TRANSPORTER-BETA(旧題:進学理由『地元が廃村になりました』)

桐生彩音

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031 案件No.003_長距離高速送迎(その4)

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 ――ダダダダ……ッ!

「あ、あれって……」
「銃声だね。しかも睦月君の銃」
 その銃声を聞いて、由希奈の身が震え上がった。
 本来ならば虚構フィクションでしか聞かないはずの、社会の表と裏を分別する象徴になりやすい凶器の咆哮。それに怯える由希奈の肩をそっと抱きつつ、彩未は銃声のする方に目を向けた。

 ――ダダダダ……ッ!

 間髪入れずに響いた銃声だったが、それから少しして、その音が止む。
「荻野さん……大丈夫でしょうか?」
 普通なら大丈夫だと、気安めでも言うのだろう。けれども、睦月の場合は当てにすらならない。
「少し待ってみないと、なんとも言えないかな……」
「殺されたかもしれない、ってことですか?」
「それもあるけど……」
 彩未は一度、姫香の方を見る。
 先程はしれっとスマホを点けていた姫香だったが、銃声が聞こえた時点で再び擲弾発射器グレネードランチャーを構えていた。さすがに戦闘状態になったからか、その瞳は銃声のした方を優先しつつも、周囲の警戒で忙しなく泳いでいる。
「……睦月君の場合、一度逃げる・・・んだよね」
「逃げる、って」
「ううん。仕事を放棄するんじゃなくて、『一旦距離を置く』って意味でね」
 心配げな表情を浮かべる由希奈を安心させるように、彩未は睦月の戦い方について講じた。
「元々睦月君、突発的な状況に弱いんだよね。だから不意討ちや騙し討ちをする分には強いけど、される分には弱いの。そのせいで、保険とか色々掛け過ぎてあまりお金が貯まらない、って前に愚痴ってたなぁ……」
 と話していた彩未だが、少し話がずれたと軽く咳払いして、軌道修正を図る。
「ゴホン! ……まあとにかく、一度思考を整理リセットしてから反撃に・・・転じる・・・のが睦月君の戦いやり方なの。だから、最初の段階で殺されてなければ……」

 ――ダァン……!

「……小細工と悪辣さをもって、睦月君は必ず勝ってくる」
 その銃声が、睦月が一線を越えた合図だということを由希奈が知るのは……全てが終わった後だった。



 閉鎖された環境というのは厄介なもので、本来は間違っている物事が正しい常識としてまかり通ってしまうことが多々ある。
 田舎によくある怖い風習から家庭内暴力D.Vに至るまで、一度認めてしまえばそれが当たり前の出来事になってしまう。一人でいると視野が狭くなり、偏った思想に固まりがちだが、それが集団ともなれば、修正するのは困難を極める。日頃の習慣程、一度固まってしまうと溶かすのが難しいものはない。
 郁哉達の場合、その一例としてドッジボールが挙げられた。
 公式からローカルなものまで千差万別だが、共通認識としては『ボールをぶつけて、相手チームを全滅させる』という一点に尽きる。ルールそのものは、ごくありふれたもので間違ってはいなかった。
 問題なのは……使うのがボールではなく、.38(約9mm)か9mm口径のゴムスタン弾だったことである。回転式拳銃リボルバーでも自動拳銃オートマティックでもいいから、相手にをぶつければアウトというふざけたルールで行われていたのだ。
 拓けた場所か障害物の配置された陣地内で撃ち合い、着弾すれば退場する。そして相手を全滅させるのが、郁哉達の行っていたドッジボールだった。
 郁哉は知らないことだが、かつて月偉が『あの腐れ里』と吐き捨てていたのも、地元の大人達がそんなことばかりしていたこともあったからだろう。
(にしても……やっぱりちょっときついな)
 しかし銃弾を用いたドッジボールであっても、悪いことばかりではない。射撃技術の向上や銃撃戦での防衛手段の学習。そして肉弾戦のできる者達は9mm口径弾を、音速前後で飛んでくる塊を軽々と回避できる身体捌きを会得できたからだ。
 そして武器を使わず身体一つで対抗してきた郁哉には、事前に認識さえできていればたとえ相手が銃器を持っていたとしても、時にはその数倍の速度を出せる自動小銃ライフルの銃弾ですら回避可能だった。
 だから、睦月が使用する自動拳銃ストライカーの5.7mm小口径高速弾も、辛うじてだが回避できているのだ。
 とはいえ……
(さすがに、身体の中心を狙われると動きが大振りになっちまう……)
 初めて持った銃器で人を狙う際、考え方はそれぞれあれど、大体は身体の中心を狙う。少し慣れたとしても、心臓付近にすることが多い。そうすれば、たとえ狙いがずれていたとしても、よほど酷い照準でない限りは身体のどこかに当たるからだ。
 急所に当てて殺害する、もしくは手足を撃ち抜いて行動不能に追い込むには、最低でも有効射程距離内で自在に当てられるまでに上達しなければならない。だが、銃弾を避けられる相手に対しては、身体の中心を狙うことが逆に、最大の牽制にもなり得た。
 狙いが分かるということは、逆に対処しなければならないと、身体が反射で動いてしまうからだ。特に防弾装備のない郁哉では、睦月からの銃撃は全て避けなければ、致命傷になりかねない。
 もっとも……睦月の使う銃弾はマグナム高威力の弾等とは違い、人体打撃力マンストッピングパワーではなく貫通力で、相手を倒すことを前提にしている。並の防弾プレートではそもそも防げないので、身に着けていたとしても、むしろ邪魔になってしまうだけだった。
(しかも誘導されている……海の方か?)
 戦争等の大規模な集団戦と違い、個人や少人数での争いでは、単純な力比べになりやすい。戦術も戦略もなく、一瞬で勝負が決まることが多いからだ。将棋やチェスといった盤上遊戯に長けていても、全てが駒や規定ルールの通りに物事が進まずに『力こそが全て』という考え方が世間に根付いてしまっているのも、それが原因の一つであった。
 しかし、互いの戦闘能力が高くかつ拮抗している場合は、むしろ『力』だけ・・では解決しないことの方が多い。一瞬で勝負が決まらなければ、その『勝利の一瞬』をもぎ取る為に、力以外の要素を取り込む必要が生まれてくる。
 そして……郁哉が睦月に求めているのは、まさにその『力以外の要素』だった。
「てか降りて来いてめぇ!」
「…………」
 郁哉が叫ぶのに構うことなく、睦月は冷静に銃口を向けて、引き金を引いて銃弾を吐き出す作業に従事した。
 現状、睦月は郁哉の正中線をわざと狙って、銃を撃っていた。それも一発ずつ、少しだけ左右にずれるよう丁寧に、だ。
 つまり……睦月の思惑通りに、郁哉は移動しなければならなかった。
(だがどうするつもりだ……?)
 郁哉は地上から、コンテナの上を駆け抜けながら自動拳銃ストライカーを振り回してくる睦月を追い駆けていく。しかし誘導するだけであれば、最初の一発だけで事足りるはずだった。
 そもそも銃対素手の時点で、攻撃手段は限られてくる。周囲の物体を投擲するとかでもなければ、郁哉は必然的に、睦月に近付かなければ攻撃を当てられない状況なのだ。
 それでも……わざわざ残弾数を減らし、牽制を続ける意味とは?
(……ま、これが俺の足りないところなんだろうけどな)
 正直に言って、郁哉にとって睦月を狙う理由は、この一点に尽きる。
 力だけで言えばもっと強い相手を狙えばいいし、普段から強者を狙う仕事を請け負うようにしている。『喧嘩屋』と自称しているのも、結局は格闘家として裏の仕事が回ってきやすいからでしかない。
 一応は家業の方も『喧嘩屋』とはいえ、郁哉からしてみれば、別にどうでもいい話だった。実家で戦い方を仕込まれてはいたものの、結局は家庭の習慣ルールに従っていたに過ぎない。実家から離れた今であっても、『家を継いだ』というより、『単にやりたいことが一致した』だけで、そう名乗っていると言っても過言ではなかった。
 だからこそ、形だけとはいえ家業を継ぎ、仕事を続けている。別に実家が大事というわけではないし、自分を含む家族の誰もが、社会の裏表を問わずに『喧嘩』を続けているような家庭事情だ。郁哉が強要される理由がそもそもない。
 ……単に『どう生きたいのか』、それさえはっきりしているのならばそれでいい。
 家族どころか地元の・・・大体の家庭がそんな考え方だったので、裏社会の住人として生きることを選んだ郁哉が『喧嘩屋』を継ぐことにしただけなのだ。
 そして強くなる為に、全てを凌駕する為に……郁哉は睦月を狙うことにした。

 それこそ……殺す気で。

(だってのに……結構足速いんだよな、あいつ)
 元々人力車を引いていた家系だからか、幼少の頃より睦月は足が速かった。
 祖先の研鑽が子孫の肉体にも継承され、能力の高い者達が生まれる。頭脳ならば頭脳が、肉体ならば肉体が……確実とは言えずとも、人が血族を中心に継承者を選ぶのは、それらを含めた『才能』の為だろう。
 それでも、郁哉もまた『喧嘩屋』の子孫だ。肉体能力だけで言えば、引けは取らない。それどころか、脚力以外は睦月を確実に凌駕していると言ってもいいだろう。
「…………って!?」
 そして気が付けば、郁哉達は港湾側へと場所を移していた。目の前で、コンテナから降りてきた睦月がそう誘導してきた結果である。
「まさか……泳いで逃げる、とかじゃないよな?」
「……なわけないだろ。泳げても素人に毛が生えたレベルなんだぞ」
 カチチッ、と金属部品が擦り鳴る音が響く。それも二つ。
 睦月の自動拳銃が、噛み合った瞬間だった。

 ――ダラララ……!

「危っ!?」
 睦月の持つ自動拳銃ストライカーが本気を出した。発射形式を、単発セミから自動連射フルオートへと切り替えたのだ。
 小口径高速弾を高速・・連射する機関拳銃マシンピストル。それが睦月の愛銃、『FIVE-SEVEN STRIKER』の正体だった。
 ただ連射する為に、引き金を連続して引くのとはわけが違う。その気になれば凶悪な銃弾を全てばら撒き、眼前の敵を盾ごと撃ち抜く。生半可な防弾装備等、その悪意の前には何の意味もなさない。
 貫通力の高い銃弾による高速連射で噛み千切る、荻野睦月の持つ牙の前に立ち塞がる者は、肉体ごと生命を削り取られてしまう。並の相手であれば、それだけで簡単に決着が着いてしまう代物だった。
「……っがぁ!?」
 強引に喉から声を吠えさせた郁哉は、その勢いのまま身を低くしつつ、睦月の方へと駆けていく。盾になりそうなものを持っていても意味をなさない上に、ここは拓けた港湾側。むしろ自分の方が、海に飛び込むしか対処法がないのかもしれないが……銃弾を避けられるのであれば、話は違う。
(一気に突っ込んで、とにかく一発かますっ!)
 大抵の敵は、それだけで決着が着いた。しかし睦月の場合は違う。その直前に想定外の攻撃を打ち込んでくる。
 その想定外の・・・・攻撃・・を躱して、睦月を倒す。それこそが郁哉の望みであり、戦う理由だった。
(さあ…………どうくるっ!?)
 現状、郁哉が避けきれているのは、睦月が右手に持った銃でしか発砲していないからだ。さすがに銃口が二つ並ぶと、銃弾の雨により多少・・の怪我は覚悟しなければならなかったが、おそらくは想定外の攻撃で怯んだところを、左手の自動拳銃ストライカーで止めを刺すつもりなのだろう。
 その証拠に、両手の自動拳銃ストライカーには六十発入りの円盤型パン弾倉マガジンが装填されているものの、片側しか使用していない。素人であれば対処不能である力技も、郁哉には効かないと判断した睦月が本命として残しているのは簡単に想像できた。
 しかし……その攻撃が、長く続くことはない。

 ――…………カチ、カシュッ!

(弾切れっ!)
 六十発入りの円盤型パン弾倉マガジンといえど、撃ち続ければいずれ弾が尽きる。銃身が下がりきっスライドストップし自動拳銃ストライカーを確認した郁哉は、地面への踏み込みを強めて加速した。
 二丁拳銃の弱点は、一度弾切れになれば再装填リロード余計な・・・時間が掛かることだ。両手が塞がる為に、単に一丁持っている場合よりも手間が増えてしまうからだ。それも含めて、睦月は左手の自動拳銃ストライカーを残している、郁哉はそう考えていた。
 なのに、睦月は左手の自動拳銃ストライカーを構えなかった。
(…………三丁目か!)
 再装填リロードが間に合わないとすでに割り切っていたのか、右手の自動拳銃ストライカーをあっさりと手放してしまう。そして懐のホルスターから三丁目を、最初に郁哉の拳を止めたであろう銃を構えて撃とうとしてくる。それが睦月の狙いなのだろうが、おそらく、それだけではないはずだ。
(だが円盤型パン弾倉マガジンじゃない。装弾数の少ない右側に避ければ……!?)
 結論から言うと……睦月が引き金を引いた右の自動拳銃ストライカーから放たれたのは銃弾ではなく、夜闇ですら視界を奪う程の、大量の煙幕スモークだった。
「ふざっ、」
 けるな、と続けられる間もなく、睦月が動くのが気配で伝わってきた。
 それを追い掛けようとする郁哉だったが、その軌跡は睦月の後でなければならない。
(海がすぐ傍にある……睦月が歩いた・・・後なら地面が・・・ある・・からまだ大丈夫っ、)
 郁哉が驚いた点は二つ。
 睦月の身体が音もなく、突然に逸れたことと……

 ――ザバアァ……ン!

 ……郁哉の足元から、地面が消えた・・・ことだった。
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