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164 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その2)
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(さて、どうするかな……)
睦月から承諾の旨と合流地点を伝えられた朔夜は、車内の荷物を片付けた後で一度降り、星来のマンションからさほど離れていない喫茶店の喫煙席に腰掛けていた。
今夜にはもう、九州北西部へ向かわなければならないものの……それまでの間、朔夜は時間を持て余していた。
(下手に家には帰れないし、適当に買い物でもして過ごすか? どうせ着替えとかも、補充しとかないとまずいし……)
配膳されたアイスコーヒーの氷が解けて薄くなるのも気にせず、朔夜は煙草を咥えたまま、睦月達との合流時間までどうしたものかと頭を抱える。
(問題は……尾行されてる、ってことだよな)
それでも、周囲への警戒を怠ることはなかった。現状、尾行者の正体は分からないままだが……明らかにどこかの組織の人間か、その関係者だろう。
(適当に捕まえて尋問に掛けるのは簡単だが、遺恨を残すやり方は将来に傷が付きかねない。とはいえ、放置はできないし……)
これから買い出しへ向かおうにも、購入内容を見られてしまえば、遠出することはすぐに気付かれてしまう。相手によってはむしろ、話した方が穏便に済ませられるかもしれないが……正体が分からない以上、現状では何の保証もない。
(…………撒くか)
灰皿に吸殻を押し付けて火を消した朔夜は、完全に薄まってしまったコーヒーを飲み干してから、ゆっくりと立ち上がった。向かう先は店の出口ではなくトイレなので、向こうも視線でしか、追い駆けてくることはなかった。
尾行相手が男だったので、さすがに女子トイレまでは追って来れないのだろう。
――ガタッ!
「これ、久し振りにやったな……」
性別が違うことを利用して、まんまと逃げ出すことに成功した朔夜。席に紙ナプキンで包んだ一万円札を置いてきたので、代金と迷惑料としては申し分ない……と、勝手に自己完結し、悠々と店の裏から外へと出ていく。
(さて、中身のない鞄は席に置いてきたから、しばらくは時間稼ぎできるとして……やっぱり車が要るな)
急いで引き返せば、尾行者に気付かれないまま距離を稼げる。別の人間が車に発信機を取り付ける前に発進できれば、気兼ねなく買い物もできるだろう。
そう考えた朔夜は、急いでマンションへと引き返し、駐車場の中へと駆け込んでいく。そして車へと真っ直ぐに向かおうとしていたのだが……その足は、突然止まってしまう。
(…………チッ!)
分厚いコンクリート柱の陰に隠れると、旧式の.45口径自動拳銃を静かに抜いた。弾倉を抜いて残弾を確認し、銃身を引いて銃弾を薬室に送り込み、いつでも発砲できるように準備する。
視界に自らの車が入った途端、見知らぬ誰かが張り付いていた。しかも一人ではなく、見張りとして数人が、周囲に視線を張り巡らせている。
(さっきの尾行者とは……無関係か? 様子が違い過ぎるし、ただの車上荒らしか?)
偶然にしては出来過ぎているが、必然と言うにはあまりにも根拠が薄い。
事前にシャッター音を消したカメラアプリで柱の陰から撮影し、写り込んだ顔を確認する。
(SELECT――『顔写真の人間』。WHERE――『人物全般』)
結果が『該当なし』であれば、まだ救いはあっただろう。少なくとも、公にされていない一般人か、まだ出会ったことのない公的機関の人間のどちらかなのだから。
しかし、検索結果は無情にも、該当者を並べ立ててくる。
(……最悪だな)
全員日本人だが、相手は手配中の強盗犯ばかり。それも複数人が一堂に会する等、偶然とは思えなかった。
(仕方ない……適当にとっ捕まえて、尋問するか)
尾行者の件も解決していないので、下手に時間は掛けられない。それに、発射音抑制器も持ち合わせていないので、銃声で人が集まっても面倒だ。
万一に備えて、撃てるままにした自動拳銃を仕舞った朔夜は、代わりに百均で購入した大きめの非接触用キーホルダーを両手に一つずつ、殴打具として使えるように握り込んで構えた。
(さて……)
柱の陰から出て数歩、朔夜の存在に気付いた男達が下卑た笑みを浮かべながら取り囲んでくる。とはいえ、精々が数人だ。人気のない内に片付ければ問題ないと踏み、静かに口を開いた。
「…………『全部暴いてやる』」
「本気で、ただの車上荒らしかよ……」
身体能力を過集中状態で向上させ、見張り役を全員殴り倒した朔夜は、車の近くに居た男を尋問し始めた。
けれども、結果はただの車上荒らしだった。念の為、相手の持ち物を検めてみても、銃刀法違反には引っ掛かるが全て市販品である。それこそ状況によっては、さっさと自動拳銃を見せつけた方が無駄に乱闘せずに済んだかもしれない。
「ね、姐さん……一体何者ですか?」
「……この車の持ち主様だよ」
そう言い残し、朔夜は車内に置いてあるケーブル用の結束バンドを取り出そうと身を入れた。
(まさかの、PC目当ての物取りかよ。ちゃんと見えないように片付け、て……)
ダクトテープのあるダッシュボードに手を伸ばそうとした時、朔夜の視界に映ったのは、鞄に仕舞われたままのノートPCだった。
たしかに、鞄自体が専用の緩衝材等を組み込んでいる為、見る人が見れば中身の推測は容易である。
ただ一つ……指名手配中のこの男達に、そのまま売っても十数万円程度のPC機器を高額で捌ける手間暇があるのか、という問題を除けばだが。
(…………まさかっ!?)
結束バンドを諦めた朔夜は再び車の外に出ると、尋問用に残していた最後の一人に詰め寄り、胸ぐらを掴んで問い掛けた。
「お前等っ! 車の中のPC……一体誰に売るつもりだった?」
「ぇ、ぇと……」
男の視線が横に滑ったのを目敏く捉えた朔夜は、答えを待たずに他の車上荒らし達の方へと投げ捨てると、急いで車に乗り込んで運転席に腰掛けた。
(車上荒らしに見せかけて強奪して、情報が得られれば御の字。しくじっても簡単に切り捨てられる……完全に公的機関の手口じゃねえか!)
朔夜自身を尾けていた方は囮、もしくはただの尾行役であるなら、ここに残るのは悪手だ。シートベルトを締め、エンジンを掛けた朔夜は周囲を一瞥してすぐさま、アクセルを踏み込む。
相手の素性を探っている余裕はない為、防犯カメラに気を付けながらも、朔夜は急いでマンションを後にした。
――Prrr…………Pi
「……あ、もしもし警察ですか? この携帯の持ち主がマンションの駐車場内で伸びてますので、回収お願いします。ちなみに全員、漏れなく指名手配されている車上荒らしなので、できれば荒事に慣れた人間で確保よろしく。え? 私? …………匿名希望で」
マンションから少し離れた交差点。赤信号に引っ掛かったタイミングで、朔夜は車上荒らしの一人から奪ったスマホで通報した後、そのまま車の外へと投げ捨てた。
(煙草の吸殻よりは……マシ、だよな?)
一応指紋は残さないようにしたが、見られていては意味がない。それ以前に、ポイ捨てそのものを咎められるおそれもある。だから信号が変わるや、朔夜は急いでその場から離れた。
一方その頃、睦月は彩未に勉強を教えていた。
「それは『×』だ。交差点やその付近は左に寄せての一時停止で合ってるけど、それ以外だと直進道路ってことだから、緊急車両に進路を譲るだけでいい」
「や、ややこしい……」
こればかりは、道路交通法を確認する度に睦月も思っていた。現に、解説されれば納得できる内容ばかりなのだが……初見ではもう、引っ掛かること前提で受けた方がいいのではと、何度考えたことか。
「一回受けたんだろ? 再試験なら、担当者によっては事前に解説してくれる場合もあるから、ちゃんと聞いとけよ。その内容、ほぼ確実に出るから」
「ふぁ、ぃ……」
(それにしても……)
手土産のスイカを食べたとはいえ、もうすぐ昼飯時だ。
(さすがに、腹が減ってきたか……昼飯、どうするかな?)
支度の為に一度帰宅した由希奈はともかく、整備工場で準備している姫香や勉強中の彩未も居るとなると、あと少ししたら集まって、昼食にしてもいいかもしれない。
(とりあえず三人か? 由希奈は……しまった、確認しとけば良かった)
とはいえ、『気が変わったら、今日はもう来るな』と言った手前、こちらから確認する事態はできるだけ避けたかった。相手や場合によっては、『来ないのか?』という催促に取られかねない。
「ところで……何でお前等、朝っぱらから来てたんだよ?」
「昨日落ちたばかりな上に……明日を逃したら、しばらく再試験受けられないから」
「だから朝から、俺を巻き込んでみっちり勉強しようとしてたのか……」
それで『勉強を教えて貰おう』と試験後にでも話していたのか、それを聞いて、彩未にくっついて来たのだろう。そう考えた睦月は、由希奈の分の昼食をどうしようかと悩んでいたのだが……幸運にも、その心配は杞憂に終わった。
「……あれ? 由希奈?」
スマホが鳴動したので画面に目を落とすと、丁度考えていた当人から、『夕方までには合流します』という連絡が来ていた。由希奈からのメッセージに了承の旨を返した睦月は、未だに呻いている彩未の方を向いて声を掛ける。
「きりの良いところで昼飯にするぞ。一度、姫香の様子を見に行くけど……彩未はどうする?」
「私も行く。由希奈ちゃんに見張り頼まれてるし……ちょっと、頭休ませたい」
そう言って立ち上がった彩未を伴い、睦月は姫香の居る整備工場へと向かった。
「ところで……今日は猛暑で、外は炎天下だよな。むしろ茹らないか?」
「それはもう、諦めた……」
ちなみに、エアコンの配置と間取りの都合により、睦月達の住む部屋はたとえ動かしても、寝室以外の効きが悪い。その為、仕方なくベランダを全開にしていた。熱風は酷いが、同時に換気もされる為、室温はそこまで高くならないのが、唯一の救いだろうか。
「由希奈ちゃんには悪いけど……姫香ちゃん連れて、寝室でエアコン点けて籠らない?」
「別の意味で、暑くなりそうなお誘いだな……」
実はすでに、二人の脳内は猛暑で茹り始めていたのだが……整備工場に居た姫香からバケツの冷水をぶっかけられるまで、終ぞ気付くことはなかった。
そして、一度帰宅した由希奈は荷造りをしていたのだが……帰宅して偶々家に居た菜水に見咎められ、そのままリビングで正座させられていた。
「……で、私に何の相談もなく、『運び屋』の仕事について行こうとしていたと?」
「はい……」
由希奈の向かいに椅子が置かれた。そこに腰掛けた菜水に見下ろされながらも、気持ちは傍に置いた荷物へと向いている。
けれども、由希奈の眼前に腰掛けている菜水からすればお見通しだったのだろう。言葉で詰めても無駄だと考えたのか、盛大に溜息を吐いてから、自らの指で眉間を揉み解している。
やがて、考えが纏まったのか、菜水は由希奈の方を向いた。
「前にも言ったと思うけど、ちゃんと考えた上でなら私も、由希奈が誰と付き合おうと気にしないわ。でもね……仕事は別」
菜水と付き合っていた人間が実は結婚詐欺師だったように、相手の本性が簡単に分かれば苦労しない。
見かけ通りに付き合いやすいのか、普段の言動や態度から勘違いしてしまわないか。見極めようとしても間違えて認識してしまう方がざらだ。だからこそ、簡単に相手を決めつけるのは避けなければならない。
実際、見かけだけで営業を掛けようとしてきた相手に対して、睦月が涙目になるまで詰め寄っていた場面を目撃しているのだ。だからこそ、より本質を見極めようと、また仕事に同行しようとしたのだが……その結果、菜水に正座させられてしまった。
「観光案内の計画立案とか、洗車とかの簡単なバイトなら見逃してたけど……それ、完全に犯罪絡みじゃないの?」
「仕事自体は、旅行の専属運転手って言ってたし、内容によっては、睦月さんも断るみたいだから……多分、大丈夫だと思う」
「そんな簡単に……」
このまま睦月に電話して、由希奈の同行を断ろうとしてくるかもしれない。そう思って菜水のスマホにも注意を払っていたのだが……意外にも、姉の腕が伸ばされることはなかった。
「……睦月君は、何で許したの?」
「分からない。ただ、『丁度良い』って言ってたのは聞こえたけど……」
(……そういうことね)
正座させた由希奈を前にして、睦月の思惑のおおよそを理解した菜水は、近くの置き時計を一瞥してから告げた。
「先に、お昼にしましょう。睦月君にも連絡を入れておいて」
(迎えに来ないとは思うけど……念の為、外食にしとこうかな)
よく聞く口封じとかが必要であれば、由希奈が家で暢気に荷造りすることだって、絶対に許さないはずだ。
しかも、内容次第では本人も断る気でいる依頼な上に、部外者扱いとはいえ一般人の同行を許すということは、本当に犯罪絡みではないのだろう。無論、それに近い仕事かもしれないが……むしろ、その方が好都合だと判断したのかもしれない。
(つまり……実際に危険の少ない仕事を見せて、由希奈を試そうとしているのね)
百聞は一見に如かず、という言葉がある。
バスジャックの件で、由希奈が危険に飛び込める人間であることは、誰もが理解している。だからこそ、目の届く範囲で実際の仕事を見せた方が良いと睦月が考えているのであれば……菜水はそれを、許す他なかった。
(言っても聞かないなら、実際に見せるしかないものね……問題は、)
「出発は日没、って言ってたわよね? お昼は外で食べて、そのまま買い物に行くわよ。それが行ってもいい条件」
「あ、ありがとうお姉ちゃんっ! …………え、でも何で買い物?」
早速スマホを取り出して、連絡を入れようとしている由希奈だったが、菜水が突然そう言いだした為に、手が止まってしまう。
「あの、ね……」
また同じ過ちを犯そうとしている由希奈に対して、菜水は再度頭を抱えながら、そのすぐ傍にある荷物を指差して告げた。
「…………無駄な荷物、多すぎ」
観光計画のアルバイトの時と同様に、とにかく詰め込めばいいと考えている由希奈をどう矯正すればいいのかと、菜水は別の意味でも、悩みが尽きなかった。
睦月から承諾の旨と合流地点を伝えられた朔夜は、車内の荷物を片付けた後で一度降り、星来のマンションからさほど離れていない喫茶店の喫煙席に腰掛けていた。
今夜にはもう、九州北西部へ向かわなければならないものの……それまでの間、朔夜は時間を持て余していた。
(下手に家には帰れないし、適当に買い物でもして過ごすか? どうせ着替えとかも、補充しとかないとまずいし……)
配膳されたアイスコーヒーの氷が解けて薄くなるのも気にせず、朔夜は煙草を咥えたまま、睦月達との合流時間までどうしたものかと頭を抱える。
(問題は……尾行されてる、ってことだよな)
それでも、周囲への警戒を怠ることはなかった。現状、尾行者の正体は分からないままだが……明らかにどこかの組織の人間か、その関係者だろう。
(適当に捕まえて尋問に掛けるのは簡単だが、遺恨を残すやり方は将来に傷が付きかねない。とはいえ、放置はできないし……)
これから買い出しへ向かおうにも、購入内容を見られてしまえば、遠出することはすぐに気付かれてしまう。相手によってはむしろ、話した方が穏便に済ませられるかもしれないが……正体が分からない以上、現状では何の保証もない。
(…………撒くか)
灰皿に吸殻を押し付けて火を消した朔夜は、完全に薄まってしまったコーヒーを飲み干してから、ゆっくりと立ち上がった。向かう先は店の出口ではなくトイレなので、向こうも視線でしか、追い駆けてくることはなかった。
尾行相手が男だったので、さすがに女子トイレまでは追って来れないのだろう。
――ガタッ!
「これ、久し振りにやったな……」
性別が違うことを利用して、まんまと逃げ出すことに成功した朔夜。席に紙ナプキンで包んだ一万円札を置いてきたので、代金と迷惑料としては申し分ない……と、勝手に自己完結し、悠々と店の裏から外へと出ていく。
(さて、中身のない鞄は席に置いてきたから、しばらくは時間稼ぎできるとして……やっぱり車が要るな)
急いで引き返せば、尾行者に気付かれないまま距離を稼げる。別の人間が車に発信機を取り付ける前に発進できれば、気兼ねなく買い物もできるだろう。
そう考えた朔夜は、急いでマンションへと引き返し、駐車場の中へと駆け込んでいく。そして車へと真っ直ぐに向かおうとしていたのだが……その足は、突然止まってしまう。
(…………チッ!)
分厚いコンクリート柱の陰に隠れると、旧式の.45口径自動拳銃を静かに抜いた。弾倉を抜いて残弾を確認し、銃身を引いて銃弾を薬室に送り込み、いつでも発砲できるように準備する。
視界に自らの車が入った途端、見知らぬ誰かが張り付いていた。しかも一人ではなく、見張りとして数人が、周囲に視線を張り巡らせている。
(さっきの尾行者とは……無関係か? 様子が違い過ぎるし、ただの車上荒らしか?)
偶然にしては出来過ぎているが、必然と言うにはあまりにも根拠が薄い。
事前にシャッター音を消したカメラアプリで柱の陰から撮影し、写り込んだ顔を確認する。
(SELECT――『顔写真の人間』。WHERE――『人物全般』)
結果が『該当なし』であれば、まだ救いはあっただろう。少なくとも、公にされていない一般人か、まだ出会ったことのない公的機関の人間のどちらかなのだから。
しかし、検索結果は無情にも、該当者を並べ立ててくる。
(……最悪だな)
全員日本人だが、相手は手配中の強盗犯ばかり。それも複数人が一堂に会する等、偶然とは思えなかった。
(仕方ない……適当にとっ捕まえて、尋問するか)
尾行者の件も解決していないので、下手に時間は掛けられない。それに、発射音抑制器も持ち合わせていないので、銃声で人が集まっても面倒だ。
万一に備えて、撃てるままにした自動拳銃を仕舞った朔夜は、代わりに百均で購入した大きめの非接触用キーホルダーを両手に一つずつ、殴打具として使えるように握り込んで構えた。
(さて……)
柱の陰から出て数歩、朔夜の存在に気付いた男達が下卑た笑みを浮かべながら取り囲んでくる。とはいえ、精々が数人だ。人気のない内に片付ければ問題ないと踏み、静かに口を開いた。
「…………『全部暴いてやる』」
「本気で、ただの車上荒らしかよ……」
身体能力を過集中状態で向上させ、見張り役を全員殴り倒した朔夜は、車の近くに居た男を尋問し始めた。
けれども、結果はただの車上荒らしだった。念の為、相手の持ち物を検めてみても、銃刀法違反には引っ掛かるが全て市販品である。それこそ状況によっては、さっさと自動拳銃を見せつけた方が無駄に乱闘せずに済んだかもしれない。
「ね、姐さん……一体何者ですか?」
「……この車の持ち主様だよ」
そう言い残し、朔夜は車内に置いてあるケーブル用の結束バンドを取り出そうと身を入れた。
(まさかの、PC目当ての物取りかよ。ちゃんと見えないように片付け、て……)
ダクトテープのあるダッシュボードに手を伸ばそうとした時、朔夜の視界に映ったのは、鞄に仕舞われたままのノートPCだった。
たしかに、鞄自体が専用の緩衝材等を組み込んでいる為、見る人が見れば中身の推測は容易である。
ただ一つ……指名手配中のこの男達に、そのまま売っても十数万円程度のPC機器を高額で捌ける手間暇があるのか、という問題を除けばだが。
(…………まさかっ!?)
結束バンドを諦めた朔夜は再び車の外に出ると、尋問用に残していた最後の一人に詰め寄り、胸ぐらを掴んで問い掛けた。
「お前等っ! 車の中のPC……一体誰に売るつもりだった?」
「ぇ、ぇと……」
男の視線が横に滑ったのを目敏く捉えた朔夜は、答えを待たずに他の車上荒らし達の方へと投げ捨てると、急いで車に乗り込んで運転席に腰掛けた。
(車上荒らしに見せかけて強奪して、情報が得られれば御の字。しくじっても簡単に切り捨てられる……完全に公的機関の手口じゃねえか!)
朔夜自身を尾けていた方は囮、もしくはただの尾行役であるなら、ここに残るのは悪手だ。シートベルトを締め、エンジンを掛けた朔夜は周囲を一瞥してすぐさま、アクセルを踏み込む。
相手の素性を探っている余裕はない為、防犯カメラに気を付けながらも、朔夜は急いでマンションを後にした。
――Prrr…………Pi
「……あ、もしもし警察ですか? この携帯の持ち主がマンションの駐車場内で伸びてますので、回収お願いします。ちなみに全員、漏れなく指名手配されている車上荒らしなので、できれば荒事に慣れた人間で確保よろしく。え? 私? …………匿名希望で」
マンションから少し離れた交差点。赤信号に引っ掛かったタイミングで、朔夜は車上荒らしの一人から奪ったスマホで通報した後、そのまま車の外へと投げ捨てた。
(煙草の吸殻よりは……マシ、だよな?)
一応指紋は残さないようにしたが、見られていては意味がない。それ以前に、ポイ捨てそのものを咎められるおそれもある。だから信号が変わるや、朔夜は急いでその場から離れた。
一方その頃、睦月は彩未に勉強を教えていた。
「それは『×』だ。交差点やその付近は左に寄せての一時停止で合ってるけど、それ以外だと直進道路ってことだから、緊急車両に進路を譲るだけでいい」
「や、ややこしい……」
こればかりは、道路交通法を確認する度に睦月も思っていた。現に、解説されれば納得できる内容ばかりなのだが……初見ではもう、引っ掛かること前提で受けた方がいいのではと、何度考えたことか。
「一回受けたんだろ? 再試験なら、担当者によっては事前に解説してくれる場合もあるから、ちゃんと聞いとけよ。その内容、ほぼ確実に出るから」
「ふぁ、ぃ……」
(それにしても……)
手土産のスイカを食べたとはいえ、もうすぐ昼飯時だ。
(さすがに、腹が減ってきたか……昼飯、どうするかな?)
支度の為に一度帰宅した由希奈はともかく、整備工場で準備している姫香や勉強中の彩未も居るとなると、あと少ししたら集まって、昼食にしてもいいかもしれない。
(とりあえず三人か? 由希奈は……しまった、確認しとけば良かった)
とはいえ、『気が変わったら、今日はもう来るな』と言った手前、こちらから確認する事態はできるだけ避けたかった。相手や場合によっては、『来ないのか?』という催促に取られかねない。
「ところで……何でお前等、朝っぱらから来てたんだよ?」
「昨日落ちたばかりな上に……明日を逃したら、しばらく再試験受けられないから」
「だから朝から、俺を巻き込んでみっちり勉強しようとしてたのか……」
それで『勉強を教えて貰おう』と試験後にでも話していたのか、それを聞いて、彩未にくっついて来たのだろう。そう考えた睦月は、由希奈の分の昼食をどうしようかと悩んでいたのだが……幸運にも、その心配は杞憂に終わった。
「……あれ? 由希奈?」
スマホが鳴動したので画面に目を落とすと、丁度考えていた当人から、『夕方までには合流します』という連絡が来ていた。由希奈からのメッセージに了承の旨を返した睦月は、未だに呻いている彩未の方を向いて声を掛ける。
「きりの良いところで昼飯にするぞ。一度、姫香の様子を見に行くけど……彩未はどうする?」
「私も行く。由希奈ちゃんに見張り頼まれてるし……ちょっと、頭休ませたい」
そう言って立ち上がった彩未を伴い、睦月は姫香の居る整備工場へと向かった。
「ところで……今日は猛暑で、外は炎天下だよな。むしろ茹らないか?」
「それはもう、諦めた……」
ちなみに、エアコンの配置と間取りの都合により、睦月達の住む部屋はたとえ動かしても、寝室以外の効きが悪い。その為、仕方なくベランダを全開にしていた。熱風は酷いが、同時に換気もされる為、室温はそこまで高くならないのが、唯一の救いだろうか。
「由希奈ちゃんには悪いけど……姫香ちゃん連れて、寝室でエアコン点けて籠らない?」
「別の意味で、暑くなりそうなお誘いだな……」
実はすでに、二人の脳内は猛暑で茹り始めていたのだが……整備工場に居た姫香からバケツの冷水をぶっかけられるまで、終ぞ気付くことはなかった。
そして、一度帰宅した由希奈は荷造りをしていたのだが……帰宅して偶々家に居た菜水に見咎められ、そのままリビングで正座させられていた。
「……で、私に何の相談もなく、『運び屋』の仕事について行こうとしていたと?」
「はい……」
由希奈の向かいに椅子が置かれた。そこに腰掛けた菜水に見下ろされながらも、気持ちは傍に置いた荷物へと向いている。
けれども、由希奈の眼前に腰掛けている菜水からすればお見通しだったのだろう。言葉で詰めても無駄だと考えたのか、盛大に溜息を吐いてから、自らの指で眉間を揉み解している。
やがて、考えが纏まったのか、菜水は由希奈の方を向いた。
「前にも言ったと思うけど、ちゃんと考えた上でなら私も、由希奈が誰と付き合おうと気にしないわ。でもね……仕事は別」
菜水と付き合っていた人間が実は結婚詐欺師だったように、相手の本性が簡単に分かれば苦労しない。
見かけ通りに付き合いやすいのか、普段の言動や態度から勘違いしてしまわないか。見極めようとしても間違えて認識してしまう方がざらだ。だからこそ、簡単に相手を決めつけるのは避けなければならない。
実際、見かけだけで営業を掛けようとしてきた相手に対して、睦月が涙目になるまで詰め寄っていた場面を目撃しているのだ。だからこそ、より本質を見極めようと、また仕事に同行しようとしたのだが……その結果、菜水に正座させられてしまった。
「観光案内の計画立案とか、洗車とかの簡単なバイトなら見逃してたけど……それ、完全に犯罪絡みじゃないの?」
「仕事自体は、旅行の専属運転手って言ってたし、内容によっては、睦月さんも断るみたいだから……多分、大丈夫だと思う」
「そんな簡単に……」
このまま睦月に電話して、由希奈の同行を断ろうとしてくるかもしれない。そう思って菜水のスマホにも注意を払っていたのだが……意外にも、姉の腕が伸ばされることはなかった。
「……睦月君は、何で許したの?」
「分からない。ただ、『丁度良い』って言ってたのは聞こえたけど……」
(……そういうことね)
正座させた由希奈を前にして、睦月の思惑のおおよそを理解した菜水は、近くの置き時計を一瞥してから告げた。
「先に、お昼にしましょう。睦月君にも連絡を入れておいて」
(迎えに来ないとは思うけど……念の為、外食にしとこうかな)
よく聞く口封じとかが必要であれば、由希奈が家で暢気に荷造りすることだって、絶対に許さないはずだ。
しかも、内容次第では本人も断る気でいる依頼な上に、部外者扱いとはいえ一般人の同行を許すということは、本当に犯罪絡みではないのだろう。無論、それに近い仕事かもしれないが……むしろ、その方が好都合だと判断したのかもしれない。
(つまり……実際に危険の少ない仕事を見せて、由希奈を試そうとしているのね)
百聞は一見に如かず、という言葉がある。
バスジャックの件で、由希奈が危険に飛び込める人間であることは、誰もが理解している。だからこそ、目の届く範囲で実際の仕事を見せた方が良いと睦月が考えているのであれば……菜水はそれを、許す他なかった。
(言っても聞かないなら、実際に見せるしかないものね……問題は、)
「出発は日没、って言ってたわよね? お昼は外で食べて、そのまま買い物に行くわよ。それが行ってもいい条件」
「あ、ありがとうお姉ちゃんっ! …………え、でも何で買い物?」
早速スマホを取り出して、連絡を入れようとしている由希奈だったが、菜水が突然そう言いだした為に、手が止まってしまう。
「あの、ね……」
また同じ過ちを犯そうとしている由希奈に対して、菜水は再度頭を抱えながら、そのすぐ傍にある荷物を指差して告げた。
「…………無駄な荷物、多すぎ」
観光計画のアルバイトの時と同様に、とにかく詰め込めばいいと考えている由希奈をどう矯正すればいいのかと、菜水は別の意味でも、悩みが尽きなかった。
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大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
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