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055 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その7)
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「しかし……随分な殺気だな、おい」
もしこれが物語の世界の話であれば、機知に富んだ台詞でも飛び交うのだろう。
「…………」
だが、リーヌスの言葉に、英治は答えなかった。
黙って右手を愛銃の銃床に置いた『傭兵』は、『略奪者』へと攻撃の意識を向ける。
――ギャガギラ……ガガッ!?
どこからか、巨大な金属音が鳴り響いてくる。
しかし、その正体が分からないまま……
「……っ!?」
「やるじゃねえかテメェ!」
英治の愛銃とリーヌスの仕込み鉤爪が重なり、火花が散らされた。
その巨大な金属音を鳴らしたのは、睦月だった。
「今回は、楽に済んだな……」
「ぁ、ぁ……」
アクゼリュスは今、大地の上に寝転がって、いや縫い付けられていた。
……頭上より降り注いだ、大量の鉄骨によって。
あまりの質量差に得物の骨組み刃は打ち砕かれ、その身に鉄の柱が突き立てられていた。辛うじて胴体は掠った程度らしいが、四肢のほとんどに命中しているので、今世での再生治療は望めないだろう。
広がる白髪が鮮血で赤く染め上がる傍に、睦月は近寄って足を止めた。
「英治の用意がいいのか、それとも……お前が『運び屋』を舐めきっていたのか」
仕掛け自体は大したことのない、よくある手だった。
「昔も似たような手を使ったよ。そん時は山頂の伐採現場から丸太の留め金外して、斜面に向けて一気に流し込んでさ。いやぁ……あれは若気の至りだった」
「ぜ、ぁ……」
もしかしたら、『絶対に違う』とか『絶対におかしい』とか言いたいのかもしれない。だが、その声は途切れ途切れで言葉にならず、ただの音にしかならなかった。
「あの後は大変だったよ。射撃訓練に勝ったのはいいんだが……集団暴行喰らいまくって、マジで死ぬかと思った」
もし逃げ出していたら……本当に足の骨を折られていたかもしれない。
当時、敵側に回っていた弥生の回収を相方の少女に頼んだ後、睦月は伐採現場へと向かった。相手の位置を把握し、木材に加工する前の丸太を大量に斜面へと流し込む。
圧倒的な質量差で、敵側を殲滅したのだ。
しかし、下手をすれば相手を殺しかねない攻撃に、まず教官役の校長から『これは訓練じゃないっ!』と怒鳴られ、昔馴染み達から『マジで殺しに来る奴が居るかっ!』と後程報復を受け、方々に謝り倒してきた秀吉から『お前何してくれちゃってんのっ!?』と張り倒され(た後に親子喧嘩し)て……
……睦月は初めて、『相手の常識に囚われない』で倒す、己の特性を理解したのだった。
「昔、何かのアニメで言ってたな……『殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけだ』、とか何とか」
鮮血に染まる長髪を踏み付けながら、睦月はアクゼリュスを見下ろした。
「『クリフォト』が『最期の世代』のことをどう思ってるのかは知らねえし興味もねえけどな……殺そうとするなら、される覚悟は当然できているんだろう? 俺達だって『死ぬよりはましだ』から、その覚悟の上で『クリフォト』を叩き潰したんだよ。なのに……」
現在、睦月の脳裏にはある疑問が浮かんでいた。
……アクゼリュスの復讐心は本物だった。そもそも睦月達は、真っ当な手段で前身となる組織、『セフィロト』を殲滅したわけではない。それ以前に、殲滅できたわけではなかった。
ただ、組織の中心に位置する幹部の大半を『詐欺師』と『偽造屋』を使って誘導し、手近な麻薬組織にぶつけて抗争を引き起こさせてから、そこを睦月達『非戦闘職』の面々で急襲したのだ。
なのでガキ大将をはじめとした『戦闘職』が本陣に乗り込み、有利な状況で直接暴れられたからこそ、『セフィロト』を瓦解させることができた。だから取り零しも多く、壊滅はできても……殲滅にまでは至らなかったのだ。
それこそ、第三者から見ればただの『卑怯な手段』でしかない。ただ誘導された情報に踊らされ、無駄な抗争を強いられて戦力を削られた瞬間に刈り取られる。言葉にすれば、何とも陳腐な結末だったことだろう。B級映画でも、今時こんな手段は考えないはずだ。
そう……言葉にすれば簡単なことなのだ。
だが、それが一番『現実的な手段』だからと、睦月はガキ大将にそう告げ口し、全員を勝ち目のない喧嘩から遠ざけたのだ。
『そうしなければ、死んでいたから』
睦月にとっては、その程度の理由だった。
「……なんで怯えているんだよ?」
――だからこそ、アクゼリュスは恐怖の表情を浮かべていた。
『ただ、現実的だから』
それだけで、平気で他者を巻き込み、ただ『全員が生き残る』結果を望んで実行に移した。事情や状況を理解することなく、結果の為には情け容赦なく、相手の尊厳をも踏みにじる。それが敵であろうと、いや敵だからこそ、睦月達に……睦月に、遠慮する理由はなかった。
「平気な顔して、人に喧嘩売っといて……まともに相手して貰えるとでも思っていたのか? 何様だよお前」
人を人として見ていない、叩き落とした目障りな羽虫を見下ろすような眼差しに、アクゼリュスは内心恐怖していた。
目の前にいる男は、今まで殺してきた表社会の素人達とも、敵対した裏社会の住人とも……自分達『クリフォト』のメンバーとも違う。
本当に同じ人間なのかと疑う程に、アクゼリュスは睦月という存在に恐怖した。
特に、一番恐怖したのは……
たとえ敵と言えども……鉄骨が突き刺さり、瀕死の状態になっているアクゼリュスに対して、睦月の表情に大きな変化がなかったことだった。
スプラッタ系が苦手なのか、破けて無残に晒されているアクゼリュスの身体の内側を視界に入れないようにこそ、しているものの……ただ、それだけだ。睦月は助けようとも、止めを刺そうともしない。
「大量の建築資材に放置されたままの建設機械の数々。ワイヤー使って遠隔操作するだけで、簡単に質量攻撃できるとか……昔馴染みと戦闘していた方が、まだ手こずるな」
もう反撃されないだろうと判断してから、睦月は視線を外し、アクゼリュスから離れていく。
「まあ、お前については……英治達の決着が着いてから決めるか」
そこに、アクゼリュスの意思が絡むことはない。
アクゼリュスから離れた位置に突き刺さり、自重で倒れていた鉄骨の一つに腰掛けた睦月は、自身のスマホを取り出して、姫香にメッセージを送る。
『手の空いた時に状況報告よろしく』
「さて……向こうは大丈夫かな?」
ここに居ても、内臓にまで響く銃声が聞こえてくる。英治が今、標的である殺し屋『略奪者』と戦っている証拠だった。
身体の内側にまで響く銃声を聞きながら睦月は、別行動中の姫香からのメッセージを待つことにした。
「俺だけ楽な気がするけど、いいのかね……」
自分の仕事が早めに終わったからか、睦月は落ち着かない様子で、軽く関節を鳴らした。手持ち無沙汰だからとはいえ、アクゼリュスの近くから離れることはない。万が一に備えて、ということもあるが……
「……小さな親切、大きなお世話」
睦月は自身を、善人だと思ったことはない。裏社会の住人達と関わる内に、善悪の区別が曖昧になるかとも思っていたが……そんなことはなかった。
むしろ、相手からの善意も悪意も、真っすぐに受け止め過ぎてしまうから……人と深く、関わりたくなくなってしまっている。だから睦月は、他者とはあまり、深く関わらないようにしてきた。
余計な善意が悪意に代わる、そんな場面を空想現実問わず、何度も見てきた。それがただの子供の喧嘩で、そのぶつかり合いを通じて人が付き合い方を覚えていくのだとしても……発達障害を持つ睦月には、全てをあるがままに受け取ってしまう少年には、それができなかった。
青年へと成長するにつれて、睦月は一歩下がった人付き合いの仕方を選んでいた。由希奈と初めて出会った時のように、親切心は自己満足の範囲内で、相手に気付かれない程度に留めておく。
「人と関わるのは必要最小限……」
その生き方を再認識しようとした途端、メッセージアプリの返信が来たのか、スマホが鳴り出す。
睦月が画面に視線を落とすと、相手は姫香だった。
『今終わった。楽勝過ぎて退屈……もうそっち帰っていい?』
「……本当、それ位でいいのにな」
未だに信じられないのは……睦月の周りには、人が途切れないことだった。
『こっちはまだ終わりそうにない。どっちにしろ、予定通り泊まり掛けでよろしく』
『ヽ(`Д´)ノ』
「まあ、面倒なのは変わらないが……」
自分がまともだと勘違いして、『これが常識だ』と周囲の同調圧力に振り回されているだけの人間よりは……
『帰ったら一緒に、美味い飯食いに行こう。俺も、楽しみにしてるからさ』
『……b』
「本当、言葉がないよな……あいつは」
……癖は強いが、自分の欲望を真っ直ぐに貫き通してくる人間の方が、睦月は好きだった。そんな者達が慕ってくれているのは、まだ幸運だったと言えるだろう。
「さて……さっさと片付けてくれよな。英治」
顔を上げた睦月は、豪烈な銃声の鳴る方を向き、じっと見つめた。
英治が睦月に手配した銃弾は、二種類ある。
その内の一つを愛銃の、上下二連銃身付回転式拳銃――『ANTINOMIE』に装填していた.500(12.7mm)口径の銃弾を、英治は容赦なくリーヌスの土手っ腹へと叩き込んでいた。
「……っくぅ~!」
「どんだけ化物だよ、お前……」
正面から見て、回転式拳銃の銃口は二つある。今は上段側の.500口径の銃口から硝煙が立ち上っていた。しかし、本来であれば最上位級の威力を持つはずの銃弾では、目の前の『略奪者』を一撃で倒すことは適わなかった。
普通の人間が受ければ、内臓ごと吹き飛ばされるはずの銃弾を、だ。
「いくら防弾性能が高くても……さすがに威力までは殺しきれないだろうが」
英治は知らない話だが、睦月は弥生の脳天に対してマグナム弾を叩き込み、脳震盪を起こさせたことがある。たとえ性能の良い防弾装備ができたとしても、それはあくまで『銃弾を受け止める』性能だ。威力を抑制する用途とは異なる。
だから、通常の防弾装備では銃弾そのものを止められても、その物理エネルギーまでは止められない。
ドイツの田舎村での出来事から、闇雲に銃弾を撃ち込むだけでは倒せないからと.500口径の銃弾を用意したというのに……リーヌス相手では、ただの腹部への攻撃程度にしか効いていないようだった。
「どんな絡繰りだ……?」
「それは企業秘密……だっ!」
「っ!?」
相手が近接戦闘を好んで行うことは、カリーナの両親の死因を確認した時点で予想が付いていた。さらにハンスの調べで、リーヌスの得物も把握している、つもりだった。
だが、相手の装備は英治の予想以上に頑強で、下手な狙撃銃の弾よりも威力のある銃弾すら耐えきってしまっている。
もし事前に知っていなければ、発砲した直後にリーヌスの仕込み鉤爪で引き裂かれていたはずだ。
英治は回転式拳銃の銃身を盾にして鉤爪を防ぎ、数歩距離を置いてから再び発砲した。
「そういうお前こそ……すげぇな」
「何がだよ……」
「その銃だよ」
.500口径の銃弾を再び受けたにも関わらず、リーヌスの切れ長の目が、英治の手に握られている回転式拳銃に注がれている。
「大抵の馬鹿は考え無しに、威力だけでまともに使えもしない大口径を選びがちだが……お前はキッチリ叩き込んでくるんだからよぉ」
「…………」
(平気なわけ、ねえだろうが……)
普段使っている下段の銃口よりも強力な分、反動も桁違いだ。いざという時は使うこともあるが……それでもできるだけ、使用は控えている。
銃弾一発の値段もそうだが……威力が強過ぎて、連続使用には耐えられないのだ。
……回転式拳銃の銃身も、英治自身の身体も。
(だが、あいつは……何で平気なんだ?)
銃弾を撃つ方が内心この有様なのに、受け手である『略奪者』は多少仰け反る程度で耐えきってしまっている。特注の防弾ベストを身に付けている、というだけでは説明がつかない。
しかし考える暇もなく、リーヌスは未だに距離を詰めてくる。英治にできることは、その胴体目掛けて銃弾を放つことだけだった。
(頭狙えば楽だろうが……向こうもそれは承知の上だろうしな)
鉤爪を弾いて距離を取り、回転式拳銃の銃弾を叩き込んでは距離を詰められる。多少の差異はあれど、二人は同じ行為を繰り返していく。
(今まで誰も、頭を狙わなかったはずはない。防ぐ仕込みがあるか……『最期の世代』みたいに銃弾を避ける技術を持ち合わせている可能性がある)
まるで、頑強な城に攻め込む攻城戦の様相を呈していた。
威力が強すぎてまともに狙えず、小さな頭よりも大きな胴体に銃口を向けざるを得ないのだが……それ以上に、銃弾を外せない理由があった。
(後、五発……)
繰り返される攻防劇は、英治の残弾が尽きた瞬間……終わりを迎えることになる。
もしこれが物語の世界の話であれば、機知に富んだ台詞でも飛び交うのだろう。
「…………」
だが、リーヌスの言葉に、英治は答えなかった。
黙って右手を愛銃の銃床に置いた『傭兵』は、『略奪者』へと攻撃の意識を向ける。
――ギャガギラ……ガガッ!?
どこからか、巨大な金属音が鳴り響いてくる。
しかし、その正体が分からないまま……
「……っ!?」
「やるじゃねえかテメェ!」
英治の愛銃とリーヌスの仕込み鉤爪が重なり、火花が散らされた。
その巨大な金属音を鳴らしたのは、睦月だった。
「今回は、楽に済んだな……」
「ぁ、ぁ……」
アクゼリュスは今、大地の上に寝転がって、いや縫い付けられていた。
……頭上より降り注いだ、大量の鉄骨によって。
あまりの質量差に得物の骨組み刃は打ち砕かれ、その身に鉄の柱が突き立てられていた。辛うじて胴体は掠った程度らしいが、四肢のほとんどに命中しているので、今世での再生治療は望めないだろう。
広がる白髪が鮮血で赤く染め上がる傍に、睦月は近寄って足を止めた。
「英治の用意がいいのか、それとも……お前が『運び屋』を舐めきっていたのか」
仕掛け自体は大したことのない、よくある手だった。
「昔も似たような手を使ったよ。そん時は山頂の伐採現場から丸太の留め金外して、斜面に向けて一気に流し込んでさ。いやぁ……あれは若気の至りだった」
「ぜ、ぁ……」
もしかしたら、『絶対に違う』とか『絶対におかしい』とか言いたいのかもしれない。だが、その声は途切れ途切れで言葉にならず、ただの音にしかならなかった。
「あの後は大変だったよ。射撃訓練に勝ったのはいいんだが……集団暴行喰らいまくって、マジで死ぬかと思った」
もし逃げ出していたら……本当に足の骨を折られていたかもしれない。
当時、敵側に回っていた弥生の回収を相方の少女に頼んだ後、睦月は伐採現場へと向かった。相手の位置を把握し、木材に加工する前の丸太を大量に斜面へと流し込む。
圧倒的な質量差で、敵側を殲滅したのだ。
しかし、下手をすれば相手を殺しかねない攻撃に、まず教官役の校長から『これは訓練じゃないっ!』と怒鳴られ、昔馴染み達から『マジで殺しに来る奴が居るかっ!』と後程報復を受け、方々に謝り倒してきた秀吉から『お前何してくれちゃってんのっ!?』と張り倒され(た後に親子喧嘩し)て……
……睦月は初めて、『相手の常識に囚われない』で倒す、己の特性を理解したのだった。
「昔、何かのアニメで言ってたな……『殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけだ』、とか何とか」
鮮血に染まる長髪を踏み付けながら、睦月はアクゼリュスを見下ろした。
「『クリフォト』が『最期の世代』のことをどう思ってるのかは知らねえし興味もねえけどな……殺そうとするなら、される覚悟は当然できているんだろう? 俺達だって『死ぬよりはましだ』から、その覚悟の上で『クリフォト』を叩き潰したんだよ。なのに……」
現在、睦月の脳裏にはある疑問が浮かんでいた。
……アクゼリュスの復讐心は本物だった。そもそも睦月達は、真っ当な手段で前身となる組織、『セフィロト』を殲滅したわけではない。それ以前に、殲滅できたわけではなかった。
ただ、組織の中心に位置する幹部の大半を『詐欺師』と『偽造屋』を使って誘導し、手近な麻薬組織にぶつけて抗争を引き起こさせてから、そこを睦月達『非戦闘職』の面々で急襲したのだ。
なのでガキ大将をはじめとした『戦闘職』が本陣に乗り込み、有利な状況で直接暴れられたからこそ、『セフィロト』を瓦解させることができた。だから取り零しも多く、壊滅はできても……殲滅にまでは至らなかったのだ。
それこそ、第三者から見ればただの『卑怯な手段』でしかない。ただ誘導された情報に踊らされ、無駄な抗争を強いられて戦力を削られた瞬間に刈り取られる。言葉にすれば、何とも陳腐な結末だったことだろう。B級映画でも、今時こんな手段は考えないはずだ。
そう……言葉にすれば簡単なことなのだ。
だが、それが一番『現実的な手段』だからと、睦月はガキ大将にそう告げ口し、全員を勝ち目のない喧嘩から遠ざけたのだ。
『そうしなければ、死んでいたから』
睦月にとっては、その程度の理由だった。
「……なんで怯えているんだよ?」
――だからこそ、アクゼリュスは恐怖の表情を浮かべていた。
『ただ、現実的だから』
それだけで、平気で他者を巻き込み、ただ『全員が生き残る』結果を望んで実行に移した。事情や状況を理解することなく、結果の為には情け容赦なく、相手の尊厳をも踏みにじる。それが敵であろうと、いや敵だからこそ、睦月達に……睦月に、遠慮する理由はなかった。
「平気な顔して、人に喧嘩売っといて……まともに相手して貰えるとでも思っていたのか? 何様だよお前」
人を人として見ていない、叩き落とした目障りな羽虫を見下ろすような眼差しに、アクゼリュスは内心恐怖していた。
目の前にいる男は、今まで殺してきた表社会の素人達とも、敵対した裏社会の住人とも……自分達『クリフォト』のメンバーとも違う。
本当に同じ人間なのかと疑う程に、アクゼリュスは睦月という存在に恐怖した。
特に、一番恐怖したのは……
たとえ敵と言えども……鉄骨が突き刺さり、瀕死の状態になっているアクゼリュスに対して、睦月の表情に大きな変化がなかったことだった。
スプラッタ系が苦手なのか、破けて無残に晒されているアクゼリュスの身体の内側を視界に入れないようにこそ、しているものの……ただ、それだけだ。睦月は助けようとも、止めを刺そうともしない。
「大量の建築資材に放置されたままの建設機械の数々。ワイヤー使って遠隔操作するだけで、簡単に質量攻撃できるとか……昔馴染みと戦闘していた方が、まだ手こずるな」
もう反撃されないだろうと判断してから、睦月は視線を外し、アクゼリュスから離れていく。
「まあ、お前については……英治達の決着が着いてから決めるか」
そこに、アクゼリュスの意思が絡むことはない。
アクゼリュスから離れた位置に突き刺さり、自重で倒れていた鉄骨の一つに腰掛けた睦月は、自身のスマホを取り出して、姫香にメッセージを送る。
『手の空いた時に状況報告よろしく』
「さて……向こうは大丈夫かな?」
ここに居ても、内臓にまで響く銃声が聞こえてくる。英治が今、標的である殺し屋『略奪者』と戦っている証拠だった。
身体の内側にまで響く銃声を聞きながら睦月は、別行動中の姫香からのメッセージを待つことにした。
「俺だけ楽な気がするけど、いいのかね……」
自分の仕事が早めに終わったからか、睦月は落ち着かない様子で、軽く関節を鳴らした。手持ち無沙汰だからとはいえ、アクゼリュスの近くから離れることはない。万が一に備えて、ということもあるが……
「……小さな親切、大きなお世話」
睦月は自身を、善人だと思ったことはない。裏社会の住人達と関わる内に、善悪の区別が曖昧になるかとも思っていたが……そんなことはなかった。
むしろ、相手からの善意も悪意も、真っすぐに受け止め過ぎてしまうから……人と深く、関わりたくなくなってしまっている。だから睦月は、他者とはあまり、深く関わらないようにしてきた。
余計な善意が悪意に代わる、そんな場面を空想現実問わず、何度も見てきた。それがただの子供の喧嘩で、そのぶつかり合いを通じて人が付き合い方を覚えていくのだとしても……発達障害を持つ睦月には、全てをあるがままに受け取ってしまう少年には、それができなかった。
青年へと成長するにつれて、睦月は一歩下がった人付き合いの仕方を選んでいた。由希奈と初めて出会った時のように、親切心は自己満足の範囲内で、相手に気付かれない程度に留めておく。
「人と関わるのは必要最小限……」
その生き方を再認識しようとした途端、メッセージアプリの返信が来たのか、スマホが鳴り出す。
睦月が画面に視線を落とすと、相手は姫香だった。
『今終わった。楽勝過ぎて退屈……もうそっち帰っていい?』
「……本当、それ位でいいのにな」
未だに信じられないのは……睦月の周りには、人が途切れないことだった。
『こっちはまだ終わりそうにない。どっちにしろ、予定通り泊まり掛けでよろしく』
『ヽ(`Д´)ノ』
「まあ、面倒なのは変わらないが……」
自分がまともだと勘違いして、『これが常識だ』と周囲の同調圧力に振り回されているだけの人間よりは……
『帰ったら一緒に、美味い飯食いに行こう。俺も、楽しみにしてるからさ』
『……b』
「本当、言葉がないよな……あいつは」
……癖は強いが、自分の欲望を真っ直ぐに貫き通してくる人間の方が、睦月は好きだった。そんな者達が慕ってくれているのは、まだ幸運だったと言えるだろう。
「さて……さっさと片付けてくれよな。英治」
顔を上げた睦月は、豪烈な銃声の鳴る方を向き、じっと見つめた。
英治が睦月に手配した銃弾は、二種類ある。
その内の一つを愛銃の、上下二連銃身付回転式拳銃――『ANTINOMIE』に装填していた.500(12.7mm)口径の銃弾を、英治は容赦なくリーヌスの土手っ腹へと叩き込んでいた。
「……っくぅ~!」
「どんだけ化物だよ、お前……」
正面から見て、回転式拳銃の銃口は二つある。今は上段側の.500口径の銃口から硝煙が立ち上っていた。しかし、本来であれば最上位級の威力を持つはずの銃弾では、目の前の『略奪者』を一撃で倒すことは適わなかった。
普通の人間が受ければ、内臓ごと吹き飛ばされるはずの銃弾を、だ。
「いくら防弾性能が高くても……さすがに威力までは殺しきれないだろうが」
英治は知らない話だが、睦月は弥生の脳天に対してマグナム弾を叩き込み、脳震盪を起こさせたことがある。たとえ性能の良い防弾装備ができたとしても、それはあくまで『銃弾を受け止める』性能だ。威力を抑制する用途とは異なる。
だから、通常の防弾装備では銃弾そのものを止められても、その物理エネルギーまでは止められない。
ドイツの田舎村での出来事から、闇雲に銃弾を撃ち込むだけでは倒せないからと.500口径の銃弾を用意したというのに……リーヌス相手では、ただの腹部への攻撃程度にしか効いていないようだった。
「どんな絡繰りだ……?」
「それは企業秘密……だっ!」
「っ!?」
相手が近接戦闘を好んで行うことは、カリーナの両親の死因を確認した時点で予想が付いていた。さらにハンスの調べで、リーヌスの得物も把握している、つもりだった。
だが、相手の装備は英治の予想以上に頑強で、下手な狙撃銃の弾よりも威力のある銃弾すら耐えきってしまっている。
もし事前に知っていなければ、発砲した直後にリーヌスの仕込み鉤爪で引き裂かれていたはずだ。
英治は回転式拳銃の銃身を盾にして鉤爪を防ぎ、数歩距離を置いてから再び発砲した。
「そういうお前こそ……すげぇな」
「何がだよ……」
「その銃だよ」
.500口径の銃弾を再び受けたにも関わらず、リーヌスの切れ長の目が、英治の手に握られている回転式拳銃に注がれている。
「大抵の馬鹿は考え無しに、威力だけでまともに使えもしない大口径を選びがちだが……お前はキッチリ叩き込んでくるんだからよぉ」
「…………」
(平気なわけ、ねえだろうが……)
普段使っている下段の銃口よりも強力な分、反動も桁違いだ。いざという時は使うこともあるが……それでもできるだけ、使用は控えている。
銃弾一発の値段もそうだが……威力が強過ぎて、連続使用には耐えられないのだ。
……回転式拳銃の銃身も、英治自身の身体も。
(だが、あいつは……何で平気なんだ?)
銃弾を撃つ方が内心この有様なのに、受け手である『略奪者』は多少仰け反る程度で耐えきってしまっている。特注の防弾ベストを身に付けている、というだけでは説明がつかない。
しかし考える暇もなく、リーヌスは未だに距離を詰めてくる。英治にできることは、その胴体目掛けて銃弾を放つことだけだった。
(頭狙えば楽だろうが……向こうもそれは承知の上だろうしな)
鉤爪を弾いて距離を取り、回転式拳銃の銃弾を叩き込んでは距離を詰められる。多少の差異はあれど、二人は同じ行為を繰り返していく。
(今まで誰も、頭を狙わなかったはずはない。防ぐ仕込みがあるか……『最期の世代』みたいに銃弾を避ける技術を持ち合わせている可能性がある)
まるで、頑強な城に攻め込む攻城戦の様相を呈していた。
威力が強すぎてまともに狙えず、小さな頭よりも大きな胴体に銃口を向けざるを得ないのだが……それ以上に、銃弾を外せない理由があった。
(後、五発……)
繰り返される攻防劇は、英治の残弾が尽きた瞬間……終わりを迎えることになる。
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