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082 案件No.005_レースドライバー(Versus_Shakah)(その5)
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――俺さ、睦月に憧れてたんだよ……
山間部の溜まり場からは離れた所にある、事前に人払いを済ませておいた道の駅。
夏鈴達キャバ嬢軍団は、すでに帰路についていた。ただ、往路と違って運転手は創が引き受け、さらに勇太の手配した護衛が並走している。
いつもの愛車を運転する睦月に追随する形で勇太の運転するトラックが続き、予定した通りに、人気のない道の駅に到着したのだった。
「なあ……万引き婆さんの駄菓子屋って、覚えてるか?」
「万引き婆さん? ……ああ、ガキ大将の親戚がやってた駄菓子屋のことか」
停車したトラックの荷台の横、道路に腰掛けて自動拳銃を弄っていた時だった。動作確認をしていた睦月に、ショットガンに銃弾を込めていた勇太が話し掛けてきたのは。
「あったな、そういや……『儂の眼を盗んで万引きできたら、タダでくれてやるよ!』ってほざいてた、あの婆さんだろ?」
軽い声真似をする睦月を見て、勇太は冷めた眼で告げてきた。
「睦月……お前、声真似下手だな」
「ほっとけ」
そもそも何で、そんな話題を振ってきたんだと思った睦月は、確認し終えた自動拳銃片手に勇太を見上げた。
「……で、あの婆さんがどうしたよ?」
すでに装填を終えたのか、ショットガンをトラックの荷台に立て掛けていた勇太は腕を組み、視線だけ睦月を見下ろしてくる。
「昔俺ん家で遊んでた時に、郁哉辺りが『腹減った』とか言ってきたことがあったろ? その後、お前の提案で駄菓子屋の商品を根こそぎかっぱらったじゃねえか」
「ああ……あったな、そんなこと」
懐かしい話だ、と睦月は少しだけ、過去に思いを馳せた。
「その後はさすがにサービス停止、俺は出禁喰らったっけ」
「とか言いつつ、しれっと妹分にパシらせてただろうが」
そんなどうでもいい話が一体何だというのか?
そう眼で訴える睦月に対して、勇太はどうでも良くないとばかりに、軽く首を鳴らしながら否定してきた。
「あの出来事があったから、俺は……仕込みから逃れられたんだよ」
地元の人間達は将来、『最期の世代』が一人でも暴走し、自分達に牙を剥く可能性も考慮して対策を立てていた。それが、勇太の言う『仕込み』だった。
それぞれに、事前に弱点を仕込んでおき、いざとなれば殺害できるように。
『偽造屋』がある事情から、軽々に素顔を晒せなくなったように。
『詐欺師』が目先の欲に駆られて、簡単な詐欺しか考えられなくなったように。
『傭兵』が丁度良いとばかりに戦場へと放り込まれ、心的外傷後ストレス障害の一種を植え付けられたように。
『最期の世代』全員に、その弱点が仕込まれていた。
最強の犯罪者を生み出すということは、同時に『自分達をも超える敵』を生み出すということだ。万が一に備え、成熟した後で敵対してくる可能性も視野に入れなければならない。
それは睦月や勇太とて、例外ではない……はずだった。
「お前、子供の頃の俺ってどう思ってた?」
「金持ちの典型第一種、小太りの我儘坊主」
「当たっちゃいるが……ちなみに第二種は?」
「英才教育真っ只中の生意気坊主」
それだけ話していると、ふと睦月の脳裏に、過去の憧憬が流れ込んできた。
「そういえば、その頃からだったな……急に痩せようとして、お前が夢中で走りまくってたのは」
「そうそう、さすがに途中から介入されたけどな。足の骨折れるからって」
さすがに小学生の内は痩せられなかったが、中学時代の成長期に合わせて、脂肪が筋肉へと変わり始めていた。その為、中学を卒業するまでには勇太の四肢の筋肉も発達し、腹回りも改善されたのだった。
「まさか……あの小太り勇太が、こんな筋肉達磨になるとは思ってなかったけどな」
「これでも結構、誤魔化すの大変だったんだぜ……完全に金漬けにして、いざとなれば生活資金辞めて殺そうとしてたからな。実家の連中」
「まあ、たしかに……あのまま何もしなかったら、確実に若年無業者の子供部屋おじさんまっしぐらだったもんな」
「本当にやばかった……だから、理沙が来たんだけどな」
養子縁組自体、通常でも面倒な手続きが必要となるのに、さらには戸籍のない少女を引き取ったのだ。勇太は理沙を選んで義妹にしたが……当時、何も考えずに従った愚行だけは、ずっと後悔していた。
このままではまずいとでも思ったのか、勇太の実家は戸籍のない少女に『鵜飼理沙』という立場を与えた。
……勇太の、新しい仕込みとして。
「まさか……あそこまで、俺の人生に喰い込むことになるとは、思わなかったけどな」
「ああ、そうだ。それで一つ、聞きたいんだけどさ……」
その時、睦月の脳裏には癖のあるミディアムヘアの少女の顔が浮かんでいた。
「……何で、一番強い姫香じゃなかったんだ?」
少なくともあの施設で、一番の好成績は姫香だったはずだ。しかも勇太の実家は金持ちで予算に制限があるとは思えず、おまけに睦月が秀吉に連れられて向かった際には、すでに上の世代は売られているか処分されていた。死体にも含まれていたかは、定かではないが。
いまさらな疑問を口にする睦月に対して、勇太はどこか照れ臭げに視線を泳がせ、後頭部を掻くとすごくどうでもいい理由を答えてきた。
「……『妹』的な好みに、ドンピシャだったから」
「お前の好みかよ」
理由があまりにもしょうもなかったので、睦月はこのまま話を切ろうと思ったが、勇太が言葉を続けて妨害してくる。
仕方なく、睦月も耳を傾けるしかなかった。
「けど、結局は正解だったろ……お互いに」
「…………」
ただし、耳を傾けるだけで、答えることはなかったが。
「たしかに、俺にとっちゃあもう大事なものだけどな……別に後悔はねえよ」
勇太の腕が持ち上がり、拳が強く握られていく。
「お互いに越えたい相手が別々にいて、その二人が一緒に居る。そういう意味では、最高の義妹だよ」
「……異性としては、見てないんだな」
「いや……異性と妹は別物だろ? もうちょいスタイル良いのが好みだわ」
異性であれ、完全に利害が一致しているからと組む者達も、少なからず居るものだが……ここまで好みがはっきりしている人間も珍しいなと、睦月は珍獣を見るような眼を勇太に向けた。
「そんなもんかね……」
「お前が節操なさ過ぎるんだよ……ま、それだけモテてる、ってことだろうけどな」
羨ましい限りだ、と勇太は肩を竦め、そう呟いてきた。
「しかし、絵美の時といい……お前、どうしてそんなにモテんだよ?」
「元カノの時は偶々だよ。と、いうか……」
ふと顎に手を当て、睦月はこれまでの女性遍歴を思い出す。
「よくよく考えたら……関わった異性全員、偶々だわ。関係持ったの」
「……偶にお前が、ただ運が良いだけの野郎じゃないかって、錯覚しそうになるわ」
「実際、そんなもんだろ」
――パン!
「まぁた絵美に、『自己肯定感の低さを直せ』って言われるぞ」
「そんなものかね。というか……結局、何の話してたんだっけ?」
軽く叩かれた頭を撫でながら、睦月は自動拳銃を懐のホルスターに仕舞う。
そして……立ち上がると、遠方に視線を向けた。
「俺が『親の金で何か買ってくる』と言う前に、お前が『駄菓子屋の商品かっぱらおうぜ』って先に言い出した、ってだけの話だ、よ……」
人払いをした道の駅に、近付いてくるエンジン音が複数。そこでようやく、勇太もまた、睦月の視界に入り込んだ異物を見つめだした。
「……思ったより早かったな。創は、もう間に合わないか」
「このまま合流しない方がいいだろうな。『こっちに来るな』って、連絡を入れとくぞ」
勇太が視線を切ってショットガンのガンベルトを掴み、肩に背負おうとする中、睦月はスマホを取り出して創に連絡を入れる。
だが……まだ、銃口は向けない。
到着する車両群を出迎えながら、睦月達は背後のトラックから離れた。
目的のものは、すぐに見つかった。
「待ち伏せか……浅慮だな」
思わず、鼻で笑ってしまいそうになる。歪む口元ごと手で覆ったツァーカブは、感情を押し殺してから車を降りた。
「予想ではもう少し、手間が掛かるかと思っていたんだがな」
無言で迎えてくる『運び屋』と『掃除屋』は静かに、レースで使っていたものとは別のスポーツカーの下へと移動していく。ツァーカブは手振りで部下達に指示を出し、銃器を抜いて構えさせた。
「まあいい……お前達の車は、そのトラックの中か?」
「……ああ、そうだ」
ショットガンに引っ掛けてあるガンベルトを肩に掛けた『掃除屋』が、ツァーカブが発した質問に答えてきた。どうやら最初から、こちらの本当の目的を把握していたらしい。
けれども、目の前の二人がどう足掻こうとも、こちらが一枚上手なのはたしかだ。
「両手を挙げたまま、そこでじっとしていろ」
「武器は捨てなくていいのか?」
そう『掃除屋』が提案してくるが、ツァーカブはそれを撥ね除けた。
「……その手には乗らん」
少しでも、武器に触れさせてはいけない。
この状態からでも逆転できる技能を彼等、『最期の世代』は全員習得している。それを知らされているからこそ、ツァーカブは伏兵を潰し、人質を取ることに人員を割いていた。
「お前達に有効な人質には立て籠られてしまったが、すでに伏兵は潰してある……意外としぶといのか、未だに殺害報告は来てないがな」
ここから半径1㎞圏内の走査は目視・熱源共に完了している。そして、伏兵は一人しか見つからず、人質として有効かつ敵戦力にもなりかねない少女二人は現在、『Alter』というバーに立て籠もっており、そちらにも手を打った。
そして、圧倒的な戦力差。正直、敗北者は感情的になり過ぎて足元を掬われただけなのでは、と考えてしまう程に拍子抜けした。
「安心しろ。私はお前達に恨み等ない。ただ……」
残りを見張らせたまま部下数名を引き連れ、ツァーカブはトラックの鍵部分に触れる。施錠されたままだが、いちいち開けさせるのも手間だと、適当に9mm口径の自動拳銃を周囲から受け取り、躊躇なく発砲して破壊した。
――パンパンッ!
「……これは貰っていくがな」
「即鍵壊すとか、堪え性がないのかよ……」
おそらくは『運び屋』のものだろう声が聞こえてくるが、ツァーカブの耳には届かなかった。待ち侘びた玩具の包装を剥がすようにトラックの扉を開け、荷台の上に鎮座しているエンジン二基搭載の改造車を視界に入れて、満面の笑みを浮かべるのみ。
「これで……これでようやく、奴に勝てる」
それだけを胸に、ツァーカブは荷台に足を掛けた。
――パリンッ!
「……良い腕をしているな」
店の入口。その隙間から伸ばした小型の鏡を即座に狙撃された理沙は、特段驚くことはないとばかりに持ち手を回収し、閉鎖された扉に背を向けた。そのまま階段の段差に腰掛け、膝に乗せた腕で頬杖を突きながら、どうしたものかと考え込む。
「おまけに、無駄撃ちしない時点で目立たないように、隠密を優先して……かなりできるな」
「あのさ~」
咥えた煙草にオイルライターで火を点けながら、田村は下から理沙を見上げてきた。
「あたし、明日仕事が早いから、もう帰りたいんだけど……」
「まあ待て……」
巻き込んだ責任は取る、と理沙は愛用の二丁一対型自動拳銃を肩に乗せながら立ち上がり、階段を降りていく。
「あの一発で十分なはずだ。無理なら私達が出て……」
そして視線を、田村から連れの少女に移してみれば……姫香は絶賛、副流煙を応援団扇で仰ぎ流すのに夢中になっていた。しかも両手共に。
「……貴様はさっさと武器を構えろっ!」
副流煙の方が危険だとばかりに風を送り続ける姫香に怒鳴る理沙。きりがないと見てか、田村はカウンターに戻ると、置かれたままの灰皿に煙草を押し付けて火を消していた。
「何でもいいけど、早くしてよね~」
「……あっちの部屋で仮眠取る?」
そう抽冬が親指で個室の扉を差しているが、田村は嫌そうな顔をして首を横に振っている。
「嫌だ。だってあそこ、基本ヤリ部屋じゃん。汚い」
「掃除はしてるんだけどな……」
そういうことじゃない、と抽冬以外の全員が心の中で思った時だった。
――Prrr…………
店の電話が、呼び鈴を鳴らし出したのは。
「……あ、肝心なこと忘れてた」
「俺もちょっと……もしかしたら同じこと考えてる」
トラックに乗り込み、ツァーカブか搭載された改造車を確認しようとする最中、睦月と勇太の間で、共通の疑問が生まれていた。
『ツァーカブって……MT車の運転、できるのか?』
その答えは、次の叫び声で判明した。
「……何でAT車じゃないんだっ!?」
山間部の溜まり場からは離れた所にある、事前に人払いを済ませておいた道の駅。
夏鈴達キャバ嬢軍団は、すでに帰路についていた。ただ、往路と違って運転手は創が引き受け、さらに勇太の手配した護衛が並走している。
いつもの愛車を運転する睦月に追随する形で勇太の運転するトラックが続き、予定した通りに、人気のない道の駅に到着したのだった。
「なあ……万引き婆さんの駄菓子屋って、覚えてるか?」
「万引き婆さん? ……ああ、ガキ大将の親戚がやってた駄菓子屋のことか」
停車したトラックの荷台の横、道路に腰掛けて自動拳銃を弄っていた時だった。動作確認をしていた睦月に、ショットガンに銃弾を込めていた勇太が話し掛けてきたのは。
「あったな、そういや……『儂の眼を盗んで万引きできたら、タダでくれてやるよ!』ってほざいてた、あの婆さんだろ?」
軽い声真似をする睦月を見て、勇太は冷めた眼で告げてきた。
「睦月……お前、声真似下手だな」
「ほっとけ」
そもそも何で、そんな話題を振ってきたんだと思った睦月は、確認し終えた自動拳銃片手に勇太を見上げた。
「……で、あの婆さんがどうしたよ?」
すでに装填を終えたのか、ショットガンをトラックの荷台に立て掛けていた勇太は腕を組み、視線だけ睦月を見下ろしてくる。
「昔俺ん家で遊んでた時に、郁哉辺りが『腹減った』とか言ってきたことがあったろ? その後、お前の提案で駄菓子屋の商品を根こそぎかっぱらったじゃねえか」
「ああ……あったな、そんなこと」
懐かしい話だ、と睦月は少しだけ、過去に思いを馳せた。
「その後はさすがにサービス停止、俺は出禁喰らったっけ」
「とか言いつつ、しれっと妹分にパシらせてただろうが」
そんなどうでもいい話が一体何だというのか?
そう眼で訴える睦月に対して、勇太はどうでも良くないとばかりに、軽く首を鳴らしながら否定してきた。
「あの出来事があったから、俺は……仕込みから逃れられたんだよ」
地元の人間達は将来、『最期の世代』が一人でも暴走し、自分達に牙を剥く可能性も考慮して対策を立てていた。それが、勇太の言う『仕込み』だった。
それぞれに、事前に弱点を仕込んでおき、いざとなれば殺害できるように。
『偽造屋』がある事情から、軽々に素顔を晒せなくなったように。
『詐欺師』が目先の欲に駆られて、簡単な詐欺しか考えられなくなったように。
『傭兵』が丁度良いとばかりに戦場へと放り込まれ、心的外傷後ストレス障害の一種を植え付けられたように。
『最期の世代』全員に、その弱点が仕込まれていた。
最強の犯罪者を生み出すということは、同時に『自分達をも超える敵』を生み出すということだ。万が一に備え、成熟した後で敵対してくる可能性も視野に入れなければならない。
それは睦月や勇太とて、例外ではない……はずだった。
「お前、子供の頃の俺ってどう思ってた?」
「金持ちの典型第一種、小太りの我儘坊主」
「当たっちゃいるが……ちなみに第二種は?」
「英才教育真っ只中の生意気坊主」
それだけ話していると、ふと睦月の脳裏に、過去の憧憬が流れ込んできた。
「そういえば、その頃からだったな……急に痩せようとして、お前が夢中で走りまくってたのは」
「そうそう、さすがに途中から介入されたけどな。足の骨折れるからって」
さすがに小学生の内は痩せられなかったが、中学時代の成長期に合わせて、脂肪が筋肉へと変わり始めていた。その為、中学を卒業するまでには勇太の四肢の筋肉も発達し、腹回りも改善されたのだった。
「まさか……あの小太り勇太が、こんな筋肉達磨になるとは思ってなかったけどな」
「これでも結構、誤魔化すの大変だったんだぜ……完全に金漬けにして、いざとなれば生活資金辞めて殺そうとしてたからな。実家の連中」
「まあ、たしかに……あのまま何もしなかったら、確実に若年無業者の子供部屋おじさんまっしぐらだったもんな」
「本当にやばかった……だから、理沙が来たんだけどな」
養子縁組自体、通常でも面倒な手続きが必要となるのに、さらには戸籍のない少女を引き取ったのだ。勇太は理沙を選んで義妹にしたが……当時、何も考えずに従った愚行だけは、ずっと後悔していた。
このままではまずいとでも思ったのか、勇太の実家は戸籍のない少女に『鵜飼理沙』という立場を与えた。
……勇太の、新しい仕込みとして。
「まさか……あそこまで、俺の人生に喰い込むことになるとは、思わなかったけどな」
「ああ、そうだ。それで一つ、聞きたいんだけどさ……」
その時、睦月の脳裏には癖のあるミディアムヘアの少女の顔が浮かんでいた。
「……何で、一番強い姫香じゃなかったんだ?」
少なくともあの施設で、一番の好成績は姫香だったはずだ。しかも勇太の実家は金持ちで予算に制限があるとは思えず、おまけに睦月が秀吉に連れられて向かった際には、すでに上の世代は売られているか処分されていた。死体にも含まれていたかは、定かではないが。
いまさらな疑問を口にする睦月に対して、勇太はどこか照れ臭げに視線を泳がせ、後頭部を掻くとすごくどうでもいい理由を答えてきた。
「……『妹』的な好みに、ドンピシャだったから」
「お前の好みかよ」
理由があまりにもしょうもなかったので、睦月はこのまま話を切ろうと思ったが、勇太が言葉を続けて妨害してくる。
仕方なく、睦月も耳を傾けるしかなかった。
「けど、結局は正解だったろ……お互いに」
「…………」
ただし、耳を傾けるだけで、答えることはなかったが。
「たしかに、俺にとっちゃあもう大事なものだけどな……別に後悔はねえよ」
勇太の腕が持ち上がり、拳が強く握られていく。
「お互いに越えたい相手が別々にいて、その二人が一緒に居る。そういう意味では、最高の義妹だよ」
「……異性としては、見てないんだな」
「いや……異性と妹は別物だろ? もうちょいスタイル良いのが好みだわ」
異性であれ、完全に利害が一致しているからと組む者達も、少なからず居るものだが……ここまで好みがはっきりしている人間も珍しいなと、睦月は珍獣を見るような眼を勇太に向けた。
「そんなもんかね……」
「お前が節操なさ過ぎるんだよ……ま、それだけモテてる、ってことだろうけどな」
羨ましい限りだ、と勇太は肩を竦め、そう呟いてきた。
「しかし、絵美の時といい……お前、どうしてそんなにモテんだよ?」
「元カノの時は偶々だよ。と、いうか……」
ふと顎に手を当て、睦月はこれまでの女性遍歴を思い出す。
「よくよく考えたら……関わった異性全員、偶々だわ。関係持ったの」
「……偶にお前が、ただ運が良いだけの野郎じゃないかって、錯覚しそうになるわ」
「実際、そんなもんだろ」
――パン!
「まぁた絵美に、『自己肯定感の低さを直せ』って言われるぞ」
「そんなものかね。というか……結局、何の話してたんだっけ?」
軽く叩かれた頭を撫でながら、睦月は自動拳銃を懐のホルスターに仕舞う。
そして……立ち上がると、遠方に視線を向けた。
「俺が『親の金で何か買ってくる』と言う前に、お前が『駄菓子屋の商品かっぱらおうぜ』って先に言い出した、ってだけの話だ、よ……」
人払いをした道の駅に、近付いてくるエンジン音が複数。そこでようやく、勇太もまた、睦月の視界に入り込んだ異物を見つめだした。
「……思ったより早かったな。創は、もう間に合わないか」
「このまま合流しない方がいいだろうな。『こっちに来るな』って、連絡を入れとくぞ」
勇太が視線を切ってショットガンのガンベルトを掴み、肩に背負おうとする中、睦月はスマホを取り出して創に連絡を入れる。
だが……まだ、銃口は向けない。
到着する車両群を出迎えながら、睦月達は背後のトラックから離れた。
目的のものは、すぐに見つかった。
「待ち伏せか……浅慮だな」
思わず、鼻で笑ってしまいそうになる。歪む口元ごと手で覆ったツァーカブは、感情を押し殺してから車を降りた。
「予想ではもう少し、手間が掛かるかと思っていたんだがな」
無言で迎えてくる『運び屋』と『掃除屋』は静かに、レースで使っていたものとは別のスポーツカーの下へと移動していく。ツァーカブは手振りで部下達に指示を出し、銃器を抜いて構えさせた。
「まあいい……お前達の車は、そのトラックの中か?」
「……ああ、そうだ」
ショットガンに引っ掛けてあるガンベルトを肩に掛けた『掃除屋』が、ツァーカブが発した質問に答えてきた。どうやら最初から、こちらの本当の目的を把握していたらしい。
けれども、目の前の二人がどう足掻こうとも、こちらが一枚上手なのはたしかだ。
「両手を挙げたまま、そこでじっとしていろ」
「武器は捨てなくていいのか?」
そう『掃除屋』が提案してくるが、ツァーカブはそれを撥ね除けた。
「……その手には乗らん」
少しでも、武器に触れさせてはいけない。
この状態からでも逆転できる技能を彼等、『最期の世代』は全員習得している。それを知らされているからこそ、ツァーカブは伏兵を潰し、人質を取ることに人員を割いていた。
「お前達に有効な人質には立て籠られてしまったが、すでに伏兵は潰してある……意外としぶといのか、未だに殺害報告は来てないがな」
ここから半径1㎞圏内の走査は目視・熱源共に完了している。そして、伏兵は一人しか見つからず、人質として有効かつ敵戦力にもなりかねない少女二人は現在、『Alter』というバーに立て籠もっており、そちらにも手を打った。
そして、圧倒的な戦力差。正直、敗北者は感情的になり過ぎて足元を掬われただけなのでは、と考えてしまう程に拍子抜けした。
「安心しろ。私はお前達に恨み等ない。ただ……」
残りを見張らせたまま部下数名を引き連れ、ツァーカブはトラックの鍵部分に触れる。施錠されたままだが、いちいち開けさせるのも手間だと、適当に9mm口径の自動拳銃を周囲から受け取り、躊躇なく発砲して破壊した。
――パンパンッ!
「……これは貰っていくがな」
「即鍵壊すとか、堪え性がないのかよ……」
おそらくは『運び屋』のものだろう声が聞こえてくるが、ツァーカブの耳には届かなかった。待ち侘びた玩具の包装を剥がすようにトラックの扉を開け、荷台の上に鎮座しているエンジン二基搭載の改造車を視界に入れて、満面の笑みを浮かべるのみ。
「これで……これでようやく、奴に勝てる」
それだけを胸に、ツァーカブは荷台に足を掛けた。
――パリンッ!
「……良い腕をしているな」
店の入口。その隙間から伸ばした小型の鏡を即座に狙撃された理沙は、特段驚くことはないとばかりに持ち手を回収し、閉鎖された扉に背を向けた。そのまま階段の段差に腰掛け、膝に乗せた腕で頬杖を突きながら、どうしたものかと考え込む。
「おまけに、無駄撃ちしない時点で目立たないように、隠密を優先して……かなりできるな」
「あのさ~」
咥えた煙草にオイルライターで火を点けながら、田村は下から理沙を見上げてきた。
「あたし、明日仕事が早いから、もう帰りたいんだけど……」
「まあ待て……」
巻き込んだ責任は取る、と理沙は愛用の二丁一対型自動拳銃を肩に乗せながら立ち上がり、階段を降りていく。
「あの一発で十分なはずだ。無理なら私達が出て……」
そして視線を、田村から連れの少女に移してみれば……姫香は絶賛、副流煙を応援団扇で仰ぎ流すのに夢中になっていた。しかも両手共に。
「……貴様はさっさと武器を構えろっ!」
副流煙の方が危険だとばかりに風を送り続ける姫香に怒鳴る理沙。きりがないと見てか、田村はカウンターに戻ると、置かれたままの灰皿に煙草を押し付けて火を消していた。
「何でもいいけど、早くしてよね~」
「……あっちの部屋で仮眠取る?」
そう抽冬が親指で個室の扉を差しているが、田村は嫌そうな顔をして首を横に振っている。
「嫌だ。だってあそこ、基本ヤリ部屋じゃん。汚い」
「掃除はしてるんだけどな……」
そういうことじゃない、と抽冬以外の全員が心の中で思った時だった。
――Prrr…………
店の電話が、呼び鈴を鳴らし出したのは。
「……あ、肝心なこと忘れてた」
「俺もちょっと……もしかしたら同じこと考えてる」
トラックに乗り込み、ツァーカブか搭載された改造車を確認しようとする最中、睦月と勇太の間で、共通の疑問が生まれていた。
『ツァーカブって……MT車の運転、できるのか?』
その答えは、次の叫び声で判明した。
「……何でAT車じゃないんだっ!?」
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