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043 姫香とのデート(その2)
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「う~ん…………」
心の底から、由希奈は遠目に見える惨状に対して、唸りを上げてしまっていた。
姫香とのお茶会から一夜明け、気分転換にと駅前まで来たのはまだ良い。これから杖を外して生活する以上、身体を慣らすには動かすのが一番だからだ。
杖を片手に、両の足でゆっくりと歩く。そうすると、昨日までの怒涛の日々を忘れて、現実へと回帰したように思えていたのだが……どうやら錯覚だったらしい。
「……あれ、由希奈ちゃん?」
立ち止まっていると不意に、名前を呼ばれてしまった。由希奈が声のした方を振り返ると、そこにはラフなパンツスタイルの彩未がいた。ズボンのポケットに手を入れながら、そのまま小走りで近寄ってくる。
そして由希奈の前に立つと、ポケットから取り出した手で挨拶をしてきた。
「どしたの? こんな所で」
「えっと……もう杖を突く必要がなくなったので、気分転換も兼ねて身体慣らしの散歩に出てきたのですが…………」
先程まで注目していた一点を、由希奈は指差した。彩未はその先に視線を向け……納得したように頷いてきた。
「あちゃあ~……余計なこと言ったのかな?」
その視線の先には、睦月がいた。
「さっき別れたばかりなのに……睦月君てば、何やってんだか」
「……え、一緒だったんですか?」
「うん。今日のデート用の服、見繕ってきたところ」
彩未の言葉通り、普段とは違う余所行きの服に身を包んだ睦月の方は、由希奈達に気付いた様子がない。おそらくは取り込み中なので、意識が遠く離れた二人にまで届かないのだろう。
「デート、って……どなたと?」
「姫香ちゃん」
その表情に、苦みが混じったのを感じ取ったらしい。彩未は宥めるように由希奈の肩をポンポンと叩いた。
「まあまあ、落ち着いて。何なら今度、由希奈ちゃんが睦月君をデートに誘えば?」
「……姫香さんが怒りませんか?」
「あ~……」
その言葉で彩未は、由希奈が自分と同じことを、姫香に言われたことに気付いた。
「……で、由希奈ちゃんは睦月君のこと、どう思ってるの?」
「まだ、分からなくて……」
たしかに由希奈は、睦月に好意を持っている。ただ、それがどれだけの大きさのものなのかは、自分自身分かっていなかった。
だから手始めに、友達になってから距離を測りつつ、徐々に進退を決しようとしていたのだが……姫香に刺された釘が由希奈の思う以上に、心に強く突き刺さっていたらしい。
「少なくとも、堂々としている分には姫香ちゃんも怒らないと思うよ。何だかんだ、睦月君が他の女性と一緒にいても許しているし」
(その分、苦労するのは睦月君だけどね……)
彩未が小さく呟いたのを耳聡く聞いた由希奈は、ますますデートの類に誘うことに躊躇しそうになってしまう。しかし、ここで立ち止まっていては、一生成長できないと、心の中で鼓舞する。
その心中を察してかは分からないが……一つ溜息を吐いてから、彩未は睦月のいる方を指差した。
「……で、由希奈ちゃん的にはあれ、いいの?」
彩未が改めて指差した先、由希奈が目を奪われていた……睦月がスーツ姿の女性に詰めっている光景について、再び意識を向けるのだった。
(まったく、何やってんだか……)
漏れ聞こえてくる声から推測込みで、彩未は状況をどうにか把握した。
どうやら彩未と別れた後、待ち合わせ場所で姫香を待っていた睦月は、通りすがりの営業の人に掴まったらしい。よくあるアンケートなのか、それともアンケートの振りをした営業行為なのかまでは分からないが……おそらくは後者だろう。
でなければ、睦月もあそこまで執拗に絡んだりはしないはずだからだ。
「『見かけが優しそうだから』とかで、睦月君に傍迷惑な営業掛けるから、ああなるんだよねぇ~」
「……いつも、何ですか?」
そう問い掛けてくる由希奈に、彩未は首を縦に振った。
「うん。睦月君、似たような理由で詰め寄ってくる相手には結構容赦ないんだよね」
優しさと甘さは違う。いや、人の善意につけこむような行為そのものを、本来であれば取るべきではない。睦月は性根こそ多少の善良さはあるものの、赤の他人から『甘えられる』ことに我慢がならない性質だった。
その手の人間なんて放っておけばいいと考えている彩未には理解できないが、睦月にとってそれは、『相手から舐められている』のと同義らしい。
「最初から構わなきゃいいのに、睦月君てば、いちいち取り合うんだからもう……」
睦月の方を向きながら、いっそ止めに入ろうかとも考えた彩未だったが……視界に映り込んだ人物を見て、その選択肢を外した。
「す、すごい……」
思わずといった具合に呟く由希奈の横で彩未は、睦月に近寄ってスーツの女性との間に入った少女に、同じく魅入っていた。
その少女、姫香は睦月の首根っこを引き寄せてから口付けを交わし、その間にスーツの女性に向けて手を振り、『失せろ』とジェスチャーしている。涙目を浮かべて頭を下げた彼女に、中指の止めを刺すのも忘れずに。
やがて落ち着いたのを確認してから、最新トレンドのデート服に身を包んだ姫香は睦月と腕を組み、その場から立ち去って行った。
「あれ……洋服だけで六桁いきますよね?」
「多分だけど、下着を含めたら確実にね」
しかも、一度着た服は自宅の方に放り込み、睦月が気に入ったとか言い出さない限りは二度と着ないという徹底振りだということを、付き合いの長くなってきた彩未は知っていた。普段はVネックワンピースで済ませているのも、普段とのギャップ狙いだということも重々理解している。
(私は、あそこまでは徹底できないな……)
いくら自分が対人依存症とはいえ、相手が睦月だからなのか、それとも、そこまでできる性分ではないからか……そういう意味でも、彩未は姫香のことを尊敬していた。
「本当、あそこまで徹底できるのはすごいよね~」
「…………」
そう漏らす彩未だが、隣にいる由希奈には、その声が届いていないらしい。
美少女としか表現できない姫香を伴って立ち去っていく睦月の方へと、無意識的に足を動かそうとしている。
「……追っ掛けてみる?」
面白そうだし、という言葉を続けるよりも早く、由希奈は首を縦に振ってきた。
そうと決まれば行動あるのみ。彩未は、時折杖を突きながらも、急ぎ足で睦月達の方へと向かう由希奈と共に歩き出した。
「二人共……どこへ行くんでしょう?」
「今日は車じゃないみたいだし……電車じゃない?」
彩未の言葉通り、睦月達は駅の改札口へと向かって歩き出していた。
「お弁当を入れるような荷物は持って来ていないみたいだし、あまり動きやすい格好じゃないから……どこかで屋内デートかな? デートにありがちなカラオケや映画は、二人にとっては論外だし」
「え、あのカラオケは分かるんですけど……映画も、ですか?」
姫香の緘黙症を知っているのであれば、カラオケが除外になるのは容易に理解できる。しかし、デート先の候補で映画を外すのは、由希奈にとっては結構衝撃的だったらしい。
「睦月さん、前に『趣味は映画鑑賞』だって、言ってた気がするんですけれど……」
「……本当の意味で映画好きだから、だよ」
彩未は呆れながら、由希奈に話した。
「睦月君……映画館で映画見ている最中にスマホ点けられるのが、一番我慢ならないんだって」
「え? それは普通に死刑じゃないんですか?」
「おっとぉ~、由希奈ちゃんも睦月君側だったか……」
スマホ光害、という言葉がある。
映画上映中に他の観客の迷惑も顧みずに平気でスマホを点け、その灯りを振り撒く行為のことである。本来であればマナー違反なのだが、そんな簡単なルール一つ守れない人間が、一定数存在するのも確かだった。
「そもそもスマホを点ける理由があるなら、最初から映画館に来るべきじゃないですよね? スマホ光害してでも映画を観なきゃならない理由なんて、この世に存在するんですか?」
どうやら由希奈も、睦月同様に迷惑を被った側だったらしい。
「まあ……たしかに姫香ちゃんも、映画はサブスク派だしね。しかも愼治君名義で用意したアカウントで」
ちなみに彩未は、映画館に足繁く通ってまで映画を観る方ではないので、特に気にしたことはない。無論、鑑賞中のマナーは守った上でだが。
「だからスマホ中毒の姫香ちゃんを連れて、映画館に行くことはないんだよね。行くとしたら一人か……マナーを守れる人とだけだし」
そういう意味では、映画に誘えばいいのではないかと、暗に告げる彩未。そのことに由希奈が気付くかは分からないが、今気にすることではないだろうと、睦月達の追跡を続けることに。
「でも姫香さん、側車付二輪車にスマホスタンド着けてませんよね? スマホ好きなら、着けそうな気がするんですけれど……」
「前にも言ったと思うけど……姫香ちゃん、運転中に道路交通法違反やらかしかけて、睦月君にめちゃくちゃ怒られたことがあったんだって。それこそ手を上げる一歩手前レベルで」
足の調子は大丈夫かと由希奈の様子を見る彩未だが、特に問題はなさそうなことに内心安堵する。その間にも、睦月達は改札を通って駅構内へと入って行く。
「だからそれ以来、運転全般はもう完全に、睦月君任せなんだって。睦月君も道路交通法違反されるよりましだからって、それを甘んじて受け入れているみたいだし」
「だから……側車付二輪車を運転されているんですか?」
車と違い、容易にスマホを取り出すこともできず、またスタンドを付けない限りは運転中に手放しで見ることはできない。そういう意味では、道路交通法違反できないように徹底していると言えなくもなかった。
「まあ、睦月君がバイクとか以外許さなかったとも言えるけどね」
なるべく睦月達の視界に入らないよう、離れた車両の待ち位置に移動する二人。今のところ、尾行に気付かれた様子はなさそうだが……害はないからと、あえて無視されている可能性も否めない。
「さて……今日はどんなデートになるのやら」
(あいつ等何やってんだ……?)
無論、駅に向かっている時点で由希奈達が追い掛けてきていたことに、徐々に頭が冷えていた睦月が気付かないはずがない。おそらくは姫香もだろうが、特に気にしている様子もないので、一先ずは放置しておくことに。
電車を待っている間にそれとなく視線を巡らせて、二人の様子を窺う睦月。尾行中、というよりも面白半分で追い掛けてきているのではと思わせる位に、今は姦しく話し込んでいる。
(まあ、その内飽きるか……)
「……っと」
そんなことを考えていると、意識が逸れていたことに若干腹を立てたのか、姫香が睦月の腕を胸の中に抱え込んできた。顔を覗き込むと、不満げに眉を顰めている。
「悪い悪い……ほら、電車が来たぞ」
さすがに悪目立ちするからと、睦月は空いている方の手で姫香の頭を軽く一撫でし、ゆっくりとその腕を解いた。
(羨ましい…………姫香代われ」
「途中から本音漏れてるよ。由希奈ちゃん」
やっぱり本気じゃないかな、と思いつつ彩未は由希奈を連れて、睦月達と同じ電車に乗り込んだ。
やはり睦月達は尾行に気付いていたらしく、姫香に至っては、乗り込む前に勝ち誇った顔を見せつけてきていた。電車に乗り込んでからはムスッとした顔をぶら提げている由希奈を宥めながら、彩未は扉近くにもたれかかる。
「どうせ、その内飽きるとか思われているんだろうなぁ~……どうする由希奈ちゃん。続ける?」
「……せっかくなので、もう少し」
彩未にとっては、誰かに構って貰えるだけでも十分なので、今日はとことん由希奈に付き合うことにした。特に用事もなくて暇だったから、という理由もあるが。
「それにしても……睦月君が姫香ちゃんと一緒に居るの、やっぱり嫉妬する?」
「この嫌な気持ちは……やっぱり、嫉妬なんでしょうね」
どうも由希奈自身、嫉妬するという経験に乏しい印象を、彩未は受けた。下手をすれば、睦月が彼女の初恋の相手なのかもしれないと考えさせられる程に。
「……私の方が姫香さんよりも胸、大きいですよね?」
「あんまり身体は安売りしない方がいいよ~、『身体は安売りする度に下がって、そこから上がることはない』って、前に睦月君も言ってたし」
とりあえず、経験者として真っ当な愛情表現に留めるようにと、彩未は(おそらく)未経験の由希奈に勧めた。
「……彩未さんも、睦月さんとされたことがあるんですよね?」
「おっと、矛先がこっちに向いちゃった」
ジト目を向けてくる由希奈だったが、彩未の方はむしろ可愛いとしか思えなかった。なので反論する口調が、思わず楽しげなものになってしまっている。
「大丈夫だって……私と睦月君、身体の方は完全に割り切った関係なんだからさ」
「それもそれで、どうかと思うんですけれど……」
ただ残念なことに……何もかもが経験不足の由希奈はそれ以上、何も言わなかった。何も、言えなかった。
だから話題を変えて話を続けたいとは思うものの、少しは考えさせてあげようと彩未はぐっ、と堪え、ポケットからスマホを一台取り出した。
(それにしても……)
彩未はナビアプリを起動し、電車の行き先を調べ始めた。
(今日はどこでデートするんだろう?)
このまま行くと、隣の県へと出てしまう。今日の目的地はそっちの方かもしれない。
彩未は、ガラス越しに辛うじて見える睦月達の横顔を眺めながら、そう考えるのだった。
心の底から、由希奈は遠目に見える惨状に対して、唸りを上げてしまっていた。
姫香とのお茶会から一夜明け、気分転換にと駅前まで来たのはまだ良い。これから杖を外して生活する以上、身体を慣らすには動かすのが一番だからだ。
杖を片手に、両の足でゆっくりと歩く。そうすると、昨日までの怒涛の日々を忘れて、現実へと回帰したように思えていたのだが……どうやら錯覚だったらしい。
「……あれ、由希奈ちゃん?」
立ち止まっていると不意に、名前を呼ばれてしまった。由希奈が声のした方を振り返ると、そこにはラフなパンツスタイルの彩未がいた。ズボンのポケットに手を入れながら、そのまま小走りで近寄ってくる。
そして由希奈の前に立つと、ポケットから取り出した手で挨拶をしてきた。
「どしたの? こんな所で」
「えっと……もう杖を突く必要がなくなったので、気分転換も兼ねて身体慣らしの散歩に出てきたのですが…………」
先程まで注目していた一点を、由希奈は指差した。彩未はその先に視線を向け……納得したように頷いてきた。
「あちゃあ~……余計なこと言ったのかな?」
その視線の先には、睦月がいた。
「さっき別れたばかりなのに……睦月君てば、何やってんだか」
「……え、一緒だったんですか?」
「うん。今日のデート用の服、見繕ってきたところ」
彩未の言葉通り、普段とは違う余所行きの服に身を包んだ睦月の方は、由希奈達に気付いた様子がない。おそらくは取り込み中なので、意識が遠く離れた二人にまで届かないのだろう。
「デート、って……どなたと?」
「姫香ちゃん」
その表情に、苦みが混じったのを感じ取ったらしい。彩未は宥めるように由希奈の肩をポンポンと叩いた。
「まあまあ、落ち着いて。何なら今度、由希奈ちゃんが睦月君をデートに誘えば?」
「……姫香さんが怒りませんか?」
「あ~……」
その言葉で彩未は、由希奈が自分と同じことを、姫香に言われたことに気付いた。
「……で、由希奈ちゃんは睦月君のこと、どう思ってるの?」
「まだ、分からなくて……」
たしかに由希奈は、睦月に好意を持っている。ただ、それがどれだけの大きさのものなのかは、自分自身分かっていなかった。
だから手始めに、友達になってから距離を測りつつ、徐々に進退を決しようとしていたのだが……姫香に刺された釘が由希奈の思う以上に、心に強く突き刺さっていたらしい。
「少なくとも、堂々としている分には姫香ちゃんも怒らないと思うよ。何だかんだ、睦月君が他の女性と一緒にいても許しているし」
(その分、苦労するのは睦月君だけどね……)
彩未が小さく呟いたのを耳聡く聞いた由希奈は、ますますデートの類に誘うことに躊躇しそうになってしまう。しかし、ここで立ち止まっていては、一生成長できないと、心の中で鼓舞する。
その心中を察してかは分からないが……一つ溜息を吐いてから、彩未は睦月のいる方を指差した。
「……で、由希奈ちゃん的にはあれ、いいの?」
彩未が改めて指差した先、由希奈が目を奪われていた……睦月がスーツ姿の女性に詰めっている光景について、再び意識を向けるのだった。
(まったく、何やってんだか……)
漏れ聞こえてくる声から推測込みで、彩未は状況をどうにか把握した。
どうやら彩未と別れた後、待ち合わせ場所で姫香を待っていた睦月は、通りすがりの営業の人に掴まったらしい。よくあるアンケートなのか、それともアンケートの振りをした営業行為なのかまでは分からないが……おそらくは後者だろう。
でなければ、睦月もあそこまで執拗に絡んだりはしないはずだからだ。
「『見かけが優しそうだから』とかで、睦月君に傍迷惑な営業掛けるから、ああなるんだよねぇ~」
「……いつも、何ですか?」
そう問い掛けてくる由希奈に、彩未は首を縦に振った。
「うん。睦月君、似たような理由で詰め寄ってくる相手には結構容赦ないんだよね」
優しさと甘さは違う。いや、人の善意につけこむような行為そのものを、本来であれば取るべきではない。睦月は性根こそ多少の善良さはあるものの、赤の他人から『甘えられる』ことに我慢がならない性質だった。
その手の人間なんて放っておけばいいと考えている彩未には理解できないが、睦月にとってそれは、『相手から舐められている』のと同義らしい。
「最初から構わなきゃいいのに、睦月君てば、いちいち取り合うんだからもう……」
睦月の方を向きながら、いっそ止めに入ろうかとも考えた彩未だったが……視界に映り込んだ人物を見て、その選択肢を外した。
「す、すごい……」
思わずといった具合に呟く由希奈の横で彩未は、睦月に近寄ってスーツの女性との間に入った少女に、同じく魅入っていた。
その少女、姫香は睦月の首根っこを引き寄せてから口付けを交わし、その間にスーツの女性に向けて手を振り、『失せろ』とジェスチャーしている。涙目を浮かべて頭を下げた彼女に、中指の止めを刺すのも忘れずに。
やがて落ち着いたのを確認してから、最新トレンドのデート服に身を包んだ姫香は睦月と腕を組み、その場から立ち去って行った。
「あれ……洋服だけで六桁いきますよね?」
「多分だけど、下着を含めたら確実にね」
しかも、一度着た服は自宅の方に放り込み、睦月が気に入ったとか言い出さない限りは二度と着ないという徹底振りだということを、付き合いの長くなってきた彩未は知っていた。普段はVネックワンピースで済ませているのも、普段とのギャップ狙いだということも重々理解している。
(私は、あそこまでは徹底できないな……)
いくら自分が対人依存症とはいえ、相手が睦月だからなのか、それとも、そこまでできる性分ではないからか……そういう意味でも、彩未は姫香のことを尊敬していた。
「本当、あそこまで徹底できるのはすごいよね~」
「…………」
そう漏らす彩未だが、隣にいる由希奈には、その声が届いていないらしい。
美少女としか表現できない姫香を伴って立ち去っていく睦月の方へと、無意識的に足を動かそうとしている。
「……追っ掛けてみる?」
面白そうだし、という言葉を続けるよりも早く、由希奈は首を縦に振ってきた。
そうと決まれば行動あるのみ。彩未は、時折杖を突きながらも、急ぎ足で睦月達の方へと向かう由希奈と共に歩き出した。
「二人共……どこへ行くんでしょう?」
「今日は車じゃないみたいだし……電車じゃない?」
彩未の言葉通り、睦月達は駅の改札口へと向かって歩き出していた。
「お弁当を入れるような荷物は持って来ていないみたいだし、あまり動きやすい格好じゃないから……どこかで屋内デートかな? デートにありがちなカラオケや映画は、二人にとっては論外だし」
「え、あのカラオケは分かるんですけど……映画も、ですか?」
姫香の緘黙症を知っているのであれば、カラオケが除外になるのは容易に理解できる。しかし、デート先の候補で映画を外すのは、由希奈にとっては結構衝撃的だったらしい。
「睦月さん、前に『趣味は映画鑑賞』だって、言ってた気がするんですけれど……」
「……本当の意味で映画好きだから、だよ」
彩未は呆れながら、由希奈に話した。
「睦月君……映画館で映画見ている最中にスマホ点けられるのが、一番我慢ならないんだって」
「え? それは普通に死刑じゃないんですか?」
「おっとぉ~、由希奈ちゃんも睦月君側だったか……」
スマホ光害、という言葉がある。
映画上映中に他の観客の迷惑も顧みずに平気でスマホを点け、その灯りを振り撒く行為のことである。本来であればマナー違反なのだが、そんな簡単なルール一つ守れない人間が、一定数存在するのも確かだった。
「そもそもスマホを点ける理由があるなら、最初から映画館に来るべきじゃないですよね? スマホ光害してでも映画を観なきゃならない理由なんて、この世に存在するんですか?」
どうやら由希奈も、睦月同様に迷惑を被った側だったらしい。
「まあ……たしかに姫香ちゃんも、映画はサブスク派だしね。しかも愼治君名義で用意したアカウントで」
ちなみに彩未は、映画館に足繁く通ってまで映画を観る方ではないので、特に気にしたことはない。無論、鑑賞中のマナーは守った上でだが。
「だからスマホ中毒の姫香ちゃんを連れて、映画館に行くことはないんだよね。行くとしたら一人か……マナーを守れる人とだけだし」
そういう意味では、映画に誘えばいいのではないかと、暗に告げる彩未。そのことに由希奈が気付くかは分からないが、今気にすることではないだろうと、睦月達の追跡を続けることに。
「でも姫香さん、側車付二輪車にスマホスタンド着けてませんよね? スマホ好きなら、着けそうな気がするんですけれど……」
「前にも言ったと思うけど……姫香ちゃん、運転中に道路交通法違反やらかしかけて、睦月君にめちゃくちゃ怒られたことがあったんだって。それこそ手を上げる一歩手前レベルで」
足の調子は大丈夫かと由希奈の様子を見る彩未だが、特に問題はなさそうなことに内心安堵する。その間にも、睦月達は改札を通って駅構内へと入って行く。
「だからそれ以来、運転全般はもう完全に、睦月君任せなんだって。睦月君も道路交通法違反されるよりましだからって、それを甘んじて受け入れているみたいだし」
「だから……側車付二輪車を運転されているんですか?」
車と違い、容易にスマホを取り出すこともできず、またスタンドを付けない限りは運転中に手放しで見ることはできない。そういう意味では、道路交通法違反できないように徹底していると言えなくもなかった。
「まあ、睦月君がバイクとか以外許さなかったとも言えるけどね」
なるべく睦月達の視界に入らないよう、離れた車両の待ち位置に移動する二人。今のところ、尾行に気付かれた様子はなさそうだが……害はないからと、あえて無視されている可能性も否めない。
「さて……今日はどんなデートになるのやら」
(あいつ等何やってんだ……?)
無論、駅に向かっている時点で由希奈達が追い掛けてきていたことに、徐々に頭が冷えていた睦月が気付かないはずがない。おそらくは姫香もだろうが、特に気にしている様子もないので、一先ずは放置しておくことに。
電車を待っている間にそれとなく視線を巡らせて、二人の様子を窺う睦月。尾行中、というよりも面白半分で追い掛けてきているのではと思わせる位に、今は姦しく話し込んでいる。
(まあ、その内飽きるか……)
「……っと」
そんなことを考えていると、意識が逸れていたことに若干腹を立てたのか、姫香が睦月の腕を胸の中に抱え込んできた。顔を覗き込むと、不満げに眉を顰めている。
「悪い悪い……ほら、電車が来たぞ」
さすがに悪目立ちするからと、睦月は空いている方の手で姫香の頭を軽く一撫でし、ゆっくりとその腕を解いた。
(羨ましい…………姫香代われ」
「途中から本音漏れてるよ。由希奈ちゃん」
やっぱり本気じゃないかな、と思いつつ彩未は由希奈を連れて、睦月達と同じ電車に乗り込んだ。
やはり睦月達は尾行に気付いていたらしく、姫香に至っては、乗り込む前に勝ち誇った顔を見せつけてきていた。電車に乗り込んでからはムスッとした顔をぶら提げている由希奈を宥めながら、彩未は扉近くにもたれかかる。
「どうせ、その内飽きるとか思われているんだろうなぁ~……どうする由希奈ちゃん。続ける?」
「……せっかくなので、もう少し」
彩未にとっては、誰かに構って貰えるだけでも十分なので、今日はとことん由希奈に付き合うことにした。特に用事もなくて暇だったから、という理由もあるが。
「それにしても……睦月君が姫香ちゃんと一緒に居るの、やっぱり嫉妬する?」
「この嫌な気持ちは……やっぱり、嫉妬なんでしょうね」
どうも由希奈自身、嫉妬するという経験に乏しい印象を、彩未は受けた。下手をすれば、睦月が彼女の初恋の相手なのかもしれないと考えさせられる程に。
「……私の方が姫香さんよりも胸、大きいですよね?」
「あんまり身体は安売りしない方がいいよ~、『身体は安売りする度に下がって、そこから上がることはない』って、前に睦月君も言ってたし」
とりあえず、経験者として真っ当な愛情表現に留めるようにと、彩未は(おそらく)未経験の由希奈に勧めた。
「……彩未さんも、睦月さんとされたことがあるんですよね?」
「おっと、矛先がこっちに向いちゃった」
ジト目を向けてくる由希奈だったが、彩未の方はむしろ可愛いとしか思えなかった。なので反論する口調が、思わず楽しげなものになってしまっている。
「大丈夫だって……私と睦月君、身体の方は完全に割り切った関係なんだからさ」
「それもそれで、どうかと思うんですけれど……」
ただ残念なことに……何もかもが経験不足の由希奈はそれ以上、何も言わなかった。何も、言えなかった。
だから話題を変えて話を続けたいとは思うものの、少しは考えさせてあげようと彩未はぐっ、と堪え、ポケットからスマホを一台取り出した。
(それにしても……)
彩未はナビアプリを起動し、電車の行き先を調べ始めた。
(今日はどこでデートするんだろう?)
このまま行くと、隣の県へと出てしまう。今日の目的地はそっちの方かもしれない。
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