった睦月は画面ロックを解除し、姫香のスマホに電話を掛け始めた。
「姫香ちゃんに電話? でもしゃべれないんじゃあ……」
「いや、俺の勘が正しければ……」
電話して数秒、睦月からの着信は切られてしまう。
そして顔からスマホを放した途端、メッセージアプリに早速連絡が来た。
『せっかく人が気持ち良く寝てたのに……彩未の馬鹿がうるさい(# ゚Д゚)』
「……やっぱりか」
スマホ中毒である姫香だが、さすがに彩未が来ていれば気付いて連絡の一つでも寄越すだろう。そう考えて電話してみれば、案の定寝ていたらしい。睦月は弥生が覗き込む中、一つ溜息を吐いてからメッセージを送信していく。
『彩未の相手をする気がないなら、そのまま寝てろ』
まずは姫香、
『今日は夕方まで用事があって帰れない。姫香に相手して貰えないなら日時を改めてくれ』
次に彩未に送信してから、睦月は役目を終えたスマホを仕舞った。
「夕方って……整備はもう終わってるけど?」
おそらく仕事が一段落したこともあって、彩未からの電話に出たのだろう。普段はまともに連絡が付かないからと、対人依存症の彩未にすら用事がない限り、相手にされないというのに。
……まあ簡単に連絡が付くのであれば、和音も孫の扱いに苦労することはなかっただろう。
「この後用事があるんだよ。高校に教科書とか色々取りに行かないといけなくてな」
「高校ね~……通う意味あるの?」
そう、不思議そうに首を傾げる弥生。そんな彼女の学歴は外国の有名工科大学卒である。しかも飛び級。
まさしく、何とかと天才は紙一重を体現したような存在だった。
「俺だって家業と資産運用だけで生きていけるならそうしていたよ。それもこれも……地元が廃村になったせいだ」
「だからっていちいち高校に通う必要ある? 高卒資格なんて、高等学校卒業程度認定試験受ければ済む話じゃん」
「さすがにそこまで頭良くねえよ……」
急いで取得する必要はないが、仕事もある以上勉強に集中する時間もない。そんなことができるのは弥生レベルで頭の良い人間だけである。
「そう言えばお前……IQどれくらいあるんだっけ?」
「ん? たしか二百は越えてたかなぁ~……」
それが今では、立派な爆弾魔にして社会不適合の精神病質者である。
「才能の無駄遣い、ってあるんだな……」
もはや何も言うまい、と睦月は再び地下に戻り……
「とりあえず……時間潰しも兼ねてお前はしばく」
「…………ごめん」
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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