TRANSPORTER-BETA(旧題:進学理由『地元が廃村になりました』)

桐生彩音

文字の大きさ
133 / 199

133 嫌いではないが苦手な分野(その8)

しおりを挟む
 一通り(何故か)睦月をしばき終えた姫香と由希奈は、いつ取り決めたのか拳と拳を突き合わせる仕草フィスト・バンプを見せつけてきた。しかも、かなり手慣れた様子で。
(こいつ等……いつの間にこんなの覚えたんだよ?)
 若干呆れつつ、転がっていた地面の上から起き上がった睦月は改めて、姫香に問い掛けた。
「とりあえず……任せていいんだよな? 姫香」
 彼女の首は縦に振られ、そのまますぐに弥生の下へと向かい、道具を身に着け始めていた。その様子を眺めていると、いつの間にか由希奈が横に立ち、睦月に話し掛けてくる。
「でも……大丈夫ですか? 姫香、試合どころか練習にすら参加してなかったですよね?」
 由希奈の言葉通り、姫香はほとんど見学で過ごしていた。動く時も大抵は(ほぼ睦月専属の)マネージャー業のみ。辛うじて、不意打ちをかまそうとした理沙を返り討ちにしていた程度だった(それも野球ではなく組手、もしくはプロレスだったが)。
 身体能力に関しては疑うべくもないが、普段とは違う動作を要求された際、瞬時に対応できる人間はそういない。少しでも経験があればいいのだが、姫香が野球をやっていたという話は、少なくとも睦月達は一切知らない。
 単純な暴力とは違い、野球をはじめとした運動競技スポーツ過集中状態ゾーンに入れる人間が少ない理由は、その競技の複雑さにある。ましてや、未体験の動作となれば、指示された通りに動かせるだけでも『才能がある』部類に入るのだ。
 世間で『一回教えたんだからもう聞くな』、『一度に全部覚えられるわけがない』云々言い合った結果、以降は指導ではなく問題トラブルを起こす教育係が出てくるように、人間とは簡単に物事を覚えられる生き物ではない。姫香がやろうとしているのは、素人の由希奈に拳銃を渡し、最低限の使い方を教えただけで『標的ターゲットに必ず当てろ』と言っているようなものだ。
 しかも、由希奈はまだ動かない的を用意できても、姫香が狙う白球は銃弾より遅いとはいえ動いている。睦月のようにバントで当てて足を進める手もあるが、それではまた、英治の打順で申告敬遠をされかねない。

「…………ま、大丈夫だろ」

 しかし睦月は、由希奈の心配等どこ吹く風で、肩を竦めるだけだった。
「むしろ問題は……あ、戻ってきた」
 姫香が準備を終えると同時に、洋一達がベンチへと戻ってきていた。



「言われた通り……『十点差がついた時点で打ち切りコールド』になるよう、交渉してきた」
 洋一が抗議に向かう際、拓雄もついて行こうとしていたので、睦月はある提案を頼んでいた。それが試合の打ち切りコールドゲームの条件の明確化である。
「どうなりましたか?」
「強引に試合を進める方針に変わりはなかったが……そのおかげで、簡単に承諾させられた」
 未だに野球賭博とその試合に干渉してきた者達が同一犯かは不明だが、少なくとも、運営側の人間は『試合を最後まで続行させる』方針で一貫しているらしい。もし共通の人間に指示されていたとしても、役割は完全に分断されていると考えていいだろう。
 つまり……その隙に付け込んで、試合の打ち切りコールドゲームを狙うことは可能であり、それが拓雄の手により確定的なものとなった。
「その代わり……大会とは別に、試合することになったけどな」
 全員に試合の続行と試合の打ち切りコールドゲームについて伝え回った後、洋一が睦月達の話に加わってきた。
「さすがに干渉され過ぎだし……いろいろやらかしちまったからな。向こうの監督にもスマホでこっそり話をつけて、後日正式なメンバーで再試合することにした。だから……もう、存分にやってくれ」
 今回ばかりは洋一も、結果に納得していないのだろう。それに運営側に対する不信感やほぼ全員が代理要員メンバーだったこともあり、たとえ二度手間だとしても、自分達で決着をつける結論に至ったらしい。
「……と、言ったところで、向こうは手を抜く気はないぞ。それに、ちょっとでも粗があれば、運営側がまた騒いでくるかもしれない。正直本塁打ホームラン位しか、この状況を終わらせる選択肢はないんだが……大丈夫だよな?」
「まあ、博打にはなりますが……大丈夫ですよ」
 それだけは、睦月は確信をもって宣言できる。

「もう小細工は済みました。後は悪辣さをもって……試合を終わらせましょう」

 そう堂々と宣言する睦月だが、実際に打席に立つのは姫香であることを、忘れてはならない。現に聞こえていたのか、遠くからジトりとした視線をぶつけてきているのだから。



 試合は再開され、走者である理沙、拓雄、洋一はそれぞれの塁に、そして姫香は打席へと移動していた。その様子を次打者席ネクストバッターズサークルに立つ弥生を除く、残りの面々で見守っていた。
「そういえば……おい、睦月」
「ん?」
 ある意味では佳境でもある為、ベンチにいる全員が立ち上がって打席の姫香を見守る中、英治が睦月に話し掛けてきた。
「お前、あの過集中状態ゾーンの入り方を教えたりとかは……」
「一応、してはいたんだが……できない・・・・んだよな、姫香の奴」
 腰に手を当て、睦月は溜息交じりに答えた。
「俺達が過集中状態ゾーンに入るのに声を出すのは、『入った状態』を想像イメージしやすくする為だろ? だけどあいつ、緘黙症だから肝心の声が出せないんだよ」
「本気《マジ》か……あれ? たしかカリーナの通訳やってなかったっけ?」
「場面緘黙症だからな。地元の人間俺達が傍にいなけりゃ、普通に話せるんだよ。こればっかりは本人の感覚だから何とも言えないが……少なくとも、今は無理じゃないか?」
 緘黙症の細かい条件は不明だが、睦月は『姫香の主観』だと考えている。
 姫香が『地元の該当する人間人物が近くに居る』と思えるかどうかで、発症するかどうかが決まってくるのだろう。実際、睦月が近くに居ると知りながらも、姫香が話していたのを後で聞かされたことがある。
 つまり、『姫香の存在を認識している地元の該当する人間人物が近くに居るかどうか』が、場面緘黙症の条件となるかもしれない。ゆえに、睦月が他に該当する弥生達をつれてこの場を離れれば、話せるようになるかもしれないが……残念なことに、三塁にはまだ理沙が居る。
 この状況ではどう足掻いても、姫香が緘黙症を抑えることは難しかった。
「おまけに緘黙症の影響か、どうしても感覚が引っ張られるらしくてな。無言で入れるようになるか、症状が治まればワンチャン狙えるかもしれないが……少なくとも、今は過集中状態ゾーン抜きでやるしかない」
「……その時点で積んでね?」
 英治がそう考えてしまうのも、無理はない。
 過集中状態ゾーンとて、所詮は手段に過ぎないが……いくら身体能力が高くとも、打席に立つのは野球素人の少女なのだ。普段からバッティングセンターに通っているとかであればまだしも、練習の風景や話を聞く限りでは、今日バットを振るのが初めてのはず。
 そんな人間が『本塁打ホームランを狙う』等と言われても、普通なら『できるがやらないだけ』と嘯いている相手に対して、『こいつ、口だけだな……』と感想を抱いでから話(と場合によっては関係)を終わらせる。それでおしまいのはずだった。
「ま、大丈夫だろ」

 そう…………普通・・ならば・・・

「何でそう思うんだよ?」
「まあ、見てろって」
 そう言われ、英治が打席の方を向くのと同時に、睦月も振り返る。そうすると丁度、第一球が投げられるところだった。
(よしよし、ちゃんと狙ってるな……)
 白球が飛び、姫香がバットを振るう。

 ――ブン、パァン!

「ストライク!」
 ……そして普通に、空振っていた。
「おい……」
「いや、一発目・・・はさすがに無理だろ……ん?」
 すると姫香が何故か、バットを脇に挟んだ状態で『タイム』のサインを出してきた。
「何かあったのか? ちょっと行ってくる」
 英治にそう声を掛けた睦月と一塁走者の洋一が、姫香の下へと募っていく。
「どうしたんだ?」
 洋一がそう声を掛けるものの、緘黙症で話せないこともあってか、姫香は睦月に右手を伸ばし、曲げた指で何かを掴むようにした形で自身の足元から隣の打席へと動かした。
「【移動する】」
「……洋一さん。打席を移したいらしいんですけど、できますか?」
「基本は大丈夫だ。ちょっと待ってろ」
 あまりする程ではなかったが、姫香の手話を翻訳した睦月が代わりに洋一へと要望を伝え、球審に確認を取って貰う。
 結果は問題なく、姫香は無事、打席を移動することができた。
「だけど、これ以上はなるべく控えてくれよ? 何年か前の甲子園で、一球ごとに左右の打席変更それやったせいで、球審と揉めた話もあるからな」
「だ、そうだけど……大丈夫か? 姫香」
 無言で親指を立てサムズアップする姫香を見て、(一応)信じることにした二人は、それぞれの持ち場に戻った。
「狙撃の時の利き目に合わせてなかったのか? それとも……逆にした方が振りやすいのか、あいつ」
「……そんな問題かよ、おい」
 そもそも自分に合う構え方すら把握してない時点で、かなり不安になってきたのだろう。狙撃に置き換えれば、変な体勢で撃った為に反動を逃がせず、狙いが逸れた上に身体まで痛めてしまうような話だ。
 そんな不信感が駄々洩れなのが睦月にも理解できてしまう中、英治は先程の話の続きを始めてきた。
「本当に大丈夫か? この調子だと普通に三振だろうが」
「……だから・・・良いんだよ・・・・・
 しかし睦月は、未だに自信を崩すことなく英治にそう返した。
「最初から本塁打ホームラン狙える人間だとばれてれば、あっさり敬遠されるだろうが。本人のやる気のなさもあったが……姫香の実力を隠す為にも無理言って、最後まで温存してたんだよ」
「……いや、そうじゃなくて」
 そもそも、打てなければ話にならない。そう言おうとしていたらしい英治の前で、二球目が投げられ、
 ――ブン、パァン!
「ストライク、ツー!」
 ……あっさりと空振りになっていた。
「ほら見ろ! あっさり、」

本気マジかよ……本当に化け物・・・だな、あいつ」

「…………は?」
 こちらを向いていたので、英治は今の打席を見ていなかった。けれども、視線を逸らさなかった睦月は、今の姫香の空振りに対して、無意識にそんな感想を漏らしていた。
「お前、何言ってんだ?」
「何って……英治、さっきの打席、見てなかったのか?」
 睦月は英治の方を向くが、持ち上げた指の先は、打席に立つ姫香の方を指していた。
「野球の空振りって、大体はボールのをバットで振るだろ?」
 空振りとなってしまう原因は、投球とのタイミングが合わないだけではない。たとえ直球ストレートだろうと、ボールは徐々に捕手キャッチャーのミットへと落ちて・・・いく。それも踏まえて、軌道を予測しなければならないのが野球だ。
「なのに姫香は、ボールのでバットを振ってたんだよ。下から上へ振っダウンスイングしてるわけじゃないのに」
 つまり、予測した軌道よりも変化・・した・・投球を想定してバットを振った結果、空振りになったのだ。
「いくら銃弾を撃ち落とす技術を持ち合わせているからって……慣れない得物バット投球ボールに当てるなんて芸当、普通は練習しなけりゃ身につかねえよ」
 それを姫香は一球目で打席や体勢を調整し、二球目で得物バットの扱いをものにし……

 ――キィィ……ン!

 ……三球目できっちりと、本塁打ホームランを叩き出していた。
 白球が場外へと消えていくその光景に、さすがの英治も唖然としてしまっている。
「……本気マジで?」
「だから言ったろ、化け物だって。鵜飼が嫉妬して、姫香を嫌うわけだよな……」
 指を降ろした睦月は、視線を曇らせながら言葉を繋げた。

「簡単に言うと…………才能の塊なんだよ。あいつ」

 天は二物を与えず、という言葉はあれど……その才能の数・・・・に上限が設けられているわけではない。たとえ苦手な分野が一つでもあろうと、それを上回る数の得意才能があれば、それだけで超人と呼ばれる存在となれる。
 さらに厄介なのは……その才能の上限が、睦月どころか姫香本人にも分かっていないということだった。
たった・・・三回・・、バットを振っただけで本塁打ホームランなんて所業……もう人間超えてるだろ、あれ」
 偶々緘黙症や異常な環境下で育てられた経歴があり、その繋がりで睦月と出会ったものの……もしその過去がなければ、たとえどんな道だとしても、極めれば・・・・必ず歴史に名を刻む。

(俺……本当にあいつと釣り合ってるのガホッ!?」

 理沙と同じ感情嫉妬に苛まれつつあった睦月だが……その直後、土手っ腹に小さな頭が突き刺さった為、続きを考える余裕がなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

処理中です...