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第七章 喪服の女神

バルト海艦隊、全艦沈没?

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「そう、私の実力を見たいのね?」
「いえ……その……」
 ディズレーリさんは、口を濁しています。
 三人の寄り合いは筒抜け、ディズレーリさんに嫌味なんて飛ばしている私。

 まったく、ゴルチャコフ公爵と云ったわよね……
「まだゴルチャコフ公爵はいらっしゃいますか?」
「アレクサンドル2世陛下とともに、明日ロンドンを立たれますので、まだおられますが?」

 私はのこのこと訪ねてあげました。

「私、アリアンロッドと申し上げますが、ゴルチャコフ公爵様にお会いしたいのですが」
「まったくメイドごときが堂々と!目障りだから、目立たん所へ居ろ!取り次いでやるから!」
 ホテルでえらく小突かれましたね……やはりコルセットしてないからかしらね……

「公爵様、メイド風の少女が訪ねてきました」
「メイド?」
「素晴らしく綺麗な、アジア系の女と思われます」
「ストロガノフ――ロシア帝国における大実業家の家――あたりの差し金か?まったく……この頃は生娘などが賄賂か……寝室へでも通しておけ」

 で、ものすごくいやらしい視線に嘗め回されながら、ゴルチャコフ公爵様の寝室へ通されました。
 娼婦に間違われた?私ってそんな女なのね……

 しばらくしてドアが開きました。
「どこの女だ?」

「ゴルチャコフ公爵様ですか、マーブル・ヒル・ハウスのアリアンロッドという、しがないメイドですよ」
「なんでも私は娼婦らしいのですが、どうすればいいのでしょうね?」
「裸にでもなるのですかね、でも目をもらいますよ」

 私は我慢できずに笑いましたね……小芝居大好きですけどもね……ゴルチャコフ公爵の唖然とした顔が、あまりに面白くてね。

「さて、私を寝室に引き込んだのですから、ロシアのバルト海艦隊、明日には全艦沈没してもらいましょうか?」
「実力見たいのでしょう?」

「ディズレーリ……ですか?」
「彼はそんなこと口は割りませんよ、三人の寄合は筒抜けでしたよ」
「まぁ良く私の悪口を云っていましたね、ブロイさんなんかあの女呼ばわりでしたし」

「……」
「おゃ、真っ青ですよ」
「バルト海艦隊は……勘弁していただけませんか?」

「嫌ですね、私は力をお見せしたはず、それでも信じない皇帝の頼みまで聞きましたよ」
「さらに実力を見たいのでしょう?」
「モスクワを破壊しても良かったのですが、それではあまりでしょう」

「バルト海艦隊ぐらいで勘弁してあげるのですから、感謝してほしいものですね」
「お願いです!勘弁してください!」

「だから嫌と言っているでしょう、とにかく手始めにペルヴェネツ級装甲艦の三隻――帝政ロシア海軍の当時の最新鋭主力艦、1864年竣工、3,277トン: 20.3センチ砲6門、10ノット、ペルヴェネツ、ネトロン・メニア、クレムルの三隻、ウィッキペディア、戦艦一覧より――でも撃沈しましょうか?」

「……面白いですか?」

「面白いですよ、私は冷酷な女ですから、まぁそうですね、乗組員は助けてあげますよ、船だけ沈めましょう」
「何を差し出せば、そこで止めてくれるのですか?」
「そんなに、バルト海艦隊の壊滅は嫌ですか?」
「帝国にとって、海軍力は必要なのです」

「……そうですね……じゃあ手始めのペルヴェネツ級装甲艦の三隻で我慢してあげましょう」
「でもね、私を試すのはこれ限り、私は気が短いのよ、ご機嫌をとってね……」
「……」

 とりあえず、ペルヴェネツ級装甲艦の三隻は派手に爆沈してもらいました。
 乗組員は全員サーレマー島――バルト海にある、エストニアで最も大きい島、当時はロシア帝国領――に転移しておきました。

「いまペルヴェネツ、ネトロン・メニア、クレムルの三隻は爆沈させました、あとで、電報でもして、問い合わせなさい」

「ところで私は、この寝室からどの面下げて出ればよいのでしょうね、かなりホテルの従業員の、嘲笑を受けましたけど?」
 と、ニコッと笑っていいました。

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